「マサがいるから頑張れる!」ファシリティドッグのマサが教えてくれた“寄り添う”力

2023年10月31日

病気とたたかう子どもに寄り添い応援するために活躍する「ファシリティドッグ」。海外ではリハビリテーション施設や特別支援学級、裁判所などの施設で導入されており、日本でも、現在は小児医療を中心とする4カ所の病院で活躍しています。

国内の導入を推進するNPO法人シャイン・オン・キッズに所属する権守礼美さんは、ファシリティドッグのパートナーとして一緒に活動する「ファシリティドッグ ・ハンドラー」として、国立成育医療研究センターではたらいています。

ファシリティドッグ は、ペットとはどういった点が異なるのでしょうか。また、ハンドラーはどのように、ファシリティドッグと一緒に活動しているのでしょうか。権守さんにインタビューしました。

犬のパートナーとして、治療中の子どもの安全に関わる

──ファシリティドッグ・ハンドラーとは、どのようなお仕事なのでしょうか。

ひとことで言うと、パートナーとなるファシリティドッグをハンドリングしつつ、患者さんの治療のお手伝いをする役割です。私のパートナーはマサというラブラドール・レトリーバーの男の子。現在はこのマサと一緒に、国立成育医療研究センターで勤務しています。

──マサはとってもかわいらしいですね!どんな性格なんでしょう?

すごくおっとりしていて、落ち着いた性格の子ですね。私たち人間の表情や行動などをよく見ている、頭のいい子だと思います。

こういった性格もそうですが、ファシリティドッグになるには犬種・血統などを含めたさまざまな基準をクリアする必要があるんです。人をサポートするための専門的なトレーニングを積んだ犬としては、盲導犬や介助犬が有名だと思います。ファシリティドッグは病院に勤務するという特性上、小さなお子さんから年配の方、障害をお持ちの方など様々な人と触れ合うことの得意な犬が選ばれます。

その素質がある上で、人が好きで誰とでも穏やかに関わることができるように、また、さまざまな音や匂いがする病院の中でも落ち着いて行動できるよう、マサも体系的な社会化トレーニングを積んだ上でここに来てくれています。

──では、ファシリティドッグ・ハンドラーになるためにも資格や条件はあるのでしょうか?

はい。ファシリティドッグ・プログラムを推進している、私の所属する団体(NPO法人シャイン・オン・キッズ)では、「小児がんや重い病気と闘う子どもたちと、家族の支援のために」という目標を掲げています。

小児がん拠点病院を中心にファシリティドッグが導入されており、看護師として5年以上の臨床経験があることがハンドラーになるための条件になっています。

採用されたあとにも約80時間の研修を行ない、犬の心理や行動についてはもちろん、犬が病院で安全に活動できるようなハンドリングスキルを学びます。そして、パートナーになる犬とともに実技のテストなども行なった上で、正式に「ファシリティドッグ とハンドラー」として、活動できるようになるんです。

──研修はやはり大変でしたか?

そうですね……。看護師としての勤務経験は長くても、犬をハンドリングする経験は初めてだったので。たとえば研修の中では「sit(お座り)」や「stay(待て)」のような、キューと呼ばれる60個の指示を覚える必要があります。

それらのキューをファシリティドッグに正しく伝えるためには、タイミング・トーン(声の高さ)・ターゲット(対象)という「3つのT」が重要なんです。3つのTを微妙に使い分ける、たとえば「down(伏せる)」は姿勢を低くするのに合わせて低いトーンの落ち着いた声で、「jump on(飛び乗る)」は高いところに乗る勢いを伝えるために高いトーンの元気な声で、といったように抑揚も工夫する必要があるので、それが特に大変でした。

また、勤務場所が小児病院ということもあって、たくさんの医療機器が並ぶ病室で、子どもにも犬にも安全に活動する必要があります。たとえば、お子さんの年齢や、入っている点滴の場所に応じても、ファシリティドッグとハンドラーの立ち位置は変わります。最初はやっぱり、看護師の仕事とは違った難しさを感じましたね。

「マサと一緒だったら、頑張れる!」と治療に向き合う子どもたち

──権守さんとマサは、病院ではどのようにお仕事をしているのでしょうか?1日のスケジュールを教えてください。 

ファシリティドッグは1時間はたらいたら1時間以上は休憩させるという国際基準があります。その基準に則り、1日およそ3時間がマサの活動時間になっています。私は出勤するとまず、患者さんのカルテや治療・リハビリのスケジュールなどを見つつ、その日にマサとどのように病棟をまわるかを考えます。 

病院には医師や看護師だけでなく、理学療法士やチャイルド・ライフ・スペシャリストなどほかの専門職の方もいらしているので、そういった現場のさまざまな人たちと協力しつつ、患者さんそれぞれの目標や希望に応じてマサと私ができることを提供していきます。

──権守さんの目から見て、マサが特に力を発揮するのはどんなときですか?

採血や点滴のような痛みを伴う治療のとき、「マサがいることで頑張れたり、少し落ち着いた気持ちになれたりする」と言ってくれるお子さんは多いです。

リハビリにもつながる散歩に、マサが付き添うこともあります。私たち大人でも、入院しているときに「ベッドから出て病棟の廊下を散歩した方がいい」と言われても、ちょっと気が重いと思うんです。でも、「マサと一緒にだったら歩きたい」と重い体を起こしてくれるお子さんがいます。

──マサと触れ合えるのが入院中の楽しみ、という患者さんも多そうですね。

入院中は、飲んでいる薬や治療の影響もあって、どうしても鬱々とした気持ちになってしまう患者さんも少なくはありません。「マサが部屋に来てくれると、気持ち悪いのが不思議と楽になるんだよね」と言っていたお子さんもいます。

小学生・中学生くらいの大きなお子さんだと「マサがいることで学校のテストや宿題を頑張れる」と言ってくれることもあるんですよ。

──ただ、病院内を犬が歩き回るとなると、気を付けなくてはならない点も多そうです。

そうですね。病院内での安全対策と感染対策は徹底しています。犬のアレルギーがある患者さんのところに行かないのはもちろん、マサは定期的に予防接種や血液検査をおこない、毎朝ブラッシングや歯磨き、体の傷の有無などを確認した上で各病棟に連れていっています。

患者さんのカルテや事前の情報をもとに計画的に活動を進めるのが大切ですが、それだけではなく、それぞれの患者さんの状況やマサの調子を見つつ、臨機応変に対応しています。

──病院の特殊な環境に慣れるのは大変そうですが、マサは事前の研修のほかにも、日常的なトレーニングなどを受けているのでしょうか。

すでに覚えているキューを忘れないように、日常的に楽しみながら練習をしています。特にマサは新しい技を覚えることも好き。病棟で入院中の子どもたちとの遊びに取り入れる技を、一緒に遊びながら開発もしています。

また、犬らしく過ごす時間も大切にしています。休みの日には、ドッグランや川のような自然豊かな場所で一緒に遊んだりもしていますよ。

ファシリティドッグは、「そっと寄り添ってくれる」存在

──日本ではまだ、ファシリティドッグが限られた病院でしか導入されていないこともあり、ファシリティドッグ・ハンドラーのお仕事もまだあまり知られていないように思います。権守さんはどのような経緯でハンドラーを目指したのでしょうか?

もともとは子どもの看護に関わりたいという気持ちで看護師になり、神奈川県立こども医療センターという子ども専門の病院に勤務していました。2012年、そこにベイリーというファシリティドッグと、ベイリーのハンドラーである森田優子さんがやってきたんです。

実はベイリーは2010年に日本で初めて導入されたファシリティドッグ、森田さんは同じく日本初のファシリティドッグ・ハンドラーで、最初に勤務していた静岡県立こども病院から転任してきたという経緯がありました。

そこで森田さんとベイリーと一緒にはたらくうちに、ファシリティドッグが医療現場にもたらす力を、身をもって感じたんです。

たとえば、小さいお子さんは手術室に入る際に泣いてしまったり嫌がったりすることも少なくないのですが、ベイリーが一緒にいてくれると、「ベイリー、行ってくるね」と和やかに声をかけて手術室に入っていくなんてこともあって。ベイリーも私たちのケアを助けてくれる、医療チームの欠かせない一員としてはたらいている印象がありました。

▲ベイリー(写真右)と、ハンドラーの森田優子さん(写真左)

看護師をはじめとする医療者はどうしても、患者さんのことを思えば思うほど、あれこれと話しかけすぎてしまうように感じていました。でも、患者さんは、なにも言わずにただ寄り添ってほしいときもあるんですよね。「ベイリーの寄り添い方がとてもありがたいんだ」という話を、自分が受け持っていた患者さんから聞いていました。

──たしかに、ただその場にいてくれるだけで癒される、というのはファシリティドッグの強みですね。

そうですね。私自身、実家で犬を飼っていて大の犬好きだったこともあって、仕事の休憩時間にはよくベイリーに会いに行っていました。

その後、違う病院に転任したりコロナ禍に入ったりしたこともあって、自分の人生をあらためて見つめ直したときに、看護の仕事でもまた違った形で、病気と闘っているお子さんのためにはたらいてみたいなという思いが強くなりました。

ちょうどそのとき、2021年から都内の小児病院でファシリティドッグを導入するのでハンドラーを募集するという情報を目にし、思いきって応募してみたことがこの仕事に就いたきっかけです。

──ファシリティドッグ・ハンドラーとしてこれまではたらかれてきた中で、印象的だったできごとはありますか?

たくさんありますが、特に印象に残っているのは患者さんのお母様から聞いた話です。

その患者さんは大好きなゲームもできないほど気分が悪くて起き上がれず、1日中寝たきりのような状態でした。でも、マサが病室を訪れると体を起こし、マサを撫でるんです。そしてマサが帰った後には「不思議なんだけど、マサが来ると気持ち悪いのがなくなるんだよね」とゲームを始めたり、勉強を始めたりした、と。

お母様が「泣いてしまうほどに嬉しかった」と、「マサの力」を教えてくださりました。

その後、その患者さんは、長期間の入院の影響で筋力が落ちてしまったときも「マサと散歩に行こうかな」と自発的に動くようになって、促さなくても、自らマサと何をするか選択して過ごすようになりました。退院間近には「マサにおやつを『Stay』してもらっている間、ぼくも頑張るんだ」と、リハビリで取り組んでいたスクワットの姿勢を実践していましたね。

この時、「あー、マサと私はこの患者さんに寄り添えたんだ」「患者さんの力を引き出すことができた」と、看護師としてもファシリティドッグ・ハンドラーとしても実感できました。「ファシリティドッグってやっぱりすごい!」と、私自身が改めて感動する出来事でした。

国立成育医療研究センターでは2021年にファシリティドッグ・プログラムが導入されて以降、「うちの病棟にも来てほしい」といううれしい声が集まり、マサが活動できる病棟もすこしずつ増えています。これからも安全の確認と感染対策を徹底しながら、ファシリティドッグが活躍できる場所を広げていきたいと思っています。

(文:生湯葉シホ 写真:鈴木渉)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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