「仕事行きたくない」朝が一変。事務職から転身した女性配達員が語る、小さくて大きな“やりがい”の正体

2023年8月4日

「すごく印象に残っているのは、美容院に行った後の一週間、組合員(利用者)さん100人ぐらいから『髪切った?』って聞かれたことです」

そう言って笑うのは、生活協同組合コープさっぽろ 宅配システム「トドック」の配達員を8年6カ月務める、山木江里さんです。

山木さんはそれまで5社を経て直近は事務職に就いていましたが、仕事にやりがいを見だせず、「仕事を休みたい」と思うことが日常茶飯事だったと言います。

しかし、配達員になって、そんな仕事へのモチベーションが一変。仕事を「辛い」と思うどころか、仕事に役立つ資格を自ら取得しに行くほど、はたらくことが苦ではなくなったと言うのです。

この仕事を「定年まであと19年はやりつづけたい」と語る山木さん。配達員という“天職”との出会いと、多くの人と出会う中での心境の変化を辿ります。

初日は体が悲鳴をあげた

山木さんは事務の仕事をしていたころ、「自分の代わりはいくらでもいる」、「自分がいなくてもきっとどうにかなるだろう」と心のどこかで感じていました。そんな思いからズル休みしてしまったことも、正直あったと言います。

「何か違う仕事をしてみようかな……」

求人誌を眺めていて、見つけたのが「トドック」の配達員の仕事でした。

すぐに応募することはなかったものの、その数日後、犬の散歩中にトドックの配達員が、荷物を運んでいるところに遭遇します。

「体を動かす仕事って、なんか楽しそうだなって。運動は好きですが、それを仕事にしようという発想は、それまであまりなくて」

山木さんは再び求人誌を開き、応募を決意。そうして、配達員としてはたらくことになりました。

入協(入社)初日は、「とにかくしんどかった」と言います。一日の配達件数は、多い時で約90件。トラックの乗り降りを繰り返すだけで、体が悲鳴を上げました。

「すごくきつかったです。帰ったらご飯も食べないでソファーに倒れ込むような状況で、正直、もう辞めちゃうんじゃないか自分、と思いましたね」

配達先で、気遣いのつもりでやったことを「余計なことしないで!」と利用者 に言われてしまい、泣きたくなったこともあります。けれども、次の配達先では50代前後の女性が、「ありがとう」と温かい笑顔で迎えてくれました。

トドックは、利用者の平均年齢が68歳 。山木さんが担当してきたのも、一人暮らしの高齢者や、子育て中の家庭がほとんどです。利用者は圧倒的に女性が多いと言います。

辛いことがあっても、配達先で優しさに触れると、「ああ、次は同じ失敗をしないようにしよう」と思えたそうです。

「仕事行きたくない……」で始まる朝が一変

前職と180度異なったのは、山木さんにとって、配達員の仕事内容一つひとつが「嫌じゃない」ということでした。

2リットルの水のペットボトルを3ケース、4階まで階段を上り下りして運ばなければいけない時も、当然「重い!」とは感じますが、自分のペースでできるため、疲れさえ乗り越えれば、あとは切り替えてはたらくことができました。かつ、「別のエリアでほかの配達員も頑張っている」と思うと、前向きな気持ちになれました。

少なくとも山木さんの中で、「仕事を休みたい」と思うことは一日もなくなりました。

前職時代の話が信じられないほどテキパキと動き、ほかのスタッフとも明るく交流する山木さん

入社したてのころは複数のエリアをかわるがわる担当していましたが、5年目を迎えた2019年、山木さんの担当エリアは、札幌近郊のとある学園都市に固定されました。

すると次第に、「これは自分にしかできない仕事なのでは?」と思う気持ちが増していきます。

というのも、毎日9時台から16時台まで同じエリアを配達して回るため、地域の人たちが、山木さんの存在を認識するようになったのです。

たとえばある日の配達中、道ばたで高齢の女性から呼び止められた山木さん。その女性はトドックの利用者で、山木さんに「飼っている柴犬が逃げてしまった。見つけたら教えてほしい」と頼み、焦った様子で犬を探しに行きました。

山木さんが「はい、わかりました」と答え配達に戻ると、今度はほかの利用者が、芝犬を一匹連れて山木さんのほうへ歩いて来たのです。

「山木さん、この柴犬知らない?」

山木さんはすぐに、飼い主の女性に連絡。無事に柴犬は、のもとへ帰って行きました。

「周辺で『犬が逃げたらしい。飼い主さんが探している』という情報が出回っていたようで、『山木さんなら何か知っているんじゃないか?』と声を掛けてくれたようです。私は常に配達で、その地域内を回っているので。

こういうことがあって、以前は『あー仕事行きたくない……』と朝思うのが普通でしたが、今は居場所がある気がして、朝起きると『さ、行くか!』って思えるんです。自分の中ではすごい変化ですね」

同じエリアを担当して4年以上が経つ。地域のお年寄りや子どもたちともすでに顔馴染みだ

無限に時間があったら、一件一件に留まり「話」を聞いてあげたい

ある時は95歳の利用者の女性が、「これまで何度か配達担当の人が変わってきたけど、あなたは私が死ぬまで、ずっと変わらないで来てね」と山木さんに言いました。

その女性は、山木さんと話をするのが大好き。ある暑い夏の日には、「喉が渇いたでしょう。飲んでいくかい?」と氷入りのお茶を用意し、山木さんが飲み干す間に一生懸命話をしてくれました。

一人暮らしの高齢者の中には、「一週間のうちで会話するのが山木さんただ一人」という人もおそらくいると言います。

娘や息子の話、孫の話……玄関先で10分以上話を聞くこともあります。1件あたりの配達時間は、平均5分程度が理想。そうでないと、時間内にすべての配達が終わらないのです。

「皆さん、生い立ちから何まで聞かせてくださるので、次の配達に少し遅れてしまったことがあるんです。すると次のお宅の方が『ずるい!私も聞いてほしい』と。なので、もしも時間が無限にあったら、まず皆さんの話をじっくりと聞きたいです。最近どこへ行きました?とか、何か美味しいもの食べました?とか……。それぐらい、『話を聞いてほしい』という組合員さんが本当にたくさんいます」

配達員の仕事を「ずっと続けたい」と思っている山木さんは、95歳の女性に「死ぬまで私が行きます」と伝えた

山木さんが配達中にコミュニケーションを取るのは、トドックの利用者だけではありません。散歩中のお年寄りや、マンションの管理人さん、新聞配達のおじいさん……。あたり前のように「山木さん!」「おはよう」と声を掛けられるたびに、「自分はここにいていいんだ」と思え、仕事への愛着が湧いてきました。

前職では考えられなかったことですが、2021年、山木さんは自ら主体的に、「OJT指導者資格」という、新人職員への仕事指導に関する内部認定資格 を取得しました。

「万が一自分がケガや病気で配達ができなくなった時のために、代わりの担当者を育てておかないと」と思ったそうです。同年、チーフに昇格するための資格も自主的に取得しました。

「もう現場を離れて、教える側やマネジメントする側に立つ時期かもしれないんですけど、配達員の仕事に愛着があるし、まだ現場を離れたくない気持ちが強くて。本当はだめですよね、ステップアップしないと(笑)」

なんだか楽しそう、が天職になった

山木さんはなぜ、配達員になって以来、仕事にこれだけのやりがいを感じられるようになったのでしょうか?

それは、山木さんたち配達員が、実際に多くの人から「必要とされている」からかもしれません。

トドックのシステムは、事前に利用登録している生協組合員の自宅へ、配達員が食品や日用品を届けるというもの。

ネットスーパーと大きく異なるのは、利用者が好きな時に注文するのではなく、トドック側が配達日を指定していること。山木さんたち配達員は、自らの担当エリアを細分化し、月曜日は◯◯地域、火曜日は××地域……というように、配達スケジュールを立てています。

利用者は、毎週決まった曜日に商品と一緒に届くカタログを見て、1週間後に届けてほしいものを注文します。注文方法は「手書きの申し込み用紙を配達員に渡す」、「インターネット申し込み」の2種類。山木さんのエリアでは、手書きで申し込む人が約8割です。

「ご高齢の方は特に、従来のアナログ方式でご注文されますね。30年以上前の“共同購入(数人で組になって注文すること)”時代から、ずっと利用されている方も多いので」

配達日を指定できない上、1週間前には注文を済ませなければならないにもかかわらず、トドックの利用者は年々増え続けています。その数、約44万人。

「毎週決まった曜日に顔馴染みの配達員が来る」
「短い時間ながらも話ができる」

一部の利用者にとっては上記のことがとても重要で、だからこそ山木さんも、それまで感じたことのなかった“やりがい”を見出せたのでしょう。

山木さんたち配達員は、「地域の目」としても大切な役割を担っている。一人暮らしの高齢者宅では、「先週は元気に話をしたのに、翌週に亡くなっていた」ということもあるためだ。地域の子どもたちの見守り役でもある

前職のほかにも複数の仕事を経験してきた山木さんですが、6社目でようやく、自分が求めていたのは「体を動かせる」、「自分が必要とされていることを実感できる」仕事だと気付きました。

「一日のうちに対面で商品をお渡しするお宅が、少なくとも30件はあるんですね。なので、髪を切ると、一週間で100人ぐらいの方から『髪切った?』って聞かれるんです(笑)。同じように、ちょっと派手な色の靴を履いて行ったら『その靴の色いいね!』って100人の方に言ってもらえる……。

小さいことですが、美容院に行ったことを100人に気付いてもらえる仕事って、そうそうないよな、と思うんです」

山木さんが「なんだか楽しそう」と始めた仕事を「一生続けたい」と思えるようになったように、純粋に「やってみたいな」と思える仕事が、天職になる可能性を秘めているのかもしれません。

(文・写真:原 由希奈)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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