「格好つける」人は挫折しやすい?受刑者専用求人誌の編集長に聞く、失敗からの立ち直り方

2022年9月5日

仕事で大きなミスをしてしまった時や、それまで積み上げてきた努力が無駄になるような出来事が起きた時、目の前の「失敗」に心を折られてしまい、再度立ち上がろうという気持ちが持てない人も多いのではないでしょうか。

全国の刑務所約240箇所で無料配布されている、元受刑者専用の求人誌があります。この雑誌、『Chance!!』編集長の三宅晶子さんは、2015年に非行・犯罪歴のある人たちの社会復帰や自立をサポートする「株式会社ヒューマン・コメディ」を設立し、社会復帰を目指す方々の様子をすぐそばで見続けてきました。そんな三宅さんに、「失敗」や「挫折」から立ち直るために必要な考え方や、再チャレンジをする人に対して周囲ができるサポートについて、お話を伺いました。

「粗暴だから罪を犯す」わけではない

──三宅さんが元受刑者の社会復帰支援に関わるようになったのは、ご友人から誘われたのがきっかけだったそうですね。

ある友人に、元受刑者をはじめ、さまざまな生きづらさを抱えている人向けの自立支援の施設を作るから、実現したら講師になってくれないかと相談されまして。はじめはまったくイメージが湧かなかったのですが、わざわざ私に頼んでくれたからには何かそこに役割があるんじゃないかと思い、まずは非行歴や犯罪歴のある人たちから話を聞いてみようと思ったんです。

──それまで、元受刑者や非行歴のある人と深く関わったことはあったのでしょうか?

あまりなかったですね。私自身は学生時代、素行が悪くて高校を一度退学になっているんですが(笑)。その友人に声をかけてもらったのは、2014年。長年勤めた商社を退職する間際で、漠然と興味があった人材育成や教育業界への転職を検討していたところでした。

──自立支援団体でのボランティアを始めた時は、それまでの環境とのギャップを感じられたのでは?

それまでにも一度、彼の会社が非行・犯罪歴のある社員向けに行っていた教育プログラムに外部講師として呼んでもらったことはあったんです。そこにいた人たちの中で一番罪状が重かったのがコンビニ強盗だったかな。その人は、話してみたらすごくやさしい人で。当時はまだ私自身、少年院や刑務所を出た人に対する差別や偏見があったのだと思います。

『Chance!!』編集長の三宅晶子さん

──多くの方々と関わる中で印象が変わってきたということでしょうか。

いえ、優しいという印象は時間が経っても変わらなかったんです。その後、もっともっと重罪の人たちとも関わっていくことになったわけですが、皆さん共通してすごくていねいだし、親切なんですよ。やってしまったことと本人の性格はまったく別物ということは、彼らと関わるようになって初めて分かったことでした。当然のことながら、必ずしも「粗暴だから罪を犯してしまう」というわけではないんです。

元受刑者が過去を隠さず、オープンに就職できる環境を

─その後、2015年にご自身の会社「ヒューマン・コメディ」を設立されています。非行・犯罪歴のある人々の支援事業を本格的に仕事にしていこうと思ったのは、どうしてですか?

直接的なきっかけは、自立支援施設である少女と出会ったことですね。彼女は両親からの虐待や育児放棄により人生のほとんどを施設で暮らしてきた子で、その施設でも非行を繰り返して少年院送致となったんです。縁あってその後私が身元引受人になると決めた時に、「どんな環境なら彼女は幸せなんだろう?」と考えたんです。そこで、「もし私が非行歴や犯罪歴のある人たちのための事業をすれば、彼女らが過去を包み隠す必要がなく、むしろ過去があるからこそ、という価値になるのでは」と思ったのがきっかけです。

──つまり、非行・犯罪歴のある方の多くは、過去を隠した上で就職活動に臨まざるを得なかったということですよね。

そういう実情は何度も聞きましたね。元受刑者がアルバイトを始め、「よく頑張っているから正社員にならないか」と誘われて、正社員登用の準備を進める。するとそのタイミングで身元調査が入ったりして、過去の犯罪歴がバレてしまい、正社員どころかバイトもクビになってしまう、とか。

本来なら、そこで過去の犯罪歴について面談や対話の時間を設けるのがベストだと思うんです。でも多くの会社では、話すチャンスも与えられずクビにされてしまう。犯罪歴のある人が所属すること自体がリスクだと思われてしまうんでしょうね。

2018年に創刊された日本初の受刑者等専用求人誌『Chance!!』。誌面の内容はヒューマン・コメディのウェブサイトに無料公開されている

──三宅さんは、受刑者向け求人誌『Chance!!』への掲載を希望する企業の方に「リスクはある」とはっきりと伝えているそうですね。

「犯罪歴のある人を採用したことはないけれど、人手不足だし、社会貢献にもなれば」という動機で求人募集を検討される企業には、冷たい言い方をしてしまうと覚悟がないことも多いです。「再犯のリスクはあるんですよね?」と聞かれることもあるけれど、一度は一線を越えてしまっている人たちなんだから、あるに決まっています。ただ、犯罪に手を出してしまう可能性なんて、私たちにもありますからね。

──犯罪歴がない人を雇うことにはリスクがない、というように聞こえますよね。

自分たちは「やらない側」で、あっちは「やる側」とはっきり線を引いているんでしょうね。実際には、その線が引かれてしまう要因は、受刑者を雇用しようとしない企業や許そうとしない社会にだってある。だからこそ、失敗や間違いを許して受け入れることのできる社会にしたい、まずはそのきっかけとなる会社をできるだけ多く掲載しようと思いました。

「刑務所に入ってよかったと思うこと」を答えられるかどうか

──三宅さんはこれまで、お仕事を通じて多くの受刑者・元受刑者の方と接してこられたと思います。就職を諦めてしまうことなく前向きに再スタートを切ろうと思える人たちには、どのような共通点がありますか。

『Chance!!』では毎回、掲載企業に就職し、活躍している元受刑者へのインタビューを掲載しているんです。インタビューの際に「刑務所に入って良かったと思うことはありますか」という質問をすると、何か答えが返ってくる人と「何もないです」と言う人がいる。前向きに頑張り続けられている人は、前者であることが多いような気がします。

刑務所に入るなんて経験は、誰しもしたくない。でも、「社長に出会えた」とか、「刑務所にはもう戻りたくないという思いで頑張れている」とか答えてくれる人もいるわけです。「犯罪歴があるから何もうまくいかない」ではなく、「過去の過ちがあったおかげで頑張ろうと思えている」と言える人は、その後の人生を切り開いていく力がある人なのではないかと思います。

『Chance!!』の誌面には求人情報のほか、元受刑者のインタビューなどが掲載されている

──再スタートを切ることが出来ず、就職を諦めてしまう人たちに共通する傾向はありますか?

虐待を受けて育った人や、まともな教育を受けてこなかった人も多く、必ずしも「自己責任」では片付けられないことを前提として言うなら、就職できたもののすぐに挫折してしまう人は、目の前にあるものに感謝できるだけの土壌がない人が多い気がしますね。そういう人は「出所後で体力がないのにきつい仕事をさせられる」「給料が安い」「自分を理解してくれない社長が悪い」……と、ないものにばかり目を向けがちです。ポジティブな物事の捉え方や常識的な価値観がなければ、そうなってしまうと思いますが。

「周囲からよく思われたい気持ち」が挫折につながる

──過去の挫折を経てもう一度前に進もうとしている人が近くにいる時、周囲の人間ができるサポートはありますか。

掲載企業の中でも社員の定着率が高いところは、とにかく社長や上司が、話を聞く時間をつくっていることが多いですね。「困ったことがあったら言ってね」ではなく、「困っていることや嫌なことはない?」と聞く。不満や不安の芽をいかに早く摘みとり、その人をいかに孤独じゃない状態にさせるかということに尽きると思います。

──孤独を感じてしまうと、周囲にSOS を出せずそのまま潰れてしまう可能性があるということでしょうか。

そうだと思います。前科・前歴の有無に関わらず言えることだと思うのですが、評価されたい、周囲からよく思われたい気持ちが強い人は、ちょっとしたきっかけで挫折してしまうことが多い気がしますね。

これは私自身もそういうところがありますが、弱みを見せられない人っているじゃないですか。周りに相談ができず、格好つけたり頑張り過ぎてしまう人。再就職後に急に辞めてしまう人たちの多くはそうなんです。何かに困っていたり、いっぱいいっぱいでも、誰にも言えずに一人でがんばっちゃうんですよ。で、ある日突然何もかも嫌になって、糸の切れた凧のようにフッといなくなってしまう。

──確かに、自分の実力以上に背伸びをしてしまうと、どこかで気持ちが折れてしまいそうです。ほどよく力を抜くというか、周囲に頼ることがポイントになりそうですね。

うん、そうだと思います。私なんか、最近はスタッフや周りの人に「ダメ人間なので、できない子扱いしてください」ってあらかじめ伝えています(笑)。

でも、周りに頼れない、弱みを見せられないという生き癖って、なかなか治らないと思うんですよ。本人が意識して人に頼ったり相談しようとする努力はもちろん必要ですが、周りが気にかけて、話を聞く環境をつくることも大事だと思います。

他人への優しさも厳しさもブーメランのように返ってくる

──現在、「失敗や挫折をした人は叩いても良い」というムードが社会に蔓延しているのを感じます。他人の再チャレンジを応援する気持ちを持つために、そういうムードを社会に広げていくためには、どんなことが必要だと思いますか?

今の自分の生活が成り立っているのは、果たして自分の努力によるものだけだろうか?と、一度考えてみることじゃないでしょうか。自分が家族も学校も頼れない過酷な環境で生まれ育っていたらと、まずは想像してみることが大切ですよね。

今の自分が置かれている環境ってついそれが当たり前のように感じてしまうけど、全然当たり前じゃないんですよ。それを自覚すると、自分が犯罪しなくても生活できる環境にいることに感謝出来ると思うんです。そしてそれに感謝できたら、そういう環境ではない人に対しての見方や感じ方が少し変わるのではないかと思います。優しくなると思う。

──挫折をした人に厳しい目を向けてしまうことは、自分が挫折してしまった時に、自分自身をも追い込んでしまいそうですね。

その通りですね。そういう目線っていつかブーメランのように自分に返ってきますから。

一度失敗したら二度と許してもらえないと思っているから、人にも自分にも厳しくしてしまうんでしょうね。結局、人に優しくすることこそが、失敗してしまった自分を許すことにもつながるんじゃないかと思います。

(文:生湯葉シホ 写真:宮本七生)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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