176種の“初代絵文字”はどう生まれたか 「iモード」開発者の原点とは

2022年4月13日

ネット上での会話やSNSにおいて、私たちは絵文字からさまざまな感情を読み取り、また絵文字によって自らの思いを表現しています。いまやコミュニケーションツールとして必要不可欠になった絵文字の生みの親と呼ばれているのが、株式会社NTTドコモにて「iモード」開発チームに所属し、現在は株式会社ドワンゴ専務取締役COO兼ニコニコの代表を務める栗田穣崇さんです。

「iモード」は1999年にNTTドコモが開発した、世界初の携帯電話向けインターネットサービスのこと。NTTドコモから発売された対応機種では、ネット接続、メール、オンラインゲームなど、さまざまな独自コンテンツを利用することができました。今や世界中で親しまれている絵文字は、「iモードメール」内の独自機能として誕生したのです。

では、絵文字の元祖である「iモード」内の絵文字の開発はどのようにして行われたのでしょうか? 当時を振り返りながら、開発の裏側、絵文字文化の変化について栗田さんに伺いました。

絵文字が生まれたきっかけはポケベルの「ハートマーク(💖)」

──1999年、NTTドコモのサービス「iモード」に絵文字が初めて搭載されました。栗田さんが「iモード」の開発に携わったきっかけについて教えてください。

僕がNTTに入社した1995年当時は、携帯電話の機能は通話のみでした。iモードは、そんな携帯電話のあり方を変えるため、音声だけではなくデータを使ったコミュニケーションをつくろうと立ち上がったプロジェクトです。

僕はプロジェクトがスタートする以前にPCを使い始め、インターネット通信やWebブラウジングの魅力を体感していました。そんな中でプロジェクトのことを知り、携帯電話でもネットやメールができるようになったらすごいことになるぞと、すごくわくわくしたんです。それで、プロジェクトメンバーに入れてほしいと自ら手を挙げました。

──開発チームに異動してからは、どのようなお仕事をされていましたか?

まずは「iモード」がどのようなサービスで、どのようにユーザーの皆さんに届けるものなのかを考えることから始まりました。プロジェクト入りした時点ではそれらの「iモード」の定義も、コンテンツラインナップもほとんど決まっていなかったんです。そこでユーザー調査やグループインタビューを行い、何が求められているのかを整理していきました。

その後はコンテンツプロバイダーさんと協力しながら、天気予報や株価のような「情報」、ゲームや占いなどの「エンタメ」のように、ジャンルを細分化させてコンテンツ開発に当たりました。一度クオリティの低いサービスを出してしまうとユーザーは印象が悪くなってしまうので、クオリティチェックは厳しくしていましたね。

コンテンツの開発と並行してプロモーションにも携わったので、新しいサービスを世に送り出すにあたっての仕事は一通り経験させてもらえたと思います。 PCすら一般に普及していない時代だったので、どんなものを作りたいのかというイメージがなかなか伝わらず、パートナー企業、関係者への説明や交渉には骨が折れましたね。プロジェクトの開始当初は7人のメンバーで担当していて、企画業務に関してはリリースまで数人のメンバーで担当していたため、かなり大変でした。振り返ると、人生で一番はたらいていた時期でしたね。

──絵文字の生みの親として知られる栗田さんですが、なぜ絵文字をiモードに搭載しようと思ったのでしょうか?

栗田:当時の携帯電話はテキストの中で「絵」を表示する機能がなかったので、絵文字を搭載することで競合にはない独自のサービスになるし、コンテンツ体験のリッチ度も増すはずだと考えたんです。

そのきっかけがポケベルでした。ポケベルにはハートマークを送る機能があったんです。20代前半だった僕は、当時の彼女とのメッセージのやりとりにおいて、ハートマークの有り無しで文章のニュアンスがかなり異なってくることを体感していたんですよ。

文章だけのやりとりだと硬い感じに受け取られてしまったり、場合によっては「この人、怒っているのかな?」と思われてしまったりしますよね。iモードでメール通信が始まっても、文字だけのやりとりならきっと同じようなことが起きる。

でも、ハートだけでなく感情や細かなニュアンスを伝えられる絵文字さえあれば、文字だけのやりとりよりも表現の幅が広がり、コミュニケーションが円滑になるだろうと想像したんです。

開発期間は1ヶ月。176種の「初代絵文字」が生まれるまで

──初期は176種類の絵文字が用意されていましたが、すべて栗田さんが考えたものなんですか?

当初は携帯電話メーカーに直接、絵文字の開発を依頼する予定だったのですが、スケジュールが厳しくて断られてしまったんです。残された猶予は1ヵ月のみになり、結局は種類からデザインまですべて考えることになりました。

──176種の絵文字を一ヶ月で……。アイデアを考えるのが大変そうです。

いや、アイデアを出すこと自体はそこまで大変ではありませんでしたね。絵文字の種類は、「太陽」のように天気予報等のコンテンツで使うもの、「無料」や「iモード」などサービスで使うもの、メールで感情を表現するものとジャンルごとにリストアップしていったのですが、そうすると比較的すぐに思い浮かんでいったんですよ。逆に、絞っていく作業の方が難しかったですね。

左から「太陽」「無料」「iモード」マーク

──何を基準に選んでいったのでしょうか?

絵文字はあくまで文字だというポリシーで開発していたので、受け手側が見た時に「意図が伝わること」が重要だったんです。また、当時は扱えるドット数も少なく、今みたいに自由に絵文字をつくれたわけじゃないんですよ。荒いドットの表現でも伝わるシンプルなもの。それでいて、僕やユーザーが本当に使いたいと思えるものを選んでいきました。

サービスリリース時には176種の絵文字が搭載された。(提供:NTTドコモ)

──ユーザーが求める絵文字をどのように探っていったのでしょうか?

ターゲットの若年層へユーザーインタビューをしていましたね。ただ、サービス開始前で絵文字を使ったことがある人はいなかったため、「こんな絵文字が欲しい」というように具体的な要望を集めるものではありませんでした。どちらかというと、「こういうものがメールで送れる機能があったら使いますか?」というように、絵文字そのものを受け入れてくれるかどうかの調査でしたね。

──第一弾は176種の絵文字でしたが、だんだんとバリエーションが増えていきましたよね。

動物や表情が想像以上にユーザーから好評だったので、そのバリエーションは増やしていくことになりました。最初のアイデアで採用されなかったものも、バージョンが変わるタイミングで復活することもありました。

──ちなみに、栗田さんのお気に入りの絵文字は?

「キラキラ」でしょうか。ワクワクや高揚感を、これひとつでいろんな感情を表現できるし、嫌味がない。現代に至るまで使われ続けているので、つくってよかったと思える絵文字のひとつです。

「キラキラ」マーク

日々変化する絵文字文化。行きつく先は「効果音」?

──栗田さんの想定とは異なる使い方をされた絵文字はありましたか?

地下鉄という意味で「メトロ」の絵文字をつくったんですが、若い人たちはこれを「マクドナルド」のMとして使っていたみたいなんです。ほかにも、「映画」は映写機を表現しているのですが、四角の上に2つあるリールの部分が目に見えたらしく、フグだと勘違いされてしまいました(笑)。

左から「メトロ」「映画」マーク

──絵文字の形状がシンプルな形状だったため、勘違いが生まれたのかもしれませんね。

そういった部分も含めて、想像を超えて広がっていったことは面白かったですね。

現在はFacebookやTwitterのようなSNSが「いいね」という、絵文字でその人の投稿に反応する機能を搭載しているじゃないですか。最近ではSlackのようなビジネスツール上にも絵文字が搭載されて、「メッセージを読みました」「確認します」というやりとりも絵文字で行われるようになりました。

当時は仕事上のやり取りで絵文字が使われることになるなんて思いもしませんでしたが、コミュニケーションの負担を軽減してくれるので、ずいぶん楽になったなと思いますね。。

──絵文字の使われ方は年々変化していっていますが、今後どのような役割を担っていくと思いますか?

絵文字の種類は今後さらに増えていくだろうとは思うのですが、それ以外は想像がつきませんね。今ってコミュニケーションの方法として音声が増えているじゃないですか。

──「Club House」やPodcast、Twitterのスペース機能など、利用者が増えていますよね。

そういった音声ベースのコミュニケーションの中での「絵文字の代替品」が生まれてくるかもしれないですね。たとえば、効果音ひとつで感情を表現できるようなものとか。デバイスやメディアが変わることで、コミュニケーションを補佐するツールも移り変わるのだと思います。

個人的な「欲しい」がインターネットを通じて世界に広まった

──絵文字のように多くの人が利用するサービスをつくる際、どんなユーザーを想定して開発を進めていたのでしょうか?

もちろん「iモード」の想定ユーザーである若年層を意識してリサーチも行っていましたが、僕が考える想定ユーザーは基本的に「自分」です。サービスでも企画でも、「自分がしたい体験」をつくるようにしていますし、絵文字も自分が本当に欲しいものと思って開発していました。「いま世の中に存在しないもの」をつくる理由って、突き詰めていくとそれ以外にないんですよ。

──どこにもないなら、自分でつくるしかないということですね。

そもそもiモードというサービスにとって、絵文字はなくても成立するもの。そんな中で僕が個人的な体験を元に開発したので、「本当に自分で使いたい機能かどうか」という視点は開発初期のころから大事にしていましたね。

──自分の「欲しい」を追求していくことが、プロダクト開発において重要なんですね。

そう思いますね。絵文字はリリース直後、若年層以外にも多くのユーザーにも利用してもらえたんです。それこそ、40代以上のユーザーが絵文字を使うというシーンは想定していませんでした。

今や「絵文字」という文化は「emoji」として海外にも広まっていきましたが、そんな未来が訪れることも、まったくイメージしていなかったですね。

本気でいいものをつくようとは思っていましたが、ここまで広がり、社会に根付いたというのはあくまで結果論にしか過ぎません。しかし、自分が本当に欲しいものであれば、同じように欲している人は必ずどこかにいる。それが絵文字の開発を通じて実感したことですね。

MoMA所蔵後、友人が開いてくれた祝賀パーティーにて

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編集者・プランナー・ライター石澤萌
合同会社sou代表。1992年、東京生まれ。大手広告代理店で営業を経験したのち、カルチャーメディア「CINRA.NET」編集部に所属。記事制作と並行して商業施設や消費財メーカー等のPR企画プロデュースを担当。その後独立し、編集者/ライター/プランナーに。一人ひとりのあらゆる状態や感情を肯定できる人でありたい。趣味は漫画・アニメ、ひとり旅、Podcast。

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