VIPが集うクラブを経営して40年。オーナー伊藤由美ママが語る「断りの流儀」

2022年10月24日

「断る」というのは、多くのビジネスパーソルにとっての悩みの種。この仕事を断ったら、関係性が悪くなったり、上司からの評価が下がるのではないか……そんな不安に駆られてしまう方も少なくないはず。しかし、「断る」はスキルであり、適切な「お断り」はむしろ信頼を獲得することにもつながります。

そう話すのは、『できる大人は、男も女も断わり上手』(ワニブックスPLUS新書)の著者であり、銀座のクラブでオーナーママを務める伊藤由美さん。彼女が経営する『クラブ由美』は、バブル崩壊など数々の試練を乗り越え、来年で40周年を迎える老舗店。企業のオーナーや政財界の大物らが集う、知る人ぞ知る社交場です。

今回は「断り方」をテーマに「由美ママ流の仕事術」を教えてもらいました。

仕事ができる人は遊び方もスマート?

──「クラブ由美」には、どんなお客さまがご来店されるのですか?

企業のオーナーや政財界の大物など、いわゆる成功者の方が多いですね。皆さま若いころから知り合いで、そういったお客さま方に育てられてきました。

「クラブ由美」オーナー・ママ 伊藤由美 東京生まれ名古屋育ち。18歳で上京、有名クラブで活躍後、1983年、23歳でオーナーママとして【クラブ由美】を開店。17年11月「シャンパーニュ騎士団」より叙勲、オフィシエ・ドヌールを叙任。著書に『運と不運には理由があります!』『銀座の矜持』『スイスイ出世する人、デキるのに不遇な人』『できる大人は男も女も断わり上手』『「会話上手」になれる本』(ワニブックスPLUS新書)など。「一般社団法人銀座社交料飲協会」理事、「公益財団法人動物環境・福祉協会Eva」の理事も務め、動物愛護活動をライフワークとする

──たくさんのお客さまとお会いしてきた中で、由美さんが「仕事ができる人」「スマートな人」だと感じるのはどのような方でしょうか?

私はお客さまが仕事をしている姿を実際に見るわけではないのですが、その人の「品格」のようなものはお店での遊び方に出ますね。銀座で粋に遊ぶためには、大きく3つの「流儀」が必要です。

1つ目は「お金にきれいであれ!」。お金との付き合い方を心得ているかどうかは大人の振る舞いとして大切です。「高い金を払っているのだから、何をやっても許される」と思っている人や、「誕生日に高価なプレゼントをあげたのに……」と、見返りを求める人は「粋じゃない」と思います。

2つ目は「口説くなかれ!」。銀座のクラブは、女性を口説くのが目的の場所ではなく、いわゆるサロン。人とのお付き合いを広げる社交の場です。ちょっとした「疑似恋愛」的な、恋愛感情を抱くドキドキ感を楽しむ……もちろん、そんなプラトニックな関係を楽しむぶんにはかまいません。モテる方は口説かなくでも女性が放っておかないので、口説かれる男性を目指していただきたいですね。

3つ目は「他人の悪口を言うなかれ!」。わざわざ銀座まで来て、どうして悪口を言っているんだろう?と悲しく思います。お酒は心地良くなるために飲んでいただいています。高い飲食代がもったいないうえ、私としても悪口を聞いていても楽しくないので、いつもタイミングをみて話題を変えるようにしていますね。

もちろん、誰も愚痴を聞いてくれる人がいなくて、つい私たちの前でこぼしてしまうとか、そのくらいならいいんですが……。ただ、本気で悪口を言っている方、いつまでもそれをやめない方は困りますね。話を聞いてしまったために、そのお客さまと同意見だとみなされたら、結局のところ自分の価値も下げてしまいます。

──確かに、その通りですね。

どんなに仕事ができる方でも思いやりのない方、人として優しさがない方はダメです。そういう自分本位なお客さまはすぐにわかります。

先ほども申し上げましたがように、クラブはいわゆる社交場。簡単に「誰々さんを紹介して」と言われることもありますが、私はその方との関係性と信頼度によって、紹介できるかどうかを決めています。私にとって人を紹介するのは本来の仕事ではありません。安請け合いをすることで、私自身も信頼を失うリスクもありますから。

ですから、「断るスキル」というのが大変重要なのです。「断るスキル」というのは自分を守るためのものであり、ビジネスパートナーと信頼関係を築き上げるものでもあるのです。

由美ママ流、カドを立てない断り方「7つのお作法」

──著書『できる大人は、男も女も断わり上手』では、断り方「7つのお作法」をご紹介されていました。

【由美ママ流、カドを立てない断り方「7つのお作法」】

1.曖昧な表現や態度を取らない

はっきりしない返答は、いらぬ誤解を生みトラブルの元。簡潔かつ誠実に伝えましょう。

2.自分が言われて嫌な断り方をしない

事情を伝えることを忘れず、「あなたを拒絶しているわけではない」と理解してもらいましょう。

3.「感謝&おわび」のセットで断る

「すみません」だけでなく「ありがとう」の気持ちを忘れずに伝えることで、気まずい空気を避けられます。

4.断りっぱなしではなく「代案」でフォロー

「本当は期待に応えたい」気持ちを伝えることで、相手との関係性を継続させましょう。

5.理由は簡潔に伝える

冗長な説明は、「言い訳」に聞こえてしまいます。結論を簡潔に伝えましょう。

6.ウソの理由は“諸刃の剣”

バレてしまえば信頼を失い、大損害。親しい人ほど嘘は厳禁です。

7.断る基準を持つ

安請け合いをしないよう、自分自身の中に基準を設けましょう。

──由美さんはこういった作法をいつごろ身につけたのでしょうか?

23歳でお店を持ち、若い頃から「断れずに」たくさんの失敗をしてきました。上手に「断る作法」が身についたのは、そんな失敗から学び、バブル崩壊後の不景気など経験してからですね。30歳を超えてからのことです。ただ、若いころは目標のためには多少の無理を聞いていた時もあり、その苦労や辛い経験が今では糧になっています。

──時には、無理なお願いに応じることも必要なのでしょうか。

仕事においては「この人のためだったらお役に立ちたい」「無理をしてでもご希望に応えて差しあげたい」と思うような義理や恩義がある人間関係もあります。その場合は、全力を尽くすべきです。

そんな全力で取り組む姿勢が何気に評価され、「幸運の女神」を呼び寄せ、飛躍に繋がる可能性もあります。但し、チャンスは、近づいてきたときに必ず掴まなければなりませんが。

──仕事において「苦手だけど、どうしても付き合わなければならない人」に出会ったり「無理なお願い」をされた時、由美さんはどう対処していますか?

最も大切なのは「要求に応えられるのはここまで」という基準を、あらかじめ自分で決めておくことですね。何もかも安易に受け入れてしまうと、結局は都合よく使われてしまうだけ。断った場合のリスクを回避しているようで、長い目で見ると自分にとって何のメリットにもならないんです。できもしないことを安請け合いしてしまうと、自分の信用も失ってしまいますから。

こうしたリスクがあると肝に銘じて、人を見極めることが大事です。「この人とは、どの程度のお付き合いをしていくのか」を見積もって、適切な距離感を主体的に決めていくと良いのではないでしょうか。

「安請け合い」は自分の価値を下げるだけ

──断り方の作法の1つとして「代案を出す」を挙げていらっしゃいます。詳しく教えてください。

これは、相手との関係を良好に保つためには特に必要な作法です。「この日はダメだけど、代わりにこの日はどう?」、「私はお力になれませんが、もっと適任の方をご紹介します」みたいにね。

時間は有限じゃないですか。生まれてから死ぬまでの時間が決まっているなら、私は好きな人のためだけに有意義に使いたい。自分が誰に何をしたいかという優先順位をつけることが重要で、それができない人が「断り方の下手な人」なのだと思います。

──「不本意な仕事を安請け合いしてしまうと、その後に回ってくる仕事も不本意なものであり、悪循環に陥ってしまう」とも書かれています。

安請け合いしないというのは、自分の価値を下げないために必要な矜持です。そもそも「できないこと」を「できる」と言わない、これは大人として当然の責任ですよね。むしろ適切に断ることで、評価が上がることもあるでしょう。

バブルが弾けて銀座が不景気だった時代もありましたが、私はお店で提供するサービスの価格を決して下げませんでした。一度下げてしまうとそれが当たり前になってしまう。下げることは簡単ですが、一度下げた料金を上げることはとても難しいんです。「貧すれば鈍する」と言いますが、バブル崩壊とともに値下げを行い、だんだん衰退してしまうお店をたくさん見てきました。

値段を決めるというのはお客さまを選ぶということ。お客さまを自分で選ばないと、どんどん客層も望まない方へ流れていってしまいます。

──あらゆるビジネスに通じる話ですね。ただ、若いころはやはり「断ると周囲からの評価が下がってしまうのでは?」という不安を持つ人が多いと思います。

分からないでもないのですが、短期的に苦労をすることになってでも、仕事はある程度選んだ方がいいと思います。なぜなら、安請け合いをする姿勢でいると、つい仕事を詰め込んでしまう。すると、一つひとつのクオリティが下がってしまう。

お店も同じです。お店に出ている女の子の人数が少ないのに、お客さまをたくさん入れてしまうと、一人ひとりへのサービスの質が落ちてしまうのです。不本意な結果になってしまえば、それこそ次はありません。

断ることで「格」が守られる

──由美さんはそうやって、お店の質や「格」を守ってきたのですね。

そうですね。ただ「格」という意味では、今、銀座の街に来る客層のハードルが昔と比べて下がってきていると思いませんか? 個人的には、銀座はもっと「手ごわい街」であってほしいのです。

──手ごわい、ですか?

私の憧れた銀座は、近寄りがたい、大人の街でした。かつてはお洒落に装うハイグレードな大人が行き来する素敵な街でしたが、今はカジュアルな格好で出歩いている人も少なくありません。

私は銀座では必ず毎日着物を着るようにしています。日本文化の粋な部分は遺していきたいですし、銀座はそれぐらいの、ある種の「格」があっていい場所だと思っています。この街の文化を未来に遺していくために、私は現在、銀座社交料飲協会(旧·銀座生衛組合)の理事を務めています。社交飲食店が協力し合い、発展していくことで銀座の街を盛り上げて行けたらと思います。

──お店だけでなく、銀座という町の「文化」を守っていきたいと。

私が仕事で安請け合いをしないのは、こうした街の「格」を守るための活動を行う時間をつくるためでもあります。すべてを簡単に受け入れるのではなく、優先順位を決め、線引きをしていく。そうして、本当に大事にすべき価値を守れるようにしていきたいのです。

(文:黒田 隆憲 写真:玉村敬太)

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ライター、エディター、カメラマン黒田隆憲
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