音楽配信主流の時代に、なぜラジカセ? 担当者に聞く開発の舞台裏

2023年4月13日

近年アメリカでのブームを発端に「カセットテープ」が注目を集めているのをご存知でしょうか? 2016年に人気ミュージシャンであるジャスティン・ビーバーさんがカセットテープで音源を発売したことをきっかけにアメリカでカセットブームが再燃。その勢いは日本国内にも飛び火し、多くのミュージシャンが新たにカセットテープ音源を発表するなどじわじわと人気が高まっています。

そんな動きをいちはやく察知し、ラジオカセットテーププレイヤー(以下、ラジカセ)の開発に乗り出したのが株式会社ドウシシャです。同社は2017年にミニラジカセ「SCR-B2」を、2022年12月にはさらに機能を充実させた「SCR-B7」を発売。レトロな見た目をそのままに、現在のライフスタイルに合わせた機能が搭載されたラジカセは「俺たちの青春ラジカセ」としてオーディオ好きの間で大きな話題を呼びました。

なんでも「SCR-B7」は「担当者の憧れを詰め込んだ製品」なのだそう。なぜ、今ラジカセを?オーディオ一筋40年、開発を担当したドウシシャAVライティング事業部商品ディビジョンの金谷衛さんにお話を伺いました。

アメリカ市場の「匂い」をかぎつけて開発をスタート

──音楽配信が主流となった今の時代に、なぜラジカセを開発しようと思ったのでしょうか?

ジャスティン・ビーバーさんをはじめとする影響力のあるミュージシャンがテープを販売したことがきっかけとなり、2016年ごろからアメリカでカセットテープが再注目されているという情報を耳にしたんですよ。アメリカで流行したものは少し遅れて日本の市場でも盛り上がるだろうなと、すぐに企画を進めました。

近年は日本の市場においても、ミュージシャンがレコードで音源を発売することも珍しくないですし、レコードを買い集める方が増えていますよね。音楽配信が中心になった現代においても、レコードやカセットに根強いファンはいらっしゃいますし、若い世代の方々がそうした「古いデバイス」の魅力に気付き始めているという実感はありました。

また、「SCR-B2」をミュージシャンの方々から評価していただけたのも後押しになりましたね。発売後にシンガーソングライターの奥田民生さんからご要望をいただき、オリジナルモデルを製作させていただいたんですよ。ファンの方々からも好評いただいたと伺っています。

ドウシシャ家電事業部AVライティング商品ディビジョンの金谷衛さん。写真手前が「SCR-B2」、写真奥が「SCR-B7」。いずれも80年代のデザインに最新の機能を搭載したラジカセ

──なぜ、今カセットテープが人気を集めているのだと思いますか?

若い人にとっては「なんだこれ?」という新鮮な驚きがあったと思うんです。

スマホでは再生ボタン一つで好きな曲を聴けますが、それに比べてレコードやカセットは不便です。曲ごとにわざわざ盤やテープを入れかえなければいけないし、次の曲を再生したいと思っても頭出しもできない。できないことだらけなんです(笑)

レコードで音楽を聴くためにはジャケットから出して、クリーナーで掃除をして、盤の上に針を落とすという一連の「儀式」がある。カセットも同様に、テープの出し入れや巻き戻しなど音楽を聴くための手順を踏まなければならない。そこに目新しさを感じたんじゃないですかね。

また、そういった「レトロなデバイス」としての魅力に加えて、アナログならではの音質も若い方々が興味を持つポイントだったのではないでしょうか。やはり最新のデジタルデバイスとレコードやカセットのようなアナログデバイスではまったく聴こえ方が違いますから。

ほかのメーカーが「考えもしない商品」をつくる理由

──先日発売された「SCR-B7」がクラウドファウンディングプラットフォーム「MAKUAKE」で大きな反響があったとお聞きしました。レトロなデザインに最新機能。なぜこのような商品が生まれたのでしょうか?

私が作りたいものだから、に尽きますね。「仕事なんだから」とお叱りを受けてしまいそうですが、趣味のような気持ちを大事にしながら、自分が欲しいと思えるものを企画しているんです。

2017年10月に「SCR-B2」という80年代のデザインを踏襲したラジカセを発売したのですが、こちらがありがたいことに多くの反響をいただきまして。より高音質・高機能なラジカセが欲しいという声に応え、この度「SCR-B7」を開発したんです。

「SCR-B7」は横幅43センチという、80年代当時「フルサイズラジカセ」として親しまれていた規格。ミニラジカセに比べてサイズが大きいぶん、音質が良く、録音や外部入力に対応するなど、さまざまな機能を盛り込みました。MAKUAKEでは1カ月で1,100台を超えるご予約をいただいきましたが、これは予想を大きく上回る反響でしたね。

──2017年に「SCR-B2」を発売した際は売れるという確信があったのでしょうか?

いえ、確信と呼べるようなものはありませんでした。ただ、ラジカセを求めている方が一定数いるだろうとは感じていましたし、どうせ作るならばほかのメーカーさんが作らないような面白い製品にしたいという考えで企画しました。

Bluetoothに加えて外部入力端子を搭載していますから、ほかの機器とつないでスピーカーとしてお使いいただくこともできますし、録音機能もあるので昔のテープをデジタルデータ化することもできるんです。オールラウンドな機能を搭載しているので、いろんな使い方をしていただければうれしいですね。

──あくまでも、機能は現代のライフスタイルに合わせていたんですね。

そうですね。当時を知る人の心をくすぐりながらも、今のライフスタイルに合うような製品をつくりたいと思っていました。

もう1つのこだわりは価格ですね。「妻に黙って買っても怒られない価格」というのが私の担当する製品の基準なんです(笑)。自分の小遣いをちょっとやりくりしたら買える値段で、オーディオ好きの心をくすぐるような商品を企画するようにしています。

「フタをバタンと開くのはダメなんです。いいラジカセはスーッとゆっくりと開くんですよ」とこだわりポイントを披露してくれる金谷さん
音量の大小を表すVUメーターも当時のオーディオ好きの心をくすぐるこだわりポイントだそう

音楽は「家で聴くもの」。ラジカセは「入学祝いに買うもの」

──金谷さんも若いころにラジカセを愛用していたのでしょうか?

もちろんです。70年代後半から80年代に青春時代を過ごした私たち世代はみんな愛用していましたよ。テレビゲームもない、パソコンもない、携帯電話もない時代。テレビかオーディオぐらいしか学生が家で楽しめる娯楽なんてありませんでしたから。

とはいえ、ラジカセはおいそれと買えるほどのものではなかったんですよ。「Pioneer」「TRIO」「SANSUI」という当時の若者の憧れる「御三家」のメーカーがあったのですが、御三家のラジカセは、初任給が10万円前後の時代に5万円ほどの価格帯。

なのでラジカセというのは高校や大学入学の「お祝い」として買ってもらうものでしたね。私も学費の安い公立高校に受かったら、という条件で両親にシステムステレオを買ってもらいましたから(笑)

──当時はどのようにカセットを楽しんでいたんでしょうか?

今でこそ音楽は外でも聴けるものになっていますが、基本的に音楽というのは「家で聴くもの」だったんです。下校したらラジカセにスイッチを入れて、音楽を聴く。「FMチェック(ラジオ番組をザッピングすること)」で気になった曲をカセットに録音する。そうしてお気に入りのテープを作って友達と交換する。そんな風に楽しんでいました。

私たち世代にとってオーディオと自動車は「二種の神器」。憧れのアイテムだったんです。お気に入りの音楽を家のラジカセで編集しながらカセットに詰め込んで、それをドライブ中に流していたんです。この2つがないとデートが成り立たないと言われていたぐらいですから(笑)

そういう青春時代の思い出とともにカセットを大切に保管している方々がたくさんいらっしゃるということを、クラウドファウンディングを通じて改めて実感しましたね。

「最新」が「最良」とは限らない。オーディオの奥深き世界

──今後はどういった製品づくりを行っていくのでしょうか?

私は高校卒業後にはたらき始め、一貫してオーディオに携わる仕事をしてきました。そんなオーディオ好きの一人としては、イヤホンではなく、良質なスピーカーで音楽を聴くという豊かな体験をぜひ一度味わっていただきたいですね。オーディオメーカーが衰退したのは音楽を聴く環境が家から外に変わったことが原因と言われていますが、「家で音楽を聴く文化」はやはり残していきたいんです。そのために、大手さんでは実現できない、ニッチだけど面白い商品開発を続けていきたいと思っています。

特に力を入れているのが、アナログ音質のアンプやスピーカーですね。オーディオメーカーとしては音質にこだわることは当然ですが、中でも「アナログ」の魅力を伝えるものづくりをしていきたいと考えています。ドウシシャでは「真空管ハイブリッド」という、真空管とデジタルアンプの技術を組み合わせた製品を売り出しているのですが、こちらもオーディオ好きの方からご好評をいただいています。

──なぜ、「アナログ」にこだわるのですか?

ある時期、多くのオーディオメーカーが「ハイレゾ」という技術を搭載した製品をつくっていました。ハイレゾというのは簡単に説明すると、圧縮していない音源を再生できる装置です。しかし、MP3データをはじめとして現在は多くの方が圧縮された音源で音楽を楽しんでいますし、そもそもハイレゾの定義とされている「40キロヘルツ以上の音域」を聞き分ける耳を持った方は、一握りだと思います。つまり、多くの人にとってオーバースペックな技術なんです。

そこに製造コストをかけるなら、多くのお客さまの可聴域の範囲で音質をあげていくべきだというのが弊社の方針です。私たちがアナログの再生装置に力を入れているのは、音質にこだわりながらもコストの最適化を目指した結果なんですね。

──最新の技術が必ずしも最善の製品を産むわけではない、と。

もちろんそれぞれの良さがありますし、「良い製品」「良い音質」は人によって異なります。なので、あくまで好みの話に過ぎません。古いから悪い、新しいから良いではなく、お客様が本当に求めるものづくりに応えていきたいですね。

(文:高橋直貴 写真:玉村敬太)

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