「自主性」を育むためにルールをなくす。カリスマ校長が実践する指導法

2023年9月21日

渋谷教育学園渋谷など名門校の改革を行い、2015年より佐久長聖中学・高等学校の校長を務める佐藤 康 氏は、生徒の自主性を育む教育方針により、赴任した学校の進学実績を向上させてきました。また、佐藤氏は着任した高校の柔道部を日本一に導いたほか、オリンピックのメダリストの育成を行うなど多数の実績を持つスポーツの指導者でもあります。

「自主性のある人ほど成長は早い」。そう語る佐藤氏が実践する指導法、組織内のルールづくりについて伺いました。

ルールは必要ない。「自主性」を育むための教育方針

——佐久長聖中学・高等学校にはチャイムを一切鳴らさない「ノーチャイム制」や月に2回私服登校してもいい「カジュアルデー」など、独自の校則があるそうですね。なぜ、このような制度を定めたのですか?

どちらも出発点は「なぜ私服で登校してはいけないのか?」「なぜチャイムを鳴らさないといけないのか?」といった、「なんとなく」続いていた制度への疑問です。

世の中には、必要かどうかが検証されずに続いているルールって沢山あるんです。それらを検証し直し、子どもたちの声を聞きながら変えていったんですね。

正直なところ、私は根本的に校則は必要ないと思っているんですよ。こんなこと言ったら怒られそうですが(笑)。

カジュアルデーの様子。「この日に何を着ていこうかと考えることが大切」という考えから導入された

——校則が、必要ないですか。

教育において私が重んじているのは「自主性を育むこと」なんです。「禁止されているからダメ」「禁止されていないからOK」というのは判断を他人任せにしてしまうこと。それでは自主性や、考える力は育まれません。

カジュアルデーもノーチャイムも、校則を緩くしているように見えるかもしれません。しかし、これは「あなた自身で校則を考えてみてくださいね」というメッセージでもあるんですよ。

——自由だからこそ、考える「余白」が生まれるんですね。

その通りです。校則を定めるにしても、杓子定規に決めるのではなく「なぜそれが必要か?」という理由を教育者は考えなければならない。でなければ、生徒に説明ができませんから。説明ができない校則を定めたところで、生徒はそれを守ろうとは思いませんよね。「強制」されているのだから当然です。

——しかし、ルールを定めないことで、困ってしまう生徒もいるのではないでしょうか?

まさに、それが必要な経験なんですよ。自分で考えて判断がつかなければ聞けばいい。それを繰り返していくことで、社会の中でどう振る舞うべきか、自分がどうするべきかが見えてくる。

大人、子どもに関わらず、ルールを逸脱している人に対して「あの人はずるい」という声は上がるものです。そういう時、私は「やりたいのなら、自分もやってみたら?」と投げかけるんです。すると「自分はそれをやりたいのか?」とはじめて考える。そして大抵の人は、嫉妬心から口に出しているだけで、心から望んでいるわけではないと気付くんです。本当にやりたいのであれば、ルールを破ってでもやるはずですから。

——なるほど。自主性を育むために、佐久長聖ではそのほかにどのようなことを行っているのでしょうか?

生徒の「好き」に寄り添うことですね。好きなことであれば、自主的に取り組めますし、自ずと成長のスピードも早くなっていく。なので、「好きなことに取り組める環境をつくり」「自主性を育むこと」が、私たちのやるべきこと。

今年度より佐久長聖高等部ではゲームプログラミングコース、パフォーミングアーツコースを新設しました。「ゲームクリエイターになりたい」「アイドルになりたい」。まさに、そういった多様な夢を受け入れることができる環境を整えていくのが私たちの仕事なんです。

「変化を待っている人は必ずいる」。疑問を伝え、きっかけを作る

——ルールや、集団の中での決まりごとを変えていくというのは、簡単ではないことのように思います。

そこがまさに落とし穴です。誰もが違和感を持っているのに、変えるきっかけがないだけで続いていることも少なくない。長く続いたルールであっても、意外と簡単に変えられるということもあるんです。なので、まず大切なのは言葉に出して伝えることです。もちろん、相手の様子を伺いながら丁寧に。僕は性格も手伝ってストレートに言うようにしていますけどね(笑)。

たとえば、宴会でお酌をする習慣ってあるじゃないですか。僕はあれが不思議でならなかったんです。

——なぜでしょう?

出来立てのお料理があるのに、それをほったらかしにしてお酒を注ぎ合うのって料理を作った人にも失礼。それに、誰だって冷めたものを食べたくないでしょう。なので、以前私が出席した会食で「それをやめてみませんか?」と提案したんです。まず最初の20分は着席してお料理を食べましょう。もしお酒を注ぎにいくのならばそのあとで、としたんですよ。

みんな最初はキョトンとしていましたよ。だけど、やってみて困ることなんて一つもないんです。それどころかお酒が飲めない人から感謝されましたよ。それからは、その集まりでは「20分ルール」が自然と定着しましたね。

——佐藤校長が切り出したことで、見直されたんですね。

これは小さな例ですが、校則や会社のルールも同様だと思うんです。物事をフラットに見て、こうした方がいいなと思ったことは、まず伝えてみる。それが第一歩だと思います。

準備運動をなくす。柔道のトップ選手を育てる独自の指導法

——佐藤校長は柔道の指導者としてもオリンピック選手を育成してきた実績があります。スポーツにおいてはどのような指導を行っているのでしょうか?

スポーツ指導でも自主性を重んじています。というのも、スポーツの世界でトップに立てるのは、自分で考える力を持った人だけなんですよ。心掛けているのは、強制をしないことです。

——強制しない、ですか。

強制するというのは、自主性とは正反対ですから。

自分が指導者になってからは「やりなさい」ではなく「やれば強くなると思うよ」と伝えるようにしています。選手は一人ひとり成長速度も違えば、弱点も違う。自分のやるべきことを自分で見つける力を養わなければいけません。

——柔道部内で定めているルールなどはあるのでしょうか?

校則と同様、ルールをなくすという考え方ですね。たとえば、練習時間から準備運動の時間を外したんですよ。すると、それぞれ必要な調整を各自するようになるんです。

いきなり全力が出せるという選手は直前に来ればいいし、入念な準備運動が必要だと感じた選手は1時間前に練習場所に来て、自主的にウォーミングアップを始めるようになります。そういう経験から、自分に何が必要なのかを考える姿勢が身についていくんです。

——自主性を重視する一方で、部としての協調性が求められることもあるかと思います。その点はどのように育んでいるのでしょうか。

協調性とは、お互いを思いやる想像力だと思います。柔道は体重制限がある競技。試合前の選手は減量をしていることもあります。なので、合宿でも同じメニューを食べられない人もいるんです。だから、私は部員全員で一緒に食事を取ることは極力しないんですよ。

バラバラにご飯を食べていても、ほかの選手の様子を見て「いま減量が大変な時期かもな」と考えられること。むしろ、それが協調性なのだと思います。みんなで揃って「いただきます」を言うことが協調性を育むのではありませんから。

——自主性も、協調性も一人ひとりと向かい合ってコミュニケーションをしていくことで育っていくのですね。

そうですね。一人ひとりと向き合うことは常に意識しています。だから選手とはよく話しますし、日ごろの様子を観察するんですよ。そうした姿勢は、ルールを緩めるのとはセットで求められることだと思いますね。

「サボる日」導入し、考えるきっかけを

——佐藤校長が自主性を重んじるようになったのはなぜなのでしょうか?

学生時代の柔道部の経験が大きいかもしれないですね。私の時代はスポ根というか、とにかく練習はやればやるだけいいという価値観の時代だったんです。

毎日休みなく練習をするのが当たり前だし、指導も厳しい。だけれど、私はそれが嫌でね。大学の部活でキャプテンになったときにみんなで一斉に「サボる日」を設けたんです。

——キャプテンが率先して「サボる日」を。

今となってはスポーツ指導の場でも休むことの重要性が認知されていますが、当時は「何を言っているんだ」と非難されましたね。

毎日練習するというのはほとんどの選手にとってオーバーワークになってしまいますし、そもそも毎日100%のコンディションで練習ができるわけではないので、非常に効率が悪いんです。だけど、この日は「サボる日」と決めてあげると、部員それぞれが考えはじめるんですよ。「本当に練習をしなくていいのか」って。

——「サボる日」が、考えるきっかけになるということですね。

その通りです。休みたい人は休んで、本人が必要だと思えば、自主的にトレーニングをすれば良いだけですから。その経験は今の私の指導法にも通じています。過去の成功にとらわれた指導者は、「誰かの伸びたやり方」を他の選手にも当てはめてしまうんですよ。でも、成長のための道筋は一人ひとり異なるはずです。それを見つけることが指導者の役割だと考えています。

間接的な「褒め」で、組織にポジティブな空気をつくる

——部や組織のコミュニケーションを円滑にするために佐藤校長が心掛けていることはありますか。

ポジティブな雰囲気を作り、良いフィードバックが生まれやすい環境を整えることですね。そのために、必要に応じて間接的なコミュニケーションを取るようにしています。

たとえば、Aさんを褒めたい時、私はあえてBさんに伝えるんです。「Aさんのここが素晴らしいですね」と。あまり不自然にならないように「こっそり伝えてあげて」なんて言ったりして(笑)。

——間接的に伝えることにどういった意図があるのでしょうか?

直接伝えたとしても、指導者と選手、上司と部下といった関係性がある以上、「お世辞じゃないかな?」「気を遣って言ってくれているんじゃないかな?」と考えてしまい、素直に受け止めるのは難しいんですよ。

だけど、間に人が入ることで客観的なフィードバックになりますし、ポジティブなコミュニケーションが増えることで、集団の中にいい雰囲気が生まれます。一度そういう空気が出来たら、それからは何も言わなくて大丈夫なんです。自然と、前向きな会話が生まれていくようになります。

——自主性を育む教育方針は、会社組織においても通じるところがありそうです。

会社や組織であっても同様だと考えています。私自身、仕事をする上でも、この人はどういうことをすれば喜ぶのか?どんな問題があるとパフォーマンスが落ちるのか?をよく観察し、考えることを大切にしています。

集団であっても個の集まりでしかありません。なので、まずは1対1の関係をしっかりと作ることから始めるのが良いのではないでしょうか。個人個人の良いところを引き出していくことが出来れば、組織としての成果やモチベーションの向上に自然とつながっていくのだと思います。

(文:高橋直貴 写真:小池大介)

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