教科書制作からYouTuberに転身し、ヒットを連発。人気チャンネル「ゲームさんぽ」の着眼点

2023年9月29日

YouTubeチャンネル「ライブドアニュース」にて2019年にシリーズ化された「ゲームさんぽ」。気象予報士や弁護士、精神科医、探偵といったさまざまなジャンルのプロとともにゲームの中を散歩するというスタイルが話題を集め、スタート時から100万再生越えの動画コンテンツを量産する人気企画です。

当初から中の人として「ゲームさんぽ」の企画制作を担当していたいいださんは2023年3月に独立し、株式会社よそ見を設立。個人チャンネルでゲームさんぽをリスタートさせました。大ヒット企画を生み出し続けるいいださんに、企画の着眼点や、愛される企業コンテンツの作り方についてお話を伺いました。

「特定の視点からあるものを見たとき、どんな言葉が生まれるか」が根っこにある

──いいださんは元々、出版社に勤務されていたそうですね。

そうなんです。美術の教科書を作る仕事をしていました。

──そこからライブドア(当時はLINE株式会社)に入社して「ゲームさんぽ」のコンテンツを始められたわけですが、そもそも転職されたのはどうしてだったんでしょう?

出版社での仕事自体は楽しかったのですが、教科書って基本的に4年に1回しか改訂がおこなわれないので、もっと速いスピードでいろいろなアウトプットができる環境に行ってみたいなと思ったんですよね。それで2018年に転職して、当初は編集者兼ライターのようなポジションでWebの特集記事の担当をしていました。

──動画制作の担当ではなかったんですね。どんな特集記事を?

会社からのオーダーは「シリーズものの特集記事」でした。「おもしろいことをやってるメディアだな」と好意的認知が得られればどんな企画でもOKという、かなり自由度の高い環境だったんです。なので当時は、ボディビルダーを集めてロダンの彫刻を鑑賞してもらうとか、羽生結弦さんの演技後にリンクに投げ込まれるプーさんのぬいぐるみについての記事とか、本当にやりたいように記事を作っていました(笑)。

──意外なもの同士の組み合わせという点でいうと、どちらの企画も「ゲームさんぽ」に通ずるものがある気もします。

根っこは同じだと思います。あるものを別の視点から見たときにどんな言葉が生まれてくるのか、という発想です。

ロダンの彫刻の記事では、文字よりも画像のほうがその迫力やおもしろさが直感的に伝わると思い、全編を画像だけで構成したんです。それと同じ発想で、画像でいいなら動画でもいいんじゃないかと思いまして。ライブドアニュースはもともとYouTubeチャンネルを持っていたにも関わらず、あまり活用できていなかったこともあり、自分から上司に「動画をやらせてもらえませんか?」と提案したんです。

──それで始まった動画シリーズが「ゲームさんぽ」だったと。

ゲームさんぽというコンテンツ自体はもともと、ぼくの知人の「なむさん」が個人で始めた企画なんです。彼はゲームさんぽの手法をオープンにしているので誰でもこのスタイルを借りることができるのです。なむさんは美術館のスタッフをされていて、前職時代からの仕事仲間だったんですね。当時「実はYouTuberになりたくて……」となむさんに打ち明けられ、驚きつつ見せてもらった動画が、音響のプロと一緒にFPSゲームをプレイするという内容で。それがめちゃくちゃおもしろかったことを覚えていたんです。

──どんなところにおもしろさを感じられたんでしょう?

音響という視点からゲームについて考える、という体験がまずとても新鮮に感じました。音響のプロの視点が入るだけでゲームの世界の見え方がまったく変わってくるというか。なむさんは美術館で対話型鑑賞という、いろいろな人の視点を組み合わせながら美術の見方を深めていく鑑賞教育をされているんです。ずっとゲームをやり続けてきて、鑑賞教育の視点も持っている彼だからこそこういったフォーマットが生み出せたんだろうなと思いますよ。

ゲーム実況というジャンルの盛り上がりも、ゲームというコンテンツ自体の市場規模がどんどん伸びていることももちろん知ってはいたんですが、当時、自分はゲームにまったく興味がなかったんです。だからなむさんの動画も自分にとって最初は、まったく知らないゲームについて、知らない人が喋っているという状況だった。にも関わらず、その動画を「面白い」と思えた。人とゲームの組み合わせ次第でどんどん新しい企画を作り続けられるわけですし、これはすごい可能性を持っているコンテンツだなと思いましたね。

飽きさせない動画づくりのために「ちょい足し」したもの

──ゲームさんぽの1本目は、気象予報士の石原良純さんと『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』をプレイしつつゲームの世界の気象を見るという動画でした。

ありがたいことに、最初からかなりバズってくれましたね。『ゼルダの伝説』に続いて『Detroit: Become Human』『グランド・セフト・オートV』をプレイする動画を立て続けに出したのですが、その3本でチャンネル登録者数が一気に5万人ぐらい増えまして。上司は「いいだはもう、動画に専念しろ」と(笑)。

途中からはもう、出社してすぐPCに向かわずPS4のコントローラーを握る日々でしたね……。幸い自分はボディビルでもゲームでも、興味を持ったらなんでもハマれるタイプなので、今は楽しくやらせてもらっています。

──ゲームさんぽをライブドアで始めるにあたって、なむさんのフォーマットから変更した点はありますか?

ライブドア版では「〇〇のプロと行く」というフレーズを付けることで、職業的な専門家に限定するフォーマットにしました。「〇〇のプロ」という肩書きがあるだけで、視聴者はその専門家がどんなものの見方をしてくれるのか想像したり期待したりできますし、企画としても輪郭がくっきりするかなと。

あとは細かい点ですが、オープニングにちょっとしたゲストの紹介文を入れています。探偵の方であれば「自分の夫の浮気も突き止めた」とか(笑)。本当は動画冒頭のお喋りの中でそういったフックを作れたら最高なのですが、専門家の方はトークのプロではないし、こちらもトークはド素人。当然ながらいつも最初からパンチラインを言ってもらえるわけではない。だから、動画の冒頭からある程度、専門家の方に親しみを感じてもらうための一つの仕掛けとしてテロップを使っています。

──そういった演出などからは、テレビ番組のエッセンスも感じます。

特に意識しているわけではないですが、「いらない肩書きで笑いをとる」という姿勢はテレビ東京さんの番組から学んだかもしれません。なくてもいい情報だけれど、あるとちょっとだけうれしい情報というか。

 
動画の編集スキルは独学で身に付けたんですか?と聞くと「YouTubeに教材たくさんありますよ」との回答

──ゲストとゲームの組み合わせは毎回いいださんが考えられているんですよね。企画を立てるときにはどのようなことを意識していますか?

ライブドアでは主に自分と同僚のマスダさんの二人体制で企画をしていましたが、二人とも専門家に対してもゲームに対しても、失礼があっちゃいけないということは念頭に置いていました。専門家やゲームの知名度に寄りかかり、「この専門家(ゲーム)なら再生数が伸びるだろう」という姿勢で企画を立てるのはやるべきじゃないと思っていますね。ゲームをプレイしている最中も、くだけすぎた口調で喋るなど、リスペクトのない進行をしないようには意識しています。

──これまでのゲームさんぽで、いいださんにとって特に印象深いのはどの回でしょう?

好きな回はたくさんあるんですが、意外な大成功という点ではマスダさんが担当していた「三国志研究の第一人者と『三國志14』をプレイしてみた」は印象的です。三国志の研究者に三国志のゲームについて話してもらうというストレートでシンプルな企画なのですが、やってみたら想像以上に専門家のトークが「熱量のあるオタク」という感じですばらしかった(笑)。当時は聞き流してしまっていた大学の授業のおもしろさを思い出せるような動画になったと思います。

それから、企画力で勝負できたなと感じているのが「映画予告のプロが明かした”魅せる動画”の作り方」。実はこれはゲームさんぽと言いつつ、ゲームはプレイしていないんです。版元さんから新作ゲームをPRしてほしいと依頼を受けたのですが、その時点では体験版がリリースされておらず、さあどうしよう……というところから考えた企画です。結果的に、映画予告のプロをお呼びして、映画のようなゲームのトレーラー(予告映像)を作ってもらう現場に密着するという動画になりました。普段のゲームさんぽとはすこし趣向の違う企画だったのですが、再生数も伸びましたし、視聴者の方も楽しんでくれた1本でしたね。


2022年にはゲームさんぽ本の内容を書籍にまとめた『ゲームさんぽ 専門家と歩くゲームの世界』を刊行

「愛され続けるキャラクター」になるために、本音をさらけ出す

──紹介してくださった「映画予告のプロが明かした”魅せる動画”の作り方」でもそうですが、ゲームさんぽは毎回、動画のコメント欄などで制作の背景や案件受注の流れなどをかなりしっかり説明している印象があります。

制作の裏側はなるべく見せようと思ってやっています。初めて案件動画が出せたときにはそれをうれしいこととして視聴者に発表したり、録音マイクをグレードアップするたびにいちいち報告したり(笑)。徐々に成長していくプロセスを楽しんでほしい、という意識はしています。

YouTubeで1番強いのって、企画のおもしろさよりも固定の出演者、「キャラクター」の存在だと思うんです。ゲームさんぽはその点、ゲームの案内人役もゲストも毎回変わりますし、正直にいえば伸びやすい類のコンテンツではない気がします。それを補強するためには、チャンネルの運用姿勢そのものを1つのキャラクターにしていくといいんじゃないかと思ったんですよね。

──「キャラクター化」というのは、企業がメディアやコンテンツを作るときにも重要になってくるポイントではないかと思います。企業がユーザーから愛されるキャラクターになるには、どんなことを意識するといいのでしょうか?

そのメディアやアカウントがどのような人格を持っているかをはっきりさせることですね。そこからぶれすぎた振る舞いは極力しないように、変わらない温度感で運用を続けるのが大切なんじゃないでしょうか。なおかつ、その企業や団体が持っている専門知識やニッチな情報などを提供できるとよりウケますよね。

ぼくの場合はゲームに詳しいわけでも上手いわけでもなく、動画の制作経験もないところからこういったコンテンツを始めたので、一貫して「下手だけれど頑張っている」のを隠さないようにしています(笑)。付け焼き刃の知識はすぐに視聴者にバレると思いますから「地味にコツコツと」というキャラクターは意識していますし、実際にそういう姿勢でコンテンツに向き合っているとは思います。

──今年の2月、いいださんはライブドアを退職されたんですよね。5月には新しいYouTubeチャンネル「ゲームさんぽ/よそ見」を始動させると同時に、運営母体である株式会社よそ見も設立されています。そこで何か変化はありましたか?

ライブドアニュースの突然の運営方針や名称の変更があり、視聴者の方は驚かれたと思うんですが……というかぼくも驚いたのですが(笑)。よそ見で運営するようになってからも、企画の姿勢や基本的な制作フローは何も変わっていないです。

オープニングとエンディングのフォーマットにちょっとした遊びを入れるようになったくらいですかね。ただ、ありがたいことにゲームさんぽは熱心に応援してくださっている視聴者が多いので、今後はグッズを制作したり、ときどきはゲーム配信以外のコンテンツも作ったりできないかと考え中です。あとは美大や専門学校の学生さんを制作に巻き込んで、育成してみたいなと思ったり。

 
制作中のゲームさんぽステッカー

──いいださんのお話を伺っていると、とても地に足がついている印象を受けます。

振り返ってみると、ライブドアへの転職直後、Web記事を担当していた半年間ほどの経験が大きかったような気がします。ウェブの記事って基本的に、多少バズって話題になったとしても、1週間経てばもう誰も覚えていないことが多いんですよね。少なくともSNS上ではそのように見える。ネットのコンテンツって一瞬で消えていきますし、そういうものを自分は作っている、消えていく人間なんだっていう自覚がありますから……。

──でも、YouTubeなどの動画コンテンツはウェブの記事よりも長く親しまれますよね。

それはそうかもしれないですね。YouTubeというプラットフォーム自体の強さのおかげで、アーカイブが比較的きちんと見てもらえている実感があります。

だから、10年後とか20年後に「へえ、昔のゲームってこんな感じだったんだ」とか、高校生くらいの子が「こういう仕事もあるんだ」と参考にしてくれたらうれしいですよね。

まあ、自分がコントロールできないことなので、「長く続けていたらそういう良いこともあるかもしれないね」というくらいの感じで過ごしています。

(文:生湯葉シホ  写真:下屋敷和文)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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ライター生湯葉シホ
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