もう無理かも。20代キャリアアドバイザーで独立後、たった1年で正社員に戻った理由

2024年5月1日

はたわらワイド編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、フリーランスから正社員へ戻ったエピソードをご紹介します。

フリーランスにキャリアチェンジしたSakiさんは、キャリアアドバイザーとテレアポスタッフの二足の草鞋で新しい仕事をスタートしましたが、すぐ壁にぶつかってしまいます。紆余曲折を経て正社員に戻る選択をした理由をnoteに投稿しました。

※本記事の引用部分は、ご本人承諾のもと、投稿記事「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」から抜粋したものです。

1日中はたらいて月10万円のフリーランス生活

リモートワークが普及し、時間や場所を問わずはたらきやすくなった昨今、会社員を辞めてフリーランスになる人も珍しくありません。
Sakiさんもその一人でしたが、独立してから1年足らずで正社員に戻る決断をしたと言います。

独立前に仕事が決まっていたこともあり、あまり不安がない状態でフリーランスになったSakiさん。
独立初期は全て自分で決められる自由を感じながら、就活生の相談を受ける新卒向けキャリアアドバイザーの仕事とテレアポの仕事を掛け持ちしていました。

とにかく、1ヶ月生活するために必要なお金を
ちゃんと自分で稼ぐ。

「仕事はお金のため」とポストイットに書いて、
貼り出してみたり(?)と、「稼ぐ」に集中しよう。
そんなことを考えていました。

「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」より

営業の経験がありテレアポが嫌いではなかったため気軽に始めたものの、電話を掛けた居酒屋の店員に
「今営業中なんだけど!?!?」
と怒られるなど、なかなかうまくいきませんでした。
泣いて落ち込むことも多く、結局1か月で辞めたそうです。

ただ、この時点ではフリーランスを辞めたいとは思っておらず、自由にはたらける喜びを感じていました。
というのも、新卒向けキャリアアドバイザーの仕事がたくさん舞い込んでいて、生活費分は稼げていたからです。

ところが、毎日しっかりはたらいていたのに月10万円と過去最低の売り上げになり
「はたらいているはずなのに、お金になっていない」
とショックを受けます。

キャリアアドバイザーの仕事は1回の面談ごとにお金がもらえるという契約で、面談数に応じて報酬が増えていきます。
面談さえすればお金がもらえますが、面談以外にどれだけ時間を割いても報酬は増えません。

契約時間外はお金にならない。

私は、このことを理解するのに
すごく時間がかかりました。

「もっと学生の面談をたくさんするにはどんな工夫ができるかな?」
「1回の面談でもっと情報をヒアリングするためにはどうしたらいいかな?」
「もっといい言い方があったよな、、、」

そんなことを契約時間外に
たくさん考えていました。

「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」より

だから1日中キャリアアドバイスするために時間を使い「仕事をしたつもり」で過ごしていたのに、月の収入が10万円にしかなっていなかったのです。

「あんなに、仕事のことを考えていたのになんで?」
「なんで毎日疲れているのにお金が入ってきていないの?」

ショックのあまりそんな疑問で頭がいっぱいになりましたが、やがて
「自分に求められているのは学生と多く面談することであって、それ以外は求められていなかった。良かれと思ってやっていたことは、仕事ではなく自己満足だった」
と気づいたと言います。

この体験から、
「相手からの期待は何か」
「何がお金になっているのか」
をちゃんと捉え直すようになりました。

「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」より

Sakiさんがやっていたことは、間違いではなかったはずです。
面談を受ける就活生のことを思い、なるべく多くをアドバイスできるように、懸命に努力しました。
でも、それが求められる仕事内容や報酬体系とマッチしていませんでした。

特に報酬体系は、決められたお給料がないフリーランスにとって死活問題になるポイント。
月の収入について考えておくのが大事だと教えてくれるエピソードです。

体調不良をきっかけに「自分のまま」ではたらく道へ

こうして多くを学んだSakiさんですが、そこから仕事が軌道に乗ったわけではありません。
続いていたキャリアアドバイザーの仕事が終了することになったうえに、体調不良も重なったのです。

12月に2回目のコロナにかかり、
1月にはウイルス性胃腸炎になったり。

健康が取り柄だった私にとって、
こんなに体調を崩すのは異常だという頻度でした。

「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」より

実際、当時のSakiさんは無理をしていたそうです。
「できる仕事」「やりたい仕事」「お金になる仕事」の3つを天秤にかけて進んでいたものの、なかなかうまくいかないためにやりたいこととズレた仕事や背伸びをした仕事を受けることが増え、それでも稼がなければいけないプレッシャーに押しつぶされそうになっていました。

「自分のまま」では仕事がもらえないような感覚に陥ってしまい、体のSOSをきっかけに立ち止まることにしたと言います。

これからどこへ進もう?

ともう一度自分と向き合う時間を作りました。

仕事で実現したいことは何か?
私にとって仕事とは?
実現したい世界は何か?

そのように考えた時に、
「ありのままの自分で生きてみたい」

そんな言葉がでてきました。

「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」より

一度立ち止まったことで
「背伸びして体調を崩すほど自分を追い込むくらいなら、偽ったり誇張したりせず、ありのままの自分ではたらいてみよう」
と思えるようになったSakiさん。
それからリハビリ感覚で少しずつありのままの自分を出し、決断するようになりました。
会社の面接でも見栄を張らず、誇張せず、ありのままの経験を話しました。

そんなありのままの話を聞いた面接官が
「ぜひ一緒に働きましょう」
と言ってくれたとき、嘘偽りない自分を受け入れてもらえた喜びに包まれ、安心して正社員としてはたらく決断ができたそうです。
家族や友人も「いいじゃん!」とSakiさんの決断を後押ししてくれました。

フリーランスという働き方を選択して、
不安な時間もたくさん過ごしたからこそ、

「ありのままの自分で生きてみたい」
そんな自分の心の声が聞こえてきました。

どんな選択も失敗なんてないし、
振り返ったときに
「あの選択して良かったな!」と思える
未来が創れたらいいなと思っています。

「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」より

フリーランスはSakiさんに向いていないはたらき方だったのかもしれませんが、それを経験したからこそSakiさんは「ありのままの自分で生きてみたい」という願望に気づき、結果的に自分らしいはたらき方を選べたのでしょう。
たとえ転職することになったとしても、やり切れば必ず次のステージが見えてくるのかもしれません。

<ご紹介した記事>
「フリーランスを辞めて、正社員になることを決めました!」

【プロフィール】
Saki / 早咲
【ありのままの自分で生きる】をテーマに発信 / 27歳 / キャリアコンサルタント / 新卒リクルート→家族と仕事→フリーランス→株式会社つぶだてる/ ENFJ / 餃子とラーメンが好き。

(文:秋カヲリ)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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