世界遺産ペトラ遺跡のSNS運用を担当。JICA海外協力隊員に聞く、ヨルダンでの暮らし

2024年1月5日

海外で仕事をする人にインタビューする連載「世界ではたらく日本人」。第10回は、ヨルダン・ペトラでJICA海外協力隊(以下、海外協力隊)として活動する高池遼さんにお話を伺いました。

高池さんは営業職、ゲストハウスでの泊まり込みアルバイトを経て、2022年からヨルダンに赴任。世界遺産ペトラ遺跡の公式SNSの運用など観光プロモーションの活動をしています。海外協力隊を知ったきっかけやヨルダンの生活で大変なことについてお聞きしました。

ヨルダンに行くまで

福島で地方創生に携わる

――海外協力隊として活動する前のキャリアについて教えてください。

大学卒業後、新卒で入った人材紹介会社で営業をしていました。新規開拓の営業職だったので、テレアポしたり、商談をしに行ったり。

ただ、営業は自分には向いていませんでした。気付けば、なんのためにはたらいているのか分からなくなっていたんです。得意なことを仕事にしたい。社会貢献性の高いことをしたい。そう考えて、退職を決断し海外協力隊に応募しました。

――海外協力隊の活動が始まったのは、いつからですか?

本来は2020年からヨルダンに派遣される予定でした。しかし、そのタイミングでちょうどコロナがはやりだしたんです。いったん派遣は延期されたのですが、もともと4月から福島県の二本松市で派遣前の訓練を受ける予定だったので、とりあえず福島に行きました。

当時はコロナ情勢がまったく予想できず、いつヨルダンに行けるのか分からない状況でしたが、せっかく時間が空いたので、協力隊の活動につながる仕事をしておきたいと考えたんです。観光やマーケティング分野の経験を積もうと思い、福島の岳温泉で地方創生の仕事をしました。

――具体的には、どのような仕事をしていたのですか?

岳温泉のゲストハウスで泊まり込みのアルバイトをしていました。新規ツアーのアイデアを考えるところから実際に立ち上げて販売するところまで、いろいろな経験ができました。

岳温泉ではたらいたのは2020年6月から2021年の年末まで。2022年1月から協力隊の派遣前訓練を行い、2022年7月からヨルダンのペトラでの活動を開始しました。

海外の中でもヨルダン移住を選んだ理由


ヨルダン行き決定に震える

――海外協力隊を知ったきっかけを教えてください。

興味を持つようになったのは、中学3年生のときです。私は長野県出身なのですが、協力隊の派遣前訓練が行われるのが、長野県駒ヶ根市と福島県二本松市なんです。総合学習の一環で、駒ヶ根の訓練所を見学して、協力隊についてのお話を聞きました。そのころから海外ではたらくことや協力隊に対して、憧れを抱き始めました。

――海外協力隊といえば、アフリカや南米などさまざまな地域で活動しているイメージがあります。なぜヨルダンを選んだのですか?

実は、自分でヨルダンを選んだわけではないんです。

派遣先としては、インドネシアやベトナムなど東南アジアを希望していました。希望職種は「観光」だったのですが、地域にはそれほどこだわりはありませんでした。大学時代、インドネシアで留学、ベトナムでインターンの経験があったため、自分の経験をアピールしやすいかなと。でもいざ合格したら、ヨルダンって書いてあって(笑)。

――ヨルダンと聞いて、どう思いましたか?

正直、当時はペトラなんて聞いたことのない地名でした。ヨルダンの場所もよく分かっていませんでした。紛争地帯に比較的近いことを知り、スマホを持つ手が震えていたのを覚えています。

でも同時に、これは面白そうだなと。中学生のころから未知の世界に行ってみたいと思っていたので。震えながらも、心の中でガッツボーズしていました(笑)。

ヨルダンでの仕事内容

ペトラ遺跡の公式SNSアカウントを運用

――海外協力隊としての活動内容を教えてください。

ペトラ開発観光庁のマーケティング課で、観光の広報やプロモーションをお手伝いしています。具体的には、ペトラ遺跡の公式SNSで投稿したり、ツアーの企画をしたり。ほかにも、日本から来る視察者や旅行者の方のアテンドをしたり、自分のX(旧Twitter)アカウントで日本人向けにペトラの魅力を発信したり、さまざまな活動をしています。

ペトラ博物館で、観光客に展示に関するアンケートを取る高池さん(本人提供)

――いろいろなアプローチで広報活動をしているのですね。

私は観光の広報やSNSが好きなので、楽しく活動できています。ペトラは映画「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」の撮影地として有名な世界遺産で、とても魅力的な観光地です。いいものを世界に広めて、多くの人が訪れた結果、ヨルダンが少しでも豊かになったらという思いで活動しています。

――ヨルダンや海外向けのSNS発信は、日本とはやり方が違いますか?

全然違いますね。たとえば、ヨルダンではFacebookの使用率が高いんですよ。一方、日本は世界的に見てX(Twitter)の使用者が多いのが特徴です。

ペトラに来たばかりのころ、ナウル共和国政府観光局のアカウントをプレゼンで紹介しました。人格を前面に出したユニークな手法として、観光プロモーションの参考になるかなと。すると「へえー、日本人はこんなのが好きなんだ」と言われて。感覚の違いを感じましたね。

ヨルダンでは、X(Twitter)でふざけ合うような文化がありません。Instagramのフィードで、文字を入れたまとめ系の投稿なんかは日本独自のものだと思います。このようにSNSの使われ方が全然違うので、難しさを感じています。今も海外のSNSをいろいろ見ながら、勉強中です。

――ペトラ遺跡の魅力はどんなところなのでしょうか?

ペトラで最も有名な見どころはエル・ハズネ(宝物殿)なのですが、遺跡の入り口からシーク(峡谷)を抜けて、エル・ハズネを見たときは言葉にできない感動があります。

あとは、広大で多様なところが好きです。僕はこれまで何十回も行っていますが、毎回違う景色が見られるんです。陽の当たり具合で遺跡の見え方も変われば、出会う動物も違う。同じ場所で撮影しても、違う写真になります。行くたびに違う体験を味わえるんです。

ペトラ遺跡内でポーズをとる高池さん(本人提供)

また、歴史的に解明されていないことが多いので、自由に想像できるのも面白いですね。以前は世界史にそれほど興味はなかったのですが、ペトラで生活を始めてから、興味が湧きました。ペトラはローマ帝国やギリシャなど、大国の影響をめちゃめちゃ受けているので。

ヨルダンで感じる、はたらく上での日本との違い

内と外をキッパリと分ける傾向があるヨルダン人

――仕事をする上で大変なことを教えてください。

日本では何事も計画を立てる人が多いと思うんですが、ヨルダンではそれが難しいんです。「2週間後にミーティングしましょう」と言ったら「2週間後のことなんて分からないよ」と言われてしまって(笑)。

ヨルダンでは、前日にならないと明日の予定が分からないのが普通の感覚のようです。もちろん個人差はありますが。SNS発信は投稿スケジュールを立てたり、長期的戦略を考えたりするのが重要なので、この点にはとても苦労しています。少しずつ「計画性」を浸透させようとしていますが、難しいですね。

――生活で大変な点はありますか?

挙げればキリがないです(笑)。休日の娯楽が少ないこと、生活圏に坂が多すぎること、夏はとても暑くて冬は寒すぎる気候。いろいろありますが、一番難しいのは人間関係を築くことですかね。

ヨルダン人は、内側と外側をキッパリと分ける傾向があると感じています。ここで暮らしていくには、彼らの内側に入り込みたいのですが、仲良くなるまで時間がかかるんです。

日本だったら、ランチを一緒に食べながらおしゃべりみたいなことができると思うんですが、私の職場では同僚と一緒にランチを食べる文化がありません。15時に仕事が終わり、家に帰ってから家族と食事を摂るのが一般的です。

――人間関係を築く上で、内側と外側ではどのような違いがあるのでしょうか?

たとえばペトラ遺跡内では観光客か、地元住民相手かで、値段をはじめとする対応が大きく変わってきます。そうしたことが遺跡を離れたところでも同じなんです。

ほかにもあります。ペトラに移り住んだとき、大家さんに食料品を買うスーパーを紹介してもらったんですが、徒歩30分くらいのところだったんです。結構遠いなと思いながら、そのスーパーに通っていたら、途中でもっと近くにスーパーがあることに気付きました。一番近いスーパーは家から30秒のところにあったんです。

大家さんが最寄りのスーパーを教えてくれなかったのは、そこに知り合いがいなかったから。紹介してくれたお店は、大家さんの家族が経営していたんです。自分の家に利益を入れたいという意味合いもあると思いますが、基本的にペトラの人は自分の家族や知り合いのお店以外は紹介しないんです。

日本であれば、一番近いコンビニを紹介するじゃないですか。コンビニの店員さんと自分は縁もゆかりもないのが普通ですよね。常識が違うなと、衝撃を受けた経験でした。

面白かったのは、一番近くのスーパーを運営していたのが、たまたま同僚の知り合いだったこと。そのおかげで、地元料金で買い物できるようになりました。知り合いの紹介がないと観光客料金になってしまい、とても生活が成り立たないので、助かりました。

ヨルダンのワーク・ライフ・バランス

ヨルダン人は仕事よりも家族優先

――ヨルダンのワーク・ライフ・バランスについて教えてください。

日本人とは、はたらき方の価値観が全然違います。日本人はワーカホリックで、仕事中心の生活。一方ヨルダン人は、仕事よりも家族優先。仕事中に家族と電話するのも普通です。

ヨルダン人の多くはイスラム教徒なので年に1回、ラマダン(断食)が行われます。日中は一切飲食できず、夜にまとめて食事をします。正直、この食事方法は空腹で仕事の効率が悪くなるので、日本人からすると合理的ではないと思います。ただそれをすることによって、家族や地域など共同体としてのつながりを深められるわけです。

日本にいるときは、日本人のはたらき方を当たり前だと思っていたのですが、ヨルダンに来てから、仕事以外にも大切なことがあるんだと気付かされましたね。

ペトラ遺跡内でポーズをとる高池さん(本人提供)

――協力隊の活動が終わった後、どんなキャリアを考えていますか?

フリーランス、企業に就職、JICAなどで国際協力など、いろいろな道を考えています。現時点で興味がある仕事は、SNS運用と動画編集です。SNS運用はロジカルにデータを分析し、改善して数字を伸ばしていくプロセスが楽しいんです。

ペトラでの経験を生かして、海外ではたらくことや、日本の地方を盛り上げることなどさまざまな可能性を模索していきたいと思います。

(文・写真:岡村幸治)

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ライター岡村幸治
1994年生まれ。スポーツニッポン新聞社を経て、フリーライターへ。経営者インタビューや旅行エッセイなどを執筆する。旅が大好きで、世界遺産検定マイスターの資格を保有している。
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