“総レースの男性用下着”はなぜ売れている? ワコールの開発担当者が届けたい想い

2024年1月16日

ワコールのメンズアンダーウェアブランド「ワコールメン」の、ある製品が脚光を浴びています。“総レース”の男性用下着です。

たとえば、2023年9月に発売した「レースブリーフ」。その売上は発売から約1カ月で同社の計画比136%となり、ワコールのECサイト上では入荷待ちになるほどでした。

「素材・設計・デザイン、すべてにおいてこだわってつくった真剣な商品です」

開発担当者である、ワコールのメンズインナー商品営業部 三井郁宏さんは熱心に語ります。

男性用下着は主にボクサー・トランクス・ブリーフの3種類に分かれますが、中でもボクサーを愛用する人がトップです。素材も綿やポリエステル製が定番という中、なぜワコールは「総レース」の、しかも「ブリーフ」を発売したのでしょうか?

三井さんに話を聞くと、そこにはある使命感と、世の男性たちへの思いが隠されていました。

試行錯誤の末に生まれた、メンズオリジナルレースの下着

そもそもの始まりは、2021年12月に発売された総レースのボクサーパンツでした。ワコールメンが2020年に実施した消費者調査で、男性用アンダーウェアにおいても、女性用と同様に「きれいさ」や「上品さ」が求められていることが分かったのです。

「男性がメイクやネイルをするようになり、ジェンダーレス、ボーダーレスといった言葉も当たり前に使われるようになりました。さまざまなものの境界線が曖昧になった今、男性らしさ・女性らしさといった従来の考えに捉われることなく、誰にでも美しさにこだわった商品を身につけてほしい。

我々の強みを活かして、何が表現できるだろう?と考えた時に、ワコールとして女性用下着で長きにわたって培ってきた技術や経験がある“レース”が思い浮かびました」

実はワコールメンでは、過去にも男性用レース下着を発売した実績があります。生産量は限定的で、販売経路も同社のECサイトのみでしたが、コアな層を中心に好評を得ていました。

「先述の調査からもこの実績からも、メンズにもレース下着の需要はある。求めてくださるお客さまはいる、と確信していました。そこで今回は、より多くの人が使いやすいレース素材のパンツを提案できないだろうか? と考えたのです」

三井さんを筆頭にした開発チームは、「ボクサーパンツという一般的なスタイルに、レースを使ってみてはどうか。見た目の美しさだけではなく“履き心地”や“通気性”といった機能面も重視しよう」と考えます。

企画にはすぐにゴーサインが出ました。

「普段レースに触れる機会のない男性からすると、『伸びにくくて履きにくそう』『破れやすそう』というイメージがあるレース素材。それなのに快適に過ごせる下着は、驚きと感動をもたらすはずだ」 と、チーム内で意見が一致したのです。

しかし、開発時に壁が立ちはだかります。繊細な女性用レースを、そのまま男性用には使用できないと分かったからです。

「男性は力が強く、パンツを引き上げる時に、ウエストテープを持って上にガッと引っ張り上げる人も多いんですね。また、メンズならではの骨格や体型を考えると、従来のレースよりも強度とストレッチ性が必要でした。

それらを実現するためには、メンズ専用のオリジナルレースを一からつくる必要があったんです。まずは、糸の選定からし直しましたね」

初の試作品は失敗

初の試作品は、成功とは言いがたい仕上がりでした。強度を意識したため、手触りが硬くストレッチ性が足りない、快適な着用感を得にくい設計となってしまったのです。三井さんやほかの男性社員が試着し、そう実感しました。

そこで再び糸を選び直し、風合いを調整。メンズインナーに適した設計に落とし込んだと言います。

約1年以上の検討期間を経て完成したのが、強度が女性用レースの1.3倍、ストレッチ性2倍のメンズオリジナルレースです。

第一弾は、定番色のブラックとネイビーに加え、レッド、ブラウンベージュ、サックスブルーの5色のレースボクサーを制作。「オンオフ問わず身につけられるよう、ワコールメンの別商品でも男性に人気のあったカラーを揃えた」そうです。

第一弾の価格は税込3,960円

「完成品を試着して、その履きごこちに感動しましたね。『伸びにくそう』、『すぐに破れそう』といったイメージが、最適なバランスの強度とストレッチ性によって覆されていて、お客さまにも必ず評価されるはずだ、と思いました。

一方でこれまでにないチャレンジのため、『本当に売れるのだろうか?』という不安はありました。そのためまずは、テストマーケティングとして応援購入サイト『Makuake』に出品することにしたんです」

2021年10月、Makuakeでの販売を開始すると、わずか30分で、目標金額の30万円を達成します。目標金額は、「100人のサポーターの方に応援購入いただければ大成功」という想いのもと、現実的な目標値として設定したものでした。

「大切にしたのは、『素材・設計・デザイン、すべてにおいてこだわって制作した真剣な商品なのだ』ということをプロジェクトページでいかに伝えるか。そのために、なぜレースを選んだのか、レースをメンズ下着に使うにあたってどういうこだわりを詰めたか、を丁寧に記載しました」

応援購入をした人からは、「面白いと感じて購入した」「こんな商品を待ち望んでいた」との声が届き、4日目には応援額が、目標の5倍以上である160万円を突破しました。

いったい、どのような人たちが愛用しているのでしょうか。

「おしゃれにこだわりのある美意識の高い男性が多いのでは?と思われるかもしれませんが、決してそうではありません。ポップアップストアや予約会で私も店頭に立つことがありましたが、ジーパンにTシャツ姿の男性が『今日もレースボクサー履いてるよ〜』とおっしゃってくださるんですよ。まずは一言目に『綺麗だからいいなと思った』。次に、『テレビやネットニュースで見て知りました』と言っていただけましたね。

「意外だったのは、『通気性がいい』、と評価してくださる方が想像以上にたくさんいたことです。新鮮で華やかなレースに注目が集まりがちですが、『ムレにくくて、履いていないみたい』と、私たちが目指していた“美しさ”と“快適さ”の両方を実感し、リピートしてくださる方がいるのには驚きました」

2021年12月に正式に発売すると、3カ月分の販売目標をわずか10日で達成。その後もテレビ放映などを機に認知度が上がり、2023年春夏シーズンのレースボクサーの売上は、前年同期比の160%以上にもなりました。

男性用下着には、“本人ではなく女性が贈りものとして購入するケースもある”という特徴があります。しかし、女性ユーザーの比率が高いワコールのオンラインストア上でも、男性本人による購入が約6割に及びました。

「試してみたい」「こういうのを待っていた」

2022年9月に開発を始めたのが、レースブリーフです。

三井さんによると、レースボクサー開発時にブリーフ案はすでに出ていました。当時は商品化に至らなかったものの、レースボクサーの反響を受け、あらためて開発に挑むことにしたのです。

「ブリーフはボクサーに比べて使用者は少ないのですが、フロント部分をしっかり固定しつつ、鼠蹊(そけい)部に生地がたまらないので快適、かつ足を動かしやすい、というメリットがあります」

そもそもなぜ、男性の下着はボクサータイプが好まれるようになったのでしょうか?

歴史を遡ると、諸説はありますが、日本では1945年まで「ふんどし」が主流でした。終戦後に欧米の文化が浸透すると、ブリーフが流行。その後トランクスが普及しますが、トランクスは解放感があるものの、左右どちらかに男性器が寄ることで不快さを感じやすいデメリットもありました。そうして、ブリーフとトランクスの良さを併せもつボクサータイプが広まったと言われています。

ワコールメンでは、2013年に「ふんどしNEXT」という、日本古来の下着“ふんどし”を現代風にアレンジしたブリーフも発売している

「もともとブリーフタイプにも一定の需要があるので、ボクサーがブリーフに置き換わったとしても支持してくれる層はいる、という仮説と、あの着用感の良さを今一度提唱して、我々がブリーフの市場に新たな風を吹かせたい、という思いがあります」

2023年9月にワコールメンからレースブリーフを発売すると、発売1カ月でシーズン計画の90%を達成するほどのヒットに。レースボクサーは新規顧客の比率が高かったのに対し、レースブリーフは既存客から支持されたと言います。

三井さんが熱を込めた商品がもう一つあります。2023年3月に発売した、メンズアンダーウェアブランド「ブロス バイ ワコールメン(以下、ブロス)」のレースボクサーです。ワコールメンが主に百貨店に売場を構えているのに対し、ブロスは量販店を中心に展開しています。

ワコールメンのレースボクサーとブリーフは、約4,000円。量販店の下着売り場を訪れた男性がパッと見て、「買おう」と思える価格ではありません。より多くの人に手に取ってもらうにはどうしたら良いのか、三井さんは考えました。

「ワコールメンのレースボクサーは、裾にレースらしさを残した『スカラ始末』になっています。ですがブロスは、ワコールメンとは異なるレース素材を使い、裾をストレートなカットにしました。また、デザインも男性に馴染みのある迷彩柄とペイズリー柄をつくりました。通常のボクサーパンツのようなカジュアルな見た目に仕上がり、より手に取っていただきやすくなったのです

「よく見るとレースだが、見た目は普通のパンツ」であることを意識した、税込2,970円のブロスのレースボクサー。Amazonで平均4.3の高評価を得ている

自分で“選ぶ”と、少し幸せに

こうしてレースボクサー・ブリーフを開発した三井さんがワコールに入社したのは、2014年のことです。

就職活動の最中、ある合同企業説明会でワコールのブースを訪れた三井さん。ブースにいた男性社員に、「どうして自分が身につけないものをつくっている会社に入ったんですか?」と聞くと、

「何をやっているかは関係ない。どういう人たちと、どう社会に貢献していくかが大事で、目標に向かって一丸となってやれる人たちと一緒にはたらいている今が幸せ」

と答えたそうです。三井さんは「すごい、かっこいい」と感銘を受け、2014年にワコールに入社。最初の5年間は女性用肌着のセールスを担当した後、6年目から、現在所属しているメンズインナーの商品部へ異動しました。

ワコールで10年間、さまざまな下着、そしてお客さまと触れ合ってきた三井さん。なぜ今、こんなにも男性用レース下着を広めることに注力するのでしょうか。

「メンズ下着の市場はこれまで、ずっと綿や化繊のボクサーパンツが主流でした。似たようなデザインで、素材の選択肢があまりなかったんですよね。それが今回、『下着を自分で“選ぶ”というだけで心が高鳴る、気持ちに余裕が生まれる』『仕事が終わって服を脱いだ時、レースボクサー(ブリーフ)が見えるとやり切った感がある』という声を、20代や30代の男性の方々からいただいているんです。

自分で選んだものを履いて、今日も頑張ろう。この下着がそうやって誰かの気持ちをモチベートできるアイテムになれているのがうれしいですし、そうした人が1人でも2人でも増えるといいな、と思っています」

そのために、「男性用レース下着をより一般的な商品にすることにこだわりたい」と三井さんは話します。

「やはりまだ、これはちょっと……と購入をためらう方もいるかもしれません。でも、普段使いできるパンツなので大丈夫ですよ、手に取ってみてください、という想いが伝わるように、これからも発信に力を入れたいですね。美しい下着を身につけて気分を高めることに、ジェンダーは関係ない。こうした価値観を広めていきたいです」

(文:原 由希奈 画像提供:株式会社ワコール)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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