「お金では買えない幸福感がある」会社員を辞めて“間借り”の中華料理店をオープンした夫婦の想い

2021年9月30日

のれんをくぐれば「いらっしゃい、よくきたね」と迎えてくれる、温かなお店。店主が腕を振るい、「ああ、美味しかったな」と店を出るとき、幸せな気持ちにさせてくれる飲食店……。そんなお店があなたの町に“来てくれる”としたら行ってみたいと思いませんか?

今回お話を聞いたのは、特定の場所に店舗を構えるのではなく、“間借り”の形態で経営をする町中華「澁谷飯店」。地域のコミュニティスペースに、決められた曜日・時間だけに出現する中華料理店として人気を集めています。

店主の澁谷 悠さんと、奥様のえりこさんは、まったく異業種から飲食店の経営に乗り出したんだそう。どうして店舗を持たずに飲食店を経営するのか、そこにいたるまでの経緯や苦難、今後目指すものについてじっくりと伺いました。

コロナ禍でつまずいたスタート。間借りだからこその悩みもあった

――「澁谷飯店」という名前でお二人が活動を始めたのは、いつのことでしょうか?

えりこ: 2020年の11月末ごろです。自分たちで飲食をやりたいと思い、澁谷飯店の準備を始めました。屋号は私達の名字「澁谷」から取って、澁谷飯店に。

そして2021年3月末に練馬にある「コンビニエンスストア髙橋」さんで間借り営業をスタートしました。

悠:ちなみに店名に“コンビニエンスストア”と入っていますが、基本的にはパン屋で、物販やワインなどが充実しているなんともコンビニエンスなお店なんです。

えりこ:「コンビニエンスストア髙橋」さんの店主とはもともと知り合いで、私たち夫婦がお店をやりたいねと話していたときに「うちで間貸しするからやってみない?」と呼んでもらいました。

それまでは飲食店って、店を持たないとできないと考えていたんですが、それはハードルが高い。間借りなら、自分たちのタイミングで店を出せると思ったんです。

悠:間借りをしてみると多くの人から「美味しい」と声をかけてもらえてとても嬉しかったのを覚えています。

その後も「コンビニエンスストア髙橋」さんでの営業を予定していたのですが、すぐ緊急事態宣言に。最大限の配慮をしつつ、緊急事態宣言の合間で間借りさせてもらったり、各地で行われるイベントで出店したり、お弁当を置かせてもらったりと活動しています。

──開業と緊急事態宣言のタイミングが重なってしまったのですね……。

えりこ:そうなんです。でも特に最近はテイクアウト需要があり、イベントや間借りの店舗でお弁当を販売すると、自分たちが思ったよりも、たくさん買っていただけることに気づいて。その需要を受けて、現在はお持ち帰りの餃子なども用意するようになりました。

もともとは音楽業界で出会った二人。ツラいときに通っていた居酒屋に救われた

――少し話が戻るのですが、お二人が「澁谷飯店」をはじめた経緯を教えていただけますか?

悠:僕は専門学校卒業後にレコーディングエンジニアになったのですが、深夜に及ぶレコーディングや細かな作業と、疲労は蓄積するばかりで……。

そんなときにふと足をとめた山形料理の居酒屋に、気さくに話しかけてくれる店員さんがいて、そのことが僕にとってなによりの救いだったんです。それから僕も「飲食で誰かに元気を与えられたらな」と考えるようになりました。

えりこ:夫とは専門学校が同じで、卒業後、リハーサルスタジオや、声優の事務所などではたらいていました。 ある日夫から「飲食がやりたい」と打ち明けられたときにはびっくりしましたが、それならサポートしなきゃなと思い、二人で飲食業界に飛び込みました。そして令和元年5月1日に結婚。いわゆる令和婚ってやつです(笑)。

──仕事でも、人生でも。二人は正式なパートナーになったわけですね。

悠:その後は飲食をはじめるにあたって二人で修行をしていきました。最初はカレー屋をやろうとしていたのでカレー屋でアルバイトをしていたのですが、中華の魅力に気づき、中華料理店に転職しました。

妻もイタリアンを経て別の中華料理店に。二人で別のノウハウを吸収していきました。

ちなみに今も僕たちはそれぞれ別の中華料理店ではたらいていて、その店が休日の際に「澁谷飯店」をやっているんですよ。

――安定した会社員の仕事を辞め、修行、澁谷飯店の立ち上げをしていく際、辛いと思ったことや希望に感じていたことはありましたか?

悠:会社員を辞めたのは26歳くらいでしたから、まだ新しいことにどんどん挑戦できるはず、という想いのほうが強かったです。もちろん会社員は安定しているし、生活面での不安はありましたが、新しいことを始める楽しみのほうが強くて。

えりこ:私が飲食業界に足を踏み入れたのは22歳くらいだったので、大学を出た友達がやっと新卒で社会人になる……くらいの時期だったんです。だから今仕事を辞めても全然大丈夫だと思って。

それよりも、修行中の飲食業界ならではの風潮に悩みました。女性は厨房に入ってはいけないとか、自分の意見を言ってはいけない風潮とか。とにかく夫とお店を出せるようになって、この状況から抜け出したいという気持ちがありましたし、それがモチベーションになっていましたね。

──二人でお店を開業するという目標があるからこそ、がんばれる。

悠:会社っていう後ろ盾がなくなる緊張感が逆に楽しかったりするんです。自分たちだけでやっていく覚悟を持てたこともそうですが、今は独立してよかった、夫婦で理想とする料理を出せるようになれたという達成感がありますね。

えりこ:会社員の場合、社員が頑張ることによって会社の評価が上がったり、会社のお客さんが喜んでくれたりすることはあります。でも、今は会社じゃなくて、私たち夫婦にお客さんがついてきてくれるのがうれしいです。

「人生で一番おいしい」と言われたうれしさ。間借りだからこそ「一番おいしい」を

「澁谷飯店」一番人気の角煮定食(税込1300円)

――間借りだと常連になってもらいにくかったりしませんか?

えりこ:通常のお店ってその土地に店を構えるので、どうしても近所の方が多くなるじゃないですか。

間借りはいろいろなところで出店しているので、単純に存在を知ってもらえる機会が多くなりますし、ある場所で気に入ってくれたお客さんが移動先にも顔を出してくれたりと、リピーターさんもとても多いですね。

リピーターさんがまた別のお客さんを連れてきてくれることもありますよ。そうやって紹介してもらえるお店になりつつあります。

悠:だからこそ、1回1回が真剣勝負だと思ってやっていますね。

私たちはイベントなどで呼んでいただき、そこで店を開くということが圧倒的に多いので、そんな場所でたいしておいしくない料理を出したら、呼んでくださった人の顔に泥を塗ることになってしまいますし、「こんな人たちを呼ぶなんて、あの人も見る目ないね」なんて言われかねませんよね。

だからこそ、絶対自分たちが胸をはって「おいしいですよ」と言えるものしか出しません。

将来的には独立も。今はそこでしかない出会いを大切にしたい

――特定の場所にお店を構えていないのであれば、お客さんとつながるためのwebサイトは大切ですよね。

えりこ:Webサイトなどは持っておらず、集客といえばInstagramだけですね。TwitterなどほかのSNSツールも考えたのですが、文字情報は飲食業にあまり合わないので、視覚に訴えるインスタに力を入れようと思いました。私たちは間借りなので、お店自体の雰囲気にファンをつけたい。

インスタはそれができる最適なツールで、お店の雰囲気を体現できるようなかわいいデザインを心がけています。デザインはほぼ独学なのですが、前職の声優事務所ではたらいていたときにフライヤー作成などを手掛けていて、その経験が活きました。

えりこ:出店のお声がけをいただく際も、インスタから問い合わせをいただくことが多いですね。お店の顔になるのがインスタなので、忙しい合間でもデザインを工夫したり、投稿頻度を多くしたりして運用を頑張っています。

――今、「澁谷飯店」をやっていて幸せですか?

悠:これまでの人生で、今が一番幸せですね。ぶっちぎりの1位です。ここだけの話、収入は会社員時代と比べて減りました。でも、今やっていることにはお金で買えない幸福感があります。

えりこ:以前は「休みの日に着る服が欲しい」「あそこに行きたい」と、自分たちの休みをいかに充実させるかのためにお金を使っていました。今は「はたらいているときに動きやすい靴が欲しい」とか、自分たちの仕事を充実させることがお金の使い道のメインです。

仕事が楽しすぎて、遊びにお金を使う暇がないんですよ。

――今後の展望や、将来の夢などがあれば教えてください。

悠:いつかは自分のお店を構えてみたいですね。

間借りの形態は今の私たちのはたらき方にあっているので、今後も続けていきたいと思いますが、5年後10年後、自分にあった町があれば一つの町に根付くのもいいなと感じています。

間借りはいろいろなところで出店して、その町の雰囲気が味わえるので、「この町もいいね、あの町もいいね」と二人で話しているところです。

えりこ:私もいつかお店を作ることは目標にしつつ、まだまだ間借りの形態でいろんなところに行ってみたいです。一つひとつの場所で来てくれたお客さんとの出会いを大切にしたいですね。

そしてゆくゆくは仕事に疲れたサラリーマンや家族連れ、若い子までが「やってる?」とのれんをくぐってくれるような、そんな町のあたたかな中華料理店になりたいです。 

(文:山口真央 編集:高山諒(ヒャクマンボルト) 写真:Ban Yutaka)

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編集/ライター山口真央
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