なぜ「体育会系」がビジネスで重宝される?元サッカー日本代表・鈴木啓太さんに聞いた。

2024年4月23日

「スポーツに打ち込んだ経験は、社会に出てからも強みになる」――部活や習い事などのスポーツの場でも、就活などのビジネスの場でも、こういった言葉を耳にします。また、積極的に体育会系出身者を採用する企業も少なくありません。

スポーツを通して得たものは、本当に社会に出て「はたらく」ときに役に立っているのでしょうか。具体的に、どんな経験を活かすことができるのでしょうか。

サッカー元日本代表・鈴木啓太さんは、現役引退後、腸内細菌の研究やそれを基にした腸内ケア商品を提供するAuB(オーブ)株式会社を立ち上げました。

スポーツ選手から一転、企業の代表としてビジネスパーソンとなった鈴木さんは、「サッカーとビジネスには共通点がある」と言います。

「周りの人を喜ばせたい」が原点

──鈴木さんは2015年にサッカー選手を引退して、2016年には現在の会社を起業されました。いきなり経営者になることに不安はありませんでしたか?

「自分にやれるかな」という不安はなかったですね。むしろ、一般的な経営者と同じようには「やれるはずないだろう」と思っていました。サッカーをはじめたばかりの人に、いきなりサッカー選手になれるなんて確信ないじゃないですか。それと同じです。

もちろん経営の基礎的なことは勉強しましたが、しっかりビジネススクールに通ってMBAをとる、みたいなことは結局しませんでした。経営者の知り合いに相談したら、実践で学んでいけばいいとアドバイスをもらって。今ではもう少し勉強しておけばよかったと思うんですが(笑)。

──そもそも、なぜ「起業」の道を選んだんですか?

引退する時に「僕はサッカー選手になって何がやりたかったのか」って振り返ったんですよ。

最初は、一番身近なファンである母親が、自分がゴールを決めたときに喜んでくれたのが強烈にうれしかった。だから母親に喜んでもらうためにサッカーをしていました。

そこから、浦和レッズの6万人のファン・サポーターを喜ばせたいという思いになり、日本代表に選ばれたことでその対象が日本国民にまで広がりました。こうして喜びを広げていくことができるのが、サッカーはじめスポーツのすごい力です。

今ビジネスの世界ではたらいているモチベーションも、身近な人から喜びを広げていきたいという原点から変わっていません。

サッカーでもビジネスでも、仕事って全部そういうものだと思うんですよ。どれだけの「ありがとう」がもらえるか。自分の中心にあるのは「周りの大切な人を喜ばせたい」という思いなんだと気付きました。

今は会社の経営者なのでまずは従業員が楽しくはたらけることが大事。その先で、お客さまや、これから製品を使う方にも喜んでいただきたいと思ってはたらいています。

──すると、「プロサッカー選手」と「経営者」の二つのキャリアは、鈴木さんの中ではつながっているんですか?

そうです。そもそもぼくはネクストキャリアやセカンドキャリアって言い方は違和感があって「同じ人間の人生じゃん」って思うんです。ぼくが一番カッコいいと思うのは三浦知良さんの「職業、カズ」のスタンスですね。

スポーツとビジネスの共通点

──ずばり、サッカーとビジネスに共通点はありますか?

たくさんあります。サッカーは一人じゃ勝てないんですよ。いいパスを出して、受けて、サポートし合うというチームとしての動きは、会社も同じ。

たとえば、誰のボールだかわからない「ルーズボール」は会社でもよく起きますよね。「私の仕事じゃない」とみんながお見合いしていると、相手のボールになってしまう。いち早く自発的に取りに行くことは、はたらくときにも大事です。

また、会社組織もサッカーのフォーメーションと一緒だなと思ったんです。研究部門から商品開発につないだパスを、前線にいる営業に送る。営業がそこからゴールを決めるという勝負です。

ただ、サッカーの場合は場所や時間が限られているし、みんなが絶対唯一のルールを共有しています。ビジネスはスポーツと比べてルールがその時々によって変わったりもしますよね。なので、ビジネスはサッカーに比べてめちゃめちゃ広いピッチで戦っている感じです。

──なるほど。団体スポーツの「チームワーク」は会社で仲間とはたらくことにも通じますね。やはり、スポーツに真剣に取り組んできた人は、ビジネスの現場でも力を発揮するのでしょうか?

成果を出すためにやるべきことを整理して、コミットメントする力は強いと思います。

ただ、そのためには目標設定が大事。スポーツでは「勝つ」という分かりやすい目的があるのに対して、はたらくことの目的はもはや死生観にも近いものですよね。スポーツほどシンプルではありませんが、「はたらくことを通じて何をしたいのか」というイメージが持てると、そこに向かっていきやすいんじゃないかと思います。

僕自身、サッカー選手を目指している高校生の時に、ロードマップを描いていました。「何歳までにこれを達成する」という目標のためには「1年後はこうなっていなければいけない」という姿を描いて。そのために半年後は、3カ月後は、1カ月後は……と落とし込んでいくと、今やるべきことがわかる。

あとは、スポーツにおける「切り替え」の力も生きますね。それは、単に失敗を引きずらないのではなく、「失敗したけど、次は絶対成功させてやる」というメンタリティです。うまくいかなくても「まだ途中経過っすよね?」みたいな、タフな精神が役立つと思います。

マネジメントとサッカーも似ている?

──企業の社長として従業員をマネジメントする立場で、難しさを感じることはありますか?

今、10名くらいの社員をマネジメントしているのですが、難しいですね。会社としての目標があって、社員それぞれの人生の目標もある。今は顔が見えてみんなの性格も把握できる距離感ですが、人数が増えたらきつくなるなと思います。

だから、みんなに合わせるより、会社に合わせてもらえるように企業理念を整えたり、活動指針を発信したりすることが大事だと考えています。

──サッカーでチームコンセプトを掲げるのと近いでしょうか?

サッカーの場合はもう少しわかりやすくて、結果が「勝ち負け」という形で、試合単位でわかるじゃないですか。目標も「チームの優勝」という誰もが目指したい成果のことが多い。

でも、ビジネスでは数カ月~1年単位の複数のプロジェクトが同時並行で進んでいるので、その間にすれ違いが起きてしまうんですよね。考え方を常に合わせていく必要性を感じます。

もちろん、会社の夢と個人の夢が同じでなくていいと思っています。お互いの夢を追い求めた結果、進む方向が一緒であることが重要だと思っていて。採用もカルチャーフィットを大事にしています。

──鈴木さんは経営者として、どんな「チームづくり」を目指していますか?

ボトムアップが理想ですよね。僕が強烈なカリスマであればトップダウンでもいいと思うのですが、僕はそういうタイプではない。「こういう世界をつくりたい」というビジョンがあって、「どうやったらその世界に近づけるか」を仲間と一緒に考え、ギャップを埋めていくイメージなんです。

みんなが持っているいいアイデアが、どんどん出てくるようなチームをつくりたい。それは一人の人間が出せるアイデアには限界があるからです。間違ってもいいし、そもそも誰も正解は持ってないはず。

そこに強烈な個性を持った仲間がいたら、心強いと思います。元サッカー日本代表の闘莉王みたいなのがいたらおもしろいじゃないですか(笑)。

(文:岡田果子 写真:小池大介)

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編集者/ライター岡田果子
編集者、ライター。趣味・実用書の編集を経て、IT系のWebメディアへ。その後キャリアインタビューなどのライティング業務を開始。ITや教育、医療など、専門性の高い現場でお話を聞いて伝えることが得意です。

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