飲食界の“ノアの方舟” 飲食の寵児が「まぼろし商店」に託す未来

2021年4月13日

閉店してしまった名店の味が、みずみずしく甦り、味わえるとしたら。老舗が長年あたためた門外不出のレシピを継承し、未来に向けて保存してくれるサービスがあったとしたら──。

新型コロナウイルスによる苦境が続く飲食界で、2021年2月、彗星のごとく登場したプロジェクトが大きな話題を呼びました。その名も「まぼろし商店」。やむをえない事情で閉店した名店の人気レシピを受け継ぐというものです。

記念すべき第1弾となったのは、神田の洋食店『キッチンビーバー』のメンチカツ。2021年2月、目標の30万円を目指してクラウドファンディングをスタートさせたところ、大きく上回る約400万円以上の支援金が集まりました。その達成率は、1338%という破格の数字。

その仕掛け人となったのは、株式会社ミナデインの代表取締役・大久保伸隆さん。大久保さんは、「塚田農場」などを経営するエーピーカンパニーの副社長を務め、アルバイト育成の取り組みがTV番組「カンブリア宮殿」などでも紹介された“飲食界の寵児”です。

大久保さんは、2018年6月にエーピーカンパニーを退職したのち、同年7月にミナデイン社を設立。“まちに個性を”とのコンセプトを掲げて、東京・新橋にある「烏森百薬」「らんたん」「烏森絶メシ食堂」など、多数の店舗を経営しています。

「まぼろし商店」はそんな大久保さんが挑む、前例のないプロジェクト。着想のきっかけは?味の再現って大変じゃない?この仕組みが完成したら一体どんな未来が待っている?「まぼろし商店」のワクワクする可能性について、大久保さんに聞きました。

誰も手を出さなかった前代未聞のプロジェクト、はじまる

──「まぼろし商店」のプロジェクトをはじめたきっかけを教えてください。

毎日テレビやネットで、コロナ禍でどんどん飲食店が廃業しているというニュースを目にしていたのがきっかけです。僕、小学校の時にずっと食べていた中華屋さんの味が忘れられないんです。あれをもう一度食べたい。でも、もうない。正月に実家に帰るたびに、「食べたいね」って兄と話すほどなんです。

同じように誰しも1つや2つは忘れられない味があるはず。だったら、味が失われてしまう前に継承し、保存する、そんなビジネスを作ってはどうか? 

具体的な方法としては、まず店主さんと連絡を取り、レシピを譲り受けて、味をリアルに再現して……。ちょっと考えただけでも、ああ、これは大変だなと思いました。

──大変すぎて、それまで誰も手を出さなかった?

そう。きっと同じことを思いついた人はいたでしょうけれど、今この事業をしている人はいない。これは逆にチャンスだと思いました。失われていく味を保存することは、文化的にも価値がある。そこから、いろんな人に「思い出の味を再現する仕事がしたい」と話していたんです。

ただ、閉店から1〜2年経ってしまうと店主さんと連絡がつかなくなってしまう。閉店する情報をいち早く掴み、間髪入れずに動く必要があります。しかも、僕がいきなり乗り込んでいって、「レシピください」って言うとめちゃくちゃ怪しい。信頼してもらうためには、第三者から、僕を紹介してもらう必要があります。

──もうその時点で、事業としてのハードルの高さが伺えますね……。

二重苦ですよね。でも、ちょうど知人から「ずっと通っていた名店がつぶれてしまう。どうにかならないだろうか?」と連絡をいただいたんです。さっそく駆けつけました。そのお店が、昭和35年創業の神田の名物洋食店「キッチンビーバー」だったんです。

飲食界の絶滅危惧種を救いたい!クラウドファンディング始動

──プロジェクトの第1弾となったお店ですね。訪問した時の大久保さんの印象は?

かわいい店構えをした街の洋食屋さんで、「初めまして」の僕でも懐かしさを感じるようなお店でした。同時に、かつてはビジネスマンたちで大賑わいだったお店が今、椅子を積みあげて閉店しようとしている風景はとてもさびしかった。

きっともうこれからの世代の子たちは、こういうお店を数十年かけて作ろうとはしないでしょう。昔ながらの洋食屋さんや中華屋さん、喫茶店は、一度失われればもう戻らない絶滅危惧種なのだと改めて感じました。

──その時、お店で迎えてくれたのは?

チャキチャキの江戸っ子ママ、高木カヅ子さんです。聞けば、60年にわたって、旦那さんとこのお店を切り盛りしてこられましたが、旦那さんが脳梗塞で入院されて、ママがなんとか一人で営業していたものの、重いものを持ったり振ったりする重労働が祟って4カ月で腰を圧迫骨折。それで、泣く泣く断念して閉店するというんです。

そんなことを聞いたら、いよいよほうってはおけません。そこで、「お店はなくなっても、せめてビーバーの味を」ということで、数あるメニューの中でもとくに愛されたカリカリホカホカの「メンチカツ」を再現することにしたんです。

伝説の「メンチカツ」はいかにして再現されたか?

──「メンチカツ」という“まぼろし”を再現するにあたり、どんなことからはじめられたんでしょう?

まず取り掛かったのは、ママがいつもの感覚で作っているレシピを客観的に数値化すること。「これくらいかな〜」というママの目分量をスタッフが計測していくと、ちゃんと数グラム単位で揃っているんです。すごいですよね!

このレシピはうちのスタッフが受け継ぎ、高木さんが定期的に味をチェックしてくれています。「完璧な再現だよ!ありがとう!」って言ってもらえたときはうれしかったですね。現在、このメンチカツは、東京・新橋にある「烏森百薬」と「らんたん」で食べていただけるようになっていますよ。

──クラウドファンディングでは、“お取り寄せ”も実施されていましたね。

はい、“お取り寄せ”も行っています。店舗で提供する味の再現については、正確なレシピを作成し、練習すればそれほど難しくないということがわかりました。が、問題はどのような状態で皆様にお届けするか。ここが一番むずかしかった!「うん、ウチの味だ」とママに太鼓判をもらえるまで試行錯誤を繰り返しました。今後、店舗はもちろん、こうしたECやデリバリーでの販売も予定しています。

名店を若い力にバトンタッチする“事業継承”計画

──「まぼろし商店」ではレシピだけではなく、事業自体の”継承”も視野に入れられていますね。

そうです。「後継者がいないから閉める」というお店については、レシピの伝授だけでなく、お店ごと継承する人材、企業を見つける役割も僕らが務めたいと考えています。

ただ、むずかしいのは、そのご主人がいて、そのママがいてこそ、そのお店だと言える点。人が変われば、当然お店の空気も変わってしまいます。もっと言えば、M&Aのような形で交代すると一気に“家業”から“ビジネス”になります。

だから、事業継承をする時は、うちが買収して高額で貸すようなスタイルではなく、原価に近い形で次の事業の担い手に譲りたい。若い子たちが負担なく継続できて、お店へのリスペクトもきちんと残る、そういう良い形でバトンタッチしたいんです。

名店が残れば、地元の歴史や特色を残すことにも繋がります。同時に、若い力が新しい風となってお店を継ぐことで、より良い形でのアップデートも可能になるはず。ゆくゆくは、そこに暮らす人はもちろん、観光客にとっても楽しい街になると思うんです。

閉店した店主が安心して生活できる仕組みに

──歴史といえば、「まぼろし商店」のサイトを覗いてみると、お店やメニューにまつわる背景を紹介する記事もありますね。

「味と思い出をセットにする」というコンセプトなので、その味が生まれたストーリーもぜひ一緒に味わっていただきたくて。その記事とムービーの完成版を高木ママに送ったら、「ありがとう!感動して涙が止まらない」というお返事が来たんです。

「ああ、やってよかった」としみじみ思いました。カラッとした江戸っ子のママだから泣き言を言わなかったけれど、きっと旦那さんが倒れられて、長年頑張ってきたお店も閉めることになって、本当はとても大変だったんだろうな、と。

高齢化や後継者不足、ほかにもお店を閉めるのはいろんな事情があるから、僕らにできることは少ないですが、「まぼろし商店」としては、お店から譲り受けたレシピを用いて作った料理の売上の一部をお支払いする形にしています。

その土地で築かれてきた資産を街として有効活用させていただく代わりに、店主さんが引退しても安心して生活できるような仕組みを作りたいんです。

実はママには「烏森百薬」で従業員としてもはたらいてもらっています。なんだか、とても楽しそうにしていますよ。

──クラウドファンディングの大成功は高木ママにとっても良いお話だったんですね。

それは間違いないと思います。でも、ママは金額のことより、常連さんや社会との接点が再び生まれたことをとても喜んでいました。きっと昔から目の前のお客さんが喜んでくれることを一番に考えてこられて、それが今も変わらないのだと思います。

そして、その気持ちは僕も同じ。社会という大きなパイで考えるよりも、まずは近所の人から豊かにしたい。そして、「いかに来てもらうか」より「いかに帰ってもらうか」を考えたい。このコロナ禍でも変わらず活況だったのは、立地がいいお店ではなく、普段から常連客に愛されていたお店だったと感じています。

そういう意味でも、名店が1つ、また1つと失われていくのをただ見ているだけというのはもったいないんです! お店は街の個性そのものですから。

「まぼろし商店」が描く未来予想図

――最後に、この「まぼろし商店」を通じて目指される未来を教えてください。

この事業はきっと、収益はしばらくでないと予想しています。きっと、ほかの店舗の収益を当てながら進めることになるでしょう。

それでも続けたいと思うのは、閉めてしまったお店の店主さん、そのお店の味をずっと食べたいと熱望する常連さん、そしてそれを提供できる我が社、この3者がみんなハッピーになれる取り組みだと信じているからです。今、各国の旧市街が世界遺産になっているのと同じく、その時代の味を残していくことで将来的に生まれる価値と楽しみは計り知れません。

――10年後や20年後になって、うしなわれたはずのレシピが100、いえ200…たくさん残っているということですね。想像するとちょっと震えます。

明治や大正の一皿が今も残っている感覚ですよね。真面目な話をたくさんしましたが、純粋に、すごく面白いと思うんですよ! 味だけで比べたら現代のハイクオリティな料理には敵わないのかもしれないけれど、それでもたまらないロマンがあります。築地1号店の吉野家の牛丼とか、もし残っていたら絶対食べてみたかった(笑)。今、まさにそういうプロジェクトを育てはじめたところです。どうぞ応援してください!

(文:矢口あやは 写真提供:株式会社ミナデイン)

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ライター・編集・イラストレーター矢口あやは
大阪生まれ。雑誌・WEB・書籍を中心に、トラベル、アウトドア、サイエンス、歴史などの分野で活動。2020年に一級船舶免許を取得。

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