新卒で海外移住し、ゲストハウスを開業。カンボジアを「居心地の良い国」と語る理由

2023年8月1日

海外で仕事をする人にインタビューする連載「世界ではたらく日本人」。第2回は、カンボジア・シェムリアップで「BLANKゲストハウス」を経営する土屋柊一郎さんにお話を伺いました。

大学時代に一輪車での日本一周、世界一周を経験した土屋さんは就職活動をせず、新卒でカンボジアへ移住。開業したゲストハウスはコロナ禍で休業していましたが、2022年12月に再オープン。移住先としてカンボジアを選んだ理由や、カンボジアと日本との違い、今後やりたいことなどについてお聞きしました。

カンボジアに行くまで

一輪車で世界一周。「自由に生きたい」と海外移住を決意

――カンボジアに移住する前、学生時代はどんな活動をしていたのでしょうか?

大学生のとき、一輪車で日本一周と世界一周をしました。

大学1年生まではごく普通のレールの上を走っている人生でした。でも2年生の夏休みを迎える前に、ふと思ったんです。このままでいいのかと。大学生は一般的に3年生から就活が始まるので、本当の意味での「人生の夏休み」は2年の夏しかありません。それで何かデカイことをやろうと思い、大学生のとき、日本一周をしました。

自転車で日本一周をしている人はたくさんいたので、自分なりの挑戦として、一輪車で全国を回ることを決めたんです。

――一輪車で日本一周をしてみて、どうでしたか?

旅にハマりましたね。日本一周をしながら多くの方々と交流する中で、本当にいろいろな生き方があるのだなと。それまでは高校から大学に入って就活するのが当たり前だと思っていましたが、それ以外の生き方もあることを知りました。

日本でこんなに楽しいのなら、世界にはもっと面白い出会いがあるだろうと思い、3年の終わりに大学を休学。今度は一輪車で世界一周をすることに決めました。

――世界一周では、新たな気付きや学びはありましたか?

何よりも、視野が広がりましたね。日本で生きていたら日本の常識に縛られてしまいますが、世界では日本の当たり前が通用しません。国ごとに常識は違うので「どんな生き方でもいいんだ」と考えるようになりました。

たとえば、タイを走っている時に目の前で突然、パトカーが停まったことがありました。「うわ、職質だ。怖い」と思ったら、警察官が降りてきて「お前、すごいから一緒に写真撮ろう」と言われて(笑)。驚きました。

世界一周中にタイの警察官と記念写真を撮る土屋さん(本人提供)

南米のペルーでは、白バイの後ろに乗せてもらいました。僕が一輪車で走っているのを見た警察官は自転車が壊れたと思ったらしく「車輪1個で頑張らなくていいから。次の町まで乗せてやるよ」と(笑)

どちらの例も、日本ではありえないことですよね。こうした経験を通して自分の視野が広がり、より自由に生きたいと思うようになったんです。大学卒業後は会社に就職するのではなく、海外移住しようと決意しました。

一輪車で世界一周を達成した土屋さん(本人提供)

海外の中でもカンボジアでの起業を選んだ理由

カンボジアの魅力は人、気候、将来性

――海外移住にもさまざまな国の選択肢があると思います。なぜカンボジアに決めたのでしょうか?

世界一周でいろんな国を回った中で、一番好きになったのがカンボジアだったんです。

カンボジアの魅力は、とにかく居心地がいいこと。具体的には人、気候、将来性の3つのポイントがあります。

まずは人。カンボジア人はピュアで優しく、フレンドリーな人柄です。

次に気候。寒いのが苦手な僕にとって、一年中暖かいカンボジアの気候は完璧です。雨季はありますが、日本の梅雨のように一日中雨が降っていることはありません。ほぼ毎日快晴なので、幸福度が上がります。

それから、将来性もあります。カンボジアの人口ピラミッドはきれいな三角形。子どもたちが多く、国としてのエネルギーを感じますね。発展途上だからこそ、伸びしろも大きいと思います。

――ほかの国と迷うことはありませんでしたか?

なかったです。海外に住むのなら、自分にとって最も居心地のいい国カンボジアがベストだと思いました。

また、ゲストハウス事業をやるという観点からも、カンボジアはベストだったと感じています。大人気の世界遺産アンコール・ワットがありますし、南米やアフリカなどと比べると日本からも行きやすい。ビジネス的にもいい決断をしたと思っています。

――そもそも、ゲストハウス事業をしようと思ったのはなぜでしょうか?

日本一周後に旅をしながらたくさんのゲストハウスに泊まっていたら、どんどんゲストハウスが好きになっていったんです。人と話すことやコミュニティが好きなので、いつか自分でゲストハウスをつくりたいとぼんやりと考えるようになりました。

僕自身、旅人としてカンボジアにお世話になったので、今度は旅人が集まる場所をつくって、旅人に還元したいと思いました。起業したい思いもあったので、じゃあカンボジアでゲストハウスをやればいいなと。好きな場所で好きなことで生きるには、最善の選択だと思っています。

カンボジアでの仕事内容

勢いに乗ったところで、コロナが直撃。2年8カ月連続赤字

――カンボジアに移住してからゲストハウスを開業するまでは、どのような生活だったのでしょうか?

2019年3月の大学の卒業式を待たずカンボジアに来ていました。カンボジアで単位を確認して卒業が確定したこともよく覚えています。

何も分からない状況から準備を始めて、4月に「BLANKゲストハウス」をオープン。誰にも知られていないところからのスタートだったので、なかなかお客さんを集めるのは難しく、当初は毎月50万円ほどの赤字でした。

ゲストハウスの運営資金は、動画編集の仕事でまかないました。1本5万円の編集の仕事をたくさんやって、2カ月で120万円稼いだのですが、すべてが家賃や電気代に消えていきました。

初めての海外起業は厳しく、赤字が続き資金が尽きてきたため、2019年8月には辞めることを決意。譲渡先を探そうと、営業資料までつくっていました。

――どのようにピンチを乗り越えたのでしょうか?

カンボジアでビジネスをしている実業家の方がスポンサーになってくれることになったんです。その方は学生時代の世界一周のスポンサーもしてくれていて「(BLANKゲストハウスを)つぶそうと思っています」と相談したら「じゃあスポンサーをするよ」と言ってくれて。窮地を救ってくれて、感謝しています。

スポンサーになっていただいたことをきっかけに、経営状況は一気に好転しました。それと同時期に「あの宿、面白い」という口コミも広がりはじめ、ひと月、またひと月とお客さんは順調に増えていました。

ところが「これなら大丈夫だろう」と思っていたところに、コロナが直撃したんです。

――状況がようやく上向いたところに、コロナ…大変ですね……

これは無理だと思い、2020年3月に休業を決めました。カンボジアは外国人入国禁止となったため、外国人観光客が一切来られないので。

日本人スタッフは日本に帰し、カンボジア人スタッフには「しばらくお休みにします」と伝えざると得ませんでした。ただ、現地マネージャーだけは何をするにも重要なパートナーだったので、給与を払い続けました。

当初は3カ月くらいでコロナ禍が終わると思っていましたが、日常に戻る気配がまったくなく、物件を解約。小さな倉庫を借りてトゥクトゥク(三輪自動車)や冷蔵庫などの荷物を保管し、最小限のコストでひたすら耐える期間が続きました。

コロナ禍は支払いばかりで収益がなく、2年8カ月連続の赤字。2022年12月、新たな物件を借りてようやく再オープンすることができました。

BLANKゲストハウスのスタッフたちと記念写真を撮る土屋さん(本人提供)

――仕事のやりがいを教えてください。

みんなでワイワイするのが楽しいですし、そういう場をつくれていることがやりがいにつながっています。

経営する立場ですが、実際自分が一番楽しんでいる気がします(笑)。毎日飲み会して、いろんな人と話して。居心地がいいですね。

また、お客さんから「BLANKがあって良かった」という声をもらったり、この場所で人と人がつながるのを見ていたりすると、とてもうれしい気持ちになりますね。

カンボジアで感じる、はたらく上での日本との違い

カンボジアは規制が少なく、新しいことをやれる環境

――カンボジアで仕事をする上で大変なことを教えてください。

一番困るのは、すぐモノが壊れることですね。たとえば直近2カ月で、4回も水道管が破裂しています。

2階のコンセントから突然、水が噴き出てきて「危ない、危ない」と慌ててブレーカーを落としました。工事をお願いして直してもらったにもかかわらず、4日後にまた水がブワーッと出てきたんです。

工事のたびに数百ドルが飛びますし、部屋のトイレが使えなくなったら予約も止めなくちゃいけない。そういった機会損失も多くあります。カンボジアでは、日本のように故障の原因を突き止めて根本を直すのではなく、応急処置しかできないため、トラブルに何度も対応しないといけないのが大変です。

――一方で、日本とは違ってカンボジアだからこそできることはありますか?

何か新しいことをやるには、絶好の環境だと思います。日本だと賃貸は原状回復して返さなければいけないですが、カンボジアは何をやるのも自由なんです。

今、DIYで庭を開拓しています。日本庭園のような鯉のいる池をつくったり、コテージを建ててシングルルームをつくったり、廃棄食材をエサにニワトリを飼ってみたり。ほかにも、やりたいことはたくさんあります。

――やりたいことを自由にできる環境なのですね。

そうなんです。日本は好きですが、カンボジアと比べて規制が厳しいと思います。コテージ1つ作るにも消防法がどうだとかさまざまなことを気にしなければいけません。コロナ禍で日本に帰国している時、キッチンカーをやろうと思ったのですが、保健所に「室内に水道を3つつくらないとダメです」と言われて、面倒くさくて結局諦めてしまいました。

「これやりたい!」と思っても法律で禁止されていたり、届け出用紙を何枚も書かないといけなかったりするのが日本です。でもカンボジアでは「竹の家つくります」「OKです」、「ニワトリ飼います」「OKです」、「屋台出店します」「OKです」。僕は自分のアイデアを形にするのが好きなので、0→1をどんどん実現できるのが楽しいですね。

宿泊者とともに楽しむ土屋さん(本人提供)

カンボジアのワーク・ライフ・バランス

行動基準は楽しいか、楽しくないか

――カンボジア人スタッフをマネジメントする中で気付いたことはありますか?

もちろん日本人の考える「当たり前」とは違う部分はありますが、むしろ自分はカンボジアの方が居心地がいいですね。

スタッフは仕事中でもちょっと暇になったら、すぐスマホをいじってます。やるべきことができていたら、それでいいとぼくは思います。みんな仲良いですし、何か問題があれば信頼できるマネージャーから伝えてもらうようにしているので、マネジメントでは特に苦労はありません。

――お話を伺っていて、常に自分のやりたいことに挑戦してきたのだと感じました。

そうですね。自分の行動の判断基準は楽しいか、楽しくないか、です。

海外起業には覚悟が必要ですが、楽しいからこそできると思ったんです。稼げるかどうかを基準にしていると、失敗した時に何も残りません。

でも自分が楽しいと思えることをやれば、失敗もいい経験だと捉えることができます。今は居心地のいい場所で、自分が楽しいと思えるゲストハウスを運営できているので、幸せです。

世界一周をしてから、人間の可能性は無限大だと思っています。誰もやったことのない一輪車での世界一周も、やってみたらできました。やろうと思えばきっと何だってできるんです。もっと多くの人が自分が楽しいと感じること、好きなことをやってみたらいいと思います。

――これからやりたいことを教えてください。

「シェムリアップに行くならBLANKだよね」 と日本人に思われるゲストハウスにしたいです。ハンモックスペースをつくったり、飲み屋さんと提携したり、新しいツアーをつくったりと、たくさん挑戦していきたいですね。

また、BLANKゲストハウスがしっかりと回るようになったら、ほかの挑戦もしたいです。釣りが好きなので釣り堀をつくり、その釣り堀を拠点として、釣った魚を食べられるレストランや居酒屋を開いたり、東南アジアの熱帯魚を日本に輸出する事業をやったりしたいと考えています。

ゲストハウスのオーナー業だけでなく、自分で手を動かすこともやり続けたいと思っていますが、やりたいことが多すぎるので、正直自分が4人くらいほしいです(笑)

​​(文・写真:岡村幸治)

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ライター岡村幸治
1994年生まれ。スポーツニッポン新聞社を経て、フリーライターへ。経営者インタビューや旅行エッセイなどを執筆する。旅が大好きで、世界遺産検定マイスターの資格を保有している。
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