趣味の料理投稿がいつしか仕事に。ギリシャ移住をきっかけに開いた、ギリシャ料理研究家への道

2023年10月26日

海外で仕事をする人にインタビューする連載「世界ではたらく日本人」。第7回は、ギリシャ・アテネでギリシャ料理研究家として活動するアナグノストゥ直子さんにお話を伺いました。

アナグノストゥさんはイギリス留学中の出会いをきっかけに、1996年からギリシャへ移住。趣味として始めたギリシャ料理の発信がいつしか仕事になり、ギリシャ料理に関する著書も2冊出版しました。ギリシャ料理研究家としての仕事内容やギリシャ生活で感じることについて聞きました。

ギリシャに行くまで

ロンドン留学でギリシャ人の夫と出会う

――まずはギリシャに移住前の生活について伺います。学生時代から海外経験はあったのでしょうか?

初の海外渡航は高校2年生のときでした。高校で英会話コースに所属していて、2年の夏休みに1カ月間アメリカ・デンバーにホームステイに行ったんです。

私は京都の大原という田舎町出身なのですが、自分の生まれ育ったところとまったく違う環境を見て、違う文化に触れることが面白いと感じました。ホームステイの経験から留学を志すようになり、大学ではイギリス・ロンドンに留学しました。

――なぜロンドンを選んだのですか?

高校の進路相談室の壁に貼ってあった「ロンドン留学」というポスターを偶然見たんです。以前からヨーロッパに行ってみたいと思っており、面白そうだなと。それで、ロンドンに行くことにしました。

ロンドンでは大学の敷地内にある寮で暮らしていたのですが、そこで今の夫と出会いました。彼はギリシャのアテネ大学を卒業し、ロンドンの大学院に通っていたんです。彼との出会いをきっかけにギリシャへ行くようになりました。彼は大学院卒業後、ギリシャ・ロドス島で兵役に就いていたので、大学の休暇期間にはよく彼に会いに島を訪れていました。

海外の中でもギリシャ移住を選んだ理由

「なんとかなるだろう」とギリシャへ移住

――ギリシャに移住したタイミングを教えてください。

彼が兵役を終えたタイミングで一緒に暮らすことになり、移住しました。ロンドンから日本に一度帰国し、ギリシャでの滞在手続きなどをしてからアテネへ渡りました。移住したのが1996年で、今も同じ家で暮らしています。

――留学経験があるとはいえ、海外移住に対する迷いや不安はありませんでしたか?

迷いがなかったわけではないですが、私はわりと行き当たりばったりなところがあるので(笑)。夫がギリシャで図書館関連の物品を販売する会社を経営しており、夫の仕事を考えると、日本でというわけにはいかないし、ギリシャで2人で暮らすのがベストかなと。

細かいことを気にし始めると、キリがありません。今思えば、私のように「まあなんとかなるだろう」と楽観的な人が、ギリシャには合っているような気がします。

ギリシャでの仕事内容

趣味がいつしか仕事に

――現在ギリシャで行っている仕事内容について教えてください。

ギリシャ料理の研究をしています。もともとは趣味で料理投稿サイトにギリシャ料理のレシピを投稿したのが始まりでした。ブログやSNSなどでギリシャ料理の発信を続けていると、お仕事の依頼をいただけるようになりました。

出版社からお声がけいただき『ギリシャのごはん』『ギリシャごはんに誘われてアテネへ』の2冊を出版。ほかには、テレビ局の取材コーディネートや日本の食品メーカーの現地視察の案内をしたこともあります。

――食品メーカーの視察というのは?

今でこそ日本でもギリシャヨーグルトは広く知られていますが、まだギリシャヨーグルトが広がる前に、食品メーカーの方がギリシャヨーグルトの商品開発のために視察に来られたんです。その際に現地で案内をしました。

ギリシャ製品を扱う日本の企業にレシピを提供させていただいたり、日本への輸出をしたいギリシャの食品メーカーのお手伝いをさせてもらったり、さまざまな形でお仕事をさせてもらっています。

――希少性の高いギリシャ料理研究家だからこそ、いろいろなお仕事があるのですね。そもそもギリシャ料理を研究しようと思ったきっかけを教えてください。

私は幼いころから海外の料理に関心を持っていました。母が料理好きだったため、家には世界各国の料理本がたくさんあったんです。それを読んでいるうちに興味を持つようになり、高校生のころには、一人でインド料理やインドネシア料理を食べに出かけたこともありました。

料理の研究をはじめたのはロンドン留学時からで、当時は各国の料理を研究していたのですが、ギリシャに移住してからは本格的にギリシャ料理を研究するようになりました。最初は、同じく料理好きな妹のために、ギリシャ料理のレシピを書いて送っていただけだったんです。でも、日本でギリシャ料理の情報がほとんど出回っていないことを知り、せっかくなら自分の知識を多くの人にシェアしたいと思い、発信活動をするようになりました。

――ギリシャ料理について発信する上で、どんなところにやりがいを感じますか?

ギリシャって日本ではあまり知られていないと思うんです。日本のニュースで伝わることは、良い話ではないことがほとんどです。たとえば数年前だったら経済危機、最近は山火事のイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

私は、マイナスのことだけじゃなく、ギリシャの良い部分をもっと知ってもらいたいんです。ギリシャには美味しいものがいっぱいありますし、農業が盛んで食料自給率も比較的高いんです。オリーブオイルやハチミツは世界的にも高い評価を受けています。

日本にとってギリシャは直行便もないし、遠い国だと思います。料理を通じて、ギリシャに興味を持ってもらい、日本とギリシャの距離が少しでも縮まったらという思いで発信を続けています。

著書『ギリシャのごはん』を手に持つアナグノストゥさん(本人提供)

ギリシャで感じる、はたらく上での日本との違い

終わらない役所手続き

――ギリシャで仕事をする上で苦労することはありますか?

私の仕事は日本人の方とご一緒するケースが多く、ギリシャで会社をつくっているわけではないのですが、ギリシャでの起業はハードルが高そうだと感じています。というのも、ギリシャでは役所の手続きがとにかく大変で。

私自身、ビザの更新手続きには毎回苦労しています。昨年10月に滞在期限が切れるため、8月に「更新したい」と連絡したところ、「まだ早い。もう少し待ってくれ」と言われて。9月になってもう一度連絡しても「まだ早い」と。ようやく申請はできたものの、手続きに信じられないほどの時間がかかっていて、いまだに滞在許可の申請処理中なんです。

「申請中」という仮の証明書はもらえるので、不法滞在にはならないのですが、それにしても対応が遅すぎて驚くしかありません。

――それは本当に大変そうです……。ギリシャ人のはたらき方を見て感じることは?

全体的に自由度が高いですね。服装はラフですし、勤務時間中に何かを食べていたり、プライベートの電話をしていたりするのも普通です。

日本であれば、スーパーのレジ打ちは立ってすると思うんですけど、ギリシャでは座りながらやったり、スナック食べながらやったり、お客さんと喋りながらやったり。一方で、ギリシャ人は意外と真面目な側面もあります。特に飲食店や観光関係のスタッフは、はたらき者です。

――仕事以外の生活面で感じることを教えてください。

ギリシャ人は家族との結びつきがとても強いと感じます。何世帯もの家族が同居しているケースも多いです。

ギリシャで暮らしている日本人の中には、親戚付き合いが重荷になるという方もいらっしゃいますし、一方でそうしたことが好きな方はとても生き生きと過ごしていますね。

ギリシャのワーク・ライフ・バランス

ギリシャでは「バカンスは絶対」「休んで当たり前」

――バカンスについて教えてください。どれくらい休んでいるのでしょうか?

原則として、夏のバカンスは絶対です。ただし、ギリシャでは観光業に就いている人とそれ以外の人で休み方が異なります。

観光業は夏が稼ぎどきなので、夏にガッツリはたらいて冬に長めの休みを取ります。観光業以外の方は夏に2週間ほど休みます。ギリシャ人は海が大好きなので、たいてい海に遊びに行きますね。実はギリシャにはスキー場があって、冬にもバカンスを楽しむことができます。

ギリシャのエヴィア島で休暇を楽しむアナグノストゥさん(本人提供)

――ギリシャ人は日本人よりも休暇をたくさん取っているのでしょうか?

そうだと思います。「バカンス絶対」なので。日本だと休暇を取るのがとにかく大変だと聞きます。だから海外旅行もなかなか行けないと。

しかし、ギリシャなどヨーロッパでは「休んで当たり前」です。日本だと「休むと仕事が回らない」と言いますが、それは日本人が勝手に思い込んでいるだけだと思うんです。

たとえば、休暇を取ることで取引先への返信が遅れることはあるでしょう。でもそれは「しょうがないな。バカンスか」で終わる話なんだと思います。

日本人はあらゆることに関して、気にしすぎなのかなと感じています。「こうでなければならない」という型を自分の中でつくっていると思うんです。それが自分自身を苦しめているんですよね。そういうところは私にも日本人の部分が残っていると感じています。

日本では、お客さんが偉いという前提がありますよね。ちょっとお客さんに文句言われると「すみません」とお店の人はまずは謝るじゃないですか。でもギリシャでは、お店の人も負けていません。ガンガン言い返していきます。

そういうところは日本人も見習っていいかなと。理不尽なクレームには対応しなくていいのに、と思います。そうすれば、もっとみんなが休みやすく、はたらきやすい社会になるのではないでしょうか。

――今後の目標を教えてください。

ギリシャ料理を広める活動を長い間してきて、初期のころと比べて情報がとても増えたと感じています。ギリシャ料理のレシピも検索すればたくさん出てきますし、日本ではギリシャ料理店が増えて、ギリシャ製品もいろいろなところで売られるようになってきました。

ギリシャと日本の距離は少しずつ縮まっていると思いますが、もっと縮めていけたらといいなと思います。私は料理が専門ですが、ギリシャにはほかの分野でも頑張っている日本人もたくさんいます。それぞれの得意分野を生かしながら、一緒にギリシャを盛り上げていきたいですね。

また、これまで本を2冊出版しましたが、個人での出版にも挑戦したいと思っています。ZINE(ジン)や電子書籍のKindleを出版したいです。

(文・写真:岡村幸治)

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ライター岡村幸治
1994年生まれ。スポーツニッポン新聞社を経て、フリーライターへ。経営者インタビューや旅行エッセイなどを執筆する。旅が大好きで、世界遺産検定マイスターの資格を保有している。
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