【感情労働とは】仕事がつらいと思ったら……、もしかしてタダで笑顔を売っていませんか?

2022年4月21日

お客さまに対し、どんなときでも笑顔や気遣いを求められる。理不尽な要求に応え続けなければならない。偽りの仮面をかぶり続けて、自分が自分じゃなくなっていく……。もしも職場でそんな苦しさを感じているとしたら、それはもしかしたら「感情労働」が原因かもしれません。

近年、耳にすることが増えてきた「感情労働」。どんなはたらき方なのか。なぜ苦しいのか。幸せにはたらくにはどうすればいいのか。そんな疑問に答えるべく、書籍『はい。作り笑顔ですが、これでも精一杯仕事しています。』(KADOKAWA)の著者であり、ブラック企業や“やりがい搾取”の問題にも詳しい日野瑛太郎さんに聞きました。

表に出す感情を常にコントロールし続ける「感情労働」

――日野さん、そもそも「感情労働」とはどんなはたらき方なのでしょう?

ざっくり言えば、人間の「感情を使って行う労働」のことで、「肉体労働」「頭脳労働」に続く3つ目の労働形態だといわれています。

最初に提唱したのは、アメリカの社会学者A・R・ホックシールド氏。1984年に出版された書籍『管理される心:感情が商品になるとき』の中で、相手を特定の感情に誘導するために、自分の感情を加工する労働形態のことだとしています。

つまり、「態度の悪い客が来ても、怒りを表に出してはならない」という風に、感情がルール化された労働スタイルだともいえます。そんな風にはたらいたことで、心身ともに疲れ果て、燃え尽き症候群になってしまう人も多いと言われているのです。

しかし、日本は「感情労働」という言葉さえ、まだまだ知られていないのが現状です。

――どんな職種に多いんでしょう?

感情労働の代表職種は、サービス業や接客業の全般。それから、営業職、看護師、保育士、介護士、教員、フライトアテンダント、コールセンターのオペレーターなどが挙げられそうです。「その時々の感情を、別の感情に加工して表現するはたらき方」はすべて該当すると思います。

私自身は先述の職業に就いたことはないのですが、会社の中で該当すると感じるシーンは多々ありました。学術的な定義とは異なりますが、「上司の理不尽な要求にもグッとこらえて、笑顔で接し続ける」「場の空気を読んで、感情を抑え続ける」といったはたらき方も、私は広い意味で「感情労働」にあたると考えています。

――確かに、それはどんな職種にもありうる話。多かれ少なかれ、誰もが「感情労働」に携わっているんですね。

世界でもトップレベルの“感情労働大国”ニッポン

――サービス業や接客業といえば、日本はトップクラスのクオリティだとか。世界と日本を比べたとき、「感情労働」の内容にも差がありますか?

あります。たとえば海外を旅したとき、接客業の人がムスッとしていることに驚いたことはありませんか?でも、本当はあちらが世界のスタンダードであって、どこに行ってもきめ細やかなサービスを受けられる日本の方が稀なのです。

日本では、どんなに非常識な客であっても邪険にせず、誠実に対応します。だから、日本のサービス業のクオリティは世界一と謳われるわけですが、こうした低価格・高品質なサービスは、サービス業従事者に感情労働の負担を強いることで成立している面もあります。

とくに日本の場合は、「お客さまは神さまです」という考え方がいまだに根強く、客の立場が店員よりも強くなりがち。そうした点でも、海外より日本の従事者の方が過酷であるように感じます。

――日本では、なぜこれほど「感情労働」が常態化してしまったんでしょう?

大きな原因の一つは、日本経済の成熟によって市場が飽和したこと。必要最低限のものはみんなの元に行き渡り、もはや商品自体の「スペック」や「価格」だけではほかとの差別化ができなくなりました。そこで、次の競争力として「サービスによる差別化」が台頭したのです。

同時に、「お客さまは神さま」とする風潮もあったことから、日本は「サービス=0円」というガラパゴス化した道を歩みはじめてしまいました。

あなたは感情労働に向いているか? 

――感情労働系の職業を選ぶ前に、チェックすべきことはありますか?

感情労働は、一見やさしい業務に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際は常に感情をコントロールし続けることになるので、本当は専門職に近いもの。感情を使うことに耐えうる適性があるかどうかが、実は非常に重要です。

しかし、現在は人手不足で、なおかつサービス業の求人もまだまだ多いので、適性がないことに気付かずにはたらき始めてしまう人も多いかもしれません。結果として、うまく感情のコントロールができず、苦しむ人が増えているように思います。

――「感情労働」の適性の有無は、どのように見極めれば?

これまでさまざまなケースを見てきて、私が「向いている」と感じるタイプは2つあります。

一つは、仕事とプライベートをスパッと区別できるタイプ。以前、カスタマーセンターではたらく人に話を聞いた際、電話口で怒鳴りまくるクレーマーについて「珍獣みたい」の一言で片付けていて、まったく気にしていませんでした。家に帰っても引きずらず、趣味に打ち込むのが日課だとか。このように、淡々とこなせるタイプは向いているといえそうです。

もう一つは、理想の姿を追求するプロフェッショナルタイプ。高級ホテルのホテルマンに聞いた話では、宿泊客から無理難題を突きつけられるほど燃えるとか。プロとしていかに要求に応えるか、チャレンジするのが面白いのだそうです。

まとめると、前者のような「オンオフをはっきりとつけられるタイプ」、後者の「仕事に熱中してスキルを極めていくタイプ」は、感情労働に向いているといえそうですね。

――ここに当てはまらない人たちは?

もしかすると、感情労働には、あまり向いていない可能性があります。今、私の周りを見わたすと、幸せな形でキャリアを築いている人たちは、自分が向いていること、得意なことをしてきた人たちが多いように感じています。なるべく早いうちから向き・不向きを見極めて、自分がもっと「向いている」と思える分野に向けて、舵を切り直すのも一つの手かもしれません。

とはいえ、そもそも日本の「お客さまは神様です」という風潮や、“やりがい搾取”を行う企業が残念ながら存在すること、そしてサービスが0円だと捉える風潮があることなどを踏まえれば、向いていない人の方が多いはず。感情労働に従事する人の苦しみをなくすためには、社会全体が変わる必要があります。

そして、もし向いていなかったり、環境を変えられなかったりしても、心身を守りながらはたらくコツがあります。

――そのコツ、ぜひじっくり教えてください。ここから先は、ケースごとのQ &Aスタイルでお届けします。

教えて、日野さん!感情労働の現場でココロを守るコツ

Q.感情労働系の仕事を選ぶとき、どんな観点に注目すればいいですか?

A.“やりがい搾取”に注意。ぜひ裁量のチェックを!

感情労働の職を選ぶ人は、「人のために動くことにやりがいを感じる」「困っている人の助けになりたい」という価値観を持つ人も多いようです。そのため、感情労働の現場では“やりがい搾取”と思われるようなケースも。やりがい搾取とは、やりがいを報酬がわりにして、割に合わない仕事をさせることを指します。仕事を選ぶ際には「やりがい」だけでなく、給与の額や休みの取りやすさ、福利厚生などにも目を配ることを忘れないでいただきたいです。

なかには、「やりがいを与える」と言いながら、実は業務がマニュアル化されており、はたらく人にほとんど裁量が与えられていないケースも。もし、「やりがい」を重視して感情労働を選ぶなら、ちゃんと裁量をもらえるかどうかをチェックしてみてください。

Q.モンスタークレーマーに遭遇して、怒鳴られたり、罵られたりすると数日落ちこんでしまいます。上手な対処法はありますか?

A.相手が一線を超えた時点で、「接客」をやめましょう。

相手が「客」として許される範囲を超えてきたと思ったら、こちらも「店員」として接することをやめてしまうのも手です。そこから先は、店長を呼ぶ、警察を呼ぶなどして、違うルールで話をしてみてはどうでしょう。一人で対処しないことが肝心です。

どう合わないのかにもよりますが、まずは1対1だけの関係に持ち込まないことが大切です。一人で対処せずに、たとえば上司の上司、上司の同僚などにやんわりと事情を話してみるのも手。明らかに上司に問題があるなら、組織の中で浮いているはずなので、周囲に力を貸してもらえれば望みの形になるかもしれません。

Q.感情労働でストレスが溜まります。日野さんはどう対処していましたか?

A.モヤモヤを言語化し、ブログに書いていました。

愚痴を文字にして吐き出すことは、心理学的にも有効だと聞きます。私も、理不尽だと思ったことについて、どうしてそう思うかを論理立てて、ブログに書き連ねていました。それだけでスッキリしたこともあったし、それを世の中に発信すると、たくさんの共感が返ってきたから、「そっか、やっぱり間違えているのはあっちだよね」と思えて頑張れた一面も。

もし今、仕事が苦しいと感じるなら、それはなぜかを書き出して、整理してみるのも有効かもしれません。

Q.今の仕事を続けていきたいのですが、ときどき辞めたい衝動に襲われます。続けるために有効な方法はありますか?

A.どんな形でもいいので、外とのつながりを確保しておきましょう。

私は一時期、採用関係の仕事を担当していたことがあります。その時にはよく転職サイトに登録している求職者のデータベースを見ていたのですが、そこには激務で知られる有名企業の人たちがこぞって登録されていました。ただ、転職する気配がない方も少なくなく、不思議に思ってご本人たちに聞いてみたところ、理由は「精神安定剤になるから」という答えが多かったんです。外部からスカウトをもらうことで、会社を出たければいつでも出られるのだと思えて安心する、そうやって過酷な日々を乗り切っているとのことでした。

大切なのは、社内だけでなく、社外ともつながりを持っておくこと。副業がOKなら、別の仕事を通じて外部と関わってみるのもいいと思います。そうすれば、今の仕事の良さが分かったり、あるいはその逆だったりして、新たな判断材料が見えてくるはずです。

はたらいていると、社内の価値観に同調しなければならない気がしてくるもの。でも、うまくいかなくて、悩むことのはよくあること。そんなときは外の世界を思い出し、自分らしい価値観ではたらける環境がほかにも必ずあることを忘れないでくださいね。 

(文:矢口あやは)

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ライター・編集・イラストレーター矢口あやは
大阪生まれ。雑誌・WEB・書籍を中心に、トラベル、アウトドア、サイエンス、歴史などの分野で活動。2020年に一級船舶免許を取得。

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