年間1,400人以上を見るお笑い学校講師・桝本壮志さんに聞く「新人育成のコツ」

2022年9月29日

新卒社員や後輩に「アドバイスが刺さらない」「相談してくれない」「指導がパワハラにならないか心配」といった悩みを抱える人は多いはず。

そこで、吉本総合芸能学院(NSC)で講師を務める桝本壮志さんに「若手育成」のコツを伺いました。 兼近大樹さん(EXIT)やオズワルド、ぼる塾、空気階段など、数多くの人気お笑い芸人を担当してきた桝本さん。今までに教えた生徒の総数は、7,000人以上にのぼります。NSCによる授業の評価アンケートでは、10年連続で人気投票数1位を獲得するなど、生徒からも大人気。桝本さんが新人の成長をサポートするために、心がけていることとは?

教育現場では「新人がフルスイングできるような環境づくり」が大事

──NSCではネタづくりや発声、演技など、さまざまな講義があると伺ったのですが、桝本さんはどういった授業を受け持っているんですか?

僕は「ネタ見せ」の授業を担当しています。目の前で生徒が披露したネタに対して、その場で改善点をレクチャーするんです。僕は「ホメ出し」と呼んでいて、あくまで「ダメ出し」にはならないようにしています。

「ネタ見せ」の授業風景

──「ホメ出し」とはどういうことでしょう?

まず「こういうところが良かったよ!」と褒める。そこから、お笑いとして弱かったところのアドバイスをします。たとえば、声が大きすぎてお客さんが引いてしまっているコンビがいるとするじゃないですか。社会でも初対面で声が大きい人がいるように。その場合、いきなり「声がデカすぎ!客を無視しすぎ!」と指摘すると萎縮しちゃいます。「すごく発声が出ていて良かったよ。でも大きすぎるとお客さんと距離が生まれるよね?」と切り出した方が、アドバイスを受け入れてもらいやすいです。

──なるほど!社会人が後輩を指導するときにも役立ちそうな発想ですね。

企業の新卒社員にも言えることですが、吉本興業に入りたての新人さんたちって、基本的には萎縮しているんです。体が縮こまっていると、例えば野球でもボールは遠くに飛びませんよね。若手は細かな技術を知らない分、打席に立って無邪気にフルスイングできることが魅力。その利点を出せるフルスイングさせる環境づくりが大切だと思っています。

──桝本さんが生徒さんの肩の力を抜くために、心がけていることはありますか?

最初の授業では「いかに僕をなめてもらえるか」に注力します。「僕の授業では何をしてもいいです。足を伸ばしてもいいですし、おやつを食べようが、寝ようが、怒りません。だけどネタだけは面白くやろう。あとトイレはきれいに使ってね」って。

授業中、突然バースデーを祝う生徒たちの様子。「普通、授業中はやりませんよね(笑)。生徒たちがリラックスできている証拠だと思います」 

そして些細なことではありますが、なるべくコンビ名をインプットするようにします。名前を呼ばれることで、相手は「あ、俺はここにいていいのか」と緊張感がほぐれるんです。

──確かに今日ご挨拶した時も、桝本さんはすぐ私の名前を呼んでくださいましたよね。

これは自然と身についた僕の癖です(笑)。講義ではこうやって小さなことを積み重ねることで、少しずつボールの飛距離を飛ばしてもらえるよう、心がけています。

「相談してこない」は上から目線!後輩の信頼を得るためのスタンスを

──しかし、どれだけ「自由にやっていいよ」と伝えても、実際に後輩が自由に動いてくれることは珍しいです。仕事の相談すらしてくれないし……。

まず「相談してこない」と考える時点で、上から目線なんです!まずは日頃の振る舞いから「自分が相談されるレベルの人なのか」を考えてみてください。それは実力の有無ではありません。重要なのは、自分の目線が後輩と合っているか、です。若い世代は目上の人に対し「失敗したら、変なことを言ったら怒られるかも」という怖さを抱えています。だからこそ、自分からグッと目線を下げてください。

──桝本さんが「目線を下げる」とき、どういった行動をとることが多いですか?

僕は自分の傷口を曝け出すようにしています。先に、僕の失敗談になってしまうのですが……実は、NSCの講師として教壇に立つようになった当初、構成作家として番組を18本受け持っていたんですよ。

それで、最初の授業でも「俺、『笑っていいとも』とかをやってて〜」みたいな「売れっ子」のスタンスでした。でも、生徒たちが全然前のめりになってこない。そりゃそうですよね。最初から「俺が若いころは……」みたいな自慢をする人に、心は開けません。

そこで、次の授業からは「俺、実は一回芸人を辞めてるし、今は違う職業だけど、結構楽しいよ」とか「俺、結婚してたんだけど今はバツイチで」とか、自分の失敗を話すようにしたんです。そしたら皆が少し前のめりになりました。「あ、こんな大人でもいいんだ」って。

講義中の桝本さん

年齢も離れているし立場も違うから、決して友達の関係にはなれません。ただ、先ほども伝えた通り「なめてもらう」ことで、生徒の精神的な負担は軽くなります。

──では、実際に「アドバイスを聞き入れてもらう」存在となるにはどうすればいいと思いますか?

「この人の言うことに従えば、なんか得するかも」という気にさせることでしょうか。

仮に、若手が「上司に挨拶するのは面倒だな」って思っているとします。そこで「嫌な先輩と会うとき、『おはようございます』の一言で立ち去れるのはお得だよね。挨拶がない世界だといちいち『昨日は阪神が勝ちましたね』とか話さなきゃいけないし」って説明するんです。その方が、「ちゃんと挨拶しなさい!」と諭すよりも納得してもらえることが多い(笑)。

──会社では若手に対して、会議のセッティングや電話応対など「本人がやりたくない」業務をお願いしなければならないこともあります。桝本さんは生徒に「やりたくないこと」とどう向き合うように伝えていますか?

「生きてりゃ、やりたくないことって多いよな。でも仕事を断るのもいいけど、1回は受け取って2回目から断りなよ」とアドバイスしています。

僕自身の経験ですが、もともと1993年から芸人として活動していて、紆余曲折あって1997年から放送作家に転身しました。それで2010年に池上彰さんのニュースバラエティ番組『池上彰の学べるニュース』(テレビ朝日・現『池上彰のニュースそうだったのか!!』)の構成を担当することになったんです。

当初はコントやバラエティ番組をやりたかったし、政治や経済に詳しいわけではなかったので「僕で良いのか」と半信半疑のまま仕事を引き受けました。そしたら、どんどん多角的な視点と知識、教養が身につくようになって、いつの間にか『サンデージャポン』(TBS)などに呼ばれても、政治経済についてコメントできるようになっていました。

池上さんの番組での経験も然り、どんな仕事がどこでどう結びつくか、分かりません。だから、僕はよく「1回は受け取って2回目から断りなよ」と伝えるんです。

──逆に、本人がやりたい芸風と、向いている芸風に乖離があるとき、桝本さんはどうアドバイスしますか?

可能性を狭めてしまうので「こっちの方が向いているよ」とアドバイスすることはありません。ただ「いきなり専門家になろうとしないで」とは伝えるようにしています。いま売れている芸人だって、「リズムネタしかやらないぞ」と最初から方向性を固めているわけではありません。むしろなんでもやっているような人の方が、引き出しが多くなって活躍できるんです。

間違った方に人生を振ってきたからこそ講師を続けられる

──相手の立場に立って接し方を考えるべき、というのは理解できました。しかし会社で後輩のミスが重なってしまうと、つい声を荒げてしまうこともあります。後輩や部下の失敗とどう向き合えばいいのでしょうか?

僕は大前提として「若手にとって厳しい環境」になるのが嫌なので、怒りの原因を客観視しながら、気持ちを落ち着けるようにしています。

あと、僕は明石家さんま師匠の考え方を参考にしました。師匠は「イラっとさせるやつにわざわざ怒らなくてもいい」と自分へ言い聞かせると同時に「俺は相手に怒れるほど偉いんか?」と考え直すんだそうです。すると「俺はそんなに偉くないから、ここで怒らないようにしとこ」と冷静になれると。

でも、そういったマインドを身につけるまでに時間がかかりましたよ。僕、NSCの講師を始める前の劇作家時代はパワハラ気質でしたから。ネタ見せで「向いてないから辞めたら」と芸人さんに言ってしまったこともありました。時代が経って「パワハラ」「モラハラ」という言葉が生まれた時、やっと自分の過ちに気付いて。しかも「向いてない」と伝えてしまった彼は、R-1グランプリで準優勝になりました。再会したとき、とにかく平謝りしましたね。

多分、僕が講師を続けていられるのは、こうやって間違った方向にいっぱい人生を振ってきたからだと思うんです。人の心をないがしろにしていたけれど、生徒のおかげで一つひとつ是正できた。本当に、NSCの講師という立場を与えてもらってよかったと思います。

──では、桝本さんが芸人講師を続ける中で、葛藤したことや、苦労したことはありましたか?

そうですね……苦労ではないのですが、NSC講師になったときは、先輩方からの「芸人を辞めたやつがなんで講師になってるんだ」という陰口も伝え聞きました。特に傷つきも怒りもせず「確かにな」と受け止めたのですが、いまだにその答えを模索中です。

ただ、僕みたいに辞めた人間だからこそ「おもろい」を俯瞰し、言語化できるのが強みなのかな、と思っています。天才的なサッカー選手が必ずしも名監督ではないように、天賦の才能をもったプロの芸人が「どうやったらおもろいか」を言語化できるとは限らない。逆に僕だから「教える」というアプローチに変換できるのでは、と。最近なんとなくおぼろげには答えが見えてきました。

──最後に、2010年から現在に至るまで、長きにわたり芸人講師を続けてこれたモチベーションを教えてください。

テレビやYouTube上で偶然教え子の姿を見かけたり、異業種へと転職したやつら──消防士や活弁士、もしくは結婚して田舎で農業を営んでいる人などが、毎年正月に「こんなことをやっています」「子どもが生まれました」と報告してくれたり。かつて教えていた生徒が、楽しそうに生きていることです。

桝本さんのSNSには、時折卒業生との記念写真が投稿される。

中でも特に印象に残っているのは、11年前に担当した生徒。「桝本さんが先生をやっているのを見て、僕も先生を目指したくなりました」と、教師の道に行ったんです。僕に会うことによってダメになった人もいるかもしれないけれども……好転していく姿を見ると、「やっていて良かったな」と思います。

(文:高木望 写真:小池大介)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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