経済成長著しいインドではたらくということ。自動車リサイクル工場の立ち上げ奮闘記

2023年9月6日

海外で仕事をする人にインタビューする連載「世界ではたらく日本人」。第4回は、インドの首都デリー近郊のグルガオンで自動車リサイクル工場の立ち上げに取り組む宮川裕基さんにお話を伺いました。

宮川さんは大学院を卒業後、石川県金沢市で自動車リサイクル、中古自動車部品の輸出・販売事業を行う会宝産業株式会社に入社。同社の海外事業部主任として2021年12月からインドに駐在し、インド人スタッフのマネジメントに奮闘しています。現在の仕事を選ぶきっかけとなった学生時代の経験や、インドではたらく上での苦労をお聞きしました。

インドに行くまで

東ティモールでインターンを経験

——まずはインドに駐在する前のお話を聞かせてください。学生時代はどんな活動をしていましたか?

大学は理系で、機械工学を専攻していました。「トビタテ!留学JAPAN」という文部科学省の留学プログラムの一期生としてフランスの大学院に1年間交換留学し、ロボット工学を学んだ後、東ティモールで2カ月間インターンを経験しました。

自分にとって衝撃的な出会いとなったのが「残り90%の人のためのデザイン」(原題は『Design for the Other 90%』、邦題は『世界を変えるデザイン——ものづくりには夢がある』(英治出版))という本です。

資本主義社会では、多くのデザインは富裕層、つまり上位10%の人々のために設計されるケースがほとんどです。ビジネスである以上、利益を出さないといけないので。しかし、この本に書かれていたのは、本当にそれでいいのかということでした。お金はそれほど持っていないかもしれないけど、残り90%の人に向けたデザインもあっても良いのではないのかと。デザインだけでなく、ものづくりもまったく同じだと思いました。

残り90%の人に向けたものづくりをするためには、先進国ではなく開発途上国を知る必要があると考え、東ティモールに行きました。

——東ティモールでは、どのような活動をしたのでしょうか?

災害時の通知を行うラジオキットのプロトタイプを現地で試験する活動をしました。ただ、あくまで学生が何か取り組んだ程度で、なんの成果も残せず、無力感を覚えました。学生の自分はまだ何も知らないし、2カ月では何もできないんだと。

それでも、お金も資源も人材も少ない後発開発途上国での2カ月は濃密でした。技術が発展して世の中が物質的に豊かになる一方で、問題も起きていることを痛感したんです。たとえば、ゴミ問題。東ティモールでは街のいたるところにゴミが散らばっています。これには、土に還らないプラスチック製品の普及が大きく影響していると言われています。

プラスチックという技術は世の中を間違いなく便利にしました。ものづくりによって社会に価値が生み出されて、その価値を誰かが享受しているわけです。一方で、それらを使い終わった後に適切に処理がなされないと、どこかに負荷が生まれる。人であったり、環境であったり。世の中が便利になると信じ、世界中で新しい技術が次々と開発されているわけですが、つくった後にどんな問題が起きるかは当時の私も含めて多くの人は考えていないのだと気が付きました。実際、自分も東ティモールに行くまではまったく考えていなかったですし。

——東ティモールから帰国後、どのような軸で就職活動を行ったのでしょうか?

機械工学を専攻して大学院の研究室を出ると、研究室の推薦枠でメーカーに就職するのが王道です。でも東ティモールの経験などから、それはちょっと違うなと。新興国の国々が抱える問題を目にしたからこそ、新興国で必要とされている技術を現地に届けたいと考え、インフラづくりに貢献する開発コンサルタント職などを受けていました。

技術で生活を豊かにするだけでなく、美しい自然環境を次世代にも残したいという思いで就職活動をし、最終的に選んだのが会宝産業でした。会宝産業は自動車リサイクル事業をやっていて、さまざまな国で海外展開もしています。まさに自分の抱いていた問題意識に一致していましたし、企業規模が大きくないからこそ、自分のやる気次第で挑戦ができるのではないかと思い、入社を決めました。

会宝産業に出会ったとき、東ティモールのある景色を思い出しました。東ティモールではトヨタの車がたくさん走っていたんです。あの車は役割を終えたらおそらくそのまま捨てられてしまい、環境悪化をもたらすのだろうと思いました。それならば、自分が東ティモールで、廃車を処理するインフラをつくり、新しい産業で現地の雇用を生み出そうと決意しました。

海外の中でもインド駐在を選んだ理由

入社2年目でインド駐在が決定

——会宝産業に入社後、インド駐在にいたる経緯を教えてください。

海外勤務前提で採用してもらい、配属は海外事業部になりました。1年目はリサイクル技術を学ぶために、工場の生産部の方々と現場作業をしていました。当時の経験がインド現地での技術指導スキルの土台になっているので、貴重な経験だったと感じています。

入社2年目にインドへの事業展開の話が出てきて、合弁会社の駐在員として出向させてもらうことが決まりました。海外で工場を立ち上げることを見越して、2年目以降は社内の各部署を回りながら幅広い業務を教えていただいたり、海外の政府関係者への自動車リサイクル研修の統括などさまざまな経験をさせてもらったりしました。

——「東ティモールで仕事がしたい」と入社した中で、インドへの駐在をどのように受け止めましたか?

インドに行くと決まったときは、非常にいい機会だと思って喜んでいました。

東ティモールで事業をやりたい気持ちは変わっていませんでしたが、入社して1、2年が経ち、それがいかに難しいかが見えてきたんです。というのも、東ティモールは人口約130万人と市場が小さく、事業をやる上で必要な法規制もありません。

一方のインドはまもなく人口が世界一になる大きなマーケットで、リサイクル事業に関する法規制も施行されています。インドでできなければ、東ティモールでできるわけがありません。将来、東ティモールのような国に進出するためにも、まずはインドで工場立ち上げのモデルをつくることに全力を注ごうと考えました。

リサイクル工場で廃車を解体して、取り出された部品(会宝産業提供)

インドでの仕事内容

怒る演技がインドでの初仕事

——インドに赴任したのは、いつからでしょうか?

当初は3年目の2019年に行く予定だったのですが、工場建設の遅れや新型コロナウイルスの影響で、結局赴任したのは2021年の12月でした。行きたいのに行けない時期が2年も続いたのは、つらかったですね。

——2021年12月にインドに来てからは?

会宝産業と現地インドの会社で設立した合弁会社Abhishek K Kaiho Recyclers(AKK)の取締役として、自動車リサイクル工場を立ち上げ、インド人のスタッフ20名程度のマネジメントをしています。

2021年12月にインドに来た当初はまだ工場の屋根もありませんでした。コロナの期間に建設資材が高くなったことで、地主さんが建設を大幅に遅らせていたんです。私の最初の仕事は地主さんに「本社の社長から『工場ができるまで日本に帰ってくるな』と言われて、インドにやって来ました。工場の建設が終わらないと日本へ帰れず家族にも会えません」と感情をあらわに告げることでした。インドのパートナー会社にも頼まれ、めちゃめちゃ怒る演技をしました(笑)

翌2022年3月に建設が終わり、4、5月に設備導入、試験稼働を実施。5月に工場の竣工式をやって、6月から本格的に稼働を開始しました。私たちの工場では、調達した廃車を段階的に解体し、部品ごとに分別して業者に販売しています。工場管理の統括をしたり、修理業者を訪問して廃車の調達市場を調査したり、スタッフの採用・育成をしたり、業務は多岐にわたります。

工場長と話す宮川さん

インドで感じる、はたらく上での日本との違い

契約は破られる前提?「給料を上げて」と従業員から要求も

——インドで仕事する上で、大変なことは何ですか?

それは困る質問です。いろいろありすぎて(笑)

日本との大きな違いは、人材の流動性が異常に高いことです。昨日まで仕事していたスタッフが「ユーキさん、サンキュー」と突然去っていくこともありました。右肩上がりの成長を続けるインドでは年間の平均昇給率が10〜15%と言われており、次々と転職したり、起業したりして給料を上げていくのが当たり前です。

——人材確保が難しいのですね。

すぐ辞めてしまうだけならいいのですが、もっと大きな問題が起きることもあります。たとえば、ある販売のスタッフが、ここではたらきながら自分の会社をつくっていたり、廃車を調達する際にキックバックをもらって自分の懐に入れていたり。

入社が決まったにもかかわらず一向に出勤しないスタッフが、競合会社で勤務していたこともありました。しかも彼はうちの会社の機密情報をそのライバル会社に漏らしていたんです。入社する前提で工場を見に来ていて、我々の情報をたくさん知っていたので。

私たちは「最低限1年間、はたらいてください」という条件を提示しているので、本来は契約違反なのですが、インドでは契約は破られる前提で考え、あらゆる代替案を準備しておく必要があります。日々環境が変化する中で、私たちが信じる最適解を選び、腹を括って実行していくしかありません。

——想像するだけで大変そうです……

弊社にロイヤリティを持ってはたらいてくれる人材をいかに育てるかが課題です。一方で、誰がいついなくなってもいいように組織の仕組みをつくり上げ、マネジメントしなければいけません。

あるとき、スタッフ全員の署名付きで「給料を上げてほしい」と要求書を渡されたこともありました。その際は「今は給料を上げられない」と理由とともに、社員が納得するように、真正面から向き合い説明しました。インドではいろんなことが計画通りにいかないので、その場で柔軟に対応することが重要だと思います。

2023年1月、工場の視察に訪れた西村明宏環境大臣(中央)に工場の説明をする宮川さん(左、会宝産業提供)

——生活面で苦労することはありますか?

正直、食とか生活環境とかの苦労はどうでもいいです(笑)。仕事と比べたら生活面での苦労は大したことありません。食べ物がどうしても合わないのなら合うものを食べればいいですし。日本料理屋も多くあるので。

——日本とは違うインドのいいところを教えてください。

気を遣わずに意見を言えるところが好きです。インド人は、どんな役職の人にも言いたいことをストレートに言います。最初はちょっとしんどかったのですが、その分こちらも思いっきり言えるので、慣れるとむしろ楽なんです。

また、インド人は楽観的で自己肯定感が高い人が多いと感じます。日々、さまざまな問題が起きますが、悲観的になりすぎず「何とかなる」精神を持っているインド人に囲まれているので、前向きに取り組めています。

インドのワーク・ライフ・バランス

家族を大切にするインド人

——インド人のはたらき方や生活を見ていて、感じることはありますか?

インド人は家族を大切にしていて、その部分では本当に尊敬します。親子の絆がとても強く、毎日のように電話している様子を見かけます。

結婚式も盛大に行われ、数百人を招待することも珍しくないようです。私も工場のスタッフのお姉さんの結婚式に誘ってもらったことがあります。残念ながら、遠方だったので行けなかったのですが。

また、親族が亡くなった場合、最低でも14日間一切仕事をせず、喪に服す慣例があります。14日間もあるので、インド中に散らばっている親族が一堂に会することができるんです。事業のオペレーションを考える立場としては大変なのですが、親族で集まる機会が定期的にあることはいいなと思いますね。

——ご自身のインドでのワーク・ライフ・バランスはどうでしょうか?

現状はワーク・ワーク・ワークですね(笑)。仕事をしているというよりも、やりたいことをやっている感覚なのですが、結果的に日本にいるときよりも仕事の時間は増えています。

そもそも工場が土曜日も稼働しているため、休みが日曜だけの週6日勤務なんです。土曜を休むこともできるのですが、インド人のスタッフが土曜日もはたらいているので、そこは自分も一緒にはたらきたいなと。

頭の中に常にあるのは、東ティモールで何かできないかということです。それを達成するためのステップとしてインドに来ているので、なんとしてもここで成果を出したいんです。なので気付いたらずっと仕事している状態になります。

でも、はたらきすぎは良くないとも思っています。私自身の成長がなければ組織としての成長もないという思いから、今年から大学院に入学しました。妻が私の駐在に付いてきてくれているのですが、朝から晩まで仕事し、週末も勉強をしている様子を見て「これでは夫婦として成り立たない」と言われました。最近は家族の時間を取ろうと、日曜朝から妻と一緒にヨガをやっています。夫婦会議もよくやるようになりました。インド生活を家族としての成長の機会として捉え、妻とコミュニケーションを取りながら良いバランスを探っていきたいです。

工場スタッフと宮川さん

——最後に、海外ではたらくことを考えている人に向けて、メッセージをお願いします。

特に20代以下の皆さんには、これまでの大人の価値観を鵜呑みにしてはいけないと伝えたいです。人口が増え、経済成長を続けるインドにいると、変化のスピードに驚きます。私が今持っている価値観でさえ、あっという間に時代に追い越されるのだろうと感じます。

私が会宝産業に入社を決めたとき、大企業への就職を期待していた両親や祖母には反対、落胆されました。ところが入社2年目、弊社が「ジャパンSDGs アワード」の表彰を受け、会長が首相官邸で安倍元総理から表彰されたことを知ると「すごい会社だね」とコロッと態度が変わったんです。

自分も進路を選ぶ際、周りと違うこと、家族から反対されることで、怖くなりました。でも、どんな選択も自分次第です。インドで他社の駐在員と話している中で、30代の私が海外で立ち上げの経験をさせてもらっていることが、いかにありがたい機会であるかということに気付かされました。そして、この道を選んで良かったとこれからも思えるように、周囲に感謝しながら日々行動していくしかないと思っています。

世界は常に変化しており、日本からは見えない景色が世界には広がっています。私は何かを言える立場ではないですが、自分らしいキャリアを切り開くためには、自分の足で動いて、自分の目で感じ、自分の頭で考えて行動することが大切だと思います。​​

(文・写真:岡村幸治)

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ライター岡村幸治
1994年生まれ。スポーツニッポン新聞社を経て、フリーライターへ。経営者インタビューや旅行エッセイなどを執筆する。旅が大好きで、世界遺産検定マイスターの資格を保有している。
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