元銀行員のラッパーが「月イチリリース」で音楽を配信し続ける理由

2023年12月5日

サブスクリプションサービスをはじめとする音楽視聴のデジタルプラットフォームが浸透する昨今。リスナーが簡単に世界中の音楽を聴けるようになったと同時に、ミュージシャンも簡単に楽曲を発表し、リスナーのもとへ届けられるようになりました。レコードレーベルや事務所に所属せず、セルフマネジメントで音楽を制作・発信する「インディペンデントアーティスト」が増えています。

彼らの中には別の仕事と掛け持ちしながら楽曲をリリースする人もいれば、アーティスト1本で活動する人も。ラッパーであるSKRYUさんは「兼業」から「専業」へとシフトし、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍しているインディペンデントアーティストの1人です。

2023年10月現在、Spotifyの月間リスナー数は25万人を超え、TikTokで注目された『How Many Boogie』は460万再生を突破。人気上昇中のSKRYUさんは「音楽一本の生活」を継続するために「月イチでの新曲リリース」を意識していると言います。その背景と、インディペンデントアーティストとして活躍する裏での努力と苦悩について、話を伺いました。

地元の銀行員からラッパーへ転職

――本題に入る前に、SKRYUさんはいつからラッパーとしての活動を始めたんですか?

もともと高校時代から文化祭でラップを披露したりしていたのですが、本格的にMCバトル(即興でラップを披露し勝敗を決めるバトル)へ参加するようになったのは大学からです。大学があった愛媛を拠点に、中国・四国地方で活動していました。

当時はとにかく名前を売りたいから、フリースタイルラップができる場所に足を運びまくっていましたね。交通費なども自腹を切っていたぶん、バイト代も追いつかなくて。遊びやお付き合いも重なり、常にお金がない状態でした(笑)。

――それくらい熱量が高かったんですね。では、大学卒業後はそのままラッパーの道へ?

一旦は「人としてのていねいな生活」を挟んだ方が良いと感じ、大学卒業後は銀行員としてはたらき始めました。金銭的余裕を作りたかった、というのもあります。でも何よりもまず、4年間も大学で遊ばせてもらいましたからね。一度は地元である島根に戻り、実家を支えられるようなところで仕事をしようと思ったんです。

ただ、昼は銀行員、夜や週末はラッパーとして生活していたのですが、「いつかは音楽活動に本腰を入れたい」という想いは抱き続けていました。

平日は仕事が終わったら深夜まで近くの河原で歌詞を書いたり、そして週末になったら東京まで遠征。とにかく仕事以外の時間をラップに費やしていました。

――では、どういったきっかけで現在のように、本格的なアーティスト活動をスタートしたのでしょうか?

入行して1年目、2020年に参加した全国規模のMCバトル「戦極令和杯」で優勝したんです。SNSで「SKRYUっていうやばい奴がいる」という、ちょっとしたムーブが起きました。

その後、自分で制作した楽曲を初めてリリースしたのですが、やっぱりバトルの影響か、再生数もそこそこあって。「マイク一本で生活できる」可能性を感じ、銀行も入行して1年で退職しました。

――メジャーレーベルに所属する、という選択肢はなかったのでしょうか?

もちろんメジャーに所属することで、プロモーションやマネジメントのサポートも充実しますし、活動範囲もかなり大きく広がるはずです。

でも、メジャーに所属できるのはほんの一握り。仮にメジャーデビューを目指すとしても、それまでに実績を作らなければどこも受け入れてくれませんよね。時間のかかることだと思ったんです。

何より、個人の活動でも音楽で収益を得る仕組みが整っているからこそ、インディペンデントな活動でも十分に生きていけると思いました。

そこで個人でも簡単に楽曲配信ができる、TuneCore Japanを利用するようになりました。現在までインディペンデントアーティストとして、音楽活動を続けている次第です。

「月イチ」ペースの新曲リリースが再生数維持の秘訣

――生活を支える収入は、具体的にどういったところから得ているのでしょうか?

楽曲をSpotifyやApple Musicなどの配信サービスから得る収益が、全体の9割を占めます。残りの1割はライブの収益やバトルの優勝賞金、そしてたまにある楽曲提供のお仕事です。

――予想以上に配信の割合が高いことに驚きました。楽曲配信によって収益を得る仕組みについて、詳しく教えていただきたいです。

まず、配信サービスは主に楽曲データを購入して視聴していただく「ダウンロードサービス」と、定額費用を支払って音楽を視聴していただく「サブスクリプションサービス」があります。

前者は曲が1曲購入されると売上の何%かが、そして後者は1曲再生されるごとに何円かが手元に入ってくる仕組みです。

TikTokで曲がバズったときや、バトルで功績を残せたときなどは、再生数が一気に増えることもあります。でも、基本的には緩やかに再生数が伸び続けている状況です。

SKRYUさんの場合はディストリビューションサービス「TuneCore Japan」を経由し、各配信サービスに音源をリリースしている。
図表はTuneCore Japanサイトより。

――SKRYUさんが配信の再生数を保ち続けるために工夫していることはありますか?

なるべく月に1回のペースで新曲を出し続けることです。TuneCore Japanの方にアドバイスを受けてから、現在まで習慣にしています。

というのも、今やディストリビューションサービスも普及し、誰でも楽曲を発信しできるようになりました。日々リリースされる音楽の数が増えたぶん、リリースのスパンがあいてしまうと、すぐ名前を忘れられてしまうんです。

何よりリスナーにフレッシュな「今の自分」を届けられることが、月イチリリースのメリット。常に最新のSKRYUを知ってもらい、アップデートしているさまを示し続けることはポイントだと思います。

背中を押す協力者がいることの大切さ

――1曲を作るにあたり、どれくらいの時間を費やすんですか?

関係者との打ち合わせから数えると、最低でも1カ月はかかります。アルバム制作をするときなどは複数の楽曲を並行して進め、月に2〜3回レコーディングを実施する時期もありました。

――めちゃくちゃ忙しいじゃないですか!

大変ですよ! それに「マイク1本で食べよう」と決めて本格的に活動を始めた当初は、「早いペースで出すことは悪だ!」と考えていて。そのころの3〜4カ月に1曲リリースするかしないか、という「ダラダラ進行」をやめ、月イチリリースのペースを習慣づけるのは大変でした。

――なぜ早いペースで出すことが嫌だったんですか?

リリースから楽曲が浸透するまでの時間はしっかり設けるべきだと思っていたし、時間をかければかけるほど、良い曲に仕上がると考えていました。

ただぼくの場合、変に完璧主義なんですよ。細かいところまで気にしすぎて、いつまで経っても完成しない。TuneCore Japanの方にケツを叩いてもらい、目が覚めました(笑)。

――しかし、自分一人で取り組んでいると「納得するまで作り続けたい」という衝動を抑えられないこともあるのでは。どう折り合いをつけているんですか?

ぼくは幸いにも、周りの力に助けてもらっています。特にプロのトラックメイカーにプロデュースをお願いするようになったことは大きかったです。

まず彼らは音楽制作のプロフェッショナルだからこそ、ぼくがトラックを作るよりももっとスピーディに、かっこいい曲を仕上げてくれるんです。

「今からスタジオでトラックを作るから、数時間以内にラップパートを考えて」なんて言われることもあります。そのスピード感に追いつこうとし、自然と「歌詞が頭に浮かんでこない状態でも、とにかく手を動かす」という癖が身につくようになりました。

インディペンデントで活動する苦しさを凌駕する「熱量」

――楽曲制作に携わるプロデューサーには、どういった条件でお仕事を依頼するんですか?

ご一緒する方によってまちまちですね。

ちなみに制作にはプロデューサーだけではなく、ビートのバランスを調整するミックスエンジニアや、音質の仕上げを行うマスタリングエンジニア、ミュージックビデオを撮影する映像ディレクターなど、多くの人が関わっています。それぞれの条件に応じ、ギャランティをお支払いしています。

――では1曲制作するたびに、相当な出費があるのでは……?

決して小さくはない額が財布から消えます(笑)。インディペンデントであるぶん予算は限られているので、苦しいときもあります。

ただ、そこで出し惜しみはすべきじゃないと思っていますし、正直そこまで金額のことは考えていません。良い曲がリリースできれば、巻き返して黒字になることも、経験上分かっていますから。

それにプロにお願いすることのメリットは「短いスパンで良い曲が作れる」だけではありません。自分が予想しなかった楽曲が生まれることもあるから面白い。

自分一人でトラック作りからレコーディングまでやってしまうほうが正直楽だとは思います。でも、それだとどうしても「自分の実力以上の曲」が生まれにくいんですよね。

渡されたトラックを聴いて「どう調理しようか」と悩みながら、音楽をインプット・アウトプットし続ける。一人だけの活動では得られない経験を積めていると感じます。

――SKRYUさんのお話を伺っていると、一人で黙々と楽曲作りに向き合うのではなく、協力者を増やすことが、コンスタントに音楽活動を続ける秘訣であるように思いました。

ぼくの場合、「誰かに迷惑がかかるかも」と思った瞬間、背筋が伸びますね。もはや「マイペースに活動したい」「自分が良いと思う曲しか作りたくない」なんて言ってもいられません(笑)。関係者が多いことで生じるプレッシャーを感じながら活動しています。

――1人で活動することによる苦難も、少なからず乗り越えてきたと思います。音楽が嫌になったことはありますか?

それこそ活動を始めたてのころですね。当初はダラダラ進行だった、って言ったじゃないですか。「浸透するまでの時間が……」とか「時間をかけるほど良い」とか言い訳をしておきながら、実は曲が作れないスランプに陥っていました。

銀行で仕事をしていたときよりも時間に余裕が生まれたはずなのに、なぜか筆が進まない。「これじゃあ辞めた意味がない」と、焦って空回りする時期は長かったです。

ただ「月イチリリース」が習慣になった途端、スランプを脱せました。周りでサポートし「早く書け!」と背中を押してくれる存在がいたおかげですよね。

スランプに陥っていたころ一瞬は「嫌になった」とはいえ、ラップに対する熱量は大学時代、銀行員時代から変わっていないと思います。当時からずっと「ラップしたくてしょうがない」んですよ。はたらいているときも、頭の片隅では歌詞のことを考えていました。

そのラップに対する自分自身の熱量に加え、今はぼくの曲を待ってくださっている人がたくさんいる。ファンの前では良い顔をしたいし、かっこいいSKRYUでありたい。結論、サポートしてくれる人が多いからこそ、今の自分があるのだと思います。

(文:高木望 写真:宮本七生)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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