「わかりみしかない」 恋愛迷子な男女を描いた漫画『ラブらず』の誕生秘話を作者に聞いた

2022年3月2日

スマートフォンが普及してから、サイトやアプリでWebコミックを読む人が増えました。共感を呼ぶ漫画はSNSで多くシェアされ、一気に拡散される傾向があります。一風変わったラブ未満コメディ漫画ラブらず ラブがわからずのふたり』(以下『ラブらず』)もその1つで、Twitterで10.9万件ものいいねを集めるほどバズっています。(2022年3月時点)

『ラブらず』では、恋愛に漠然とした憧れはあるものの、どうすれば相手に恋愛感情を抱けるのかわからない恋愛迷子な男女が描かれています。だからラブコメではなくラブ「未満」コメディなのです。最近は恋愛がなくても楽しく過ごせる男女が増えているようで、多くの人がTwitterで「わかる」と共感ツイートをしています。

作者の梅里 汐先生は、主にTwitterでWebコミックを公開して漫画家デビューを果たしました。書店員の仕事をしながら漫画家の仕事をしている梅里 汐先生に、どのように漫画家デビューをして人気漫画『ラブらず』を生み出し、どのようにパラレルキャリアを歩んでいるのかお聞きしました。

マイナーな恋愛観もメジャーな恋愛観も否定せず、楽しく描く

――「恋愛に漠然とした憧れはあるが、どうすれば相手に恋愛感情を抱けるのかわからない恋愛迷子な男女」を描こうと思ったきっかけは?

私自身が恋愛迷子で、友人に「恋愛というものに漠然とした憧れはあるが、どうすれば相手に恋愛感情を抱けるのかわからない」と相談したら、意外と共感してもらえることが多かったんです。それで「もしかしたら自分みたいな恋愛迷子の人がたくさんいて、恋愛や結婚をしている人にも自分の恋愛迷子な部分について共感してもらえきる部分があるかもしれないから、作品にして届けてみよう」と思いました。

――今っぽい恋愛観かもしれませんね。

今は娯楽がたくさんありますし、恋愛しなくても楽しく生きていける時代だと思います。私も漫画があれば楽しく生きていけるタイプ。漫画のほかにもアニメやゲームなどで好きな作品もありますし、友達と会って話すだけでも十分楽しいです。

『ラブらず ラブがわからずのふたり』©梅里汐/COMICポラリス

私の周りには、類は友を呼ぶのか「恋愛しなくても大丈夫」という友人が多いのですが、突然マッチングアプリで恋活を始めたり、婚活して結婚したりする友人もいて。ある時びっくりして理由を聞いたら「恋愛したいというよりは、大切な人を見つけたい」といった言葉が返ってきたんです。すごく素敵な考えだなと思いました。

そんな温度感の男女を中心にした『ラブらず』では、多種多様な恋愛観をポジティブに伝えています。実際にSNSでも好意的な反響をいただけて、今は「少し変わった価値観があってもいい」「いろいろな人がいていい」「自分は自分でいい」と、自分を型にはめずとも受け入れてもらいやすい社会になっているんだなと感じます。

――自分の思考や価値観を作品化するメリット、デメリットはありますか?

自分の価値観を反映させて漫画を描くのは初めてで、やっぱり照れくさいですね。でも「言わない限りはバレないから大丈夫!」と思って描いています。

良いことは、自分の考えを深掘りして伝えられることです。私は飲み会などで恋愛の話を振られてもうまく答えられず、家に帰りながら「どう答えればよかったのかな……」と考えることが多いんです。自問自答してようやくたどり着いた自分の考えを漫画にするのは、いいアウトプットの機会になっていますし、自己理解も深まります。

――リアルな恋愛観を作品化するにあたって、気を付けていることはありますか?

恋愛の話に限らず、すべての漫画において何かを否定するストーリーにはしないよう、誰かの心に棘となって刺さりそう表現は避けています。『ラブらず』では恋がわからない2人の男女にスポットライトを当てていますが、恋がわかる登場人物たちも楽しそうに描くことで、恋がわからない人もわかる人も否定せず、受け入れる構造にしています。

『ラブらず ラブがわからずのふたり』©梅里汐/COMICポラリス

出版社へ持ち込むもうまくいかず、SNSからWebコミックの道へ

――梅里 汐先生が漫画家を目指したきっかけは何ですか?

もともと漫画が好きで漫画家に対する憧れもあり、趣味で漫画を描いていましたが、社会人になってから「もっと長い時間をかけて漫画を描きたい」と思うようになり、本格的に漫画家を目指すようになりました。

2回ほど出版社に持ち込んだのですがうまくいかず、それから数年間はクオリティを上げるためSNSに漫画を投稿し始めました。それ以来、楽しく活動を続けています。今はWebコミックのお仕事をもらえるようになりましたが、読者として漫画を楽しむことも多いですね。

――漫画家になってから、漫画に対する姿勢の変化は生まれましたか?

ほかの漫画家さんの漫画を細かく見るようになりました。技術や演出はもちろん、どこまで線がはみ出しても許されるかなど、ありとあらゆる面で注意しながら見ています。とても勉強になるんですよ。漫画家さんがどれだけ丁寧に描いているかもわかり、自分の反省点がたくさん見つかります。目を背けたくもなりますが、ぐっと堪えて精進しています。

『ラブらず ラブがわからずのふたり』©梅里汐/COMICポラリス

――漫画を描いていて一番「楽しい」と感じるのはどんな時ですか?

描きたかった物事が読者の方々にきちんと伝わり、「良かった」と言ってもらえた時です。私は30ページくらいの漫画を1か月ちょっとくらいのペースで描いているのですが、その間はひたすら独りで原稿に向き合っているので、描き進めれば進めるだけ「これで大丈夫かな?」と不安になります。「この作品は本当におもしろいのだろうか」、「1か月という期間を捧げる価値があるのだろうか」、「時間の無駄じゃないだろうか……」と、いろいろな疑問が浮かんできて。モチベーションを上げるために、セルフケアとして自分を褒め倒しながら描いていますが、誰かからの反応があるわけではないので、やっぱり不安なんです。

そうやって悩みながら描き終えた漫画に対する「良かった」という言葉ほどうれしいものはありません。ベースにあるのは「自分が楽しいから描く」といった気持ちですが、やっぱり誰かが読んでくれるから漫画を描き続けられるんです。私の漫画を読んでくれて、その上応援までしてくださる方たちには、いつも心から感謝しています。

――読者からの「良かった」という言葉は、どういった形で届くことが多いですか?

私はTwitterでの活動が長いので、リプライで応援の言葉を受け取ることが多いです。リアルタイムで読者さんの声が聞けるのはSNSならではで、本当にうれしいですし、その場で自分もお返事できるのが良いところだなと思います。これはSNSでコメントをもらいやすいWebコミックの良さでもありますね。

――従来の漫画誌などではなく、Web コミックとして作品を公開することに関してはどう感じていますか?

Webコミックの良さは、掲載する気軽さと読んでもらえる可能性の高さだと思います。漫画家デビューする前は、SNSなどにWebコミックとして自分の漫画を掲載し続けていました。そこで編集者さんに見つけてもらって声をかけてもらい、ようやく漫画家デビューに漕ぎつけたんです。スマホやSNSが普及していないころだったら、まだデビューできていないかもしれないし、今ほどたくさん漫画を描いていないかもしれません。

Webコミックはネットで気軽に読める分、読者の方々の反応が受け取りやすい点もおもしろいです。結果が数字で可視化されるのが怖くもありますが、まずは知ってもらいたい私にとってWebコミックはとてもありがたい場所です。

縛られないから続けられる。パラレルキャリアも悪くない

――漫画が完成するまでの工程を教えてください。

描きたい話、描ける話、自分に合う話の3つの軸でテーマをそれぞれ考えて、どんどんネタを書き出していきます。ネタ出しにかかる日数はまちまちですが、パソコンの前で考えていると思いつくタイプなので、そこまで時間はかかりません。

話のネタとプロットが出来上がったらネームに入り、順調に進めば3日で完成します。うまくいかなければ完成せず……、またネタとプロットからやり直します。ネームができたら、下絵に1週間、線画に2週間弱、ベタ・トーンに1週間というペースで進めます。下絵からは頭ではなく手を動かす時間になるので、1週間単位でスケジュールを立て、特に何も考えず黙々と進めます。トータルだと、1か月ちょっとかかりますね。

上:ネームと下絵 下:完成図
『ラブらず ラブがわからずのふたり』©梅里汐/COMICポラリス

――漫画家以外にも、書店員のお仕事もされていますよね。

はい、今は半々くらいの割合で仕事を両立させています。書店ではたらいていると、人気作品の売れ行きが間近で体感でき、ふだん自分が読まないジャンルにも触れられるので、漫画家としても参考になります。

書店員の仕事が休みの日は、ほぼ漫画を描いています。漫画を描く日は目覚ましのアラームをかけずに寝ているので、午前中に起きられないことがほとんどです(笑)  時間で進み具合を管理するのが苦手なので、1週間単位でスケジュールを作り、その日のノルマが終わるまで作業するようにしています。夕食後にだらだらする時間がありますが、夜になってから追い込み作業に入って、ノルマが終わったら寝ています。

――なぜ漫画家を専業にせず、なぜ書店員の仕事も続けているのでしょうか。

一番の理由は、まだ漫画家の収入だけで生活するのが難しいからです。それに、漫画家の仕事では家に引きこもりがちになりますから、書店員の仕事は社会に交われる大事な時間でもあって、両立させたほうが心身のバランスが取りやすいと感じています。漫画家を専業にするのはゆくゆくの目標にしたいですね。

――今後のキャリアプランについて、考えていることはありますか?

漫画を長く描き続けるのが夢で、それができるはたらき方が理想です。漫画家というと漫画に一点集中するキャリアプランをイメージしがちですが、そうなってもいいし、そうならなくてもいいと思っているんですね。良くも悪くも、あまり明確なキャリアプランを立てずにはたらくのが自分に合っている気がしていて。

「一点集中しなくてもいい」という考え方を持てたのは、パラレルキャリアで「どちらかに絞らなくてもいい」と実感できたからかもしれません。自分の中でこだわる部分とこだわらない部分の境目を決めるのは難しいのですが、「こうでなければならない」と自分を縛らないほうが、長く漫画を描けるんじゃないかと思っています。そもそも人生は紆余曲折あって予測不能ですから、その都度柔軟に考えていきたいですね。

――最後に、これからどんな漫画を描きたいか教えてください。

いろいろなジャンルの作品を描いていきたいですが、読んでくれた方が温かい気持ちになれる話を描きたいという思いが軸にあります。シリアスでもコミカルでも、読了後にじーんと尾を引く感動を与えられる作品に憧れていて、自分もそういう漫画を描きたいなと。

私自身、書店の休憩室で漫画を読んで感動した経験があります。休憩時間が終わったばかりの憂鬱なタイミングでも、漫画のことを思い返すと温かい気持ちになれて、いつもより軽やかな気持ちで職場に戻れるんですよね。私の漫画もそうして誰かの心を温める存在になれたらと思っています。

『ラブらず ラブがわからずのふたり』©梅里汐/COMICポラリス
https://comic-polaris.jp/loverazu/

(文・秋カヲリ)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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