約105万本売れた“サンバリア100”の「完全遮光日傘」、誕生までの物語

2023年11月21日

「史上最高の平均気温」と言われた2023年の夏。
田中みな実さんや仲里依紗さん、神崎恵さんなど、人気俳優やタレントが、ある“日傘”をこぞって雑誌や自身のSNSで紹介しました。株式会社サンバリア100が世界で初めてつくった、“完全遮光日傘”です。年間の売上は約15万本。ここ数年は、毎年20%から30%ずつ売上が伸びていると言います。

「アイスクリーム売りのお兄ちゃんが、『これを差すと溶けないから』と使ってくれていたぐらい。それだけ、涼しいんです」

同社の代表・今川比呂史さんは言います。今川さんは、2000年に完全遮光日傘を開発した本人。現在は約30名規模の会社になりましたが、開発当時、社員は今川さんたった一人でした。

もともと雨傘専門店を経営していた今川さん。なぜ、完全遮光日傘を開発したのでしょうか?その軌跡を伺うと、波乱曲折な誕生までの物語がありました。

雨傘は売れず伸び悩む

今川さんは1955年に京都で生まれました。高校時代はヨット部に所属。大学は神戸に出て、神戸商船大学で原子動力学を学びました。日本初の原子動力船が進水した時代で、「これからは原子力の時代だ!」と思ったのです。卒業後は茨城にある日立エンジニアリングで、原子力関連のプログラマーとしてはたらいていました。

「ただ、サラリーマンは最後までやる気はなかった。具体的なことは何も決まっていませんでしたが、とにかく『30歳で独立しよう』と決めていましたね。何かに影響を受けたというより、『同じ会社にずっといるのは面白くない。自分でやってみたい』という気持ちがありました」

その志どおり、30歳で独立した今川さん。一人社長として立ち上げたのは、まったくの異業種である「雨傘専門店」でした。

「いわゆる個人経営のお店ですよね。30になって、何をしようかな……と思った時に、母の実家が京都で洋傘の加工業を営んでいたので、ぼく自身も『人が持っていない、オリジナルの傘をつくったら面白いんじゃないか?』と思ったんです」

店をつくったのは、大学時代に憧れていた「神戸の代官山のような町」(今川さん)、岡本。

というのも当時の市販の雨傘は、一万円以上する高級ブランドのものか、安価なビニール傘かのほぼ二択でした。そのため今川さんが売ろうと考えたのは、その中間価格帯の“ちょっといい傘”。店も「雨傘店」というより「ブティック風」を目指したため、岡本の町の雰囲気がぴったりだと感じたのです。

そのころつくっていた雨傘。価格は5,000円前後。傘に加工する作業は母の会社に依頼していた

ところが、経営は思うようにいきませんでした。オープン当初こそ売れたものの、店は建物の2階にあったため人目につかず、次第に客足が遠のいていったのです。売上は、月の目標額約100万円に対して、50万円に満たない月もあったと言います。

東京から届いた遮光カーテン

それでも細々と店を続けてきた、12年後の1997年。

今川さんはインターネット上で、“持ち込み生地”で傘を仕立てるサービスを始めました。お客さんから、「着物や浴衣で日傘をつくってほしい」「北欧風のおしゃれな生地の傘がほしい」などの要望があったためです。まだ日本のインターネット普及率は2割以下で、今川さんも本腰は入れないつもりでした。

すると1999年、東京から一枚の生地が届きます。送り主は、日光アレルギーのある女性でした。

「(この生地)ちょっと変わっているな、と。通常よく持ち込まれていたのは、プリントや柄のついた綿や麻だったんですけど、その生地はグリーンの無地で、素材も明らかにほかとは違いました。ポリエステルで厚みがあり、つるつるしていたんです」

「傘を仕立ててからお客さまに『この生地はなんですか?』と伺ったら、『遮光カーテンの生地です。日光アレルギーがあるので』、と。その時は遮光カーテンの存在も、『日光アレルギー』という症状があることも知りませんでしたから、まず、日光に当たるとアレルギーの出る方がいる、ということに驚きました」

今川さんによると、そのころ遮光カーテンは学校の体育館や、病院の窓に使われていた程度。「UVカット」があたり前になった現代と違って、「ガングロギャル」が一世を風靡し、日焼けすることが良しとされた時代でした。世間的に「紫外線は肌に良くないもの」とはあまり認識していない人が大半で、今川さんもその一人でした。

「これは……もしかすると同じような方が、ほかにもたくさんいらっしゃるんじゃないか?」

今川さんはハッと次の傘のアイデアを閃き、すぐにカーテン屋へ行き「遮光カーテンをください」と伝えました。

すると、遮光カーテンには1級から3級までの等級があること。またそのうち100%光をカットするのは、「完全遮光」という種類のみであることを知ります。

「(日光アレルギーの方向けに)つくるなら100%遮光でないといけないと思って、20種類ほど置いてあった完全遮光の生地をすべて買いました。ただやっぱり、カーテン用の生地なので、分厚くて重いんですよ。それでは傘として使えない。でもその中で2種類だけ、まあ……傘としていけるかな? という生地があり、それでつくってみたんです」

見た目はごくシンプルな無地の日傘でした。ところが、この“遮光カーテンでつくった完全遮光日傘”がヒットしたのです。

同じころ全盛期だったインターネット掲示板「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」で、購入者と思われるユーザーから「涼しい!」とのコメントが相次いだのでした。

「匿名で悪口を書くのが流行っていたので、『デザインださださ』などのコメントもありましたが、それでも褒めてくださっている方が多くて。スレッドも10以上いっていたのではないでしょうか。ぼくも炎天下で差してみたんですけど、本当に涼しいんですよね」

当時の販売価格は7,000から8,000円

完全遮光日傘は岡本の町でも話題になり、アイスクリーム売りの男性が「溶けないから」と傘を買って行ったと言います。ですが、購入者に多いのはやはり、日光アレルギーのあるお客さんでした。

年間販売本数は約400本と、雨傘では経験したことがないくらいの売れ行きでした。

“カーテン生地”ではなくオリジナル生地へ

勢いづいた今川さんは、修理依頼の多かった「骨」部分を中心に、改良を重ねます。

「生地が重たいので、骨としっかりバランスを取ることが重要なんです。中棒(中心の棒)を太くしたり、折りたたみ式なら関節を丈夫にしたり……一つひとつ改善しながら、毎年進化させていきましたね」

一方、店舗は2000年8月に閉店しました。思い入れのあった店でしたが、店舗の売上はピーク時の半分以下になっていたのです。

「インターネットの売上が大半になり、店頭で商品を売る“待ちの商売”は今後廃れていくと思った」と今川氏。このころのブログには、「もう、店舗は意味を持ちません。店舗は閉めても、インターネットでの販売と卸業務は続けていく」と記されている

2006年のある日、今川さんが同業の友人と話していた時のこと。友人に「今川、どこのメーカーの生地使ってんねん?」と聞かれ、今川さんは、京都の老舗繊維メーカーの生地を、カーテン店で自ら購入し使っていると伝えました。

理由は、直接メーカーから仕入れると、「一回の注文につき最低1,000m以上」などの条件があるから。

「傘は、1mの生地で1本できるんですよ。だから、1,000m注文すると1,000本つくらなければいけません。その時は年に数百本しか売れていないのに、とてもじゃないけど、うちのような個人店では注文できなかった。だから、カーテン屋さんで既成の生地を20mほど買って、販売数が増えたら次は50m買う、という風にやっていたんです」

また、本来は“日傘専用”のオリジナル生地をつくりたかった今川さんですが、そうすると単価は倍以上になったそうです。

すると偶然にも友人がその繊維メーカーの社員と知り合いであると分かり、その縁で、メーカーからカーテン生地を安く仕入れられるように。

さらに同社は今川さんの現状を知って、インテリア用品に使う生地をメインで手がけていたにもかかわらず、「カーテン用ではなく日傘専用の完全遮光生地をつくる」ことを了承したと言います。

「1,000m単位」という条件は変わらず、仕入れ値はほぼ倍でしたが、今川さんは、「借金をしてでもやろう」と思ったそうです。

生地づくりの一番のハードルは、「わずかな針穴も空けてはいけない」ことでした。針穴は生地を織る過程でどうしても空いてしまいますが、遮光カーテンとして使うなら問題ないレベル。一方、日光アレルギーがある人向けの完全遮光日傘ではわずかな光も漏らしてはいけないため、ポリウレタンフィルムを追加したり、生地を厚くしたりして改善を試みました。

約一年の試作期間を経てできたのが、紫外線、可視光線、赤外線のすべてを通さない、オリジナルの「完全遮光生地」でした。

4層構造の完全遮光生地。価格は1万2千円台から1万4千円台

「理想の傘ができた。これは絶対に売れるぞ」

今川さんは思いました。その予想どおり、この日傘が爆発的にヒット。

きっかけは、2007年6月に日本テレビの番組『未知の世界を撮りたい!驚き(秘)映像ハンター!!ドリームビジョン』で取り上げられたことでした。

番組の内容は「日傘の紫外線強度を確かめる」というもので、複数の日傘が比較される中、サンバリア100の圧倒的な遮光性が特殊紫外線カメラで証明されたのです。

放映直後から電話が鳴り続け、ホームページはアクセス過多でサーバーダウン。やむを得ず注文方法を「ハガキ」のみにしましたが、今度は約3,000通のハガキが殺到しました。

「3,000本もつくったことがまずなかったですし、生産キャパは1日30本程度だったので、すべての出荷を終えるのに半年ぐらいかかりました。ようやく終えてインターネット販売を再開したら、その瞬間にサーバーが落ちて。もうずっと、その繰り返しでしたね」

早朝6時半から夜まで作業する日々。今川さん一人では到底間に合わず、同年からスタッフを一人、二人と増やしていきました。

2008年には社名を「ハローレイン」から「サンバリア100」に。2012年に発明者の特権である「実用新案権」を取得し、2019年には年間約7万本を生産するようになりました。

2022年にはX(旧Twitter)上で、完全遮光日傘のユーザーがその良さを紹介した投稿が17万“いいね”を超え、2023年の現在、俳優やタレントも愛用する日傘として日本中から注目を浴びています。

“届けたい誰か”を想う重要性

ここで、とある疑問が浮かびます。

日傘の歴史は古く、日本には100年以上前から存在すると言われていますが、なぜ今の今まで誰も「日傘を完全遮光にしよう」と考えなかったのでしょうか。「遮光カーテン」が昭和時代にすでにあったことを考えると、技術的にも不可能ではなかったはずです。

今川さんに伺うと、「おそらく」と前置きして、業界内では「日差しを本気で遮ろう、という意識が薄かった」のだと教えてくれました。日光アレルギーの女性のために初めて日傘をつくった1999年当初も、巷で売られている日傘はデザイン重視で、色も「表も裏も淡い色」が多かったそうです。

今川さんはその時から、「理想の日傘は、表地(傘の外側)が白で、裏地(傘の内側)が黒」だと思い描いてきました。理由は、白は空からの光を跳ね返し、黒は、顔に当たる光を吸収してくれるから。

今ではよく見かける「裏地が黒い日傘」は、サンバリア100が原点だった

今川さんがやってきたことは、ただ一つ。「日光アレルギーがある人」のことだけを想い、商品を形にしていったことです。それが当の本人たちに届き、口コミで広まった結果が今のメガヒットにつながったのでした。

「自分で考えたものがこれだけ広まって、やっぱりうれしいですよね。20年前は“裏地が黒い日傘”なんて皆無で、どこから見ても『うちの傘を差してくれている』とすぐに分かったんですけど、今じゃもう標準。よくこれだけ広がってくれたなって。『それつくったの、ぼくよ!』と心の中で囁いています(笑)」

これから今川さんがつくりたいのは、子ども用の完全遮光日傘です。「この暑さの中で登下校するお子さんたちも、完全に遮光してあげたい」のだと言います。

何かをつくる時に、“届けたい誰か”を想う。そうすることで、10年後、20年後に思いもよらない奇跡が起こるのかもしれません。

(文・写真:原 由希奈 写真提供:株式会社サンバリア100)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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