人口3,100人の秘境の村で、MBA取得のフランス人が「森の遊び場」をつくった理由

2022年5月10日

「ここで幸せになったから、ずっとここに残りたいですね」

流暢な関西弁のイントネーションで話すのは、フランス人のジョラン・フェレリさん。

2014年9月、ジョランさんはフランスから日本にやって来ました。2016年、林業に携わる仕事を求めて、奈良県の最南端に位置する十津川村に移住。村の過疎化や主要産業である林業の衰退を目のあたりにし、ジョランさんは新たな人を呼び込むためのプロジェクトに取り組みます。2020年4月、フランスの技術を活かしたレクリエーション施設「空中の村」をオープンしました。

オープン時はコロナ禍で多難なスタートを切るも、その年は約3,800人、翌年には約5,000人と来場者数を増やします。同施設はツリーハウスでコーヒーを飲んだり、木々をつなぐ吊り橋で空中散歩をしたりなど、大自然を感じながらくつろぐことができる「憩いの場」として人気を集めています。SNSやYouTubeでは「存分に楽しめる」「空中を歩いてるみたい!」「童心に帰った」と口コミが広がり、森の中でワーケーションをする人たちも訪れるようになりました。

そんな空中の村は、さまざまな賞を獲得しています。ドキュメンタリー番組「ガイアの夜明け」で特集されたコンテスト「にっぽんの宝物 奈良大会 2000‐2021」にて、ものづくり・体験部門の準グランプリを受賞。その全国大会となるJapanグランプリでも、Visit Japan部門の準グランプリを獲得しています。また、農林水産省が主催する「ディスカバー農山漁村の宝アワード」では、「空中に輝く新林賞」を受賞し、岸田文雄総理大臣とも顔を合わせました。

「ディスカバー農山漁村の宝アワード」での写真撮影(空中の村公式Facebookより)

この数年間で、日本の行政はジョランさんの活動を高く評価しています。

「一人じゃ、全然何もできなかった。みんなのプロジェクト。みんなのおかげです」と言うジョランさん。いったいなぜ生まれ育ったフランスを離れ、日本の村にやって来たのでしょうか。ジョランさんの歩んだ軌跡を聞きました。

自然とともに育った少年が抱いた夢

ジョランさんは1992年、フランス南東部のグラノーブル近郊に3人兄弟の長男として生まれました。アルプスの麓で、豊かな自然に囲まれて育ったといいます。

「人口が3,500人くらいと、ちょうど十津川村と変わらないくらいでした。家を出たらすぐ森があって、ずっと外で遊んでいたんです」

その後、小学校から高校まで近隣の学校に通い、18歳のときにフランスの町・リオンにある大学へ進学。自然豊かな場所で育ったジョランさんは、そのころから「将来は、山と関わる仕事に携わりたい」と思うようになります。けれど、大学で専攻したのは、なぜか経済学でした。

「フランスでは林業の専門学校に行っても、なかなか仕事を見つけられないんです。フランスでは山を管理している人たちをフォレスタといいますが、フォレスタの仕事は当時あまりなかった。林業だけ勉強して仕事に就いて、もし『この仕事は無理だな』と思っても転職しづらいですが、経営を学んでおけば林業でも別の分野でも活かせると思ったんです」

大学在学中はフィンランドとアフリカへ、それぞれ半年間ほど留学。その経験から「もっといろんな国の文化に触れてみたい」と思うようになります。大学卒業後、ジョランさんは思い切って海外の大学院を受験することにしました。

「フランスでは大学院まで行かんと仕事を見つけられないですから、みんな結構大学院まで行くんですよ。それで、アジアは行ったことないから、『じゃあアジアに行ってみようかな』と思って気軽な気持ちで応募しました」

大学院時代のジョランさん

受験したのは中国と日本の大学院。ジョランさんは両方とも合格し、最終的に兵庫県にある関西学院大学の大学院を選びました。選んだ理由は日本に興味があった……というわけではなく、単純に日本の方が就職率が高かったから。日本のアニメを時折観ることはありましたが、特別に好きだと思うことはありませんでした。

ただ、少年時代に空手と柔道を習った経験から、宮本武蔵の「五輪書(ごりんのしょ)」を読む機会がありました。「五輪書」とは、江戸時代初期の剣豪である宮本武蔵が生涯かけて磨いた剣術を記した書物。剣術本としてだけでなく、人生を生き抜くヒントとして日本問わず海外でも人気があります。森に囲まれて育ったジョランさんにとって、宮本武蔵の教えは心に響いたといいます。

「五輪書を読んで、自然を真似するのが正しいと学びました。自然を見て勉強して、流れをわかっていたら間違いない。自然がナンバーワン、自然は神様だなって」

日本の剣豪に魅せられたジョランさんですが、将来日本の自然と向き合うことになるとはまったく予想していませんでした。

「ないなら、車やるよ」と、村民のやさしさに触れる

そして2014年、ジョランさんは日本に来日。そのときのことをこう振り返ります。

「まだ9月でしたから蒸し暑かった。でも、ワクワクしてた。コンビニに寄って、寿司を買って、『ウマいなぁ!』と思って……。フランスの寿司とは比べものにならないと思いましたね(笑)」

兵庫県西宮市でアパートを借りたジョランさんは、大学院で経営学を学びます。選択したのは、2年間でMBA(経営学修士)の学位を取得するコース。欧米の大手企業CEOの約4割はMBA取得者で、ビジネスエリートの登竜門といわれています。

今でこそ流暢な日本語を話すジョランさんですが、大学院に通い始めたときは、日本語がまったく話せませんでした。授業はすべて英語で行われていたため、アルバイトをしながら日本語を少しずつ覚えたといいます。ジョランさんは学費を自分で工面するためにアルバイトを3つ掛け持つなど、目まぐるしい学生生活を送りました。

MBA取得が目前に迫った2015年、ジョランさんは進路について考えを巡らせていました。当時、日本人のガールフレンドがいたジョランさんはこう考えます。

(もうちょっと日本にいたいかも……。)

そこで、夢だった林業の仕事を日本で探し始めます。けれど思うようには見つからず、大学院の中で林業に精通していた教授に相談。その教授から、十津川村の副村長だった小山手修造さんを紹介されました。

「ある日、大阪の上本町で、教授と小山手さんの3人で食事に行きました。そこで日本の林業の話や十津川村のことを聞いて。関心を持ったぼくは『ぜひ林業したいから、何とかしてください!』と話したんです」

すると、小山手さんから「それなら一度、見においでよ」と言われ、ジョランさんは十津川村に向かうことにしました。

十津川村で育った木の切り株と。

ちょうどそのころ、十津川村の役場では海外の林業を学び、多角的なやり方を導入しようとしていました。小山手さんは、十津川村を訪問したジョランさんにこう提案します。

「ジョランも外国人だから、日本とフランスの架け橋として仕事ができるんじゃない?」

その言葉を聞いたジョランさんは、目を輝かせました。

「できるよ!ぜひやりたいです!」

次なる目標を見つけたジョランさん。そんな矢先、十津川村の「地域おこし協力隊」の募集があることを知りました。

地域おこし協力隊とは、全国の過疎地域で役場の業務を学びながら、村の活性化のためにはたらく臨時職員です。ジョランさんは国籍の問題で役場の正式な職員(公務員)になれませんでした。そのため、地域おこし協力隊として十津川村ではたらこうと考えたのです。

2016年11月、ジョランさんは書類審査と面接を経て、念願の地域おこし協力隊になることができました。役場から住む場所を用意されていたため、ジョランさんは身一つで十津川村に移住。当時のことをこう振り返ります。

「ここに来たとき、ぼくは貧乏で何もなかった。車を買うお金もなかった。(駐車場を指しながら)あそこに停まっている軽自動車、あれは役場の和田さんが5万5千円で買ってくれたんです。もちろん、すぐに返済したんやけど……。ほかにも、いろいろなものをもらいました。自転車がなければ『自転車やるよ』、布団がなければ『布団もやるよ』って。みんな優しかった。恩返ししなきゃいけないよね」

役場の仲間とともに

人口の少ない十津川村では、長身のフランス人の存在は良い意味で「面白く」映ったようです。

「村の人に『足長いね』って言われて。フランスでは一度も言われなかったから、『え、そうなんですか。それっていいことですか?』って(笑)。とにかく過ごしやすいし楽しいし、料理もおいしいくて、どんどんここが好きになっていったんですね」

十津川村にとけ込んでいったジョランさん。ただ、奥吉野方言と呼ばれる十津川村の人たちの言葉にはなかなか慣れなかったようで、「ここは標準語でなく十津川弁で話すので、自分の上司が何言っているか、最初はよくわからなかった」と笑います。

日本の林業の厳しい現実を知ったとき、ジョランさんは……

奈良県最南端にある十津川村は、鉄道や高速道路から遠く離れているため、「本州最後の秘境」と呼ばれています。十津川村は面積の96%を森林が占めていて、主な産業は林業です。しかし、現在は過疎化とともに林業に取り組む人が減り、事業の縮小が進んでいます。

そんな十津川村の復興のために、ジョランさんは地域おこし協力隊として自分のできることを模索しました。「仕事を始めてから半年でプロジェクトを起こした」というから驚きです。実はそれには理由がありました。地域おこし協力隊の任期は3年間と決められており、その後の就職先は自分で探さなければならなかったからです。

「ずっと十津川村ではたらきたい……」

村民との触れ合いの中で、その思いが日に日に強まっていたジョランさんは、地域おこし協力隊の任期を終えても村ではたらくため、企画を考えました。

地域おこし協力隊の活動期間で林業に関する資格を取得。軽々と木に登っていく

そもそも、フランス人である自分がここに呼ばれたのはなぜか。それは、「フランスと日本の架け橋となる」ためだ──。使命感を宿したジョランさんは、十津川村の問題点を今一度考えます。そこで見えてきたのは、十津川村だけではなく、日本全土の林業の危機でした。

「山の仕事をする中で、日本の林業が破綻していることを知りました。一つは、木を伐採するための機械が足りていないこと。しかも、ちょっと古いんです。最新の機械を使ったら、もっと効率が上がるんじゃないかと思います。もう一つは、路面の密度が少ないこと。急な斜面が多くて、作業道が足りてない。環境が険しいところで伐採するけど、道がなくて機械が入れないので時間がかかります。日本全土の67%は森林なのに、これはもったいないことだと思いました」

また、日本人の森との向き合い方にも、ジョランさんは不思議に思ったそう。

「日本に来て一番驚いたのは、日本の大人が山で遊ぶ感覚を持ってないことです。目の前に山があるのに『ハイキングしよう』とは言わない。今はキャンプが流行ってきたけれど、それは最近の話です。日本人に、もっと自然と向き合った新しい遊び方を知ってもらいたかった」

そこでジョランさんは、十津川村の山を生かした遊び場、憩いの場をつくるプロジェクトを企画。まず、施設を建てるために最適な場所を探しました。その中で目を付けたのは、勤務中に訪ねた十津川村の自然公園「21世紀の森・紀伊半島森林植物公園」でした。

「この公園は、5月にはシャクナゲの花が白から赤までたくさん咲きます。けど、人も来てないし、寂れていて放置されていました。もっとポテンシャルがあるのにもったいないなと思いました」

5月には色とりどりの花が咲く、公園内のシャクナゲ

さらに、ジョランさんは公園の設備や木の種類にも目を向けました。

「すでにインフラも整っているし、駐車場、建物もあります。何もない山を整備するより、ここから始めた方が断然ラクです。もう一つは、森自体がすごく魅力的です。木々の間隔が空いていて光も入ってくるし、スギやアカマツなどいろんな樹種がある。直径80センチ以上の木ばかりだから、高いところにツリーハウスもつくれます」

なおかつ、村が所有している土地であることも決め手になりました。地域おこし協力隊にいたジョランさんは、民間の土地の所有者と交渉するよりも許可を取りやすいと考えたのです。ジョランさんはこの公園に施設をつくろうと動き始めました。

フランスから技術者を呼ぶ、復興プロジェクト

森林でのアスレチック施設は、フランスが発祥といわれています。フランスでの好事例を知っていたジョランさんは、十津川村にも似た施設をつくれば、人口減少や林業の問題の好転が見込めると思いました。観光地としての魅力をしっかり伝えることができれば、村への移住者が増えると考えたのです。

そこで、施設の全体図を大きなデッサン紙に描き、役場の人たちに提案します。当時は木を使ったアスレチック施設を設計する会社が見当たらなかったため、ネットでフランスの会社を検索。数千万円の費用がかかるプロジェクトの資金を役場から出してもらうため、ジョランさんは熱意を込めて企画書を提案しました。その結果、役場からすべての設備資金を出してもらえることに。

「超ラッキーでした。最初は『施設の見積もり出すために、フランスの2社を呼ぶ予算を配当してください』とお願いするところから始めたんです。地元の皆さんも、20世紀の森で何かしたいと思っていた。けど、誰もやらなかった。だからぼくが『21世紀の森で何かしたい。もうちょっと活性化したい』って言ったら、みんなも賛成してくれました」

このプロジェクトに一役かったのが、協力隊に入るきっかけをつくってくれた小山手さん。小山手さんは副村長から村長になっていました。「役場内であちこち説得してくれた。ずっと支えてくれたんです」とジョランさんは振り返ります。

2019年の秋、プロジェクトは大きく前進。安全性の高いフランスのアスレチック施設の建設会社「Amazon Adventure(アマゾン・アドベンチャー)」とタッグを組みます。

技術者たちと施工を行うジョランさん(「空中の村」公式Facebookより)

まずは現地調査のため、技術者2名を十津川村に呼びました。技術者たちはジョランさんの思いを形にしようと、さまざまなアイデアを提案します。技術者と話し合う中で、ジョランさんは確かな手応えを感じていました。その後、フランスから11人の技術者が到着し、6週間かけて施工を実施。

その間、ジョランさんは技術者の就労ビザの手続きや、資材などをフランスから船で運ぶ手配に奔走し、さらに自ら施工にも携わりました。

準備の中でジョランさんが大切にしたのは、十津川村の木を傷めないことです。

たとえば、吊り橋を張るための器具。直接木にワイヤーを巻きつけると、木が窒息して枯れてしまいます。そのため「あて木」を添えることで、木への負担を軽減させました。また、十津川村の林業にも貢献します。ツリーハウスの骨組みは十津川村の木を使い、施設の歩道には十津川村の木でできたウッドチップを敷き詰めました。

添えられている「あて木」
ウッドチップを敷き詰めた歩道

「空中の村」オープンするも即休館

迎えた2020年4月1日、レクリエーション施設「空中の村」が誕生。

オープン前後はまるでスポットライトが一斉に当たったかのごとく、テレビ局や新聞社からの取材オファーが数多く寄せられました。中には、NHKの全国放送の番組からの取材オファーも。

しかし、日本では新型コロナウイルスが猛威を振るい始めていました。オープンから10日後、空中の村は緊急事態宣言を受けて一時休館。各メディアからの取材は、サーッと波が引くように遠ざかっていきました。

その後、空中の村は1か月半ほど休館。けれど落ち込んではいられませんでした。なぜなら、ジョランさんは、すでに地域おこし協力隊の任期を終え、会社を設立していたからです。空中の村の運営を行うため、2020年に「フェレリ合同会社」を設立。オープンから2名の社員を雇っていました。

「『食べていかなきゃいけない、頑張らないと』って思いました。自分も含めて3人分の給料も支給しないといけないですから、落ち込む余裕がなかったんです。社員2人のうち一人は村民の方で、もう一人は奈良県の中心部から来て、十津川村に移住してくれました。今も3人で頑張っています」

再開したのは5月末、少しずつ来場者数やメディア取材も増え、オープンの年は約3,800人、2021年は約5,000人が来場。ワーケーションのために訪れる人も増えました。

施設内にはテレワークスポットとしてテーブルやソファがあり、Wi-Fiも完備している

ジョランさんの活動が評価され始めたのは、2021年。数々のビッグコンテストを受賞したのは前述のとおり。今年の2022年3月には、近畿経済産業局が主催する「はなやかKANSAI魅力アップアワード」で特別賞に選ばれました。

「日本とフランスの架け橋になりたい」

この思いをひたすら歩み続けたジョランさん。数々の場で表彰されるたびに、「日本にやっと認められた」という喜びを噛み締めます。

国から認められて、すごく嬉しいです! だって空中の村は、まだどんなところなのか理解されてないから。でも、受賞によってアピール力が増して、みんなに来てもらえるんじゃないかと思います」

表彰式にて(空中の村公式Facebookより)

何もしないことに幸せがある

フランス人のジョランさんは、忙しく過ごす日本人に伝えたい思いがありました。

「フランス人は何もしないっていうのが得意で、これが大事なんですよ。いつもの場所で座って待つだけでは何も楽しくないけれど、ちょっと違ったところでお昼寝したり、本を読んだりコーヒー飲んだりすることがストレス発散になる。いい思い出もつくれます。吊り橋を行き来すると体を動かすから、健康にもいいです」

森を眺めながらそう話すジョランさん。ツリーハウスには村民が作ったお弁当やクッキー、ケーキが並びます。これらは無人販売で、テーブルに配置された現金箱にお金を入れるシステム。「日本にしかできない制度。海外ならすぐに盗まれます」とジョランさんは笑顔をのぞかせます。そのほかのツリーハウスには、コーヒーや紅茶が自由に飲めるカフェエリアがあり、家族連れの来場者が森を眺めながらくつろいでいました。

お弁当やクッキーは、毎朝村民から届けられる

自然と触れ合う幼少期。海外に目を向け、MBAに取り組んだ青年期。そして今、フランスから遠く離れた日本の十津川村で、ジョランさんは自分の道を歩んでいます。

「ぼくは全然能力ないよ。才能はない。運と縁があった。それだけ。だってみんな頑張ってる。自分も頑張ってる。それでもダメなときはある。運と縁だけが、ぼくをここに連れてきてくれた」

ジョランさんは、運と縁を引き寄せるために大切にしてきたことがあるといいます。

「人に優しくしたい。たぶん、それがぼくのアピールポイント。長所は人に優しいこと。悪いことはあまりしていないから、敵はいないです。今のところね」

そして、ジョランさんは目を輝かせながらこう語りました。

「ぼくが関わっていなくても、山で過ごせる場所が増えたらいいと思います。日本にはここみたいに放置された公園や整備されていない森がたくさんあります。もっと外で遊んでほしい。山を歩いたり、ツルをにぎってターザンしたり……。ブランコを作ってもいいし、小さい木に登るのもいい。こういった遊び方が全国に増えたらいいなと思っています」

(文・池田アユリ 写真・池田祐史)

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インタビューライター/社交ダンス講師池田 アユリ
インタビューライターとして年間100人のペースでインタビュー取材を行う。社交ダンスの講師としても活動。誰かを勇気づける文章を目指して、活動の枠を広げている。2021年10月より横浜から奈良に移住。4人姉妹の長女。
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