目標のハードルは下げても良い!話題のメンタルケアアプリの開発者は、「苦手」とどう向き合ったか

2021年1月8日

今、「emol」という、自身のメンタルをコントロールするスマホアプリが、流行の兆しを見せています。これは、人には話しにくい日々の悩みや愚痴などを、AIロボとのチャットを通じて記録することで、自身の感情と向き合い、課題の解決に導くというサービスです。

「人には相談できないけれど、もやもやを誰かに話をしたい」という悩みを抱える人々のニーズを掴み、昨年は大手保険会社との共同実験も開始するなど、順調な成長を続けるemol。
このサービスを開発したのは、千頭(ちかみ) 沙織さんです。

彼女のある原体験からは、私たちが、自分自身の“苦手”と向き合うためのヒントが浮かび上がってきます。

千頭 沙織さん emol株式会社 代表取締役CEO
2014年に株式会社エアゼを創業、webやアプリの企画・デザイン・開発の業務に携わる。2018年にAIとチャットで会話をしながらメンタルケアをするアプリ『emol』をリリースし、2019年にemol株式会社を創業。

一度、生きることを諦めた。

「なぜ、こんなに大量の薬を飲んだのですか?」

「死にたくて……」

朦朧とする意識の中での、救急隊員からの呼びかけ。
大学3年生の秋、千頭さんは一度、「生きることを諦める」決断をしました。

―――――

芸術系の大学に入学した千頭さん。自身は三姉妹の末っ子で、学費が決して安くはない芸術系の大学に通っていたこともあり、親に負担をかけないよう、必死に努力して、学費免除がある特待生に選ばれるまでに。

食費や交通費も、極限まで節約。講義がない日はアルバイトに勤しみ、帰宅後は深夜まで作品の制作や検定の勉強、それに加えて学外のプロジェクトにも参加するなど、寝る間のない生活を送りました。

特待生としてのプレッシャー、それに対する周囲からの妬み、家族からの期待、次から次へと続く予定の数々──。自身の肉体的・精神的な疲労を感じながらも頑張り続けていましたが、いつしか体調不良を訴えるようになります。
また、大学でのある出来事(詳しくは千頭さんのnoteをご覧ください)から人間不信になり、精神的にも辛い状態に陥りました。周りの人の目を恐れ、次第に、人と話すことも上手くできなくなっていきます。

そして、大学3年生の秋。
リーダーとして担当していた文化祭の出店を完遂し、それ以上生きる気力を無くした千頭さんは、一度に大量の薬を服用。
自宅で倒れているのを発見したのは当時付き合っていた彼氏(現在の旦那さん)で、涙を流しながら、必死に声をかけ続けていたといいます。

今、本当に自分がやるべきことは何か?

千頭さんは一命をとりとめましたが、その後もメンタルは不安定なまま。しかし、心配をかけた「彼に申し訳ない」という気持ちから、次第に「死ぬことを諦める」ようになりました。

予定やタスクを詰め込みすぎて精一杯の状態だった千頭さんは、彼のアドバイスをもとに、まずは今自分がすべきことを整理し、選択していきます。

生活のためのアルバイトと、卒業のために必要な課題は必ずやる。
逆に、それ以外のプロジェクトやストレスとなっていた人間関係は、必要なもの以外、適当に。

何かを選ぶということは、何かを捨てるということです。すべてを完璧にこなしてきた千頭さんにとって何かを捨てるという決断は罪悪感を覚えるものでしたが、「全部できなくても、誰も困らないよ」という彼の前向きさにも支えられながら、少しずつ、人の目を気にせず生きられるようになっていきます。

(千頭さんのnoteより)

しかし、大学生には、どうしても人と話さなければいけないイベントがやってきます。
そう、就活です。

「面接では、冷や汗が止まりませんでした。自己紹介すらままならない状態で、面接官と向き合うと頭が真っ白になりました。」(千頭さん)

何度も立ちはだかる「対人」の壁

結局内定を獲得することができず、千頭さんは、就活の必要のない起業の道を選びます。web上でデザイン・開発の仕事を請け負う事業を立ち上げたものの、なかなか受注を獲得できず、自ら営業に出るように。そこで、またも対人関係の壁が立ちはだかります。

「アドリブが利かなさすぎて、お客さまから質問されても、何も答えられないような感じでした。『自分は、人前でろくに話もできない人間なんだ』と思うと、すごい劣等感にさいなまれましたね……。大学の同期はちゃんと就職して、社会のレールにのっているのに、私は人と話すことすら苦手で、自分で仕事を取ってこれない。なおさら人が怖く、苦手になりました」(千頭さん)


その一方で、人のことは苦手でも、「人の力」そのものには、昔から強い関心を持っていました。自ら作品を作ってきた中で、人の信念や創意工夫が、人を感動させるということを知っていたからです。

「その当時は、『人を感動させたい』というよりは、感動させられる『ものを作りたい』という気持ちの方が強かったかもしれません。そういう志向性の私にとっては、受託という業務体型は自分の想いを反映させにくいので、あまりやりがいを感じられるものではないことに気付いて。それならいっそ、自分でつくってみようと思うようになりました。」(千頭さん)

自分が必要と思えるサービスを、自分でつくろう。そんな想いで、“20代の女性を癒すアプリ”をコンセプトを基にしたサービス企画を開始します。

自分も苦しい状態だし、気軽に悩みを吐き出せる場があると良いな。でも、人は苦手だし、生身の人に相談はしたくない。そこで、AIとのチャットを通じて、自分の悩みを可視化するというサービス体系に辿りつきました。そうしてリリースしたのが、現在のemolです。
リリースしてみると、ユーザーから想定以上の反響があったことから、本格的な事業化を決意しました。

しかし、emolを推進していくにも、会社の代表は千頭さん自身です。人前で話すという機会が多い立場であることから、「このままじゃヤバい」という想いで、ついに対人関係の苦手克服への重い腰を上げました。

大切なのは、自分を落ち込ませないこと。

千頭さんは、webや書籍でメンタルヘルス関連の知識を蓄えながら、ずっと避けていた精神科にも足を運びました。

そんな中でまず行ったのは、自分の状態を知るという作業です。自分自身のマインドマップを書き出し、自分は、なぜ人が苦手なのかを明らかにしていきます。

「私の場合は、威圧的な人と話すことや、自分に視線が集まっているシーンが苦手だということに気付きました。それはなぜかと考えると、失敗したら恥ずかしいと思うから。なぜ恥ずかしいと思うのか、それは、自分ができない人間だと思われるのが嫌だからではないかと。じゃあ、『失敗した人のことを見たら、私は、その人をできない人だと思うかな?」というように、自分への問いかけを繰り返していきました。」(千頭さん)


自分を知ることに加えて、もう一つ、千頭さんが時間をかけて行ったことがあります。
それは、徹底した「目標の分解」でした。

「人と話せるようになりたい」という目標を掲げた千頭さんは、まず「ちゃんと挨拶する」「打ち合せで発言数を増やす」というふうに、目標を小さく分解して、一つずつチャレンジしていきました。

しかし、それは必ずしも順調にいったわけではなく、目標をクリアできないことも少なくなかったといいます。そんなとき、千頭さんはどうしていたのでしょうか。

「またすぐに同じ目標に挑むのではなく、失敗したら、目標のハードルを下げて良いと思うんですよ。なぜなら、またできなかったら、自分が落ち込むじゃないですか。」(千頭さん)


落ち込むことは、自分の行動を止めるリスクがあると語る千頭さん。

「同じ失敗を繰り返すと、それがトラウマになることもあると思うんです。だから、どんなに小さな目標でも「できた」っていう達成感を得るというのが大事。できなかったことばかりに目を向けると、自信がなくなって、行動したくなくなってしまいます。行動が止まったらそれ以上の成長はないので、『行動ができる目標を、自分でつくる』っていうことが大切なのではないかと、私としては感じています。」(千頭さん)

自分を知って、自分で選ぶ。

そうして半年以上の年月をかけて自分への理解を深めながら、少しずつ目標をクリアし、今では人と話すことを楽しいと思えるようになったといいます。

emolも順調にユーザー数を増やし、現在では毎月4,000~5,000の新規ダウンロードもあり、さらに大手保険企業との共同研究も実現。ユーザーからも「自分の考えが整理できるようになった」「チャットで書き込んでいるうちに、ポジティブに物事を考えるようになった」という声が寄せられるようになりました。

emolを支える仲間とともに

生きることを諦めるほどの状態から、苦手を克服し、毎日が楽しいと語れるまでになった千頭さん。
今、「自律した強い心を育む」というビジョンを掲げてemolを運営しています。

「自分の気持ちをコントロールして、行動の選択ができる状態を『自律』と表現しました。『みんながやっているからで選んだこと』って、自分の価値観に合わないかもしれないじゃないですか。たとえば仕事選びでも、他人の意見や世の中の指標で会社を選んでしまうと、自分とは合わなかったとき、すごく後悔することになります。」(千頭さん)

そして、後悔しない選択のためには、何よりも自分の価値観を知ることが重要です。

「人生、大小問わず、選択に迫られるシーンがたくさんあります。そのとき、自分の価値観を分かっていれば、それを基準に物事を選べるようになる。そうすれば毎日楽しくなります。仕事も同じで、自分で選んだ職場や職業の方が、結果的に生産性も上がるのではないかと考えています。」(千頭さん)

今後は、「自律」をより体感できるような仕掛けを、emolで提供していきたいという千頭さん。
彼女が壁を乗り越えてきた行動の一つひとつに、私たちが日々を前向きに過ごし、自分らしくはたらくための手がかりがありそうです。

(取材・執筆:石山 貴一)

●emolについて
emol株式会社が提供するメンタルケアアプリ。AIロボ「ロク」とチャットで気軽に話しながら、ユーザーは自身の感情と向き合う。同社はこのほかにも、組織のチームメンバーの本当の悩みを引き出し、悩みを共有してお互いにサポートし合うことで、心理的安全性が高い自律型組織の実現を目指すwebサービス「emol work」も提供中。
https://emol.jp/

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編集長石山貴一
「はたわらワイド」編集長/パーソルホールディングス株式会社
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