フルタイム会社員しながらの五輪代表、1週間のルーティンとは。

2024年5月20日

2028年のロサンゼルスオリンピックの新種目に決まった「フラッグフットボール」は、アメリカンフットボールのルールを基本に、腰につけたフラッグを取り合いながら点を競う競技です。

フラッグフットボール日本女子代表の近江佑璃夏さんは現在、なんと会社員としてフルタイムで勤務しながら、平日の夜にトレーニング、週末に練習に参加しています。決して易しくはないキャリアを歩みながら、日本代表として世界に挑む近江さんに、「はたらく」ことへの思いやキャリアへの向き合い方、日々のモチベーションについて伺いました。

さまざまなスポーツに取り組む中で、フラッグフットボールの虜に

──近江さんは現在、フラッグフットボールの日本女子代表として活躍されています。そもそも、フラッグフットボールとはどのようなスポーツなのか教えていただけますか。

フラッグフットボールはアメリカンフットボールが起源になって生まれたスポーツです。ボールを持って走ったりパスをしたりしながら相手チームのエンドゾーン(コートの端のエリア)にボールを持ち込むと得点になります。アメフトではボールを持っている選手に対してタックルをして攻撃を防ぎますが、フラッグフットボールでは腰につけたフラッグをとることで相手の攻撃を止めることができます。タックルがないので体格差がハンデにならず、いかに相手の陣地の奥までボールを運べるかという戦略が鍵を握っているスポーツです。

──近江さんは、どんなきっかけでフラッグフットボールに出会ったのですか?

もともとアメフトの実業団の選手だった父が引退後、母とともにフラッグフットボールを始めたので、私も3、4歳のころから週末になるたびに両親の練習についていっていました。4つ上の兄はアメフトをやっていたこともあって、常にアメフトやフラッグが身近にある環境だったんです。中学1年生のときには母が所属している女子チームで初めて全国大会に出て、優勝することもできました。

──では、子どものころからフラッグフットボール一筋だったんですね。

いえ、実は小さいころは水泳や器械体操、ダンスなどほかにもいろいろな習いごとをさせてもらっていたんです。中高の6年間はバスケ、大学ではチアリーディングに打ち込んでいて、フラッグフットボールはあくまで好きなスポーツの中の一つという感覚でした。

その中で、中学校のバスケ部を引退したあと、私が運動部の仲間を誘ってフラッグフットボールの大会に出たこともありました。部活とはまた違う雰囲気で練習も楽しかった。出場チーム数が少なかったこともありますが、中学女子の部で優勝できました。

 ──その後、日本代表としてフラッグフットボール一筋になるきっかけは?

2021年、大学4年生のときに「フラッグがオリンピック種目になるかも」と囁かれ始めたんです。オリンピックに出られる可能性があるなら挑戦してみようかなと思ってトライアウトを受け、それ以降はもう、フラッグ漬けの毎日ですね。

──さまざまなスポーツを経験されてきた中でも、フラッグフットボールならではの魅力はどこにあると感じていますか?

やっぱり戦術ですね。フラッグフットボールはサッカーやバスケにおけるセットプレーを繰り返して得点を競うスポーツなので、「このシチュエーションならこのプレーを選ぼう」というディスカッションをチーム全員で重ねながら試合を構成していくんです。戦術によっては、女子チームが男子チームと練習試合をしても勝てることがある。年齢や性別、体格にかかわらず勝てるチャンスがあるというのがフラッグのおもしろさだと思っています。

新しい環境への不安は感じない。社会人としてはたらくのが楽しみだった

──フラッグフットボール選手としての活動の一方で、近江さんは現在、会社員としてもフルタイムで勤務されているそうですね。普段はどんなお仕事をしているのでしょうか?

人材サービスを提供するパーソルキャリア株式会社に勤め、営業コンサルタントとして、主に製薬メーカーや医療機器メーカーといった医療関係のクライアント企業を担当しています。課題を感じている企業の方に対し、プロジェクトを一緒に推進していける専門性の高いフリーランスの方を紹介・提案することが主な業務です。2022年に入社したので、今年で3年目になります。

地元が大阪で、大学時代まではずっと関西に住んでいたのですが、日本代表の活動拠点が主に関東ということもあり、東京の会社に就職したいと考えていました。採用試験を受けていく中で、パーソルキャリアの掲げているビジョンやミッション、はたらいている人たちの価値観に一番共感できたので、今の会社に入りました。

──新しい環境に飛び込んでいくことへの不安はありませんでしたか?

なかったですね。むしろ、社会人としてはたらくのが本当に楽しみでした。自分がこれからどんなキャリアを描いていくんだろう、やりたいことをどこまで実現できるんだろうという希望でいっぱいで。私は新しいことにチャレンジするのがめちゃくちゃ好きで、不安より先にとにかく楽しもう!と思うタイプなんです(笑)。

就活中も、人生のおよそ3分の1は仕事をしている時間にあたるわけですから、その仕事を楽しまないでどうするんだろうと思っていましたね。「ワークライフバランス」という言葉がありますが、私としてはワークとライフを切り分けなくてもいいんじゃないかな、と思っていて。はたらくことは人生そのものでもあるのだし、「ワークアズライフ」と考えたほうがしっくりくるなと。

常に100%の力で仕事と活動を両立させる必要はないと気付いた

──フラッグフットボールの練習やトレーニングと会社員生活を両立させるとなると、時間の使い方が大変なのではないかと思います。普段はどのようなスケジュールで練習と仕事に取り組んでいるのですか?

今は、平日は週5で9時から18時ぐらいまではたらき、退社後にジムで筋力強化などのトレーニングをしています。土日は基本的に1日中チームで練習していますね。フラッグフットボールは作戦が重要なので、攻撃や守備のパターンを何通りもシミュレーションします。そう言うと、「両立が大変では?」とよく聞かれるんですが、自分としてはあまりそう感じていないんです。むしろ、頭を使う仕事のあとにトレーニングで体を動かすとリフレッシュできて、次の日も元気な状態で朝からはたらけるので、意外といいリズムで両立できているのかなと。

……たださすがに、会社員1年目のころはちょっと大変でした。今までろくにアルバイトもしてこなかったので、1日8時間はたらいてしかも座りっぱなし、という状況が本当にきつくて(笑)。最近はできるだけ残業をしないようにしているのですが、新入社員のころは慣れない仕事を前に遅くまで業務を続けてしまうこともあったので、トレーニングに一度も行けない週も多かったんです。そうなると土日の練習で体が思うように動かなくて、しんどかったですね。

──その壁は、どのように乗り越えたんでしょうか?

業務自体に慣れたことも大きいのですが、あるとき、自分が仕事もフラッグもどちらも100%でやろうとしていたことに気づいたんです。

最初のころは自分の体力的なキャパシティが分からなくて、仕事が忙しくてもトレーニングや練習を調整せず100%の力でやっていた。その無理がたたったのかよく高熱が出るようになってしまって……。そんな経験から、常に100%の力を出し続けるのは無理なんだなと気づきました。

当初は、仕事にかけられる時間が80%、フラッグにかけられる時間が20%の週があったりするとナイーブになってしまっていたのですが、いまはそういう週があってもいいから、自分の体調も見ながら調整していこうと考えられるようになりました。

──2022年にはお仕事を続けながら、Blue Roses(ブルーローゼズ)というご自身のチームも立ち上げられていますよね。

そうですね。フラッグはまだまだマイナースポーツで、新しいチームがほとんど出てこないことが課題でもあるので、フラッグ全体を盛り上げたいという気持ちからチームを立ち上げたんです。

フラッグやバスケなどの経験者や、私と同じタイミングで上京した友人たちを誘って始めたのですが、やっぱり社会人が多いと日々の仕事もありますし、フラッグに対するモチベーションも人それぞれなので、チームをまとめるのがなかなか大変でした。

今もその点には悩んでいるのですが、最近はチームに高校生も増え、アンダー17(17歳以下)の日本代表やオリンピックを目指している子たちも入ってきてくれたので、高い目標を追いかけて頑張ることを楽しめるチームになりつつあると感じています。

日本代表としても、会社員としてもグローバルな視点で「挑戦」を続けたい

──先ほど、ワークとライフをあまり切り分けていない、というお話もありましたが、近江さんがはたくことや生きることにおいて大切にしている考え方はありますか?

勝つこと、周囲の人たちに感謝すること、挑戦し続けることの3つです。勝つことには子どものころからこだわっていますね。やるならなんでも一番を目指そうという環境で育ってきたので、小学校の運動会のかけっこですら絶対に負けたくなくて、公園で練習していたのを覚えています(笑)。

社会人1年目のときも、絶対に新人賞をとりたいという強い気持ちで頑張って、結果的に賞をいただけたのが大きなモチベーションになりました。「負けたくない」という気持ちは仕事の提案においても役立つと思うので、これからも持ち続けたいと思っています。

周りへの感謝も常に忘れないようにしています。仕事の中では大手企業の社長や執行役員の方々に提案をすることも多いのですが、そんな大先輩が社会人歴数年の自分に相談をしてくださるなんてすごいことだなと常々思うんです。そういった意味でも感謝の気持ちは持ち続けたいな、と。

それから、挑戦し続けることの大切さは、初めて日本代表として世界大会に出たときに強く感じました。フラッグの強豪国であるアメリカと戦ったんですが、結果的に20点差という大きな点差で負けてしまったんです。でも、国内の試合では味わえないような海外の選手のスピードや身体能力を感じることができたのが本当に楽しくて。体格差はありつつ、戦略・戦術次第では得点できることを実感できた試合でもあったので、大きな自信につながりました。

──「挑戦すること」を怖がらず、むしろ楽しめるのは、近江さんならではの強みだと感じます。そういったマインドを持つための秘訣は何かありますか?

意外に思われるかもしれませんが、私はもともと小心者で、幼少期は本当に恥ずかしがり屋だったんです。何かをやりたいと思っても手を上げる勇気が出ないことが多くて。でも、そういった経験を通じて、結局「やらなかった」という記憶が一番後悔すると気付いたんです。

それからは、とにかく挑戦してみることを心がけるようになりました。そのうち、できないことがあっても挑戦し続けているうちにどうにかなることは多いし、やってみた結果の失敗はむしろプラスになると思えるようになりました。

──ロサンゼルスオリンピックを前に、ますますのご活躍を期待しています。最後に、近江さんのこれからの挑戦について教えてください。

オリンピック出場権の獲得に向けて、今の自分に一番必要なのは海外挑戦だと思っています。やっぱり今はまだアメリカやメキシコ代表のほうが断然強いので、そういった海外のチームから学ぶことが、自分が成長する上での一番の近道かなと。

その上で、仕事においてもグローバルな視野を持ちたいと思っています。現在フラッグフットボールのために海外に行っているときは、会社にサポートしてもらい、休暇ではなく「みなし勤務」の扱いで活動しています。今後は、海外遠征のときも自分で収益を得られるようなスキルを身につけていきたいですね。

現状、フラッグフットボールはまだまだ知名度の低いスポーツで、スポンサーがついてプロ選手として活動ができる環境ではありません。だからこそ収益のことを考えざるを得ない部分もあるのですが、自分としても会社の仕事での学びをフラッグに、フラッグでの学びを会社の仕事に活かすことはできると思っているので、挑みがいのある目標だと感じています。

(文:生湯葉シホ 写真:鈴木渉)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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