個性派芸人たちを率いる吉本新喜劇座長・酒井藍に理想のチームについて聞いてみた

2021年11月25日

社会人としてキャリアを積んでいくと、誰かを指導したり、チームを引っ張っていく立場になったりする人も多いことでしょう 。そんなとき「自分一人でできたら楽なのに」「人を育てるのは難しい」「チームづくりがうまくいかない」……と、いろいろな悩みを抱えることがあるかもしれません。  

そこで今回は、吉本新喜劇の座長・酒井藍さんにインタビューを敢行!チームづくりへのこだわりについてお伺いしました。

家族の反対で公務員になるも、あきらめきれず芸人の道へ

──酒井さんは、専門学校を卒業された後、警察での勤務を経て吉本新喜劇のメンバーになりました。少々珍しいご経歴ですよね。    

私は、小さいころから吉本新喜劇が大好きだったんです 。だから高校を卒業したらオーディションを受けようって思っていたのですが、高校3年生で進路を決めるときに「私、新喜劇に入りたい!」って親に言ったら、猛反対を受けました。おそらく、新喜劇は不安定な仕事だという印象があったのだと思います。なので、まずは公務員になって両親を安心させ、タイミングを見計らってオーディションを受けようと画策しました。そこで、できるだけ早く公務員になるために、大学よりも在学期間が短い専門学校を選んだんです。

──策士ですね。

公務員職の採用試験をいろいろ受けて、受かったのが警察の事務職だったんです。勤めて1年たったころ に「今度の新喜劇のオーディションを受けようと思ってて」と、家族に伝えました。「お前、まだ諦めてなかったんか !」って家族一同驚いていました。

──そして、見事オーディションに受かる……と。実際のところ仕事を辞めて、吉本新喜劇に入ることに反対はされなかったんですか?

かなり反対されましたね。酒井家は真面目な家庭で、お母さんに「芸人になるなら出ていけ!」って怒られたり、妹たちには「お姉ちゃんが吉本新喜劇に入るとか恥ずかしい」って言われたり。家族が大好きなのですごく動揺したんですけれど「出ていきます!」って啖呵を切ったら「そこまで言うんだったらやってみ」と、背中を押してくれて。新喜劇のメンバーになってからは、家族全員で応援してくれて。ほんまにありがたい話ですね。

デビュー当時の酒井藍さん。笑顔が眩しい!

──吉本新喜劇で活動をして10年の節目に座長になられたわけですが、決まったときはどんな気持ちでしたか?

座長に選んでもらった時は、うれしかったというよりビックリしました。まったく前フリはなく唐突に言われたので。単独ライブ終わりに広い会議室に呼び出されて、偉い社員さんがいて。「私、なんかやらかしたんかな……」って不安がっていたら「藍ちゃんに座長になってもらいたいと思ってる」と。ドッキリちゃうかな〜ってめっちゃカメラを探しました。でもね、どこにもないんですよ、カメラが。話が終わっても誰も入ってけーへんし、家に帰ったときに「あ、これほんまなんやな」ってなりました。

仲間を敬う気持ちが、チームのムードを良くする    

──そもそも、吉本新喜劇の座長とはどのようなお仕事なのでしょうか。

まず、吉本新喜劇は私を入れて4名の座長がいてます。それぞれの座長に「座長公演」が割り当てられるのですが、私の場合は大阪にある「なんばグランド花月」、京都にある「よしもと祇園花月」の2ヵ所で1週ごとに公演があります。なので、毎月2本新作を考えなければいけないんです。座員時代は配役をもらって、お稽古をして舞台に上がるのが仕事だったので、そこが一番苦労しました。

作家さんと新作を考え、配役を決めて、社員さんに座員さんのスケジュールを押さえてもらったり、照明さんや衣装さん、大道具さんの手配をしてもらったり……とにかく、自分の座長公演にまつわることはすべて管理しています。

──多忙ですね……。ちなみに、吉本新喜劇には何名くらい座員さんがいらっしゃるのでしょうか?

今は座員が112名いてます。大ベテランの桑原和男師匠が85歳で、下は20歳から。もちろん皆さん芸人なので、個性が強い方ばかり。普通の会社なら、相当まとめづらいメンバーやと思います。それに、年齢でいうと私は下の方なので、基本的に偉ぶったりはしないようにしていて。

酒井さんは、実は柔道2段。

──役職が上がると偉ぶったり、威張ったりしてしまう人もいると思いますが、そうならないための、秘訣は何かあるんですか?

うーん、どんな仕事でもそうやと思うんですけど、一人で仕事をすることってほとんどないですよね。みんなで、何かを成し遂げたり作ったりするワケですから。だから、立場とか芸歴とかは関係なく、全員を尊敬することが大切なんじゃないかと。そう思っていると自然と偉ぶったり、威張ったりしなくなると思うんですよね。

新喜劇の場合はみなさん曲者揃い。だけど座員さんはもちろん、裏方さんも含めて、みなさんめちゃくちゃ優しいんです。それに「やりたいことを、なんでも言うてな」ってスタンスでいてくれはるから、やりたいことをドンドンしていける職場ですね。

──なるほど……! ちなみに、他の座長さんと差別化を図っていることはありますか?

女性の座長は私だけなので、他の男性の座長さんだと照れてしまって台本には入れないような設定を入れたりしますね。たとえばバックハグとか、顎クイとか。あとは学生さんにも見てもらいたいので、TikTokとかYouTubeを見て流行を勉強するとか……。で、そこで拾った要素をネタに入れたりして、若い世代の子に少しでも刺さるような工夫をしています。

「TWICEが流行った時は、このTTポーズばっかりしてました」と、酒井さん。

それ以外の部分で言うなら、公演の時、座員の皆さんによく「あそこ最高でした」って伝えるようにしていて。で、もしダメな部分があったら「今日の演技めっちゃよかったです!でも、こんな演技にしてみるのも良さそうじゃないですか?」みたいな具合に、必ず頑張ってくださったことを讃えてから、提案するようにしていますね。

──確かに、ダメな部分を指摘されるときに、まず褒めてくれると素直に提案も受け入れられるかも。

基本的にビビリなんで、揉め事にはしたくないんです。それに気持ちよく楽しく演技できないと、お客さんにもそういうピリピリしたものが伝わってしまいますから。新喜劇以外の個人間の問題も、座員何人かがいる場で問題提起して話し合ってみて 。真っ向からいかずに、あくまで自分で直せるよう工夫することが大切やなって思います。

チームに必要な人材は「前向きやけど、ビビりな人」    

──ちなみに、酒井さんにとっての理想の上司はどのようなタイプですか?

性別は関係なく、私は気配りと目配りができる人ってすごくカッコいいなって思うんですよ。新喜劇で言うと、小籔兄さん(小籔千豊さん)とかはすごく気配りができる方で。そういう尊敬できる上司を見つけると、自分もそういう上司になりたいって憧れると思うんです。そうすると、「こういう時、あの人ならこうしてるかな」と、自分にも置き換えられるようになります。

──そういう尊敬できる上司がいない場合は……    

もしいなかったとしたら、自分が上司になったらその人みたいにならないように気をつけようって考えます。あとは、良い上司がいる会社は良い会社やと思うので、一か八かだと思いますがそういう上司がいる会社へ転職するのも手かもしれません! アカン上司しかおらん会社はええ会社ちゃうと思うので。

──酒井さんがチームを作る上で、気を付けていることってありますか?

やっぱり公演に出演するメンバー編成ですよね。新喜劇はなんばグランド花月の公演が20人、祇園花月の公演が13人で舞台に立つんです。新喜劇は、波長を合わせることが大事。だから、前向きやけどビビりな人をメンバーに入れるようにしていて。

──前向きだけどビビリ、とは……?

前向きなのってすごく良いと思うんですけど、それだけやと空回りしちゃうことも多くなる。それに、空気も読めなくなるんですよ。たとえば、アドリブでいけそうなところがあっても、自分のことしか考えられないような人はダメ。一人が目立つよりも、物語の邪魔をしすぎない目立ち方ができることが重要。そのためには準備して、周りを見て仕事をしなければいけない。これって、どんな仕事をする上でも、大事なことやと思っています。

──攻撃力と守備力のバランスですね。

新喜劇で言うと、ヤンシー&マリコンヌ(松浦真也、森田まりこのユニット)っていう兄さん姉さんがいるんですけど、お二人はいろんなネタを持っていて、一見するとパワープレイヤーなんです。でも、いつも一生懸命に稽古をしてはって。それってやっぱりアカンかったときの準備やと思うんです。こんな感じで、前向きさとビビりさを持ち合わせている人がたくさんいたら、良いチームが作れるはずです。

──チームメンバーが楽しくはたらくために意識していることはありますか?

先輩後輩関係なく、とにかくたくさん喋るようにしています。会話してみないとやっぱりその人がどんな人かわからないじゃないですか。話す機会が増えると良い面も悪い面も知れますよね。すると「この役はこの人がピッタリだな」とか、会話の中で生まれたノリを舞台上でフッたりできるので。あと、みんなで美味しいものを食べることも大切にしています。美味しいものは、嫌なこともつらいことも食べてる瞬間は吹っ飛ばしてくれますから!

「乳首ドリル」のネタでお馴染みの吉田裕さんと甘いドリンクに舌鼓を打つ酒井藍さん。ワールドツアーでのひとコマ

──最後に今後、吉本新喜劇のためにやっていきたいことを聞かせてください。

まずは、吉本新喜劇っていうものを無くさないことですね。そのために私が見ていた人情味あふれる新喜劇を守っていきつつ、自分みたいに「わたしもこの舞台にあがってみたい!」と、子どもたちに思ってもらえるようにしていきたいですね。

吉本新喜劇を守っていくために、TVのロケに行った時も「吉本新喜劇の酒井藍」とアピールしています。「この子、新喜劇の子やな〜、今度観よか」って思ってもらえたらうれしいじゃないですか。

私、ほんまに新喜劇が大好きなんですよね。コロナで自宅待機中に、新喜劇メンバーの似顔絵を描いていたんですよ。「みんな何してるのかなー」って思って。それがきっかけでこの12月2日〜12月5日に大阪で個展をやることになったんですよ。もし記事を読んだ方で気になる人がいたら、ぜひ足を運んでみてください! ほんで、劇場で生の吉本新喜劇も観ていってください!

「酒井藍・個展・ドキッ!」
⽇程:2021年12⽉2⽇(木)〜12⽉5⽇(⽇)
時間:13:00〜18:00
会場:LAUGH&PEACE ART GALLERY(⼤阪府⼤阪市中央区難波千⽇前3-15 吉本本館1F)
⼊場料:無料

( 文:関戸直広 写真:納谷ロマン)

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編集者/ライター関戸ナオヒロ
さいたま生まれ、さいたま育ちの26歳。居酒屋、ホテルスタッフ、介護施設などで働いていた後、気がついたら大阪に移住。現在は家賃5000円の電気しか通っていないビルの3階に暮らしています。

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