「AIで自動翻訳できるから、もう英語を勉強する必要ない」説はホント?

2022年10月13日

多くのビジネスパーソンの間でポピュラーな自己投資といえば「英語学習」。しかし近年、AIが進化し、高い精度で自動翻訳できるようになりました。今後、翻訳機の精度がさらに上がったとき、英語を学ぶことの価値はどう変化するのでしょうか?

 “言葉の壁をなくす”をミッションに掲げ、国内外でAI翻訳機のシェアを伸ばす「ポケトーク」社の取締役兼CMO・若山幹晴(まさはる)さんに聞きました。

ここ数年で通訳・翻訳機の精度が急上昇!一体なぜ?

――自動翻訳というと、一昔前は使ってみても「精度が低い……」という印象でしたが、近年は利用者も増えていますね。業界の方から見て、精度の向上はいかがですか?

もう、すごいですよ!世界中の会社が開発にしのぎを削り、日々ものすごいスピードで進歩しています。精度が飛躍的に上がったターニングポイントは、2016年にGoogle社が、翻訳にディープ・ラーニング技術(※)を導入したこときっかけといわれていますね。現在では、その流れを汲んだ「AIによる自動翻訳(以下、AI翻訳)」が主流になっています。

――そもそもAI翻訳機ってどういうメカニズムで翻訳するんですか?

基本的に、AI翻訳機は「翻訳エンジン」によって動いています。たとえば、ポケトークの場合は、3つのエンジンを介します。

まず、日本語の音声を日本語の文字に変える「音声認識エンジン」。そして、日本語の文字を他言語の文字に変える「翻訳エンジン」。最後に、他言語の文字を他言語の音声に変える「音声発話エンジン」です。

このエンジンを作り上げていくにあたり、正しく聞き取り、正しく翻訳し、正しく発話するために、コンピューターが学んだものを「それはあっている」「それはちがう」とどんどんチェックして、覚えさせて、精度を上げていきます。これが大変な作業なのですが、さまざまな企業が独自のエンジンを開発しているんですよ。

――有名どころでいえば、あの「Google翻訳」もその一つ?

ええ、Google社も非常に大きな自社エンジンをお持ちです。英語は特に話者数が多くて情報量が多いので、すごいスピードで機械学習がされているはず。その学習が進めば進むほど、エンジンの精度はさらに上がっていきます。

ただ、日本語のように話者数の少ない言語については、Google社よりも日本の会社のエンジンのほうが精度が高かったりもするんですよ。

――それぞれのエンジンは、言語によって、得手・不得手があるということですか?

そうです。そのため、ポケトークの場合は、言語によって適したエンジンに接続できるようにしています。今現在で、82言語が翻訳できますよ。

――なるほど、翻訳機がここ数年で急に「精度が上がった」と言われ出した理由が分かってきました。エンジン自体の猛烈な進化と、さらには最適なエンジンを選択できるようになったことなどが背景にあったんですね。

※ディープラーニングとは:「ニューラルネットワーク」という脳機能をモデルにした機械学習方法を多層化した手法のこと。別名を深層学習といい、コンピュータが膨大なデータを蓄積・学習することで、解答の質を上げていく

日進月歩の大進化! もはや“ほんやく こんにゃく”!?

――翻訳機の現状理解のため、見せてもらってもいいですか?

若山:もちろん!ためしに例文をバーッと読んでみましょうか。

若山:2019年には5320億トンという記録的な量の氷が解けて海へ流れこみました。研究者は、毎年夏になると、そうした事態が繰り返されることを懸念しています。今年春から7月にかけては、予想外に気温が上昇して、氷山のほぼ全表面が溶け、世界の海面は1.5ミリ上昇しました。

ポケトーク: In 2019, a record amount of 532 billion tonnes of ice melted into the ocean, and researchers fear it will repeat itself each summer. As the iceberg rises, almost the entire surface of the iceberg clocks in. Global sea level has risen by 1.5mm. 

この通り、リアルタイムで画面に翻訳文が表示され、それを音声で読み上げることもできます。

――処理スピードが恐ろしく速いですね。

若山:ちなみに、全部ではないのですが、大阪弁もいけます。ええと……「めっちゃおもろい」。

ポケトーク:It’s so funny.

――すごい!ドラえもんの“ほんやく こんにゃく”さながらですね。ちなみに、“タケコプター”は?

ポケトーク:Bamboocopter!

――これは、あっているんでしょうか?

若山:いえ、Bamboocopterだと厳密には「竹とんぼ」ですね。本来、ドラえもんの英語版コミックでは、タケコプターは「Hopter」と表記されています。

このように、まだ翻訳できない固有名詞もあるのですが、AI翻訳の面白いところは学習によって翻訳精度が向上していくこと。たくさんの人が“タケコプター”という言葉を使ってくだされば、いずれ「Hopter」になるはずです。

――まだまだ成長過程なんですね。

「病院」や「小中学校」、「英会話スクール」でも活用の幅が拡大

――こうした進化によって、翻訳機の活用の場は増えているのでしょうか?

ええ、もちろんです。ポケトークを例にすると、コロナ禍の前は海外旅行で使われるシーンが多かったのですが、コロナ禍中は「医療」や「教育」の現場で使っていただけることが一気に増えました。

特に増加したのがアメリカの病院です。実はアメリカは移民が多く、英語を話せない人も約20%ほどいるというデータがあります。たとえば、ヒスパニック系の方々はスペイン語を話されるので、病院は言語の壁をなくすために翻訳機を導入したというわけです。

――情報の正確性とスピードが要求される医療の現場でも、ちゃんと使えるレベルに到達しているんですね。「教育」ではどのように使われているのでしょう?

最近は、小中学校や英会話スクールで導入されるケースが増えているんです。翻訳機の最も大きなメリットは、留学経験のない日本人の先生でも本場の正しい発音を教えやすいこと。

ポケトークの場合は、発音を聞き取って正誤を判断する機能もあるので、グループ授業でも生徒全員の発音を聞き、それぞれ正しい形に直すことができます。その点も、教育の現場で活用いただける理由ですね。

ポケトークには発音が正しいかどうかを判別する機能が搭載されている。あらかじめ入力しておいた文章が上、聞き取った文章が下に表示されている

――翻訳機のおかげで、英語の学習も効率よくできるようになってきているということでしょうか?

そう思います。私自身は、大学院時代に一念発起してアメリカに留学し、そこで英語を使えるようになりました。でも、最初はとても苦労して……。多くの日本人がそうであるように、私も「読み・書き」はともかく、「聞く・話す」のがとくに苦手だったんです。

周りが何を言っているか全然分からないし、自分から話しかけるのも怖い。さんざん苦しみながら、おそるおそる“一歩目”を踏み出しました。そこで分かったのは、「話したい」という態度を見せれば、相手はゆっくり話してくれたり、話しかけてくれたりするということ。

もしも私が留学した10年前に、今の翻訳機があったらどれだけよかったかと思います。きっと“一歩目”はもっとスムーズで、自分からどんどん話しかけにいけたはず。インプットもアウトプットも日常的にできるので、習得や上達ももっと早かっただろうと思いますね。

AI翻訳が進化している今、英語を学ぶ意味はある?

――でも、ここまで進化していると「英語を学ぶ意味ってあるのかな?」と思いはじめてしまいます。

いえ、全然あると思いますよ! 言葉の定義は日々変わるものなので、新たな用法や固有名詞のアップデートにはタイムラグが起こります。

また、会話の文脈によって言葉の解釈は変わりますよね。たとえば、会話の中に挟まれるジョークを適切に訳すのは難しいですし、細かなニュアンスを含めてまったく誤訳のない翻訳機が将来的に生まれるのかというと、現実的には考えにくい。翻訳機能がいくら進化しようとも、限界はあるわけです。

――なるほど。

また、人と人とのコミュニケーションを考えても、やはり理想は、翻訳機なしに会話がポンポンはずむことです。今後、今まで以上に国境を超えたビジネスが展開されていく中で、スムーズに英語で会話ができるというのはこれからも非常に強力な武器になると思います。

何より、新しい言語ができるようになるのって、めちゃくちゃうれしいんですよ。留学していたとき、自分がどんなに一生懸命話しても全然伝わらなかったことが、どんどん伝わるようになっていく瞬間は最高でした。

翻訳機のすばらしいところは、その感動がいろんな言語で味わえるということなんです。

――というと?

実は、先日、フランス人と商談ができるチャンスがあったんです。でも、私はフランス語はできないし、お相手も英語が苦手だと伺いました。もし翻訳機がなければ、「通訳さんを挟むか……」「いや、メールにすればいいのでは?」「でも時間がかかるな……」と考えたと思うんです。

――まさに、“一歩目”を躊躇する状態ですね。

でも、今回は「ポケトーク字幕」といって、オンライン通話時に字幕を表示するソフトがあったので、悩みませんでした。結果的に、とても良いお話ができたんですよ。

翻訳機とは、言葉が通じるだけではない、“一歩目”を軽々と踏みだすためのツールであり、その歩みの先に、たくさんのチャンスや可能性、選択肢が広がっています。

――自力であろうと、他力(翻訳機)であろうと、世界とつながってチャンスを掴めるのが今の時代だ、と。

実際、ポケトークを扱っていると、こんなお声を聞くんですよ。

「これまで考えもつかなかったけど、海外にパートナーを見つけてビジネスをしています」

「翻訳できるようになったおかげで、海外の方にも商品を買ってもらえるようになりました」

「(レストランで)海外のお客さまに上手に接客できなかったけれど、翻訳機を使うようになって、たくさんの方が来てくれるようになりました」

ポケトーク端末では、シーンや目的別にレッスンを受けることも可能。

――「やらなきゃいけない……」と暗い気分で英語をイヤイヤ勉強するのはもう過去のこと。これからは自分のために、楽しみながら語学を学ぶ時代なんですね。

そうですね。私たちポケトーク社も、今は翻訳機やアプリが主体ですが、いずれはウェアラブルにしたり、メタバースに対応させたりと、さまざまに形を変えながら進化していきたいと思っています。“言葉の壁をなくす”をミッションに、皆さんが新たな世界へ踏み出す“一歩目”をお手伝いしていきたいですね。

――新天地へと勢いよくジャンプするための強い味方、翻訳機。これからの進化も楽しみです。若山さん、ありがとうございました!

(文:矢口あやは 写真:玉村敬太)

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ライター・編集・イラストレーター矢口あやは
大阪生まれ。雑誌・WEB・書籍を中心に、トラベル、アウトドア、サイエンス、歴史などの分野で活動。2020年に一級船舶免許を取得。

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