なぜ、東京生まれの美大生は神社ではたらくことを選んだのか?

2022年3月23日

福岡県北九州市。はるかな関門海峡に面して鎮座するのが創建1800年の「和布刈(めかり)神社」です。そのインスタグラムには、凛とした美しい写真が並んでいます。

和布刈神社のアカウント「@mekarijinja

プロフィール欄で「和布刈神社のひと」と名乗る“中の人”は、現在、神主見習いとしてはたらいている櫻井麻衣さん。神奈川県に生まれ、東京の美大を卒業。その後、この九州最北端の神社に辿りつき、はたらきはじめたと言います。

ユニークなキャリアを歩む櫻井さんの仕事観と、神社でのお仕事について伺いました。

神社は“はじまり”を守り続ける場所

photo Takumi Ota

「神社での私の朝は、8時30分の朝拝から始まります」と櫻井さん。朝拝とはご祭神にお供えとご挨拶をする毎日の行事のことで、続いて掃除をし、9時30分からは授与所を開けて参拝客にお守りなどを渡すと言います。

「午後の過ごし方は日によってまちまち。公式サイトを管理したり、新しい授与品のコンセプトを考えたり。たとえば、お守りって今は布の袋に入っているけれど、昔は木の枝や小石だったころもあるようなんです。それを現代で表現したらどんな形になるかな?って考えたりして企画を進めています」

色鮮やかで美しい“秋の暖簾”

「これは、参拝される皆さんを季節の植物とともにお迎えしたくて染めてみました」

そう言って見せてくれたのは、茜の根で染めたという暖簾。春夏秋冬の決められた期間だけ、境内にあるギャラリー兼ショップ「母屋」にかけるものだそうで、その季節ならではの植物で染めているそう。

神社の書籍や文献から企画のヒントを探すこともあり、知識を仕入れるための読書の時間も多いとか。ただ、「和布刈神社の場合は創建が1800年前と古いので、なかなか資料が見つからなくて……。文献をかき集めるのに苦労していますね」と笑います。

例のインスタグラムへの投稿も櫻井さんのお仕事の1つ。アカウントは2つあり、1つは写真を、1つはイラストを主に発信しています。

別の担当者が描いたイラストを掲載する「@mekarijinja_itookashi
冒頭で紹介した、写真をメインとするアカウント(@mekarijinja)のうちの1枚

「イラストのアカウントでは、写真では表せない神社の背景や豆知識などを。一方、写真のアカウントは神社そのものを紹介することを主として発信しています。写真全体のテーマがあるとしたら、“朝5時”、でしょうか」

日が昇ってまもない神社には静かで凛とした空気が流れているといい、実際に撮影している時間帯は朝5時じゃないことも多いそうですが、イメージは“一日のはじまり”なんだとか。

“はじまり”に注目する理由は?そう尋ねると、「何かに迷った時、自分の原点に立ち返れるといいな、という思いから」。

そもそも神社とは、“はじまり”を守り続けている場所だ、と櫻井さんは言います。

「当社では毎年、旧暦の元日に神職が鎌でワカメを刈りとってお供えし、豊漁などを祈る『和布刈神事』を行っています。これは、この社の創建の様子を表すものとされているんです。私たちも、何か選択に迷ったときに自分の“はじまり”に思いを馳せられれば、生きづらさの中にも希望が持てたり、目標が出てきたりするんじゃないかな、と思うんです」

背景が描けなくて“はじまった”

そう話す櫻井さんの“はじまり”はどこだったのでしょう?たずねると、「中学の時、科目選択で『体育』か『美術』かで迷った時」という答えが返ってきました。

成績が良かった2つの科目のうち、美術を選んだ櫻井さん。しかし、静物画を描いた時に教師から言われた一言が、胸に突き刺さりました。

「背景がないのは、絵じゃないよ」

当時、目の前に置かれたモノは描けましたが、それ以外は筆が進まず、どう描けばいいのかわからなかったと言います。その後、時を経て美大へ進学した櫻井さんはデザインを専攻し、“背景問題”とは一時、距離を置くことになります。

「大学在学中に東日本大震災が起きました。当時、自分ができることはないか探したけれど、美術が必要になるのはすごく後のことなんだって気が付いた。だったら、今は、大事なことが風化しないような作品を作っていきたい、という想いが生まれたんです」

そのためには、現代美術も学びたい。そう志した櫻井さんは、デザイン科を卒業した後、現代美術の道で大学院に進学。当時手がけた作品の一つが、「対岸」です。

作品名「対岸」。「東京TDC賞2016」のトライアル部門で入賞。

古来、あの世とこの世をつなぐとされるのが橋であり、“川を越える”ことが特別視されていました。櫻井さんのサイトには、作品についてこう綴られています。

“ 2012年、私は訳あって家族とともに22年過ごした生家を出て、同じ市内の川を一つ超えた家に移り住んだ。家族との会話は減り、喧嘩が増えた。私はこの状況を『川を渡ったことによる目に見えない作用』なのではないかと考えるようになった。その境界線上に居座って、橋を手に入れようとしたのだ。”

「対岸」の制作風景。実在する橋をフロッタージュ技法でコピーしていく。

櫻井さんは、近所にある13mほどの橋を、A4のコピー用紙に鉛筆で擦り出すフロッタージュ技法で写し取りました。大切なもの、忘れたくないものを残しておく手段として、櫻井さんは、このアナログな“手動コピー”に手応えを感じていました。

石ころさえハイクオリティ 自然への畏怖

大学院を卒業した後はアニメスタジオへ就職。NHKのアニメ番組のジオラマのセットや空間演出の担当になりました。櫻井さんはここで学生時代の苦い“背景問題”と再び向き合うことになります。

「物語ごとに、森、海、砂場、町などいろんなシチュエーションを作りました。実物を観察しに出かけることもしばしばで、海辺で石ころ1つ見てもこのクオリティはすごいな!って感動しちゃうんです。神さまの力とは言わないまでも、何かの影響が連続してこの石が生まれる、いろんな複合的なことから環境がつくられる、ということに、素直に畏怖の気持ちが湧きました」

視聴者はみんな、背景じゃなくてキャラクターを見ている。それはわかっていたけれど、背景がないとお話が進みません。たかが背景、されど背景。

「背景をつくり続けるうち、何かを前にしたときに、そのモノが持つ“背景”を知りたいと思う気持ちがどんどん育っていきました」

こうした美術の仕事に従事して5年が経つころ、不規則で夜型になりがちな生活に疲れ果ててしまったという櫻井さん。彼女が次にはたらく場所として選んだのは、関東にある神社でした。

土偶、祭祀、“はじまり”

美術と神社。一見、遠い関係のように思える両者ですが、櫻井さんの中では地続きでした。

「美術表現って、現代はいろんな形があるけれど、すごく遡ればたぶん土偶だと思うんです。土偶は、古代人の『好き!』という気持ちから作られたものもあれば、祭祀のために作られたものもある。祭祀は、生きる上で忘れたくないことを儀式にしたものだから、祭祀のための土偶は『大事なものを残すための美術表現』だ、と思い至りました」

だったら、自分も「祭祀を学びたい」と思ったと言います。同時に、櫻井さんは、神社が“はじまり”を守り続けている場所であることにも注目していました。

「どんな神社にも由緒があります。昔、そこで何か劇的なことがあったから社を建てて、清めて、長い間守ってきた。あるいは、単純に誰かが『ここ、いいよね』って愛したからかもしれません。そういう“はじまり”を形にした場所が神社なら、最初に守りはじめた人の純粋な気持ちを一緒に残していきたいと思いました」

そこで、関東の神社の求人に応募し、念願かなって就職を果たしました。

が、巫女として神事の補佐を行いながらはたらくこと2年。人を呼び込み、経済的な利益を得たがる神社側と、次第に価値観が合わなくなって退職。その後、まもなく新型コロナウイルスの流行が始まりました。

失意の底にあった櫻井さんでしたが、悩んだ末にもう一度、戸を叩いたのが和布刈神社です。

「ある求人メディアで、和布刈神社が『人が来なくてもいい』と言い切られているのを見たんです。こんな神社もあるんだ……と思って、飛行機に乗って実際に神社を訪ねました」

自分の目で神社の雰囲気を確かめ、応募を決めた櫻井さん。合格の通知をもらい、それまで縁遠かった福岡県に単身でやってきました。現在の肩書きは、巫女ではなく「神主見習い」。神主になることを目指し、日々、祭典の作法や雅楽を学んでいるといいます。

スズメはやっぱり死んでいた “終わり”を見つめる神社

photo Takumi Ota

海を一望できる和布刈神社では、海葬を執り行っています。

「漁師さんの信仰も厚くて、死んだ後は海に帰りたいという人の声も多かったことから、海洋散骨を始めたと聞いています。これまで、神社では『おめでとうございます』と申し上げることが多かったけれど、和布刈神社では『お悔やみ申し上げます』ということの方が多くて驚きました」

神社では通常、死を“穢れ”として忌むのが一般的ですが、海洋散骨を行う和布刈神社では喪中の親族の来訪も多いのだそう。

神社としてはじまりを伝える場所でありつつ、終わりの場所でもある和布刈神社。はたらいて1年が経つ櫻井さんは、「私は今まで、都会で生きて、死に対して遠くにいすぎました」と、ぽつり。

「関東にいた時、スズメって無限にいるような気がしていたんです。あんなにたくさんいる鳥なのに、一度も死骸を見たことがなかったから。でも、自然が豊かなこちらに来てからは、スズメの死骸を見ました。お互いに争って死んでしまった動物の骸を見かけることもよくあります。私たちもやがては死ぬ。時間も、命も、体も、無限だと感じていると、生きていることを実感しにくくて、幸せも感じにくい。だからどんどん生きづらくなる。でも、ここへ来て、命は有限だと実感できたからでしょうか、気持ちが安定して、小さなことで躓かなくなった気がします」

その人の絵の一部として貢献したい

もとはといえば、大切なことを残すことを追求し、物事の背景を追い求め、“はじまり”にも魅せられていった櫻井さん。

「最初に神社を守りはじめた人の純粋な気持ちを一緒に守っていきたい」という気持ちから飛び込んだ神社の世界で、紆余曲折を経た今も、想いはまったく変わらないと言います。

神社の各所を転写して歩く櫻井さん

かつて手がけた美術作品「対岸」で用いた “手動コピー”は、大切なものを残す手法として今も活躍中。和布刈神社でもいろんなところをコピーして回っているといいます。

ここで働くようになって、これまでずっと意識してきた“背景”についても、少しだけ「見つけやすくなった」と櫻井さんは言います。

「神社の背景、地域の背景、そして、一人ひとりの人生の背景。いろんな背景に対して、物理的にも精神的にも少しずつ思いを馳せられるようになってきた気がしています。でも、まだまだもっと見えるようになりたい。それらがちゃんと見えたら、その人が生きている絵の一部として、私もきっと何か貢献できると思うから。それぞれの背景に対して、私は何ができるのか。今後もずっと考え続けます」

(文:矢口あやは 写真提供:櫻井麻衣さん)

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ライター・編集・イラストレーター矢口あやは
大阪生まれ。雑誌・WEB・書籍を中心に、トラベル、アウトドア、サイエンス、歴史などの分野で活動。2020年に一級船舶免許を取得。

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