「企業の社長や政治家に、体温を乗せる仕事」人の心をスピーチから動かす、スピーチライターとは?

2021年12月14日

選挙の街頭演説や年始の社長あいさつ、結婚式のスピーチ……。これらの「スピーチ原稿を書く」ことを仕事にする、「スピーチライター」という職業があります。

「『ライター』と名乗ってはいますが、原稿を書くだけの仕事ではないんですよ」と話すのは、スピーチライターの蔭山洋介さん。クライアントは一部上場企業経営者や政治家、個人と幅広く、これまでに数えきれないほどのスピーチを手掛けてきました。スピーチライターの仕事ってどんなもの? もしかして、私たちの生活にも活かせる“スピーチのコツ”があるのかも……? そんな疑問を蔭山さんにぶつけてみました。

原稿を書くだけじゃない、スピーチライターの仕事

――スピーチライターとは、どういったお仕事なのでしょうか?

簡単に言ってしまうと「スピーチの原稿を書く仕事」となりますが、実際にはもっと広い範囲の業務を担当しています。

たとえば、大きな企業の社長さんが社員の前でスピーチをする場合、その式典・場所・時間だけ決まっていて、肝心のスピーチの内容は白紙という状態で依頼をいただくことがあります。

その際、まず考えなければいけないのが「そこで何を話すべきか」ということ。新年なら今年会社がどこを目指して進んでいくのか、入社式なら新入社員にどんなことを期待しているのか、といったことを一から考えています。

何を話すかが決まったら、次は原稿執筆です。これは皆さんが想像しやすいライターの姿ですね。実際に社長にヒアリングを行い、原稿を執筆していきます。

最後は、演出面のサポート。映写資料を使うならその作成や、最近では、スピーチの途中に参考動画を放映したいと依頼されるケースも増えてきました。このほか、衣装選びまで引き受けることもあります。ノーネクタイでいいのか、カチッとキメるべきなのかなど、考えることが盛りだくさんなんです。

――スピーチ“ライター”といえど、原稿を書く以外の仕事も多いのですね。

スピーチの分野に特化した仕事って、日本にはほとんどありません。どのようにまとめたらフォーマルになるのか、どう演出したらカジュアルになるのかというようなノウハウを持っている人は、実は稀なんです。

ですので、これまで企業の担当者は、慣例に倣って同じことをやってきているだけでした。「今までこの方法しかやったことない」という状態だったので、突然社長さんが「演出を変えたい」って言われても、どう変えたらいいのかわからなかったんです。

僕は、打ち合せで「スピーチの方向性をこうやってみたいんだよね」と社長さんや政治家が言うものなら、原稿だけでなく、演出やファッションなんかも変えていきます。必要とあればデザイナーや動画エディターなど、さまざまなクリエイターと連携しながら、なんとかいい方向にもっていこうと奮闘しています。

――かなり多岐に渡った業務をされているのですね。スピーチライターという職業に、特に忙しい時期などはあるのでしょうか?

選挙シーズンなどは大変ですね。先日あった衆議院議員選挙(2021年10月19日公示、10月31日開票)では、解散(10月14日)から投票までが非常に短かったですよね。そうした場合、その分僕たち準備する側にしわ寄せがきます。その選挙で「何を伝えたら、人の心は動くのか」を限られた時間でくみ取り、速く、確実な原稿を書かなければいけません。

選挙シーズンや年末年始など、期間によって仕事量は変わってきますが、コンスタントに月20本程度のお仕事をこなしています。

目の前の人を助けたいと思っていたら、スピーチライターになっていた

――そもそも、なぜ蔭山さんはスピーチライターになろうと思ったのでしょうか?

実は僕、スピーチライターになりたくてなったわけじゃないんですよ。もともと演劇をずっとやっていて、三島由紀夫の演出で知られる演出家の荒川哲夫先生や、そのほか著名な先生方から演劇の基礎を学んでいたんです。

その後アメリカのイリノイ大学にわたって演劇の勉強もしたんですけど……、演劇では、なかなか食べていけないんですよね。演劇の道を志す一方で、実際は「ここからどうしていけばいいのか」ということをずっと考えていました。

そこで自分の強みってなんだろうと考えたときに、僕は演劇を通じて、常に“伝える”という行為をしてきたことに気付きました。演劇の声の出し方や表現の仕方を応用することで、企業で話し方の先生ができるかもしれないんじゃないかと。

実際にこれをビジネスプランに落とし込んで、学生ベンチャーのコンペに出したら、グランプリを受賞できたんです。それで「これはもう大丈夫だ!」と思い、いろんな企業に話を持っていったんですが……、結局「話し方を習いたいと」いう人はあまりいなくて。グランプリを取ったからといって、起業したら食っていけるわけじゃないという社会の厳しさを痛感しました。

ただ、そのあと、たくさんの企業の方々にお話を聞きながら“伝える”ことに関するニーズを探っていくと、どうも、話し方よりも「原稿作成」のほうに悩みがありそうだったんです。

そこで、企業経営者向けにスピーチのライティングなどを教えることを始めたら、やっとうまくいって。経営者なり、政治家なり、目の前の方をどうやって支えようかと行動していたら、スピーチライターという職業に行きついたというわけなんです。

いつもの商談をぐっと成功に近づける、スピーチのコツ

――スピーチライターのお仕事内容を聞いていると、ビジネスパーソンの業務でも活かせそうなスピーチの秘訣もありそうな気がしてなりません。たとえば、お客さまとの商談の時に使えるコツなんてありますか?

もちろんありますよ!僕なら、商談の際に必ず原稿を作りますね。

原稿を作って読み上げるなら誰でもできますけど、問題はその原稿の中身。「お客さまのニーズをくみ取って原稿を作る」ことが大切なんです。

たとえば「うちの商材ってこんなにいいんですよ!競合と比較しても勝ってます!」みたいな商談をされたとき、その商材を買おうって思いますか? おそらく話を持ちかけられた方は「いいのはわかったけど、今それって自分が欲しいものじゃないし……」と、そもそもその商談に対してうんざりされることも多いのではないでしょうか。これがニーズをくみ取れていないということです。

お客さまが聞きたくなる話って、お客さま自身の役に立つ話なんです。自分の役に立とうと思っている人の言葉は、みんな聞くんですよ。逆に、売り上げしか考えていない人の言葉は、少し聞いただけで分かるし、なかなか響かないですよね。

商談の場では、一方的に自分のできることをしゃべるのだというマインドでいる人が、まだまだ多い気がします。そのマインドは、もう人の役に立とうとしているとは言えないですよね。

――なるほど……。でも、具体的にはどうすればいいのでしょうか?「人の役に立つ話し方」なんてあるのでしょうか?

相手が関心のある話題を持ち出すことです。関心のある話題を見つけたいなら、「質問して、共感する」こと。そんなに難しく考えなくていいんです。「よろしくお願いします。なにかビジネス上でお困り事ってないですか?」と聞いてみる。「君たちは現場の苦しみなんかわからないでしょ」って思っていた相手が「おっ、話を聞いてくれるのか」と心を開き始める。

話を聞いたら「僕も似たような経験があって、その苦労わかるんですよ」と共感してみる。共感というステップを踏んだら、「この人は自分のことをわかってくれてる」と相手が思ってくれて、本心を話してくれるようになるんです。

そんなときに「実は、うちの商材だったらその苦労を軽減できるんですよ」って切り出したら、相手は話を聞きたくなりますよね。そうやって話が進んでいくんです。 

ご自身の著書『気弱な人の失敗しない話し方』を振り返りながら話してくれた蔭山さん

質問して、共感して、そして期待されるというステップが重要なんです。一回期待してもらえれば、話は最後まで聞いてもらえます。期待されていない中で話すことはとても難しいですし、あまり意味がないんです。だから、相手の痛みを理解して、共感し、私はそれを解決してきたという経験を語ることが大切です。

商材についてのプレゼン資料を一生懸命作るんじゃなくて、その手前のほうがはるかに重要なんですよ。 

――耳が痛い話です……。目先のことに追われてしまい、手段と目的が逆になってしまっているビジネスパーソンも多いかもしれませんね。

転職活動の際の自己アピールも同じですよね。「私ができることは」とか、「今までこういうことをやってきました」とか、教科書通りのことを一生懸命話したところで、企業の面接官からみたらなかなか採用しづらいかもしれません。

そうではなくて、自分は企業のニーズに合わせた人材であることや、なぜその企業で私は長年にわたって活躍できるのかを話す必要があります。

採用する側も「御社に入社したら、こんなスキルを身につけます!」「身に着けるために行動してきたし、その行動によって御社にこんな貢献ができます!」と具体的なことを言っている人をほしいはずです。

船の行き先を変える“いいスピーチ“とは。スピーチのゴールは感動じゃない

――ここまで、蔭山さんご自身のことやお仕事のことを伺ってきましたが、蔭山さんの考える“いいスピーチ”とはどのようなものなのでしょうか。

僕らのゴールって、スピーチで人を感動させることではないんです。もちろん、ちょっとくらい感動してくれたらいいなとは思いますけど、感動をゴールにしたことはありません。重要なのはスピーチを聞いている人に正しいメッセージを伝えて、行動を変えていくにはどうしたらいいか、ということです。

社長の例でいうと、社長の仕事って企業全体の舵取りですよね。ビジネスという大海原で船が前に進んでいて、1度でも角度が変わったら行きつく先は全く違います。そのたった1度を変えるためには膨大なコストが必要で、それができるチャンスはなかなかありません。でも、社長にはスピーチする機会が多くある。そして、スピーチの内容で、時にはその1度を変えられるかもしれません。

スピーチライターの役割は、その1度を変えるために、企業の社長や政治家に、人間の“体温”を載せる仕事です。体温が載っかった瞬間、従業員はみんな腑に落ちる。そして、正しい目的と正しい伝え方をすれば、誰もがその体温を纏うことができるんです。僕はその体温が載っている状態がいいスピーチだと考えています。

これからもスピーチライターとして、社長や政治家のお話に“体温”を載せるお手伝いをしていければいいなと思っています。

(文:山口真央 編集:高山 諒(ヒャクマンボルト) 写真:Ban Yutaka)

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編集/ライター山口真央
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