「大人になりたい」から乃木坂46を卒業。生駒里奈が見つけた「幸せな人生」を送るための自分ルール

2023年5月30日

2018年にアイドルグループ「乃木坂46」を卒業した生駒里奈さん。5曲連続でのセンターポジション抜擢は、今でもファンの間で語り草になっています。個人での活動も今年で6年目に突入し、俳優として確固たる地位を築いています。これまでは流れに身をゆだねてきた生駒さんですが、このごろは取り巻く環境が少しずつ変化しているのだとか。はたらき方、後輩との関係、将来の夢……俳優・生駒里奈の“現在地”を伺いました。

もっと大人になりたい……。乃木坂46時代に抱えていた焦り

──乃木坂46卒業直後のインタビュー記事では「もっと大人になって成長したい」とおっしゃっていました。当時は、ご自身の現在の姿をイメージできていましたか?

卒業はちょうど5年ほど前の話なので、個人で活動するようになって今年で6年目ということになりますね。6年と言うと、小学1年生が中学1年生に成長するほどの時間の流れです。6、7才の子どもが12才の自分の姿の想像がつかないように、当時私も将来のビジョンはまったく見えていませんでした。

「大人になりたい」と言ったのは、社会性を身につけたかったからです。乃木坂46時代は、プライベートのことはなんでも親に任せきり。一般社会で常識とされていることにも疎かったくらい。ただ年を重ねるのではなく“そっち”の方でもちゃんと大人にならなきゃ、という気持ちが強かったです。

──一般の人たちと自分を比較して、焦りを感じていた?

そういう感覚がありましたね。人格形成にも関わるような大事な期間を仕事に費やしていたので、自立のためのステップアップが充分にできていないと感じていたんです。卒業するまでは、「ちゃんと大人になれるかな……」という不安をずっと抱えていました。もちろん、これはあくまでも私の話です。中には、ちゃんと自立して芸能活動をしているアイドルもいます。

──その「大人になりたい」という気持ちが、乃木坂46卒業の後押しになったのでしょうか?

はい、それが卒業を決めた理由の一つです。グループを離れることに迷いはありませんでした。いつかは辞めなくてはいけない日がくると思っていました。

漠然とした不安はずっとつきまとっていて、先々のことを考えて貯金するようにしていました(笑)。けっこう堅実なんです。

アイドルの生駒里奈から、俳優の生駒里奈へ

──何か大きな目標があって卒業した、というわけではなかったんですね。

私、仕事で目標を立てても、達成できないことが多くて。「この舞台に出たい!」「〇〇の賞をとりたい!」と強く願っても、ことごとく残念な結果に終わる。なぜか、退けちゃうんですよね。

逆に、自信がなくて完全に落とされると思っていたオーディションに受かったりする。なので、私は大きな目標を持たずに、目の前の仕事に一生懸命向き合っていたほうが性に合っているのかもしれません。

成り行き任せだと思われるかもしれませんが、目標に向かって突き進むことだけが人生じゃないと思うんです。よく「目標を持て、大志を抱け」と言いますが、それは望みを叶えることができた一部の人たちの言い分なのでは?なんて思ってしまったり。私はちょっとひねくれているところもあるので、素直に受けいれることができないのかもしれません。

──目標を達成することが仕事のモチベーションになっている人も多いと思いますが、生駒さんはどのようにしてモチベーションを維持しているのでしょうか。

やはり、お客さんやファンの方々からの応援がモチベーションアップにつながりますね。舞台の仕事は、観客の反応がコール・アンド・レスポンスで返ってくるので特にやりがいを感じます。観客席からどよめきや拍手が起こると、このために生きているなあって。

漫画やアニメからも元気をもらえます。私は乃木坂時代、オタクキャラで通していましたが、じつは個人で活動しはじめてしばらくの間は「オタ活」から距離を置いていたんです。なんだか、乃木坂時代を引きずってしまいそうで、コレクションも処分して。すべてをリセットしたかった。仕事とプライベートを切り離して考えられるようになったのは、ここ数年のこと。オタ活も本格的に再開して、楽しい時間を過ごしています。

──やはり、アイドル業と俳優業とでは勝手がちがうものですか?

アイドルは「自分」のキャラクターで勝負しなくてはいけないですよね。でも、私はそれがあまり得意ではなくて……、本当によくやってこれたなぁと思います(笑)。俳優として舞台に立っているときは、与えられた役の仮面をかぶっているような感覚。「自分」を出さなくていいから、楽なんです。どこか、生駒里奈個人としての責任から解放されるというか。

──何がきっかけで、俳優業の魅力に目覚めたんですか?

2017年に上演された「モマの火星探検記」がターニングポイントですかね。劇団・少年社中が手がけていて、これが私の初主演舞台になりました。乃木坂46卒業後も少年社中の舞台に度々出演することになり、次第に俳優としての自覚が芽生えていきました。もう乃木坂46の生駒里奈ではないのだと、けじめをつけるきっかけにもなりました。

メディアに出ると「元乃木坂46」という肩書きが付くことも少なくありませんが、そこにしがらみは感じていません。在籍していたことは紛れもない事実だし、乃木坂46の一員としてがむしゃらになって活動に打ちこんできたからこそ、今の私があると思っています。

過度の期待は捨てて、将来の選択肢を広げる

──グループから個人名義で活動することになって、仕事観に変化はありましたか?

失敗しても成功しても全て自分の責任になる、というのは違いかもしれません。仲間がいるからこそ得られる喜びもありますが、一人の方が失敗したときの精神的負担が少なくて済む、というか。いいことも悪いことも、自分の許容できる範囲で完結したい性格なのかもしれません。

──会社勤めを辞めてフリーランスになる人の中には、個人で活動することに不安を覚える人もいます。

私は特に気後れすることはありませんでしたね。私の場合、先のことに不安を覚えてしまうのは「こうしなければならない」という一つのゴールしか見えていないときなんです。ゴールが一つしかない状態だと、少しでも道が逸れると不安になってしまいます。

私はそうならないように、たくさんのゴールや可能性を予想して、物事と向き合うようにしています。たとえば、電車で目的地に移動するときは乗り遅れる可能性も考えて、さまざまな選択肢を用意します。乗り遅れたらタクシーに乗ってしまおう、早く着いてしまいそうだったら散歩がてら一駅分歩いてみよう。

そうやって、万が一のことがあっても気持ちを切り替えられる余裕が、私には大切なんです。あらかじめ対策を練っておけば、不安も軽減されます。行動の選択肢を一つ増やすだけでも、心が軽くなるんです。

──希望的観測だけではなく、まさかの事態にも備えておいた方がいいということですね。

仕事に限らず、何事に対しても過度の期待はしないようにしています。どう転んでも臨機応変に立ち上がれるような、しなやかさを持ち合わせていたいなって。

人生設計でも同じような考え方をしています。生涯独身を貫いて芸の道を突き進むのか、それとも30代のうちに結婚や出産を経験するのか。田舎で自給自足の生活をおくっている可能性もありますよね。先のことはわかりませんが、どの選択肢を選んだとしても幸せだと感じられるように、頭の中でシミュレーションしているんです。

後輩の成長を後押しできるような先輩になりたい

──日ごろからさまざまなオファーが舞いこんでくるかと思いますが、どのような基準で仕事を選んでいますか?

難しそうな仕事を優先して選ぶようにしています。経験値が上りそうな仕事であったり、まだチャレンジしたことがない役であったり。

──未知の分野を切り拓いていく感じなんですね。

ただ、体を張るような企画は体力的についていけなくなってきたかもしれません(笑)。

──卒業してからの5年間で、ご自身が成長したと感じることはありますか?

年下のキャストから相談を受けたときに「自分も少しは成長したのかなあ」と感慨深くなります。

最近は「お母さん気質」が芽生えてきたのか、思い悩んでいるアイドルの子たちがかわいくて。眠れない夜を過ごしていた、かつての自分とも重なる部分も多い。だからこそ、少しでもプラスに導けるアドバイスをしてあげたくなります。

──後輩にはどういう先輩でありたいですか?

優しい先輩になりたいです。もう一度この人と仕事をしたいと慕われるような存在。現場で頼れる先輩たちに囲まれていたからこそ、私はいままで生き残ってこられました。

特に、同じ秋田県出身の俳優さんの存在が大きいです。あちらも私の存在を意識してはいたようですが、最近やっとお会いすることができました。同郷という安心感もあるし、お互い秋田から出てくることの大変さも身に染みているので、共感し合えます。個人的な悩みも気兼ねなく相談できるので、とてもありがたいです。

──逆に、ご自身が課題に感じていることはなんですか?

もっと出演作品を増やしたいです。これまでは緊張感を抱えたまま舞台や撮影が終わることも多かったのですが、最近は共演者の演技を見て学んだり、自身の演技を振り返ったりする余裕も出てきました。ここからスリーステップくらい駆け上がっていきたいです。

幼少時代から抱いてきた、スーパーヒーローへの憧れ

──いまの仕事を続けていて、よかったことを教えてください。

自分のはたらいたお金でちょっと高級なお店にも行くことができる、ということでしょうか(笑)。今より若いころはそれが嬉しくて、一人で焼き肉に行ったりもしました。もう、あのころの食欲はなくなってしまったので、そのかわりとして最近では「いとこ会」を開いています。弟やいとこたちを集めて、私の気の済むまで料理をご馳走する食事会です。大学生のいとこが本当によく食べるので、ご馳走しがいがあります。よしよし、たくさんお食べ、といった感じです(笑)。

若者におもてなししたくなる、「お母さん気質」なのかもしれません。その境地に足を踏み入れるのは少し早い気もしますが、こういうときにケチにならない自分になれたことには、幸せを感じます。

──芸能界に進まなかった人生を考えたりすることもありますか?

たまに考えますね。この道に進んでいなかったら、たぶん社会生活になじめずに親に頼りきりの人生だったかもしれません。

もともと根暗でしたが、芸能界に入ってから性格も明るくなりました。とても大変な時期もあったけど、この仕事と出会わなかった人生の方が苦労は多かったんだろうなって。いまの仕事に生かされているのだと、つくづく思います。

──大きな目標は立てないと仰っていましたが、今後チャレンジしてみたい仕事はありますか?

本音を話すと、仮面ライダーになりたいです。昔から『スーパーヒーロータイム」(テレビ朝日系列による日曜朝の子ども向け番組枠)が好きで、いつしか仮面ライダーを演じる自分を思い描くようになりました。

まだ自信がない部分もあったので、その夢は胸にとどめていたんです。でも、去年出演した舞台をきっかけに考えを改めました。共演者の中にライダー役を経験した方がいて、当時の現場の話を聞いていると、どうにもうらやましくなって。

同郷の俳優さんの中にも仮面ライダー役を経験している方かいるので、これはもうやるしかない!って。過去にもこの思いを口にしたことはありますが、改めてここで宣言します!

(文:名嘉山直哉 写真:小池大介 スタイリスト:津野真吾(impiger) 衣装協力:Y’s ヘアメイク:スズキユウジ(MAXSTAR))

生駒里奈さん出演作品情報

『忌怪島/きかいじま』
Ⓒ2023「忌怪島/きかいじま」製作委員会
公開日:2023年6月16日(金)
配給:東映
【公式HP】https://kikaijima-movie2023.jp/

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ライター名嘉山 直哉
紙媒体、WEB媒体で活動。健康、移住、郷土料理、散歩、DX、IoT……と、専門メディアでなければ執筆のジャンルは問わない。本業の傍ら「富士そばライター」(非公式)を名乗り、「名代富士そば」の魅力を発信している。
「富士そば原理主義」 https://fujisobamania.com/

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