「怒る・叱るは当たり前」の教習所が「褒めちぎる」教習所になって変化したこと

2023年2月22日

三重県にある南部自動車学校は「褒めちぎる」ことを教育方針とする教習所。その特殊な教育方針が評価され、近年では全国の教習所に対し「褒めちぎる」指導の仕方を教える立場にも回っています。

では、「褒めちぎる」教育はどういった効果をもたらしているのでしょうか。南部自動車学校で教習指導員(以下:指導員)としてはたらく八田宜彦さんに褒めることのメリット、そして八田さんが実践する褒め方のコツについて、お話を伺いました。

「褒めちぎる」ことが安全運転にもつながっている

――南部自動車学校は、2013年に現在の「褒めちぎる」教育方針へとシフトしたそうですね。なぜ「褒めちぎる」方針へとシフトしたのでしょうか?

弊社の代表が、ハワイ旅行でジェットスキーを体験したことがきっかけでした。その時に出会ったインストラクターが、褒めながら指導をしていたそうなんです。

代表は体験を通し「褒めて伸ばす」ことの良さに気づき、教習や社内教育に活かせないかをしばらく検討していた、と聞きました。そして代表の考えがまとまったタイミングで「褒めちぎる」教育方針へとシフトした、という次第です。

ただ、目的は必ずしも「良い気分で自動車教習を受けてもらいたいから」「指導員に気持ちよくはたらいてもらいたいから」ではありません。それ以上に生徒と指導員、あるいは指導員同士が「信頼関係を築く」ことを真の目的に掲げています。「褒めちぎる」ことは、あくまでその目的を果たすためのツールなんです。

――なるほど。では「褒めちぎる」教習所となる以前、生徒にレクチャーをするときはどういった指導方法が中心だったんですか?

今と真逆でしたよ!文字通り「怒る・叱るは当たり前」の世界でした。僕も当初は生徒からいつもクレームを受けていました。「あの先生が厳しすぎる。交代してくれ」って。

生徒の上達を真剣に願うあまり、つい言葉がキツくなってしまう癖があったんですよね。よく上司から「八田くん、ちょっと来て」と呼び出されては説教されていました(笑)。

八田宜彦さん。南部自動車学校に入社して今年で22年目

――では教育方針が転換した時、少なからず抵抗感があったのでは?

それが、あまり僕自身は抵抗感がありませんでした。ちょうどそのころクレームの多さに自分でも悩み「相手を萎縮させずに指導する方法」を探っていたんです。僕自身にとってはまさにタイムリーなシフトチェンジでした。

――「褒めちぎる指導」が導入されて今年で10年を迎えますが、教習所内で変化したことはありましたか?

まず、職場内の雰囲気がすごく明るくなりました。朝礼では誕生日の職員をみんなで褒めちぎるイベントがあるのですが、褒められる側だけではなく、褒める側も良い表情になるんですよね。朝から自然な笑顔でいられる人が多くなりました。

2013年以降、南部自動車学校に導入された「スマイルチェッカー」。出社後、機械の前で10秒間笑顔をつくると打刻できる。「導入当初は顔が筋肉痛になりました」(八田)

そして、指導員の意識にも変化が見られるようになりました。ぼくたちは通常、免許を取った生徒に対し卒業式を行なっているため、中には卒業式当日に休暇が重なっている指導員がどうしても出てきてしまうんです。

以前は休みの日にわざわざ卒業式に参加する指導員なんていませんでした。でも休暇中の指導員が、普段着で訪れるんですよ。しかも「自分の生徒が悲しむと思って」と、自発的に卒業式を見に来るんです。

――生徒さんにも変化が生まれたのではないでしょうか?

過去に指導した生徒が「久しぶり!」って教習所を訪れるようになりました。地元を離れた生徒が「たまたま伊勢の近くに来たから」と挨拶しに寄ってくれたりもします。

ついこの前は、教え子の子どもが入学してきました。「先生、うちの子をよろしくね!」って。うれしかったです。すごく良い関係性が保たれていると実感しますし、在学中の生徒も活き活きしているように感じます。卒業式で泣く生徒もいるんですよ。

南部自動車学校の卒業式

――中学校や高校ならまだしも、教習所でそんな光景があるのは驚きです。

厳しい指導で自動車運転の技術を身につけることはもちろん可能です。ただ、人って褒められる経験のほうがうれしいし、ずっと記憶に残るじゃないですか。何より、僕たち指導員のことを「頼っていい存在だ」と思ってくれます。

そして「あの先生の顔に泥を塗らないよう、事故を起こしたらいかん」という気持ちで運転してくれるようになる。「褒めちぎる」ことは、結果として安全運転にもつながっているんですよね。今、すごく良い循環が生まれていると感じます。

「第三者褒め」や「呟き褒め」!褒めちぎりのプロが用いるテクニック

――ただ、「誰かを褒める」って難しいことだなと思うのですが……八田さんはどのように「褒めテクニック」を磨いているのでしょうか。

確かに「褒めるぞ!」と思って褒めようとすると難しいですよね(笑)。僕たちも2013年に「褒めちぎる」教育方針を掲げた直後は手探りでした。

ただ、数年間かけてマニュアルを作成し「褒め」の成功事例集を見せるようになってから、徐々に「こう褒められるとうれしいんだ」と分かるようになりました。いろんな事例を読んで「この技すげえな」って思ったテクニックや、自分で試してみて手応えを感じた褒め方を実践しています。

2015年から南部自動車学校が作成している「虎の巻」。何度か改訂を重ね、各指導員の持つ「褒めテクニック」が凝縮された一冊

――ぜひ、八田さんが使っているテクニックを教えてほしいです!

僕がダントツで使っているのは「第三者褒め」です。

指導を始める時、「昨日君の担当だった先生がめちゃくちゃ褒めてたよ」って一言伝えてから始めるんですよ。自分が褒めているのではなく、他人が褒めていることを伝えるだけ。会社内でも応用できますよ。「上司の◯◯さんが褒めてたよ。成長したらしいやん」って。

あと、ほかの指導員から教えてもらって衝撃的だったのは「つぶやき褒め」ですね。

――「つぶやき褒め」とは一体……?

生徒が良いブレーキを踏んだ時などの褒めるべきタイミングで、あえて窓の外とかを眺めながら「おお、うまくなったな」って呟くんです。ポイントは、生徒に聞こえるか聞こえないか分からないほどの微妙な声量でボソッと言うこと。

――なるほど!「つい心の声が漏れてしまった」というニュアンスで発するんですね。

そうそう。弊社がメディアで取り上げられた時、お笑い芸人の高橋茂雄さん(サバンナ)も「同じようなことを実践している」とおっしゃっていました。先輩に誘ってもらった飲みの場でトイレに立つ時「ああ、今日楽しいなあ」って呟くそうで(笑)。褒め言葉に「本音を漏らしている感」があると、悪い気はしないですよね。

時には「褒め」をもったいぶることもポイント

――「効果的な褒め方」がある一方で、「良くない褒め方」もあるのでしょうか。

「比較褒め」は注意したほうがいいと思います。たとえば「教習2回目でここまで上手なのはありえへんで」のように、広く生徒全般と比較する「一般褒め」は良いんです。また「前よりめっちゃ良くなったやん」と過去と比較する「過去褒め」もOK。

ただ、ほかの人と比較して褒めることは良くありません。「君の友達を担当したんだけど、正直あの子より君のほうが全然うまいよ」。これってうれしいだろうけれど、比較された相手の耳に入ったら、気分も悪くなるはず。誰かを悪く下げるような言い方にならないよう意識しています。

あとは容姿など、指導に関係のないところを褒めすぎないこと。ちょっと褒めるくらいならいいのですが、「何この先生、気持ち悪い!」と引かれないようには気を付けていますね。

――生徒をどうしても強く指導しなければいけないシーンはあると思います。そういった時、八田さんはどのように伝えているのでしょうか?

相手が落ち込むことなくアドバイスを伝える方法はあるんです。僕がよく実践しているのは「もったいぶる」こと。「前に比べて良くなってきたで。でも一個だけ惜しいところがあるんだよな〜」って伝えます。そうすると、相手は「え、どこですか?」と前のめりになって聞いてくれます。

重要なのはいきなり悪い点を伝えるんじゃなくて、ワンクッション「褒め」を入れてから改善点を伝えること。そして伝え方のコツとしては、前置きの「褒め」を「全体的に良い」「前より良くなった」と、少し抽象的にすることですね(笑)。

――ちなみに、こういった「人を褒める」技術は、すぐ身につくものなのでしょうか。

僕たちは朝礼で練習をしながら習得していきました。最初は「難しい」って言っている指導員もいましたよ。すぐに表情に出てしまい、ムッとした空気が伝わることに苦労する人もいました(笑)。

でも、なかなか褒めてくれない人が褒めてくれる瞬間ってうれしいじゃないですか。だから人を褒めることが苦手な人は「普段はあまり褒めないけれど、褒めるときはめっちゃ褒める」というスタイルでも良いと思うんです。

それに実は普段から指導の立場にいる人は、無意識下でも人を褒めていたりするものなんですよ。「褒めちぎる」教育方針の導入当初、何十年も自分の指導方法でやっていたベテラン指導員からは「今更そんなやり方できるか!」と反対する声も挙がっていました。

――ベテラン指導員さんたちは、どのように新しい教育方針へ順応していったんですか?

実際に蓋を開けると、ベテランたちはめちゃくちゃ「褒め上手」だったんです。自動車教習所の指導員に与えられている仕事の本質は「相手をよく観察すること」。彼らは長年のキャリアを経て、無意識に褒めるべきタイミングで生徒のことを褒めていました。

彼らは「この人はテンションが下がっているな」と感じたときに声をかけるなど、気配りの方法を身につけていました。ただ意識していないだけだったんです。でも、少し「褒める」ことに意識を向けるだけで、人は「褒め上手」になれると思います。ぜひ実践してみていただきたいです!

(文:高木望 写真提供:南部自動車学校)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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