会社員の年収をカフェ経営で稼ぐには?開業資金や収支を聞いてみた

2023年9月4日

「いつかはカフェをオープンし、悠々自適に生活することが将来の夢」というように、コーヒー専門店やカフェを開業・経営することを「理想」とする人は少なくありません。しかし、実際にカフェを開業するためにはどれくらいの知識・資金が必要なのでしょうか。

都内で複数のコーヒー専門店の立ち上げに携わった経験から、カフェの開業・経営についてのノウハウをブログなどで発信する、焙煎士・市川ヒロトモさんに話を伺いました。

カフェを開くにはマーケティング力が必要

――はじめに、市川さんの現在の活動について教えてください。

最初は人材派遣会社のコンシェルジュとして、ごく一般的なサラリーマン生活を送っていました。ただ、ある時「コーヒーに関わる仕事をしたい」と思うようになり、脱サラしてコーヒー専門店のチェーンで5年ほど修行をしたんです。

その後、知り合いのベンチャー企業に転職し、新規事業であるコーヒーショップの立ち上げに携わります。お店のテナント探しからスタッフ採用、商品開発まですべての工程を経験し、自家焙煎コーヒーのお店を4店舗立ち上げました。

現在はその企業は辞め、「プチFIRE生活」として、1年間のうちに日本全国と海外のコーヒー専門店を巡る旅に出ているところ。そして旅を通じて得た情報をブログやSNSで発信しながら、コーヒー専門店を新たに開業したい人へノウハウを提供し、サポートする活動を行なっています。

市川ヒロトモさん。大手コーヒー専門店チェーンで勤務した後、都内で自家焙煎コーヒー店を4店舗立ち上げる。現在はプチFIRE生活を送りつつ、カフェの開業や経営についてのノウハウを、ブログやYouTubeなどで発信。著書「ダブルワークからはじめるカフェ・コーヒーショップのつくり方」(ぱる出版)

――新規でコーヒー専門店を開業する人は、やはり実店舗での修行が必要なのでしょうか。開業にあたって必要な技術や能力について教えてください。

必須ではないと思います。最近ではコーヒーメーカーの大手であるUCCが開催する「UCCコーヒーアカデミー」のようなスクールに通う人も多いですし、全国各地の自家焙煎店を支援する焙煎の講習なども増えました。

また、ネット上でもプロのバリスタがコーヒーの淹れ方をレクチャーする動画などはたくさん上がっています。独学でコーヒーにまつわる検定や資格の勉強をしながら、別の仕事をして開業資金を調達する人も少なくはありません。

ただ、技術と資金だけではコーヒー専門店やカフェを開業するのに不十分。見落とされがちな「マーケティング」の知識が重要だということは、声を大にして言いたいです。店の経営で生計を立てていくつもりなら、技術力と同等か、それ以上に大切かもしれません。

――マーケティングの知識は、カフェの開業・経営になぜ必要なのでしょうか?

飲食経営全般に言えることですが、マーケティングを理解していないと、お客さんを置いてけぼりにするような店舗になってしまうんです。

たとえば自分の理想をふんだんに詰め込んだ、すごくオシャレなデザインの店舗を開いたとします。どれだけコーヒーが美味しいお店だったとしても、それが「外から見てコーヒー屋と分かりにくい店」だとしたら、お客さんは集まりません。

私も初めて店舗の立ち上げに携わったときは、人通りの多い通り沿いにオープンしたのに見向きもされない……なんて失敗を経験しました。原因は外観の分かりにくさ。「何屋さんか分からなかった」「豆乳屋さんかと思った」とお客さんからご意見いただき、反省しましたね(笑)。

オープンしてしばらくは売り上げが伸び悩み、集客面で難航した記憶があります。まさに「独りよがり」なお店を生んでしまったことが原因でした。

当時、ある程度マーケターとしての知識が備わっていれば、分かりやすさを重視して「外からの見られ方」に気を配ったお店を作ることができたはず。自分の失敗を踏まえ、コーヒー専門店の開業で成功したい人には、マーケティングの勉強を勧めるようにしています。

おしゃれなだけでなく、外からもカフェであることがわかるような工夫が必要

カフェの開業資金はいくらかかる?店舗の規模感で異なる準備金と収支

――そもそも、開業資金はどれくらいの金額を準備すれば良いのでしょうか。

やりたいお店の規模感によって千差万別ではあります。

まず「空中階」ことビルの2階以上にお店を構え、自分1人でオペレーションをする場合、初期費用は500万円もかからないと思います。テナントの家賃や用意する設備によっては、200〜300万円程度で開業できる場合もあります。

その一方、人の往来が激しい大通り沿いの路面店を借り、複数人のスタッフを雇い、最新の焙煎機やコーヒーマシンを導入し……と、細部まで抜かりない店舗をオープンしたい場合は、1,000万円を超える額が必要になってくるでしょう。

――店舗の規模感によって収支も大きく変化しそうですね。小さなお店の場合、毎月どれくらい稼げば成立するのでしょうか。

家賃が10万円(税抜)の小さなカフェを毎月25日間営業する場合、客単価1,000円以上のお客さんが毎日35〜45人来れば、余裕で手元にお金が残ります。

1日に4.4万円の売り上げをキープして月25日営業したとすると、ひと月の売り上げは110万円。コーヒーやスイーツといったカフェメニューの原価率を40%ほどと仮定すると、原価は44万円です。

家賃や水道光熱費、ゴミ処理費や通信費などの「販売管理費」が合計25万円ほど発生するので、それらを売り上げから差し引けば営業利益は41万円。12ヶ月で492万円を獲得できます。

――年収として考えると、そこまで悪くないようにも感じます。

ただ、個人事業主の場合は社会保険料も会社員と比べ高額ですし、所得税も発生します。何よりワンオペでほぼ休みなくはたらかなければいけないのがネック。そう考えると、結構きわどい数字ですよね。

時間とお金に余裕を持ちたい場合は、人を雇って月の売り上げ150万円以上を目指すか、人を雇わずに家族経営を選択するか、だと思います。

――先ほど市川さんがおっしゃっていたような好立地のテナントで、スタッフを雇いながら経営する場合はいかがでしょうか?

スタッフ人件費を月30万円に設定し、テナントの家賃を20万円とした場合、毎月180万円の売り上げがボーダーラインかな、と。

客単価1,000円以上のお客さんが1日に60〜70名ほどお店に来れば、営業利益が39万円。これで小規模なワンオペ店舗とだいたい同じ収入になります。

テイクアウトの売り上げを伸ばしたり、焼き菓子や豆などの食品販売に力を入れたりすることで利益を伸ばす経営者は多いです。

――現在、会社員の平均給与は月収約35万円、賞与を含めると年収約579万円(厚生労働省『令和4年賃金構造基本統計調査』)とされています。コーヒー専門店やカフェの経営でこの年収を稼げる経営者になるには、どうすれば良いのでしょうか。

あくまで肌感にはなってしまうのですが、2店舗以上を順調に経営できているお店であれば、年間で400〜500万円ほどが自分の手元に入っていると思います。スタッフに営業を任せ、オーナーの立場にいながら収入を得る人もいるでしょう。

もちろん1店舗だけに集中し、自分がオペレーションに入れば平均年収の額も目指せなくはない。ただ、そうなると時間貧乏になっちゃうんですよね。

よほどコーヒーと向き合い続けることが好きな人ではない限り、1店舗のみの経営で「時間的にも経済的にも豊かな生活」は難しいと思います。

「独立」への恐怖心が開業支援の活動につながった

――市川さんがブログやSNSでカフェ経営にまつわる情報を発信し始めたのはいつからですか?

ここ3年くらいですね。最近はおかげさまで書籍を出版させていただいたり、企業にコンサルティングを依頼いただいたりと、活動の幅が徐々に広がってきました。

――ノウハウを発信するようになったきっかけはなんだったんですか?

実は、私自身の「独立」に対する恐怖心が、全ての発端になっているんです。

コーヒー専門店での修行時代、「いずれは独立したい」という気持ちがありつつも、資金不足や勇気のなさで、なかなか次のステップを踏めませんでした。特に私はサラリーマン家庭で育ったからこそ「独立=危険」という先入観があったんです。

一方、カフェ業界には自分のように「店を持ちたい」と飛び込んでくる若い人が多い。新規参入者がたくさんいる割に、ほとんどが自分のお店を持てていないように感じました。自分だけではなく、ほかの人にとっても独立のハードルが高いことに気付いたんです。

私自身は、ベンチャー企業で店舗の開業・経営を経てさまざまな試行錯誤を重ねたことで、やっと独立に対する恐怖心がなくなりました。同時に気づいたのは、経営の「わかりにくさ」を解消することで、より多くの人が挑戦しやすくなるのでは、ということ。

そこで、自分が経験したことをもとに、外に向けてカフェ開業のノウハウを発信するようになりました。

――市川さんのように「独立」に対する恐怖がある人は、最初にどういったことから始めるべきだと思いますか?

まずは「副業」から始めるべきだと思います。

今や一般家庭の台所でも、簡単に豆を焙煎できます。平日は別の仕事をしながら、週末にフリーマーケットで豆やドリップコーヒーを販売する人もいる。ネットショップで通販に挑戦する人もいます。

また、最近では飲食店を使っていない時間帯に「間借りカフェ」をオープンする人も多いです。ローリスクでコーヒーに関わる仕事ができる、ということはもっと知ってもらいたいです。

――「副業」としても十分に成立させる方法がある中、実店舗でコーヒー専門店やカフェを開業することの魅力を、市川さんはどのように捉えていますか?

儲けを抜きにしてお話しすると、自分の「好き」をとことん詰め込むことができるのは最大の魅力です。店舗経営の面白さは、そこにあると思います。

もちろん、ちゃんと売り上げを作って生計を立てるには、お客さんの目線を踏まえたマネジメントが重要。でも正直なところ、お金がすべてじゃないというか。実際、お金目当てではなく「好きなことをして暮らしたい」と、1店舗をじっくり育てる人も多いです。

最近、私のブログの読者さんがセカンドキャリアとして、長崎の雲仙にカフェを開業することになりました。先週、その方のもとを訪れてみたんです。すると奥様と一緒に、とても楽しそうに開店準備をしていらっしゃるんですよ。

準備期間中も近所のスーパーの催事場でコーヒー豆を販売したり、好きなレコードをかけながら作業したり。お客さんが来たらすぐ近くの山に案内したりと、マイペースにお店を回す姿がとても印象的でした。まさに「カフェの経営」そのものを、自分にとってのご褒美のように捉えていらっしゃいました。

単純にお金儲けとして考えると、カフェ経営はあまり効率的ではないかもしれません。しかし、接客から焙煎、コーヒーを淹れる工程などの作業を楽しめる人にとっては、やりがいに満ち溢れる仕事だと思います。私はこれからも人々の「好き」を応援し、サポートしていきたいです。

(文:高木望)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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