10年で生産30倍!? 名古屋駅の新名物「ぴよりん」が大ブレイクした理由。

2024年6月28日

名古屋名物のお菓子と言えば「ういろう」や「しるこサンド」が第一に思い浮かびますが、近年、そのイメージを覆すほどブームとなっているスイーツがあります。新名古屋名物の、『名古屋コーチンのひよこプリン ぴよりん(以下、ぴよりん)』です。

ぴよりんは、名古屋駅構内で2011年7月から販売されており、以来、二度のブームを経て10年以上にわたり人気が継続。駅構内に2店舗ある‎販売店には連日長蛇の列ができています。

見た目は可愛らしいものの、一見どこにでもありそうなスイーツに見えるぴよりん。なぜ、こんなにも愛されているのでしょうか?開発者の一人である、ジェイアール東海フードサービス株式会社 事業部担当部長(取材当時)の越智謙吾氏に話を伺い、その本質に迫ります。

一日30個しか製造していなかった

——ぴよりんは、将棋棋士の藤井聡太七冠が対局中に「ぴよりんアイス」をおやつに頼んだことでニュースになりました。L’Arc〜en〜Cielのボーカリスト・Hyde氏が好んで自身のライブの差し入れにするなど、著名人にも愛されていますよね。発売当初からずっと人気なのでしょうか?

そんなことはありません。当社は名古屋駅構内で複数のカフェやレストランを運営していますが、ぴよりんは、「新たな名古屋名物をつくろう」という社内の方針により、JR名古屋駅コンコースにある「カフェジャンシアーヌ」の店内飲食用スイーツとして開発しました。

2011年7月の販売開始当初の販売個数は、一日約30個。2013年3月にぴよりんの公式Facebookを立ち上げたのですが、それから徐々に口コミが広まっていきましたね。

ただ、行列ができるほどではありませんでした。

現在のカフェジャンシアーヌの外観

——行列ができるようになったきっかけはなんだったのですか。

売れ行きが急伸したきっかけは二度あります。一度目は、2019年ごろからSNSで自然と盛り上がっている「#ぴよりんチャレンジ」です。

そのころカフェジャンシアーヌでは、店頭のショーケースにもぴよりんを並べていたのですが、意外にもテイクアウトの需要が多くて。

ぴよりんは繊細なつくりなので、「持ち帰る際に崩れやすい」という特徴があります。それを、お客さま同士が、Instagramで「自宅まで無事に持ち帰れたら成功!」と楽しんでくださるようになったのです。いつしか「#ぴよりんチャレンジ」というハッシュタグも生まれ、X(旧Twitter)などほかのSNSにも広まっていきました。

——商品としてはマイナス要素になってもおかしくない「崩れやすさ」が、かえってユーザーの「どうにか崩れないように持ち帰りたい!」という願望を刺激したのですね。

実は、ぴよりんは一つひとつ手づくりなので、大量生産ができません。当時ぴよりんを製造していた名古屋市内のケーキ工房はスタッフ数が少なかったため、一日30個つくるのが限界でした。そこで作り手を1.5倍に増やし、ぴよりん以外のケーキの製造を止め、ぴよりん一本に絞る体制に変えたのです。一日約500個、週末には約800個が生産できるようになりました。

ぴよりんの開発者、ジェイアール東海フードサービスの越智謙吾氏

——二度目のブームはなんだったのですか。

2021年6月29日、藤井聡太七冠が「ぴよりんアイス」を対局中のおやつに選んでくださったことです。公式サイトがアクセス過多でサーバーダウンし、メディアからの問い合わせや取材依頼も急増。店頭にも行列ができるようになりました。

世の中にありふれていないモチーフを

——藤井七冠の対局の翌日、地元メディアがぴよりんをこぞって取り上げたそうですね。その後は連日1,000個以上を売り上げたとか。そもそも、ぴよりんはどのような経緯で開発されたのでしょうか?

もともと当社は、2000年から、名古屋駅にあった別の喫茶店で「シャチボン」というシャチホコ型のシュークリームを販売していたんですね。シャチボンも名古屋名物として人気で1日あたり約100個を売り上げていましたが、喫茶店の閉店に伴い、販売を休止することに。2010年ごろ「次なるスイーツを」と企画したのが、ぴよりんでした。

開発メンバーは、我々本社スタッフ2名と製造担当者2名の4名。シャチボンに代わる「新名古屋名物」となるには、幅広い世代に愛される必要があります。そこで、「丸くてかわいらしいもの」をテーマにアイデアを持ち寄りました。クマ、パンダ……いろいろな案が出ましたが、すでに世の中に似たような商品が溢れています。

その時、製造担当者の一人が、「ひよこはどうですか?」と。丸くて可愛い上、スイーツのモチーフとしては、クマやパンダほどありふれていません。「一度試作してみようか」と、意見が一致しました。

——ぴよりんは、ふわふわした見た目がとても可愛らしいですよね。一口に「ひよこのケーキ」と言ってもさまざまな製法があったと思いますが、なぜ、現在のケーキになったのですか?

ぴよりんは、名古屋コーチンの卵を使ったプリンをババロアで包み、粉末状にしたスポンジをまとわせています。試作段階では、スポンジをまとわせていない「つるん」とした見た目も検討されましたが、ひよこのふわふわ感をどう再現したらよいのか?を考えた結果、製造担当者のアイデアで現在の製法になったのです。

プリンに使う卵も、普通の卵を予定していたのですが、「名古屋名物にするなら」と名古屋コーチンの卵を採用しました。

名古屋コーチンとは愛知県特産の地鶏で、その卵は、一般的にスーパーで売られている卵の2、3倍の値段がするほど上質なもの

ブーム継続の秘密は「地盤」を固めたこと

——二度目のブームから約3年が経った今も「#ぴよりんチャレンジ」の盛り上がりは衰えず、リアル店舗にも行列ができています。開発時、人気が継続するような工夫が成されたのでしょうか?

今になって思えば、意識したことは2つあります。一つは、「一つひとつ手づくり」にこだわること。これだけの需要があれば機械に頼る選択肢もありますが、品質や、人の手ならではの温かみを残すために変えてはいけない部分だ、と考えています。

もう一つは、「地道に地盤を固めてきた」こと。たとえば、ぴよりんには季節ごとの限定品やコラボレーション品があるのですが、限定品は一日に100個以上つくらないことを徹底しました。200個、300個つくればおそらく売れるのでしょうが、生産体制や認知度の基盤が整っていないのに急に手を広げると、品質の低下につながりお客さまが次第に離れ、一過性のブームで終わってしまう懸念があったのです。

名古屋駅構内の売り場の一つ「ぴよりんshop」限定の「チョコぴよりん」

我々はぴよりんを、一時的な商品ではなく、「じっくりと時間をかけて、名古屋の新名物として育ってくれたら」という思いで企画しました。これはどのような事柄にも言えることですが、結果を急ぐと途中のプロセスが疎かになります。「半歩ずつでもいいから前に進もう」という気持ちでここまで進んできましたね。

あとは、ビジュアルの可愛さに加え「食べたら美味しい」ということ。これらが、ブームの継続につながっているのではないでしょうか。

——PR活動もほぼされてこなかったと伺いました

話題性を提供する必要性も感じますが、常に完売状態ですので、まず我々がやるべきことは、一人でも多くのお客さまにぴよりんをお届けすることだと思っています。PRに注力して生産量が追いつかなければ、本末転倒ですから。

——10年以上も完売が続いているのは本当にすごいことですよね

ぴよりんは私一人でヒットさせたわけではなく、売る人、つくる人……、多くの人が協力して成功に導いてきた商品です。

ただこの13年間を振り返ってみると、県外のお客さまからはご好評いただいている一方で、地元名古屋市内では人気を確立しきれていないとも痛感しています。ここ数年、県外からの催事出店依頼は多く、可能な限り出店してきましたが、地元愛知県内での催事出店はとても少なく、また「ぴよりんは知っているが食べたことはない」というお客さまの声から、そのように感じています。そのため、2023年以降は、地元企業とのコラボレーションにも力を入れているところです。

愛知県産の新品種いちご「愛きらり」を使った限定品、「愛きらり®いちごぴよりん」

2023年12月末で累計販売個数が300万個になり、2024年2月には、生産効率アップのため、名古屋駅から約20キロ離れた春日井市に新工場をつくりました。

——これから目指すぴよりんの姿や、大切にしていきたいことはありますか。

あと30年、40年かかるかも分かりませんが、ぴよりんを、「青柳ういろう」や「坂角のゆかり」のような老舗の名古屋名物と肩を並べられる存在になるまで育てたいな、と思っています。

その過程でも、「手づくりであること」「崩れやすい、ふわふわした食感」は欠いてはいけないもの。これらを守りつつ、地道に一つひとつ歴史を積み上げていきたいですね。

(文:原 由希奈 写真提供:ジェイアール東海フードサービス株式会社)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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