振付師にオリジナル振付を依頼するといくらかかるのか?

2023年9月29日

アイドルやミュージシャン、またCMソングの楽曲にあわせ、世界観とマッチするダンスを考案・指導する「振付師」という仕事。プロの振付師に振付をお願いするためには、どれくらいの費用がかかるのでしょうか。

今回は、国内で活動する振付師・うぽるさんに「ダンス初心者が3分間の楽曲に合わせソロで踊るための振付の考案」に対するお見積もりを依頼しました。見積もり書の内訳について紐解いていくと、知られざる仕事の裏側が見えてきました。

ヒアリングで振付の大半が決まる

──うぽるさんに振付を依頼する人の特徴について教えてください。どういったお客さんが多いのでしょうか。

まず、私の場合はほかの振付師さんよりも、価格帯などの情報をオープンに出しているほうだと思います。そのためか企業・団体や、プロとして活動しているアーティストだけではなく、アマチュアの方にもお問い合わせをいただくことが多いです。

費用は依頼主が法人・個人かによって異なる

YouTubeなどにアップする「踊ってみた」の振付から、ミュージックビデオ用のダンスの制作依頼まで、目的もテイストもさまざま。子ども向けの振付を考案することもあれば、企業の社歌に振付を提供することもあります。たとえば株式会社スリーボンドさんには、会社のイメージソングへの振付を提供しました。

強いて言えば、共通して「このイメージを具体化してほしい!」と、世界観やコンセプトを大事にしている方とお仕事をすることが多いように感じます。というのも、個人的に大事にしていることは「依頼主が求めている世界観をくみ取り、具体化すること」なんです。

私はどちらかというと「デザイン型」の振付師。自身のスタイルや色を貫く「アート型」のタイプではないので、柔軟にアプローチを変えながら、用途に応じて最適な振付を提供するようにしています。

──うぽるさんに見積もりをお願いするにあたり、はじめにどういった情報が必要なのでしょうか。

普段はお問い合わせをいただく際、振付の使用目的と使用する楽曲、実際に振り付けを踊る踊り手の人数に加え、踊り手のダンス経験の有無などを、アンケート形式で回答いただいています。あとは振付を披露するまでのスケジュールや予算感といった、事務的な情報です。

今回は3分間のオリジナル楽曲にあわせ、ダンス初心者がソロで踊ることを想定した振付、ですよね。

──はい。でも、振付を習得するまでにどれほどスケジュールを確保すべきか、あまりイメージが湧かなくて……。通常はどれくらいの期間で、振付が完成するんですか?

振付をマスターいただく期間を加味すると、今回の条件では完成までに最低1カ月はかかると思います。振付の制作期間自体は10 日前後。私自身のスケジュールや難易度にもよりけりですが、特急料金をお支払いいただき、最短1〜2日でお渡しするケースもあります。

しかし、私が重視しているのは「振付を提供すること」ではなく、「踊り手に振付を習得してもらうこと」なんです。残りの20日前後の期間内に、レッスンを2回受けていただくことで、初心者でも振付をマスターできると思います。

その上で、今回のお見積もりは次のように算出しました。

「振付料」の中には振付の考案費だけではなく、事前打ち合わせの費用と1回までの修正費、そして楽曲に合わせて私がフル尺で踊った「お手本動画」の撮影費用が内包されています。

──「事前打ち合わせ」では、どういったことをヒアリングするのでしょうか。

お問い合わせ時にいただいた情報をさらに深掘りし、制作に必要な情報を整理するための場として1〜2時間ほど打ち合わせのお時間をいただいています。「事前打ち合わせで振付の大半が決まる」と言っても過言ではないくらい、重要なフェーズなんです。

はじめにしっかりとお聞きするのは「振付をどういったシーンで活用するか」ですね。お問い合わせ段階でも簡単に振付の用途はお聞きしているのですが、打ち合わせではダンスを披露する環境から、踊り手の着用する衣装まで、より詳しくヒアリングします。

──そんなに細かな情報まで!

踊り手が本番でどれくらい自由に体を動かせるかを事前に把握しておかないと「使えない振付」を作ってしまうこともありますから。

たとえばミュージックビデオでよくあるのは、ビーチでの撮影。砂浜って床の上よりも動きにくいので、足の動きが細かいダンスは不向きですよね。また、舞台上での披露を想定している場合でも、天井や奥行きの狭いステージで踊るなら、アクロバティックな動きができないこともあります。

そして、特にアイドルユニットへの振付で注意しないといけないのは「衣装の丈の長さ」。スカートの長さやデザインによっては、下半身の動きが大きく制限されます。実際に着用する衣装やステージの様子は、事前に写真などで見せていただくようにしています。

イメージをパズルのように組み立てる

──振付の要望やイメージも、事前打ち合わせで整理するんですよね。依頼主からは、どのように情報共有を受けるのでしょうか?

ダンス動画など、イメージに近い振付のリファレンスがあれば、なるべく共有いただくようにしています。ただダンス経験者じゃない限り、最初から明確に「こういうジャンルで、こういった動きを交えてほしい」と言語化できる人は、あまり多くいらっしゃいません。

そこで事前打ち合わせでは、今までに私が制作した振付から近いものを選んでいただき、話し合いながら、大枠のイメージを固めていくことが多いです。

また、依頼されるダンスの音源は歌詞付きのオリジナル楽曲が多いので、歌詞の内容からイメージを膨らませることもあります。抽象度が高い歌詞であれば「この歌詞にある『あなた』は誰を指すのか」といった解釈の確認をすることもあります。

──さまざまなお問い合わせを受けていらっしゃると思いますが、特に「難しいな」と感じるのは、どういった依頼ですか?

うーん……「簡単な振付でお願いします」でしょうか。「簡単」という言葉には「体力を消耗しない」「すぐに覚えてその場で一緒に踊れる」「短期間で仕上げたい」など、いろんな意味があるんですよね。

「簡単」の認識が少しでもずれてしまうと、「思っていた振付と違う!」「本番まで間に合わない!」なんてことにもなりかねません。事前打ち合わせでは踊り手の年齢や性別、運動能力などを詳しくお聞きしながら「どういう『簡単』を求めているか」を入念に整理するようにしています。

同時に、練習にどれくらい時間を費やせるかも重要です。スケジュールがタイトであれば、踊り手に無理のない範囲での振付を考えますし、余裕がある場合はやや高めにハードルを設定することもありますね。

──聞けば聞くほど、事前打ち合わせの重要さが分かりますね……。では、打ち合わせでヒアリングした情報を、実際の振付にどのように落とし込んでいくのでしょうか。

いただいたすべての情報を、自分の中でとにかく咀嚼します。そして「伸びやか」「あざとい」「力強い」「セクシー」といった振付のトーンが見えてきたら、サビやイントロから着手することが多いです。

特にサビは一番伝えたいメッセージや、キャッチーなフレーズが登場することが多い部分。掴みとなるポーズ・振付を先に固め、そこが引き立つようにほかの部分を作っていきます。抽象的な表現ではありますが、まさにパズルを組み立てていくような感覚で。一つが決まると、スルスルとほかのパートも決まっていくんです。

苦手な振付をその場で変えることも

──完成した振付を依頼主へ共有するためにあるのが、見積もり内に記載されている「レクチャー動画」ですよね。「振付料」に内包される「お手本動画」とは何が違うのでしょうか?

振付をノンストップで本番通りに踊っている「お手本動画」に対し、「レクチャー動画」は動きの解説をつけながら、パートごとに細かく区切りつつ撮影しているんです。難易度にもよりますが、大人向けの振付なら10分程度の動画を7本くらい用意しますね。

──そこまで丁寧なレクチャー動画が用意されているなら、項目にある「レッスン」は不要なのでは…と思ってしまいました。

そうおっしゃる方、よくいらっしゃるんですよ。「削れるなら削りたい!」って(笑)。

確かにレクチャー動画の情報だけでも、ある程度は形になると思います。「このへんまで腕を上げる」ではなく「斜め45度に腕を上げる」のように、解説にもかなり気を使いながら制作していますから。

ただ、レッスンでは間違いをすぐ指摘できますし、事前打ち合わせでは見えてこなかった「踊り手の苦手な動き」も瞬時に判断できます。場合によっては別の振付に変更することもできる。スタジオの中でササっと振付を変える程度であれば、追加費用も発生しません。

──なるほど。ちなみに今回はソロの振付を想定した見積もりを依頼していますが、もし大勢が一斉に同じダンスを踊るような場合、見積もりはどのように変わるのでしょうか?

その場ですぐ参加できるようなダンスではなく、ある程度レベルの高い振付を全員が習得する、ということですよね。規模感によっては、レッスン費用を多く見積もらせていただくこともあります。

以前、テレビ局からご依頼を受け、50人ほどの一般人に振付指導を行うことがありました。踊り手として参加したのは、小学校低学年から60代までの一般人。ダンス経験者もいましたが、未経験者が目立つ印象でした。

大変だったのは、レクチャーに費やせる時間が、1時間のリハーサル2回分しかなかったんですよね。舞台は観客もいる大ホールで、本番は一発勝負での収録。「なるべく揃った状態」を目指すためにも、踊り手を15人前後のグループに分け、少人数編成でレクチャーすることになりました。

信頼できる知人にアシスタントとして入ってもらい、4人体制でレクチャーに臨んだのですが、めちゃくちゃ焦りましたね(笑)。ハードだったけど、やりがいがありました。このように人件費が追加で発生するときは、レッスン費を多めに見積もることがあります。

他人の体を借りて踊る感覚

──うぽるさんはいつからダンスを始めたんですか?

6歳から始めて、小学校3年生のころにはプロダンサーを目指すようになりました。ただ、中学生のときに「ダンスは好きだけど、仕事にするのはちょっと向いていないかも」と思うようになったんですよね。

その後もダンスは継続していたのですが、徐々に音楽活動へとシフトするようになって。作曲家を目指してみたり、歌い手を目指してみたり……とフラフラしていました。「なんだかイマイチ仕事としてはまらないんだよなあ」と、仕事を模索する期間は長かったです。

──振付師を名乗るようになったきっかけは?

2015年、アーティスト仲間である友達から「ダンスできるんだよね。振付をお願いできない?」と依頼されたのが発端です。その依頼を受けたあと、「もしかして需要あるのかも」と思って。自分のアーティスト活動を発信するWebサイトに「振付も作ります!」という宣伝ページを試しに作ってみました。

何度か依頼を受けるうち、誰かのために振付を考えるという行為に対し、初めて「仕事になるのでは」と手応えを感じたんですよね。実績が増えていくうち、徐々に知らない方からも依頼をいただくようになりました。

──依頼を受ける以前から、振付を考えることは得意だったんですか?

正直な話をすると、めっちゃ嫌いでした(笑)。自分が踊るための振付を考えるとき、「良い振付かどうか」をジャッジすることに自信がなくて。友達からの依頼を受けるまでは「自分の振付さえ自信がないのだから、ましてや他人が踊るための振付なんて作れるわけがない」と消極的でした。

でも実際にやってみると、思ったよりも気持ちが楽だったんです。極論ですが「ダサい振付かどうか」を判断するのは、依頼主じゃないですか。最終判断が自分に委ねられていないというか。その気楽さを悟ってから、より「自分はそっちのけで、この人がステージで輝くための振付を考える」ことを追求できるようになりました。

──振付師を名乗るようになってから、ご自身の振付のバリエーションに変化はありますか?

歌で聴く絵本「ようかいむら」シリーズのような子ども向けの振付は、振付師になって初めてトライした領域でした。子ども向けの振付って「ちょっと変だけどテンションが上がる動き」が多いじゃないですか。だから振付を考えるときは、1人でテンションが上がっています(笑)。

振付師という仕事の面白さは「他人の身体を借りて自分も踊っているような感覚」に浸れるところにあると思っています。20年以上も踊り続けていると「自分の振付で自分が踊れば、どういう仕上がりになるか」が想像つくようになるんです。

じゃあ、身体能力やコンディション、価値観も違う他人の身体で、自分の振付が再生されるとどうなるか……良くも悪くも想定外の動きが生まれるので、常に驚きがあります。自分の踊りに対する「飽き」からも解放される。自分の提供した振付を誰かが踊っているところを観るたびに、「踊ってくれてありがとう」と思います。

うぽるさんの公式ホームページはこちら

(文:高木望)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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