切手はどうやって作られる?日本で7人しかいない切手デザイナーの仕事とは

2023年4月17日

メールやチャットツール、SNSが主流になったとはいえ、まだまだ私たちの生活に必要不可欠な郵便。何気なく使っている切手をデザインしているのは、日本郵便に所属する、日本でたった7人しかいない「切手専門のデザイナー」たちです。

玉木明さんは1991年に当時の郵政省に入省し、1,000種類以上の切手を手がけてきたベテランの切手デザイナー。今回、31年のキャリアの中で印象的だったエピソードも含め、切手デザインの現場についてお話を伺いました。

切手はどうやって作られる?制作の主な流れ

——はじめに、切手ができあがるまでの流れを教えてください。

切手の題材となる記念行事の検討を重ねたのち、毎年12月ごろに次年度の切手の発行計画を、日本郵便のホームページなどで公に向け発表します。

毎年40件ほどの新規計画が、私を含めた7人のデザイナーに振り分けられます。つまり、デザイナー1人が担当するテーマは年間で5件ほど。私はグリーティング切手のように可愛らしいデザインの切手ではなく、サミットのような行事や制度等の「〇〇〇100周年記念」といった堅めのテーマの切手を担当することが多いです。

――デザインに携わるのはたった7人だけ、ということに驚きました。玉木さんが入省したときから少人数編成だったのですか?

私が入省したころは6人体制でした。5人で担当していた時期もありましたね。スタッフが多すぎても作業が散漫になるし、少なすぎると1件にかけられる労力も少なくなりクオリティも下がってしまう。今の体制くらいがちょうどいいのかもしれません。

——切手を発行するどのぐらい前からデザインを始めるのでしょうか?

各切手が発行される月の約10カ月前にはプロジェクトがスタートします。

まず、最初はテーマや表現の方向性を決めたり、題材にまつわる専門家や有識者に取材やヒアリングを重ねたりするんです。そこからデザイン案を考えて会議にかけ、方向性が決定すると、ようやく本制作に入ります。

切手を発行するためにはさまざまな取り決めや手続きがあるので、発行日の6カ月前にはデザインを完成させなければいけません。意外と制作期間はタイトなんですよ。

玉木さんが2014年に手がけた「土木学会創立100周年」の記念切手。インフラが整備された「架空の海沿い風景」が表現されている、玉木さんお気に入りの1枚

「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」のイラストに込められた想い

——切手のデザインをする上で、定められているルールはあるのでしょうか。

料金額とローマ字での国名表記、そして「日本郵便」という文字を必ず入れるということが決まっています。それから切手自体のサイズも「15ミリを下回らず、50ミリを上回らない」というサイズ規定があるんです。

――デザインのモチーフで気をつけなければいけないことはありますか?

公序良俗に反さないこと、一部の政党や宗教・思想に偏らないことです。あと、事実と間違っている表現はご法度ですね。

たとえば、実在する花の雄しべの数が1本多かったり、鳥のくちばしの形状が違ったりするのは絶対ダメ。大河ドラマでも時代考証ってあるでしょう?切手にも考証が必要なんです。

デザインが完成したら、各専門家に確認してもらっています。たまに最後の最後でデザインを変えなきゃいけないこともありますね(笑)。

細かいところまで多くの人は気にしないと思います。しかし、他国との国交関係を記念するような切手で、相手の国が大切にしているモチーフに誤りがあったら一大事です。

民営化したとはいえ、郵便はひとつのインフラ。だからこそ、細かな部分まで注意をはらいながらデザインに臨んでいます。

——しかしポスターやハガキよりもサイズが小さいぶん、リアルに再現しきれない部分が出てくるのでは?

たしかに、あえて抽象的に描くこともありますね。たとえば「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」の記念切手に携わった際、この車いすテニスのイラストではラケットのガット(ラケットに張る細い紐)の数を減らしています。

実際はもっとガットの本数が多いんです。でも本物どおりに描くと、切手サイズになったときに白い膜が張ってあるような印象になってしまう。

だからイラストが小さくなってもちゃんとラケットに見えるよう、ガットの数を間引きました。このように理由が明確であれば、省略や強調はOK、ということになっています。

――この車いすテニスの絵は、イラストレーターさんにお願いしたのですか?

いえ、私が担当しました。私は自分自身のことをグラフィックデザイナーだと思っているので、最近までは手描きの手法から逃げていた部分もあったんですよ(笑)。

ですが「東京2020オリンピック・パラリンピックはさすがに手描きにしよう」と思いました。

——手描きは大変そうですね。

まず「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」記念切手では、84円切手が25枚印刷できる大判のシートを3枚用意し、73の全競技種目を切手のモチーフとして取り上げる、ということが決まりました。

骨の折れる作業になることは分かっていましたが「オリンピック・パラリンピックに関われるチャンスはこの先ないだろう」と思ったんですよね。意地でも自分の手でイラストを描き、残そうと決めました。

ただ、全種目を私一人で描くことは、さすがにスケジュール的にも難しかった。せっかくの記念すべき大会だからこそ、デザイナー全員で分担することにしました。ちなみに、私は10競技種目ぶんのイラストを担当しています。

切手デザイナー全員がイラストを手がけた、渾身の「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」記念切手

切手デザイナーとして「人のためにデザインする切手」とは?

――玉木さんは普段、切手のモチーフやアイデアをどのように考えていらっしゃるんですか?

テーマが決まった後、イメージをしばらく頭の中で泳がせてから、集中的に作業に入ることが多いです。特に意識して出歩いたりすることはあまりないのですが、世の中に溢れているデザインの変化――たとえば雑誌や書籍に表れる行間の広さやフォント、グラフィックの雰囲気などのトレンドはキャッチするようにしています。

——玉木さんが今まで切手デザインに携わってきた中で、特に印象に残っている切手デザインを教えてください。

2011年の東日本大震災の時に発行された、購入金額の一部が寄付に充てられる特殊切手「東日本大震災寄附金付」のデザインです。混乱の中、3月14日の月曜日に出社したら、すぐ発行しようと。最短で発行できる6月20日を目標に、大急ぎで動き始めたのを覚えています。

もちろんどの工程もギリギリのスケジュールで行うことになるのですが、形状や色味など、時間をかけて決めないといけないこともあります。いちばん圧縮されるのはデザインの部分。実際に私が手を動かして作業する時間は、たった1週間ほどしかありませんでした。

とてつもない社会不安の中、被災地復興のための基金を集めるためのデザイン。この切手の寄附金は1枚あたり20円です。一般の方から、「気持ち」をいただくものです。その「気持ち」の受け皿にしなきゃいけないと思いました。

だからこそ「デザインがこけちゃったらどうしよう」と、本当に気持ちが押しつぶされそうな日々を過ごしていましたね。

玉木さんのデスクには、イラストを描く際に使うパレットや絵筆、色合いを確認するための配色カードが

——ハートと花、小鳥のモチーフは、どのように思いついたのですか?

まずは「気持ち」を具現化できるようなキーワードを、思いつく限りたくさん書き出しました。「愛」から始まって、「あたたかさ」「心」「花」「鳥」とか――正直、誰でも考えつくような言葉ばかりですよね。でも、世代を問わず多くの人に切手を購入してもらいたかったので、テーマがシンプルに伝えられることを目指しました。

「東日本大震災寄附金付」の切手。「ハートは僕の手描きです。歪んでいるし左右対称じゃないけれど、そこで温かみを表現しようと思いました」(玉木)

――テーマをデザインに落とし込むうえで意識したことを教えてください。

「こうした方がクールなデザインになる」という自分のエゴを一切排除しました。もともとグラフィックデザイナーとしては「かっこいい」「セクシー」というキーワードを重視していたんです。でも初めて「自分らしさ」を考慮せず、100%人のためにデザインした切手でした。

今だって「デザイナーとしてのエゴはないか」と言われたら、もちろんあるんです。そんな強い人間じゃないので、たまには「自分らしさ」を主張したくなります。でも「東日本大震災寄附金付」を通し、自分のためではなく人のためにデザインを手がける方が、よっぽどやりがいがあることが分かりました。

「東日本大震災寄附金付」の切手は、デザイナーとしても大きなターニングポイントのひとつ。切手を使う人、切手の貼られた郵便を受け取る人の気持ちに寄り添うことを、意識するようになったきっかけです。

——最後に、切手デザイナーとしてどんなときに喜びを感じるか、教えてください。

単純に私がデザインした切手が貼ってあるお手紙をいただくのはとてもうれしいです。記念切手が発売され、ネット上でいろんな反応をいただけるときもうれしいですね。中には、デザインを深く読み解いて、私の伝えたかったことをちゃんと受け止めてくれている人もいる。それだけで、しばらくご飯をおいしく食べられますよ(笑)。

(文:飯嶋藍子 写真:宮本七生)

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