【エジプトのはたらき方】厳しい状況の中、自分のやりたい仕事に就くための努力を続けるエジプトの人々

2023年8月24日

連載「地球のはたらき方」では、世界の国々ではたらく人にインタビュー。その人自身のお仕事や、国のはたらき方や価値観に加え、「はたらいて、笑おう。」グローバル調査のデータをもとにして、各国のはたらく内情を伺います。

今回は、エジプトのはたらき方をご紹介します!

エジプト・アラブ共和国 Data(2022年)
国内総生産ランキング(GDP) :35位/193ヵ国中(日本:3位)
世界幸福度ランキング(WHR) :129位/146ヵ国中(日本:54位)

<お話してくれた方>
サーミ・ハフッセンさん|エジプト国籍|40歳|日本語ツアーガイド
世界遺産のピラミッドが立ち並ぶエジプトの都市、ギーザに家族と住み、日本語のツアーガイドとしてはたらいている。子どものころからピラミッドや遺跡に興味を持ち、その魅力や歴史を外国人に伝えるツアーガイドの仕事がしたいと夢見ていた。 ヘルワン大学で歴史や遺跡について勉強し、ツアーガイドになるための知識を身につけた。幼少期より日本のドラマやアニメが好きで、日本語や日本文化に興味があったため、大学在学中に独学で日本語を身につけ、大学卒業後、日本語ツアーガイドとしての職を得た。趣味は読書とサッカー。

Q.あなたはどんな人?

――あなたの仕事について教えてください。

私は日本語ツアーガイドの仕事をしていて、エジプトのピラミッドや博物館、遺跡などを日本人観光客の方々に案内しています。エジプトは5,000年以上の歴史を持つ国で、世界中から観光客が来てくれます。私の住んでいるギーザの町はピラミッドが立ち並びます。子どものころからエジプトの歴史に興味があり、ツアーガイドの仕事に就くことを夢見ていました。大学在学中から日本語の勉強をして、今では日本人観光客のプライベートツアーや団体ツアーのガイドを担当しています。

日本語ツアーガイドとしてエジプトの遺跡やピラミッドを案内するサーミさん

――どういう経緯で日本語ツアーガイドの仕事を始めたんですか?

子どものころ、父親とピラミッドエリアに行ったときに、外国人観光客に遺跡を案内するツアーガイドの人がいました。ツアーガイドの仕事がとてもかっこよく見えて、魅力的だと感じたんです。遺跡や歴史に興味があったこともあり、将来は自分もツアーガイドになりたいと夢見るようになりました。

ヘルワン大学に進学後はエジプトの歴史や遺跡について勉強し、ツアーガイドに必要な知識を身につけました。大学卒業後は、外国人観光客向けのお土産屋さんではたらいてお金を稼ぎつつ、観光客の方と話をしながら、エジプトの歴史や遺跡について説明するスキルを少しずつ磨きました。

1年ほどはたらいてから地元の旅行会社に入り、念願のツアーガイドの仕事を始めました。最初は2人程度の小規模ツアーを担当しました。初めてツアーガイドの仕事をしたときは、とても緊張したことを覚えています。慣れてくるにつれてだんだん楽しくなり、半年ほど経験を積むと団体ツアーを担当できるようになりました。

そのあと別の旅行会社に転職し、今に至ります。ツアーガイドの仕事は、日々勉強する必要があるため大変ですが、大きなやりがいを感じています。

――サーミさんは日本語がとても堪能ですが、どうやって身につけたんですか?

昔から日本のドラマ「おしん」やアニメ「キャプテン翼」などの作品を見ていて、日本の文化にとても興味をもちました。特に「おしん」では、日本人の勤勉さを知り、感動したことを覚えています。

大学2年生のとき、日本のJICA(青年海外協力隊)の人がボランティアで日本語教室を開いてくれたんです。かねてより日本語に興味があったので、勉強を始めました。最初30人ほどいた学生も、日本語がとても難しいからか、最終的には私を含めた3人だけになりました。

そのあとも、日本大使館にある文化センターで日本語の本やビデオを借りて、独学を続けました。また、お土産屋さんではたらいていたころ、日本人観光客と日本語で話すことで、徐々に日本語会話の自信を深めました。今でも日本のニュースをみて積極的に日本語に触れ、日本語が衰えないように努力しています。

――独学で日本語を勉強したのはすごいですね。

日本への興味が、日本語学習の糧になりました。2010年に初めて日本へ行き、さらに日本が好きになりました。新型コロナウイルスが流行する前は、1年に1回は日本に行き、いろんな県を旅していたのですよ!次は沖縄に行ってみたいです。

――新型コロナウイルスの影響はどうでしたか?

約3年の間、日本人観光客がエジプトに来れなくなったため、ツアーガイドとしての仕事はゼロになりました。ヨーロッパからの観光客は、流行後1年ほどでエジプトに来るようになったのですが、アジアからの観光客は来られず、ツアーガイドの仲間たちと「これからどうなるんだろう」と毎日話していました。

ツアーガイドの仕事がなくなってからは、弟と両親が経営するスポーツジムの会計の仕事を手伝いながら、なんとか生活をしていました。いつかまた日本人が来てくれると信じて、日本語のニュースを見ながら事態が好転するのを待ちわびていたんです。

多くのツアーガイドが職を失い、中東のドバイなどに出稼ぎに行きました。ツアーガイド以外の人も職を失った人が多く、とても辛い時期でした。中東に行ってしまった日本語ガイドの仲間もいて、自分もこれからどうしようかと悩んでいたところに、ようやく日本人観光客がエジプトに来てくれるようになり、とてもホッとしています。

これから少しずつ観光客が増えてくると期待しています。自分にとっての天職である日本語ツアーガイドの仕事を再開できて、とてもうれしいです。

ほぼ3年ぶりに日本人観光客がエジプトに戻り、ツアーガイドの仕事を再開できた

――仕事のモチベーションはなんですか?

案内する日本人観光客のタイプを見極めて、深く歴史の話をした方がいいのか、それとも軽い説明に留めて遺跡や景色を沢山見てもらった方がいいのかなどを判断し、相手の好みに合わせてガイドするように心がけています。

お客さまに楽しんでもらうように努めつつ、エジプトの魅力を紹介するのは、自分も勉強ができますし、とても楽しいですね。ツアー最終日に「楽しかった!来て良かった」と言ってくれることがうれしく、ツアーガイドとしての喜びを感じます。お客さまとの会話で自分自身も学び、楽しみながら仕事をすること自体が活力になっています。

――オフはどのように過ごしているんですか?

日本人観光客に聞いた日本の文化や素晴らしいテクノロジーについて家族と話したり、日本のことを調べたり、友人とカフェでおしゃべりして過ごしています。読書とサッカーが趣味で、本を読むことも多いですし、仲間とサッカーを観ることもありますね。エジプトはサッカーがとても盛んなんですよ。

Q.あなたの国のはたらき方について教えてください。

――エジプトのはたらき方について教えてください。

労働時間は法律で1日8時間以内に抑えるように決められています。たとえば公務員は、朝の8時30分から午後14時まで、会社員や銀行員はだいたい朝の9時から夕方の17時まで、休憩をはさみながらはたらきます。休日は土日ではなく金曜日だけですが、土曜日も休みになる会社は多いですね。

公務員の初任給は約5万円、会社員は約6万円と、会社員の方が高い給料を得られるのですが、公務員は労働時間が会社員より短く、社会保障が充実しているのが特徴です。

――そうなんですね。エジプトではどうやって最初の仕事を探すんですか?

在学中に、自分の進路を明確に決める人はほとんどいないですね。勉強に集中する必要がありますし、あまり先のことを具体的に考える国民性ではないのでしょう。学校を卒業してから、自分の仕事を探し始めるのが一般的です。

卒業後に仕事を探す場合、銀行やツアーガイドなど観光業に関する仕事は早く見つかることが多いですね。最近は失業率が少し高くなり、すぐに仕事が見つからないことは親も分かっていますし、職が見つかるまでは実家で暮らすケースが多いです。

エジプトはアフリカ屈指の経済国なので、探せば何かしらの仕事に就けます。なので、はたらき始める時期は人ぞれぞれですね。

また、エジプトは「コネ」文化が強く、募集中の仕事をFacebookで探したり、親戚や友人に電話をして仕事を紹介してもらったりするケースも多いです。卒業後すぐに仕事を探せないことは仕方がないとはいえ、いつまでも就職できないでいると、親戚が心配して仕事を斡旋してくれることもよくあります。

エジプトのようなアラブの国では、伝統的にコネ文化が強いんです。自分で仕事を探していなくても、親戚がどんどん仕事を紹介してくれるので、場合によっては自分で探さなくても職に就けるんです。

もちろん、コネを使わずに職を探す人もいます。希望する会社に履歴書を書いて応募し、面接を受けて職に就くというスタイルです。特に公務員になりたい場合は試験などもあり、狭き門です。

最近は人材募集情報を集めた就活アプリもあり、コネをまったく使わず職を探す若者も増えてきました。

――いろんな仕事の探し方があるんですね。エジプトでは転職するのは一般的なんですか?

そうですね。より条件のいい会社ではたらくために、経験を積んで転職するということは一般的です。

公務員とか外交官とか、銀行員やツアーガイドは自分の仕事が好きな人が多いので、一度その会社を離れても、また同じ職種で仕事を始めることが多いですね。肉体労働の場合はより良い職場を探し、チャンスがあれば職種を変えることが多いです。

学校卒業後すぐに自分の望む仕事を始められるとは限りません。やりたい仕事ではなく「今はたらける職」に就く人も多いので、チャンスがあればより良い条件の職場や、自分の就きたい職に就くために転職するのです。

歴史があるエジプトはアフリカ屈指の経済国

――エジプトではどんな職業が一般的なんですか?

GDPで見ると農業や建築業が多いですね。また、観光業も盛んです。最近ではIT分野も発達しているので、エンジニア職も多いです。

Q.あなたの国の調査結果についてどう思いますか?

「はたらいて、笑おう。」グローバル調査 エジプトの順位 ※調査結果は、2022年に発表した第2回目調査のデータ。

――Q1の「日々の仕事に喜びや楽しみを感じていますか」という質問に対して「楽しんでいる」と回答した割合は、エジプトは122ヵ国中118位でした。この結果を受けて、どのように思われますか?

順位はとても低い結果ですが、個人的には仕事を楽しんでいる人が60%もいるのは多いと感じます。公務員や会社員は朝早くからはたらかないといけないので、人によっては仕事が大変だと感じているでしょうし、低い結果になるのは妥当だと思います。

農業と建築業に携わる人が多いと言いましたが、それは肉体労働をする人が多いということです。とても大変で、「仕事を楽しむ」という余裕がないのかもしれません。

農業や建築業は国の政策に左右されやすい分野で、自分でコントロールできないことも多く発生します。観光業もまた、国の政策に左右される分野で、遺跡などの観光資源があっても、国や経済が安定していないと成り立たず、大変な場面も多いのです。

そんな中でもツアーガイドなどの観光業に携わっている人は比較的自分の仕事が好きな人が多く、90%以上の人が楽しんでいるような感覚です。少なくとも、私は自分の仕事をとても楽しんでいます。

――Q2「自分の仕事は、人々の生活をより良くすることにつながっている」という項目は122位でした。

これも妥当ですね。ほかの質問よりも前年の結果より下がっています。新型コロナウイルスの影響だけでなく、ウクライナ危機の影響を大きく受けて、小麦の値段が急騰しました。エジプト人の主食はパンで、世界最大の小麦輸入国なんです。新型コロナウイルスの影響で失業者が増え、ウクライナ危機でパンの値段が高騰している今、生活が大変な状況にあります。「人のためにはたらいている」と思う余裕がないのだろうと思います。

国策により、エジプトの経済が危機に陥ることはこれまでにもありました。特に「アラブの春*」以降は目の前の生活で精一杯で余裕がないため、この結果は仕方がないですね。

*2010年から中東地域に広がった民主化運動のこと。エジプトは2011年に反政府デモが発生し、政治的な混乱が続いた。

未だ厳しい状況が続くエジプト。適度に散歩をしたり綺麗な景色を眺めたりして心をリフレッシュさせている

――Q3「自分の仕事やはたらき方は、多くの選択肢の中から選べるかどうか」は121位でた。

これも妥当な結果ですね。アラブの春以降、エジプトの失業率は12%程度となり、厳しい状況が続きました。今、改善したとはいえ、まだ7%程度あります。就きたい職につけずに、「就ける職」を選ばざるを得ない状況です。

たとえば私の4番目の弟は、中国語のツアーガイドを目指して中国に語学留学していましたが、新型コロナウイルスの影響を受けて、国に戻ってきました。中国語ツアーガイドは日本語ツアーガイドより厳しい状況で、仕事や語学学習の機会を得るのは難しくなりました。

エジプトでは、長男が兄弟の面倒を見るという伝統があり、私は8人兄弟の長男なので、この弟の生活費を負担しています。弟には夢を叶えて欲しいですが、チャンスが来るまではタクシードライバーなど、すぐに就ける仕事を探して欲しいのが本音です。彼の気持ちもよく分かるので、あまり強くは言いませんけどね。

このように、エジプトでは就きたい職に就けず、ほかの仕事を探さないといけない状況が続いています。私の子どもは今7歳なのですが、大人になるころには状況が改善していることを期待しています。

――サーミさんも厳しい状況の中、ほかの仕事をしながらツアーガイドの仕事が再開できる日を待っていたんですよね。

そうですね。とても辛い時期でしたが、諦めずに努力を続けて機を伺えば、いつか状況が好転することもあります。日本語のツアーガイドの仕事は私にとって天職なので、これからも続けるための努力をしていきます。

観光の仕事は国の状況に左右されやすく、今回の新型コロナウイルスのように、中断してしまうことがありますからサイドビジネスを始めることを視野に入れています。

少しでも長く、このやりがいのある仕事を続けたいですね。エジプトは歴史が深く魅力的な国なので、ぜひ日本のみなさんに観光に来てほしいです。

ガイドの仕事はサーミさんにとって天職。今後、サイドビジネスなども始めながら長くこの仕事を続けたい

「はたらいて、笑おう。」グローバル調査
世界100カ国以上の国と地域を対象として、国際世論調査Gallup World Pollに「はたらいて、笑おう。」に関する質問を3項目追加し、3つの質問について「はい/いいえ/わからない/回答拒否」で回答。詳しくはこちら

※当記事で語られている発言内容は、あくまで取材対象者ご自身の意見・感想に基づくものです。

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SAGOJOライター伏見碧
大学院で機械工学を専攻し、終了後はメーカー企業の研究所で勤務。
数年働き、北欧アウトドアを体験するために退職し、北欧デンマークに1年間滞在。
現地の学校でアウトドアを学ぶ。
現在は北欧アウトドアライターとして記事を書き、その魅力を発信している。
自身のサイトではデンマーク生活を漫画形式で紹介。
また、デンマークの旅行代理店と提携し、日本人向けに北欧ネイチャーツアーの企画立案も担っている。

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