証言をもとに容疑者を描く「似顔絵捜査官」とは。元捜査官が語る仕事のリアル。

2024年4月17日

目撃者の証言をもとに容疑者の似顔絵を作成し、犯人逮捕を目指す「似顔絵捜査官」。ニュース映像やテレビドラマを通じて「犯人の似顔絵」を目にすることはあるものの、それを描く似顔絵捜査官の仕事や実際の似顔絵がどのように作られているかは、ほとんどと言ってよいほど知られていません。

今回は、広島県警に23年勤務し、かつて「似顔絵捜査官」を担当していたプロの似顔絵師・犬塚徹也さんに、謎に包まれた仕事の裏側について伺いました。

警察官1年目で、「今日からやってよ」と似顔絵担当に

──犬塚さんはもともと、広島県警に勤務されていたんですよね。どのような経緯で「似顔絵捜査官」に任命されたのですか?

警察官として交番勤務を始めたばかりのころ、新人の仕事の一環で、各交番が発行する「ミニ広報誌」という地域向けの広報誌をつくっていました。私は絵が好きなのでそこに挿絵をたくさん描いていたんですが、それを見た鑑識係の先輩から「俺の代わりに似顔絵を描いてれないか」と言われまして。

それまではずっとその先輩が似顔絵捜査官を担当していたんですが、「俺よりお前のほうが絵がうまいから、ぜひ今日から頼みたい」と。なので、交番勤務の警察官1年目でいきなり似顔絵捜査官を担当することになりました。

──そんなに急なのですか!特に任命式のようなものがあるわけではないんですね。

なかったですね。似顔絵の担当者は各警察署に一人必要なのですが、警察官って、拳銃の扱いがうまい人はたくさんいるけれど、絵のうまい人はそんなにいないんですよ。だから、少しでも絵のうまい警察官がいるとすぐに見つかって、「今日からお願い」となるわけです。

実は私は、学生時代に漫画家を目指していたくらい絵は得意だったのですが、まさか自分が似顔絵担当に指名されるなんて想像もしていなかったので、最初はかなり戸惑いました。

しかも、前任の先輩は絵がそこまで得意な人ではなかったので、描き方も特に教えてもらえなかったんです。そんなわけで、ほとんどぶっつけ本番の状態で、任命直後、最初の事案を担当することになってしまいまして……。

警察官時代の犬塚さん。広島県警に23年間勤務し、300件以上の犯人の似顔絵を作成した。

──初めて担当されたのは、どのような事件だったのでしょう?

ある雨の晩、女性が痴漢に遭ったという通報が入ったんです。偶然にも私の勤務している交番の管内で起きた事件でしたし、被害者は犯人の顔をはっきりと見ていたので、私が似顔絵を描くことになりました。初めてながらもとにかく必死に描きまして、出来上がった似顔絵のコピーを交番に貼っておいたんです。

すると次の勤務の日、近所の中華料理屋に出前を頼んだところ、その店のおじさんが交番にやってくるなり、私の描いた似顔絵を見て「こいつ、見たことあるな」と言ったんです。ちょうど痴漢の通報があった日にその人物を見かけたらしく「雨の日だったから髪が濡れていたんだよ、こいつで間違いない」と言います。

しかもよくよく聞けば、その人物の家に出前を運んだこともあると。それであっという間に住所が特定できて、犯人が捕まったんです。

──すごい。そんなにスムーズに捕まることもあるのですね。

似顔絵が引き金になって犯人が捕まること自体はときどきあるのですが、そこまで完璧にいくケースは非常に稀です。私の場合は、似顔絵捜査官として担当した第一号の事件がそれでしたから……。その事件以来、心に火が着いて、すっかり似顔絵にのめり込んでしまったんです(笑)。

似顔絵捜査の精鋭が集う「似顔絵競技会」での優勝を目指して

──いまお話しいただいたのは痴漢のケースでしたが、そもそも似顔絵捜査官は、どのような事件で活躍するのでしょうか?

一言でいえば、被害者が犯人の顔を見ている事件ですね。痴漢や強盗、万引きなど、似顔絵が描けそうな事件があれば似顔絵捜査官が呼ばれ、絵を描くことになります。出来上がった似顔絵は主に捜査員に配布され、近隣への聞き込みなどの際に使われます。

ただ、中には、被害者が犯人の顔をほとんど覚えていないケースもある。そういった事件で無理に似顔絵を描くと、かえって間違った先入観を与えてしまう可能性もあるので、まずは「犯人と思わしき人物がここに5人並んでいたとしたら、どの人物が犯人かわかりますか?」と被害者に聞くんです。

「わかります」と言ってもらえた場合はすぐに似顔絵を描きますし、「うーん……」と迷われた場合は、似顔絵を描かないこともあります。

──なるほど。似顔絵捜査官の仕事は専任なのでしょうか?

いえ、基本的に他の仕事と兼務です。私の場合は3年間の交番勤務のあとにほかの警察署に異動になりまして、刑事課の鑑識係をしながら似顔絵担当をしていました。

──鑑識の仕事と似顔絵捜査の仕事を兼務するのは、かなり大変だったのでは?

事件があると夜中に呼び出されたりもしますから、大変だと感じる人は多いでしょうね。でも私は、新米の警察官として誰にも負けない唯一の武器を身につけたという思いがあったので、まったく苦ではなかったです。

当時の広島県警に、警察官向けの似顔絵の講習会があるといつも講師を務める大先輩がいたのですが、似顔絵に関しては「絶対負けん」と思っていましたから。

それから警察では年に一度、似顔絵競技会というものが開かれます。県内の各警察署から似顔絵捜査官が集められ、架空の事件に関する証言者の説明をもとに犯人の似顔絵を作成し、その中で誰が一番犯人に似ている似顔絵を描けたかを競うものです。

はじめはその競技会で優勝することを目標にしていましたね。ベテランの捜査官が多いのでなかなか難しいのですが、3回目の出場でなんとか優勝しました。

──わずか3年で優勝とは! 先輩には特に教えてもらえなかったとのことでしたが、似顔絵の描き方はどのように勉強されたのでしょうか?

写真を見ながら似顔絵を描く練習もしましたが、やはり現場で経験を積んで学んだ部分が大きかったですね。

鑑識係にいると事件の報告がたくさん上がってくるのですが、通常は似顔絵捜査が実施されないような小規模な事件……、たとえば駄菓子屋の万引きなどでも、私は積極的に引き受けて似顔絵を描いていました。許可をもらい、被害者に直接会いに行って証言を聞いたこともありましたね。

私の鑑識係としての勤務は2年間で、そこからまた異動になってしまったのですが、鑑識にいたあいだに計300枚ぐらいは似顔絵を描いたと思います。

似顔絵が唯一、「ニコニコ顔」に仕上がった犯人とは

──似顔絵捜査官は実際に、証言者とどのようにコミュニケーションをとりながら絵を完成させていくのでしょうか?

捜査官の多くは、描き上がった目や鼻などの顔のパーツを証言者に少しずつ見せながら調整していくのではないかと思います。けれど、その方法だとパーツが増えるたびに最初のイメージからずれていってしまい、一度描いたパーツを最後に再修正することになるケースも多いんです。

時間がかかればかかるほど、証言者が犯人を目撃したときのイメージは薄くなっていくので、私はできるだけ、30分以内で描き上げることを目標にしていました。

まずは証言者の話を頼りにひと通り顔を描き上げたあとで、できあがった絵を証言者に見せ、それを土台にして徐々に調整を加えていく、というのが私のやり方でしたね。

──絵の技術はもちろんだと思いますが、ほかにどのようなスキルが必要なのでしょうか?

「聞く技術」も重要です。たとえば、証言者に対して「犯人の目はどうでしたか?」と闇雲に聞いても、ほとんどの人が「ふつうの目です」と答えてしまう。まずは私のほうで目を描いてみて、「この目と比べてどうですか?」と聞いたほうが効果的なんですよね。

それから、犯罪に遭って怖い思いをした人は、犯人の顔の印象を聞かれるとたいてい「怖い顔をしていました」と言います。実際に犯人が捕まってみるとそうでもない、ということも多いのですが、やはり事件当時のイメージが強く印象に残るんでしょうね。被害者から証言を聞く際には、そういった難しさもあります。

──たしかに、事件に遭った人は「怖い顔」の犯人しか見ていないですもんね。

そうですね。ただ、過去に1件だけ、証言を聞きながら似顔絵を描いたところ、ものすごくニコニコした絵に仕上がったことがあるんです。その犯人は、詐欺をはたらいた人物でした。詐欺師というのはニコニコしながら被害者に近付いてきますから、恐ろしいことに、完成した似顔絵もニコニコと人が良さそうに見えたんですよね。

「犯人の履いていた靴の裏の模様」まで覚えている証言者

──犬塚さんがこれまでに似顔絵捜査を担当されてきた中で、特に印象に残っている事件はありますか?

一つ、ちょっと変わった事案がありましたね。深夜に呼び出しがかかって職場に向かったら、高校生の女の子が夜道で車に乗せられ、拉致されそうになった事件があったというんです。

早速その女の子に証言を聞きながら似顔絵を描き始めたんですが、その子の説明がなんだか、あまりにもスムーズで。すらすらと犯人の顔の特徴を言う。わずか15分ほどで似顔絵が描き上がったのですが、「そっくりです」とその子が言うので、これはちょっとおかしいなと思いまして。

「犯人の履いていた靴の裏の模様を覚えていますか」と試しに聞いてみたら、それすらもすらすらと答えてくる。ふつうはそんなこと、絶対に分かりませんよね。

そこで事情聴取をする刑事に「ちょっとおかしい気がします」と報告したのですが……、蓋を開けてみたら、なんとその事件自体、まったくの嘘だったんです。

その子は門限を破って遅く帰宅してしまったので、親を信用させるために軽い気持ちで嘘をついてしまったと。けれどその話を聞いたお父さんが迷わず110番したので、引くに引けなくなってしまったそうなんです。

──親御さんに怒られないためについた嘘が、思わぬ大事になってしまったと。

しかも、実はこの話には続きがあるんですよ。後日、女の子のお父さんが警察署まで謝りに来られたんですが、そのお父さんの顔が、私の描いた似顔絵にそっくりだったんです(笑)。

私はそこでようやく、「そうか、あの子は思わずお父さんの顔を想像しながら説明していたんだな」と気付きました。お父さんに「あなた、犯人にされていましたよ」とお伝えしたら、重ね重ね申し訳ないと頭を下げられていましたけどね。そんな嘘のような本当のできごとが、一度だけありました。

──まるでドラマのようなエピソードですね……。犬塚さんは23年勤めた警察を退職され、2005年よりプロの似顔絵師として活躍されています。警察署の似顔絵講習会や一般の方向けの似顔絵教室などを通じ、さまざまな人に似顔絵の技術を教えられてもいるそうですね。

はい。コロナ禍以降、警察署での似顔絵の講習会は機会がなくなってしまったのですが、似顔絵捜査官にとつぜん任命されて苦労している警察官がたくさんいるのも知っているので、ぜひいろいろと教えたいんです。私ももう還暦ですから、体が動くうちに似顔絵の技術を伝えておきたくて。

──では今後も、似顔絵講習や似顔絵教室は続けていかれるのでしょうか?

そのつもりです。現在は全国の似顔絵イベントで来場者の似顔絵を描いたり、メディア出演を通して有名人の似顔絵を描いたり、似顔絵の文化を広げる活動を続けています。

警察官に限らず、似顔絵の効果的な上達法を多くの人に伝えていきたい気持ちもあるので、いずれは本も出したいなと思っています。なにしろ、元似顔絵捜査官で、その後プロの似顔絵師に転向して何万人もの似顔絵を描いてきた人というのは、日本で間違いなく私だけですから(笑)。

(文:生湯葉シホ)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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