ヒグマはなぜ1発で仕留めなければならないのか――。北海道のヒグマ駆除ハンターに聞く、「狩猟」の舞台裏

2023年3月8日

「ヒグマの走るスピードは凄まじい。山の上から麓まで、一瞬で降りてくるんだ」

数十年前のある日、池上さんの背中に寒気が走りました。山の中で、7〜8メートル先にいるヒグマを狙っていたら、ヒグマがスッ……と茂みに沈んだのです。下手に背中を向ければ後ろから襲われる。かといって静止していても、ヒグマが茂みの中を移動してこちらへ来るかもしれません。

「ヒグマの毛っていうのはさ、すごく柔らかいんだよ。音を消すんです。笹の音や風の音……茂みの中に沈んだらもう、気配を感じない。だから怖いんだ」

幸いこの時は、ヒグマがすぐに立ち上がりました。その瞬間に、喉元を狙ってその下の肺をドンッ! と撃ち、一命をとりとめました。

現在73歳の池上さんは、北海道・砂川市の猟友会で支部長を30年以上務める、地区一のベテランハンターです。砂川市は、札幌から北東へ80km。12月中旬でも腰の高さまで雪が積もるほどの豪雪地帯で、あたり一面が白で埋め尽くされていました。

砂川市を含め、北海道ではここ数年、市街地にヒグマが相次いで出没しています。そのたびに池上さんらハンターが出動し、地域住民を守っているのです。

戦後間もなく英語を学び、1970年代に複業を実現

池上さんは1949年、北海道上砂川町で生まれました。母親は教育熱心で、戦後間もない1950年代に、まだ幼かった池上さんに知人のもとで英語を習わせたといいます。

高校時代は美術や剣道、トランペットに打ち込んだ池上さん。卒業後は、「太平洋の真ん中でトランペットを吹いてみたい」という夢を胸に、北海道大学の水産学部へ進みました。北大では、少林寺拳法の同好会に所属。相手の手を掴んだだけで簡単に投げ飛ばす技を見て、「剣道とは違う、変わった武道だな……」と興味を持ったのです。「いつかは道場を開いて、子どもたちに少林寺拳法を普及したい」という目標も持っていました。

大学卒業後は、国内トップクラス水産会社の一つ、株式会社極洋から内定を受けて上京しました。入社時面接で、大学で学んだ「捕鯨(クジラ漁)を取り巻く現状」を語った池上さんは、捕鯨部・漁ろう科に配属されます。その後3年間、捕鯨母船の指令室で、捕鯨船を指揮しました。

(写真はイメージ)「太平洋の真ん中でトランペットを吹く」夢も叶えた

しかし当時、捕鯨は世界中で反発運動が高まり、衰退の一途を辿っていました。その時、「この会社の捕鯨がダメになっていくのを見たくない」と感じた池上さん。同時に、「いつかは」と思い描いてきた、「子どもたちに少林寺拳法を教えたい」という気持ちが湧き上がってきました。

池上さんは1975年、25歳で会社を辞め、砂川市に帰りました。ただ、少林寺拳法の世界では、指導者はあくまでもボランティアとして務めるため、生活するには本業を別に持たなければなりません。

ある時池上さんは、市内に住む医者から相談を受けます。

「池上さん、塾をやってもらえませんか?」

そのころ砂川市は、大手財閥が炭鉱会社や化学会社を営むなど、市全体に経済力がありました。一方で子どもの平均学力は低下しており、医者の頼みは、「医学部に行くような子を増やしたい。そのために、子どもたちに勉強を教えてほしい」というものでした。

本職を探していた池上さんはさっそく、妻の実家のクリーニング屋の2階を借りて、学習塾「池上塾」を発足しました。車で数分の場所に、少林寺拳法の道場も開講。学習塾は、生徒が次々と地元の偏差値トップ校へ進学したことで、口コミですぐに評判になりました。市内の小中学生が100人以上、池上塾で学んでいたといいます。

1978年には、知人数人で市議会議員選にも挑戦しました。市長選にも出馬し、惜しくも落選はしたものの5,000票以上の市民票を集めました。

16時ごろまで市議会議員としてはたらき、夜は塾や少林寺拳法の先生として、子どもたちに教える日々。真面目で面倒見のよい池上さんは、あらゆる場所から引く手あまたでした。1970年代の時点で、すでにパラレルワークを実現していたというので驚きです。

「ハンターの人手が足りない」

1981年、池上さんが41歳の時。仕事の合間によく通っていた喫茶店のオーナーが、池上さんにこう漏らしました。

「農家のカラス被害がひどい。ハンターの人手が足りなくて困っている」

そのオーナーは、猟友会の当時の事務局長・藤井録郎氏でした。猟友会とは、すべての都道府県に設置されている、一定の条件を満たしたハンター集団のことです。池上さんは、資格を取ればハンターとして銃を持てると聞き、「農家のためなら」とやってみることにしました。

農家の畑についたヒグマの足跡 写真提供:池上治男

「資格」とは、第一種銃猟免許のことです。狩猟に使う銃には、主に「ショットガン」と「ライフル」の2種類があり、この免許があればどちらも所持することができます。

池上さんは、免許を取るために、浦臼(うらうす)町の射場でショットガンの訓練をしました。訓練とはいえど、銃は他人のものを触ってはいけないため、指導者はいても、結局は自分の銃で練習を繰り返すしかありません。池上さんは的に向かって何度も撃ちながら、ベストな”構え方”を研究しました。

ショットガンとは、小さな弾が同時に何発も飛ぶ銃で、最大有効到達距離は約100m以内。鹿や鳥類を撃つのに適しています。

ライフルは、日本で所持が許可されている銃の中でもっとも威力が強く、最大到達距離はなんと2,000m以上に及びます。その威力は「鉄筋すら破壊する」ほどで、ヒグマはライフルで撃つのだといいます。ライフルは、ショットガンを10年以上所持して初めて、所持許可を受けることができます。

「銃の持ち方は、少林寺拳法の『左中段構え』に似ているんですよ。銃を中央に持ち、きちんと頬づけをする。そうしないと銃が跳ねてしまうから、しっかりとした構えが必要なんだ」

ヒグマを撃つ際は、弾の威力がまっすぐに行くよう基本「立射」だが、雪や茂みの中に伏せて撃つこともある

池上さんが「怖い」と感じたことは、この時から今の今まで一度もありません。「動じない精神を(少林寺拳法で)鍛えていたからね」と池上さんは笑います。

免許を取得した池上さんはまず、事務局長から聞いたとおり、カラスの有害駆除を始めることになりました。有害駆除とは、自治体から依頼を受け、農作物の被害などを防ぐために行うものです。

百発百中、一発でヒグマを仕留めてきた

池上さんがヒグマを撃ったのは、それから10年以上後のことでした。山の食糧が豊富だった1980年代当時、ヒグマは人里になど降りてこなかったのです。

初めて撃ったヒグマの記憶は薄れてきましたが、1990年代以降、ライフルを使えるようになった池上さんは、徐々に「箱罠(はこわな)」にかかったヒグマの駆除を依頼されるようになったのです。

箱罠とは、鉄製の檻にエサ(エゾシカの死骸など)を仕掛け、ヒグマがエサを食べようと中に入り、踏み板を踏むと扉が閉まるもの 写真提供:池上治男

「檻の外からではなく、檻のすき間から銃を差し込んで、一発でドンッと撃つ。普通はおっかなくて、銃を中にも入れられないよ。ヒグマにこう(手で振り払う仕草をしながら)やられてしまえば、銃自体が飛んでいくから。ところがね、ヒグマっていうのは、覚悟するんだわ。可哀想だけど、頭を下げて『まいった』って」

撃つ場所は、脳天。体を傷つけず、一発で苦しまずに倒れるようにするためです。池上さんいわく、「ヒグマは頭のいい生き物」。箱罠の中で銃を向けられ、状況を理解するのだといいます。

「可哀想だ」という気持ちは、池上さんの中に常にあります。もともと池上さんは、ヒグマの絵を頻繁に描くほど、ヒグマのことが大好きなのです。

池上さんはヒグマを撃ったあと、必ずその場で手を合わせ、般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱えます。「生き物を殺すということは、生命を断ち切ること。毎回、”命をいただきます”という気持ち」だと、絵を眺めながら話します。

「仕留め方」は、藤井氏に教わりました。彼の教えは、「必ず一発で仕留めろ」。理由は2つあります。

一つは、ヒグマが苦しまずに済むように。もう一つは、一発で死なない「半矢(はんや)」状態になった場合、反撃してくる恐れが極めて高いためです。ハンター自身の命が危険なことはもちろん、人に攻撃心を抱いたヒグマは、その先も人を襲うようになります。

「一発で仕留めろ」という教えは、かつて経験したクジラ漁でもよく言われたことでした。そのため池上さんは、これまで必ず、一発でヒグマを射止めてきました。一度も外したことはありません。それが、どれだけすごいことなのか。

ある時、池上さんが箱罠にかかったヒグマを撃とうとした際、「ヒグマを撃ったことがないので、代わりにやらせてほしい」と別のハンターに頼まれた池上さん。それなら、と任せたものの、銃を構えた腕がぶるぶると震え、いつまでも撃つことができなかったといいます。

そう、大抵の人は、たとえ鹿や鳥類のベテランハンターだったとしても、巨大なヒグマを目の前にすると恐怖に圧倒されてしまうのです。

ヒグマを一発で仕留めるために、池上さんが意識していること。それはまず、「四つん這いで歩いている状態のヒグマを決して撃たないこと」と、「20m以内の近距離から撃つこと」の2つです。下手に遠距離から撃ったり、動いているヒグマを狙ったりすれば、半矢になる危険があります。

「半矢にするということは、そのヒグマを山の中へ探しに行き、必ずとどめを刺さなければいけないということ。『撃つ』というのは、とてつもない責任が伴うんです」

そして3つ目は、茂みの中に沈んでいる(かがんでいる)ヒグマに狙いを定め、ヒグマが立ち上がり、目が合った瞬間に撃つことです。撃つのは、箱罠とは異なり、ヒグマが立ち上がっているため喉元のやや下です。

「立ち上がったクマはたいてい、こちらを見ます。その瞬間に撃たないと、ダーッと走って襲ってくる。そこが怖いのよ」

ここで、「麻酔銃を使えばよいのでは?」という、素人的な疑問も湧きます。たとえば、麻酔で眠らせたヒグマを山の中へ運び、そのまま置いてくることはできないのでしょうか?

——池上さんに伺うと、それは難しいと分かりました。まず、麻酔銃を扱うには、獣医師などが持つ専門資格が必要です。加えて、ハンターとして銃を扱う資格を持ち、その中でもヒグマを前にして発砲する度胸がある人は「まずいない」といいます。砂川の猟友会にも、ヒグマを撃った経験のあるハンターは、池上さんを含め3人しかいないのです。

だからこそ池上さんは、自治体や警察にとっても頼れる存在です。

山を熟知してこそハンター

そもそも池上さんたちハンターは、なぜヒグマを撃つのでしょうか?

池上さんが「我々は“熊撃ち”じゃない」と言うように、商売や趣味、そしてヒグマを撃つことを生き甲斐にしている人たちと、池上さんのように「有害駆除」のみ行うハンターでは、目的が大きく異なります。

池上さんたちの場合、「自治体」「地域の振興局」「警察」の三者が「駆除したほうがよい」と判断して初めて、猟友会に依頼が来ます。この時、特定のハンターが指名されることはありませんが、支部長である池上さんは、自ら担当することが多いといいます。

自治体ごとの「目標頭数」というのも存在します。各自治体で目指す、ヒグマの駆除数のことです。なぜそんなものが定められているのかというと、ヒグマによる農作物被害は深刻で、2019年には、その被害額が北海道だけで2億円以上に及んでいるからです。

池上さんが遭遇した中でもっとも大きいヒグマは実測、体長2m75cm、275kg。手足が伸びた状態では3m以上あった

「農業ってのはね、農家さんの一生の中で、できる回数が本当に少ないんだよ。1年に1回しか収穫できないと考えると、30歳から60代までやったとしても、30数回しか収穫のチャンスがない。そのうち1回がだめになるだけで……農業の被害っていうのは、本当に言い難いものがある」

お金のためにプロハンターになろうと考える人は近年、ほとんどいません。国からの報酬はあるものの、生活の糧にできるほどではないからです。

2019年以降、砂川の猟友会では、ある事件を機にヒグマの駆除を一旦取りやめています。ただ、池上さんのもとには今も、自治体から「プロファイリング」の依頼が頻繁に舞い込みます。

プロファイリングとは、ヒグマの足跡や目撃者の声から、ヒグマの移動ルートを探ることです。約30年ヒグマと向き合い、山を熟知した池上さんだからこそ成せる作業です。

ヒグマ駆除を始めて以来、毎朝3時半から4時ごろに山へ出かけ、様子を確認している

DNA鑑定などでプロファイリングをする専門家とは違い、我々ハンターは、現場で『動物と植物の動き』を目の当たりにして判断するんです。山の変化は、毎日見ないとわからない。早朝に行くのは、ヒグマたちはいつも、夜明けとともに麓へ水を飲みに来るからです」

そんな池上さんを、ヒグマたちは影から見ているのでしょうか。

ある牧場から「ヒグマがしょっちゅう出て困っている」と言われ池上さんが訪れたところ、現場に着くや否や、目の前に突然、ヒグマが現れました。ところがヒグマは、池上さんを見るなり、ものすごい勢いで逃げていったのです。

「ヒグマは、怖い人間とそうでない人間を見分けているんです。我々が鹿を解体する()現場も、ヒグマは遠くから見ている。解体中に1〜2分その場を離れて戻ったら、忽然と鹿がなくなっていたこともあるし、残滓(ざんし:死がいのこと)が掘り起こして食べられていることもある。ヒグマが持って行くんです」

(※) 猟友会ではヒグマだけでなくエゾシカも駆除しており、エゾシカの亡骸は、解体して地中に埋めることになっている

ヒグマが市街地へ来るようになった理由について、池上さんは、ある確信を持っています。

いろいろな見解があるけれど、私は、ヒグマは単にエゾシカを追ってきているだけだと考えている」

北海道内でその数を増やし続けているエゾシカ。天敵だったエゾオオカミの絶滅や、ハンター人口の減少が原因だと言われていて、そのせいで山の食糧が不足し、人里に降りてくるのです。

「ヒグマは肉食動物。もちろん野菜や果物も食べるけれど、それは彼らにとって、前菜やデザート的な存在。メインディッシュは、やはり肉。たとえばあなたの目の前に、牛のサーロインステーキと“草”があったら、どっちを食べたい? ヒグマも、人間と同じさ」

増えすぎたエゾシカを減らそうと、北海道では今、「鹿肉をジビエとして食す」ことがトレンド化しています。そのためハンターが駆除したエゾシカも、一部は、道内に15以上ある「エゾシカ肉処理施設」へ送られていきます。

これを池上さんは、本来「山に置いてくるべき」だと考えます。そうすれば、ヒグマは山の中でエゾシカを食べることができ、自然の原理でエゾシカは増えなくなる。農作物の被害も減り、ヒグマを必要以上に殺さなくて済むのだ、と。

猟友会の狩猟ベストと帽子。誤射や遭難防止のため目立つカラーだが、ヒグマは色盲のため、オレンジと自然の色は見分けられないという。「ヒグマに出合わせたら、とにかく息を殺し、動かないこと。万が一気付かれたら、ヒグマの目を見ながら両手を大きく広げ、『俺は人間だ! 来るな!』と大声で威嚇するのが有効」

池上さんは今、ハンターとしてヒグマのプロファイリングをする傍ら、少林寺拳法の道場に通う子どもたちに英語を教えています。池上塾の教え子たちは、東大や東北大、早稲田、一橋などの有名大学を卒業しました。

過去には「池上さんのようなハンターになりたい」と訪ねて来る若者もいましたが、池上さんは簡単にOKを出しません。

というのも、生き物を銃で撃つということは、「反発を受ける」ことが日常になるということ。池上さんのもとにも、抗議の電話が掛かってくるほか、ひどい時には恐喝まがいの言葉を吐かれることもあります。

「撃つことでその人の人生が変わる。家族がいる人に、安易に『行ってくれ』なんて頼めないでしょ?」

池上さんの心の根底にあるのはいつも、「半ばは自己のために、半ばは人のために」という少林寺拳法の理念です。自己を確立できたら、その力を社会や人のために役立てよう──。そうした意味が込められているといいます。

「一番はやっぱり、教育一筋。ただ、少林寺拳法の『一瞬の判断で決める』という教えは、『命を守る』というハンターの仕事につながるんです」

大自然の命と向かい合いながら、住民の命を守る。池上さんは今日も、猟友会の支部長として、自身のやるべきことをまっとうしています。

(文・写真:原 由希奈 画像提供:池上治男)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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