営業職から34歳で看護師になった私が、転職する度に幸せになれた理由

2024年5月17日

はたわらワイド編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、転職を重ねながらはたらく幸福度を高め続けたエピソードをご紹介します。

パーソナルコーチと看護師のパラレルキャリアを歩んでいるしんかいさんは、18歳から転職を重ねてきましたが、どの仕事もポジティブに取り組むことができ、感謝の気持ちがあると言います。念願の大学を卒業できたのは、なんと49歳だそう。年齢に囚われずやりたい仕事に挑戦できた理由をnoteに投稿しました。

※本記事の引用部分は、ご本人承諾のもと、投稿記事「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」から抜粋したものです。

「女性は採用していない」と言われた会社で営業トップに

しんかいさんは18歳で就職してから50歳に至るまで、20以上の仕事をしてきました。
現在は起業して看護師+個人事業のコーチング業というパラレルキャリアを選んでいますが、販売→法人営業→介護職員→看護師→コーチングの個人事業主と多岐にわたる転職を重ねていて、すべての仕事において
「ずっと楽しく仕事をさせてもらった」
と感謝の気持ちが湧いてくるそうです。

「お給料=我慢料」とならず楽しくはたらき続けられた理由として、まず思い浮かぶのがお父さんだと言います。

父は、なかなか大変な仕事を定年まで一筋にしていましたが、私は父から仕事の愚痴を一回も聞いたことがなかったのです。

もし、父が仕事の愚痴ばかりいっていたならば、私はきっと「社会というものはよくないものなんだ」と、ネガティブイメージを幼少期から社会に出るまでの間に、いつのまにか植え付けられてしまっていたのではないかと思っています。このイメージいわゆる信念は、私の仕事に対する土台になったと思っています。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

こうして前向きな仕事観を土台に持つようになったしんかいさんが最初に経験したのは営業職で、20代から10年を捧げ、全国500名の営業マンのトップに立ちました。
さぞかし営業向きの性格なのかと思いきや、もともと内向的で話すことにコンプレックスがあったうえに、最初の面接では「女性だから」と断られたそうです。

「女性の営業職はとっていないので、事務職でしたら・・。」と言われ、私は「それなら、結構です。」と断りました。その2日後に「今回、初の試みで女性の営業を採用してみることにしました。」と連絡があったのです。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

話すことへの苦手意識を克服したいという思いを抱いての入社でしたが、実際にはたらいてみると「話をするのは私ではなくお客様の方」だったと言います。

男性社員には「女性は無理だろう」「直ぐに辞めるだろう」と言われながらも、私が3年後に営業トップになった時、全国にいるガッツのある女性営業マンの全員が営業成績トップ10に入り、ハワイに招待旅行に行ったエピソードもあります。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

話下手の克服には至らなかったものの、自分を信じて任せてくれる上司に恵まれ、営業職の適性が開花したしんかいさん。
自身がモデルケースとなり女性営業のキャリアを切り開いたのち、メーカーの営業職へ転職してキャリアを着々と築いていきますが、年齢を重ねるにつれて違う職種にも目を向けるようになります。

介護施設で看護師に憧れ、32歳で勤労学生に

しんかいさんが新しく興味を持ったのは、介護職でした。

歳をとってからも営業職をやるイメージが湧かなかったことや「このまま結婚できないかも!」と思ったりで、これからの時代、食いっぱぐれの絶対なさそうな介護職にと舵を切り思い切って転職します。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

配属されたのは、介護老人施設の認知症専門部署。初めて重度の認知症の方々と接し、驚くことが多々起きました。
それでも「愛情をもって優しく接することで、意志疎通が図れないほどの認知症の方々から信頼してもらえるようになった」と語ります。

なぜそう思ったのかといいますと、認知症の方をトイレに誘導するのって結構大変なのですが、私がトイレ誘導をするとなぜかトイレにスムーズに行ってくれるということが次々に起こりました。私が夜勤の時は、なぜか静かにお休みになってくださるということも起こりました。ほんと、不思議でした。その様なことが度重なり、信頼してくださっているのではないかと私は勝手に解釈しました。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

営業職と介護職はまったく畑違いの仕事のように思えますが、人と接する点は同じです。
営業職で相手の話をきちんと聞き、真摯に向き合っていたしんかいさんだからこそ、重度の認知症の方々とも誠実に向き合え、その姿勢が伝わったのかもしれません。

介護職にも適応して活躍できるようになったしんかいさんですが、ここで大きなキャリアチェンジをすることになります。
老人施設で出会った看護師さんがとても素晴らしい人で、
「私もこのような人間になりたい!」
と強烈な憧れを抱き、32歳で全財産を叩いて奨学金をもらって勤労学生になったのです。
人生一の勉強を経て准看護師になったのは、34歳の時でした。

「20代で看護師になられている同世代の看護師と同じくらいの技術を身につけたい」
そう考えて面接に行ったのは、日本で一番心臓のオペをしている病院でした。

ところが、その病院は准看護師の採用をしていませんでした。
それを知らずに面接に行ったしんかいさんは、決死の覚悟とこれまでの社会経験を伝え、なんと唯一の准看護師として採用され、心臓外科内科の病棟ではたらくことになります。

そこで学ばせていただいた土台を大切に、現在50歳になるまでずっと看護職をしています。この仕事には、私のトキメクことが沢山詰まっていて、今までやってきた仕事の中でも、一番大好きな仕事です。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

全財産を捧げて目指すほどの熱量を持っていたからこそ、しんかいさんは不可能を可能にし、ずっと続けたい仕事にたどりつけたのではないでしょうか。

45歳で念願の大学進学を果たし、50歳目前で夢を叶えた

しんかいさんの転職は、ここで終わりではありません。
事情により18歳で大学に進学できなかったものの、あきらめずに独学で何十年も心理学を学び続けていたしんかいさんは
「人生の後半には、私の経験と学びの全てを使って、自分の出来ることで人に貢献したい」
と考えていました。
そして45歳でついに通信大学への進学を果たします。

4年間、水を得た魚のように学ばせていただきました。この歳になり、やっと大学で学ぶための心、時間、資金の余裕が持てたのだと感謝の気持ちでいっぱいでした。

看護師をしながら家事育児をしながら学ばせていただき、家族や職場の同僚の協力がなければ、私が果たせなかった夢です。
家族をはじめ、皆さんに本当に良くしていただきました。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

大学で念願の心理学をしっかりと学んだしんかいさんは、49歳で起業してコーチングを生業にしました。

数々の転職で多くの職種を経験したことで、それらを起業に生かすことができ、
「人生はない物に目を向けるより、ある物に目を向けた方が、感謝に溢れてずっと幸せになる」
と感じたそうです。

「時間がない」「お金がない」「自信がない」「もう歳だから」は、単なる使いやすい言い訳であり、逃げ口上であること。

「いつか」ではなく、勇気を持って「今やる」ことで扉が開けてくること。

何かを成し遂げたければ、「恥を超えた勇気」と「自分を信じる力」が必要であること。

「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」より

ほかにもたくさんの気づきと学びがありました。
成功も失敗も、あらゆる経験がしんかいさんに感謝の念を抱かせ、幸福感をもたらしたそうです。

転職回数の多さを気に病む人もいますが、転職の回数をネガティブに捉えるかポジティブに捉えるかは、本人の行動次第なのかもしれません。
何度も転職しながら、すべての経験を糧にして現在のキャリアにつなげているしんかいさんのエピソードから、あきらめずに挑戦する勇気をもらえそうです。

<ご紹介した記事>
「18歳で就職をした私が転職するたびに幸せになった話」

【プロフィール】
しんかいさん 自己実現メンタルコーチ
49歳で心理大学卒業! パーソナルコーチ/4か月〜継続コーチング/看護師とのパラレルキャリア/自分の心に嘘をつかない心から満足する人生へ導く/ 自己受容/セルフコンパッション/内外一致/自己理解。オフィシャルHP:https://shinkaisan.com/

(文:秋カヲリ)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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