ブドウ栽培から醸造まで……「純県産ワイン」にこだわる元銀行員が見つけた自分らしいはたらき方

2022年9月1日

「おいしいワインができたときもうれしいですけど、畑仕事してるときが一番幸せですね」

穏やかな口調でそう語るのは、奈良県香芝市にある「木谷ワイン」の木谷一登さん。

2022年6月末に、県内初となるワイナリー(ワイン醸造所)を建て、地元の奈良でブドウ栽培から醸造まで行う「純県産ワイン」の生産に取り組んでいます。

ワイン用のブドウ畑(提供元:木谷ワイン)

近年、ワイナリーを建築して起業する人たちが増えていますが、奈良は日照量が少なく、夏の夜は気温が下がりにくいなど、ブドウの栽培の場所としては適切とは言えないため、未だにワイナリーがありませんでした。

難しい土地で、ブドウ栽培とワイン造りに奮闘する木谷さんは注目を集め、新聞やwebメディアでたびたび取り上げられました。また、木谷さんのSNSには彼のワインを心待ちにしている人たちの声が数多く寄せられています。

奈良で生まれたブドウを、奈良でワインにしたい――。その壮大な夢の実現に向けて、汗をかく毎日を過ごしている木谷さん。実は7年前までは銀行に勤めていて、農業や醸造はまったくの未経験でした。

「社会人成り立てのころは、人のトップに立ったり、会社を経営したりする方が儲かるし、そうなるべきだろうと思っていたんです。でも、幸せな時間が続いているほうがもっと大事だと思うようになりました。それが僕にとって畑にいることなんです」

「今が一番幸せ」と語る木谷さん。一筋縄ではいかなかった今までの道のりを聞きました。

ブレイクダンスにハマった少年期

1989年、奈良県香芝市に生まれた木谷さんは、幼いころから「なんでも自分が納得してやらないと気が済まない」性格でした。小学校の運動会の出し物のダンスにはあまり真面目に取り組めず、「前の人の振りを真似して、なんとなく腕を動かしていました(笑)」と木谷さんは振り返ります。

その分、自分が夢中になれるものにはとことん打ち込みました。その一つが、中学校の体育の授業をきっかけに始めたブレイクダンス。夕暮れどきに友人たちと駅近くのショーウィンドウの前に立って窓ガラスに自分たちの姿を映し、スピーカーから流行りの音楽を流してはダンスの練習をするようになりました。

地元の高校に入ってからもブレイクダンスを続けますが、ずっと独学だったそう。

「ひたすら繰り返して体得していました。決められたダンスをみんなと合わせて踊るんじゃなくて即興で自由に表現するのも、ハマったポイントの一つでしたね」

ブレイクダンスを踊る木谷さん(提供元:木谷ワイン)

大学でもダンスを続けようと思った木谷さんは、「勉強ができれば、好きなことをしても大人から怒られないだろう」と考え、がむしゃらに受験勉強をして、京都大学の総合人間学部に現役で合格。糖尿病に関する研究室へ入り、卒業後は同大学院に進学しました。

順風満帆な学生時代のように見えますが、「典型的なダメな学生でした」と木谷さんは眉尻を落とします。

「大学院に進学したのも『大学に残ってもう少し遊びたいな』っていう、いわゆるモラトリアムでしたね。ダンスは続けていましたがそれほど熱心だったわけでなく、気ままに旅行に行ったり、朝から晩まで麻雀したりして、今思えばもっといい過ごし方があったのになって思います」

この時期、「自分で納得してやらないと気が済まない」という木谷さんの性格は影に隠れていました。木谷さん自身も特にその自分らしさを意識しないまま過ごしていたため、社会人になってから大きなジレンマを抱えることになります。

涙が止まらない銀行員時代

学生生活が終わりに差し掛かった院生1年目の冬、木谷さんは就職活動を始めました。

まずは給料が良さそうなところにと、総合商社や大手食品メーカーを受けますが、箸にも棒にもかかりませんでした。木谷さんは「これはやばいぞ」と思い、さまざまな業種の企業を受け、なんとか地方銀行に内定します。

2014年の春、銀行ではたらき始めた木谷さん。入社1年目は覚えることが多かったので、あっという間に時が過ぎていきましたが、少しずつ自分の特性について自覚し始めます。

2年目で融資業務などを担当しますが、会社で決められた業務を決まった通りにすることが、自分の性に合っていないのではと感じるようになりました。

「上司に強く指示されたりする中で、どんどん気持ちがふさぎ込んでいきました。『これは違うな』と思っても周りに伝えられず、集中できずにいると結局仕事でミスをして怒られてしまって。『結局、間違えたのは僕やしな』って思うようにしていました。それが続いたある日、早朝に銀行付近を掃除していると、ふいに涙がとめどなく流れることがありました。たぶん、精神的に弱っていたんだと思います」

上司の厳しさや人手不足による忙しさに翻弄されますが、なんとか苦手なことを克服しようと努力しました。けれど、横で実績を上げる同期の姿がまぶしく見え、「あ、僕にはできないな」と痛感。自分の性格を見つめ直します。

「そもそも人に強いられることが苦手なんだから、自分が納得してできる仕事を見つけなくちゃ……」

木谷さんはそう強く思うようになります。

初めて飲んだ高価な白ワインに感動

木谷さんがワインに初めて興味を持ったのは、大学時代に遊びに行った沖縄の空港で、1本の白ワインを飲んだことがきっかけでした。

それは、1本約5,000円のドイツ産の貴腐ワイン(糖度の高いブドウを原料に造られた甘口ワイン)。

今まで木谷さんが飲んでいたワインは、そう高価ではないものがほとんど。この価格帯のものを飲んだのは初めてでした。口に含んだ瞬間、言葉にしがたい感動を覚えます。

「複雑な味でしたね。いろんな香りがするワインでした。あのワインに出会ってなかったら、今ごろ僕はどうなっているのかな、と思います」

委託醸造で造ったワインたち

それ以降、ワインをよく飲むようになっていた木谷さん、社会人1年目の6月にふと考えます。

「ワインってどうやって作られるのだろう?」

そこで、銀行の取引先のワイナリーへ、友人と一緒に見学会に行くことにしました。

見学先の大阪府柏原市にある「カタシモワイナリー」は、世界の名だたるワインのコンテストで受賞している醸造所です。自社農園で減農薬・有機肥料栽培でブドウを生産し、そのブドウを使って製造と販売を一手に行っていました。

雨の降る中、見学会ではカタシモワイナリー代表の高井さんがブドウ畑から醸造所まで一緒に回りながら説明してくれました。60代の快活な高井さんの話を、木谷さんは興味津々で聞き入りました。この見学会で、「もしかしたら、僕にもできるかもしれない」と思えたと言います。

「大阪はブドウ産地のイメージがないし、ビニールハウスがあっても何を育てているかなんて意識したことがなかったんですけど、見学会で農業がぐっと身近に感じました。いろいろ調べるうちに、全国各地にワイナリーを起業する人たちがいることを知って、その道に進むための情報を探すようになったんです」

社会に出て認識した、「自己責任」という自分なりの価値観

当時から木谷さんには「自分で納得したことに取り組みたい」という渇望がありました。だからこそ、畑から醸造まで一貫して造られるワイン造りの工程に魅力を感じたのだと語ります。

「何か仕入れて売るのではなく、原料まで作るって、究極の“自己責任”だなって思います。これは、私がとても大事にしていた価値観だったといえます。

やるべきことをやって、あとはもうお天道様しか憎む相手がいないってなったら、諦めがつくじゃないですか。他人に何か強いられるわけじゃないから自分の性に合っているし、きっと一生飽きずに続けられるだろうなって思ったんです」

1年9カ月の銀行員生活を終え、自分のワインを造るための準備を始めた木谷さん。とはいえ、農業と醸造についてはまったくの初心者です。いったいどのようにスタートを切ったのでしょうか?

まず、農林水産省が実施している「新規就農者への補助金制度」を申請しました。この補助金制度は、国から年に150万円の費用が当てられ、研修先から無償で指導を仰ぐことができました。

研修先として、木谷さんはカタシモワイナリーの門を叩きます。

研修したい旨を伝えると、すぐに社長の高井さんと、同店ではたらく高井さんの娘・まきこさんと面談になりました。高井さんから「なんでワイナリーをやりたいんや?」と聞かれますが、木谷さんは前職で失敗を繰り返したことにより、人に何かを伝えることが怖いと思うようになっていて、「これを言ったら、どう思われるだろう……」などと考えすぎて、うまく言葉を返すことができませんでした。

しかし、ワインへの情熱が伝わったのか、まきこさんに太鼓判をもらい、木谷さんは研修生としてカタシモワイナリーで2年間学ぶことになります。

有機農法のブドウ栽培、大火事に見舞われる

2017年、カタシモワイナリーで修行中の木谷さんは、「学ぶだけでなく、実践してみよう」と考え、運動場ほどの広さがあるブドウ畑を大阪府柏原市で借り、試験的にワイン造りを開始しました。

その畑は、すでにブドウの実がなっている状態ですぐに収穫することができました。そこで、委託醸造所(委託を受けてワインを製造するところ)で、人生初のオリジナルワインを造ります。イチから育てたブドウではないものの、最初のワインとしては上出来で、木谷さんは今後の手ごたえを感じました。

そして2018年1月、研修を経て独立。新規就農者の補助金制度で得たお金で、大阪と奈良で3か所の新しい畑を借り、ブドウの苗木を買って栽培に力を注ぎました。

最も力を入れたのは、「ビオロジック」という有機農法。農薬や化学肥料、除草剤を使わず、可能な限り自然な状態でブドウを栽培する方法です。

有機農法は、よりブドウの味を引き出したワインを造ることができますが、殺虫剤を使わないため葉や実を食う虫を排除しなければなりません。つまり、より作業に手間がかかるのです。

そのため、近隣の農家の人たちからは「こっちに虫が飛んでくるかもしれないから、殺虫剤を撒いてよ」と言われたこともあったそう。けれど木谷さんはこの栽培方法にこだわりました。

「殺虫剤を撒いてしまうと、排除したい虫以外も殺してしまいます。すると、今度は別の虫が急激にわくことがあるんです。僕は畑をリセットさせるより、調和していく方がいいと思いますし、その自然がどう変化するのかをこの目で見たいんです」

採れたてのブドウたち(提供元:木谷ワイン)

独立した年、木谷さんの畑はたびたびトラブルに見舞われました。奈良県天理市で借りた畑は30年ほど放置された放置農地で、ブドウ棚が土に埋まっており、掘り起こす整備作業から始めなければなりませんでした。また、整備の過程ではうっかり大火事になったりしたことも……。

「枯れ草を燃やしていたら燃え広がってしまって、火柱が4mくらいになったんです。畑が全部焼けて、『終わったな』って思いましたよ。隣の農家さんのビニールハウスも少し燃えてしまって、平謝りで修理を手伝いにいき、許していただきました。誰もケガがなくてホッとしました」

ビジコンで優勝!融資を受けてワイナリー建設へ

独立して1年が経った2019年、ブドウを自ら栽培し、委託醸造所でワイン造りを続けていた木谷さんは、本格的にワイナリーを建設しようと資金繰りに奔走します。その一つとして、「ビジコンNARA2019」に応募しました。

ビジコンNARAとは、奈良県が主催するビジネスコンテストで、地方創生が期待できる企画を競うもの。この年、最高賞の「知事賞」には賞金として100万円が授与される予定でした。

このコンテストは県内外から計161件の応募があり、木谷さんはその中で「奈良創生部門」に出場。3次審査を経て、決勝大会に進出します。10組による公開プレゼンテーションを勝ち抜き、見事に知事賞を獲得しました。

ビジコンNARAで知事賞を獲得した木谷さん(提供元:木谷ワイン)

また、コンテストでの優勝賞金に加え、国の補助金なども活用し、ワイナリーの建設費用約7,000万円を、融資と補助金で賄えることに。

「県からお墨付きをもらっているコンテストだったおかげで、保証協会付きで金利ゼロの融資制度を活用できました。やっぱり『6次産業で地域貢献』ってキャッチ―だし、わかりやすいんですよね。独立以前からワインを造っていたことも、実現したい思いが伝わったのかなと思います」

こう見るとスムーズに資金を集めたよう見えますが、経営は火の車だったそう。少しでも出費を抑えようと、膨大な書類の手続きや雑務は会計士などに頼らず、すべて自分で行ったといいます。「時間的にも金銭的にも余裕がなかったからなんですけど、ちょっと自分でやりすぎてる感じがしますね」と木谷さんは苦笑いを浮かべます。

畑にいることが一番の幸せ

2022年6月、待望の県内初のワイナリーを奈良県香芝市に建設。土地は、木谷さんの活動に感銘を受けた大家さんが貸してくれました。

現在、ワイナリーの中には新品の木樽や醸造するステンレススタンクがところ狭しと並んでいます。厳密な温度管理ができるシステムを導入し、タンクやポンプは性能の良いものを揃え、約2万本のワインを生産ができるよう準備が進められていました。「これまで以上に品質のいいワインができると思います!」と木谷さんは力を込めます。

配置前の新しい機械や備品

畑のトラブルに見舞われながら、ブドウと向きあった7年間、時には落ち込むこともあったと言います。けれど、やめたいと思うことは一度もなかったそう。

それは、「なんでも自分が納得してやらないと気が済まない」という自分の性格に合ったはたらき方を見つけたから。「畑にいると、いつ死んでもいいと思えるくらい幸せなんです」と木谷さんは照れ笑いを浮かべます。

「将来はイベントなども開催して、人が集ってワインが楽しめる場所にしたい」と木谷さん

念願の「純県産ワイン」の誕生が目前に迫る2022年夏、木谷さんの畑には芳醇なブドウが実り、収穫の時期を迎えようとしています。

畑には、独立して間もないころから手伝いに来てくれる友人たちが集まり、今年から木谷さんの母がアルバイトとして入り、25歳の従弟が社員となる予定です。

奈良で生まれたブドウを、奈良でワインにしたい――。その思いは、自身が生まれ育った地域だからこそ。そして、このワインで、これまで助けてくれた地域の人たちへ少しでも恩返しをしたいと語ります。

「奈良の人って穏やかな方が多いんです。だから居心地がいいし、僕はここにいたい。もっと奈良に貢献できたらと思います。自分自身が幸せになって、そこから地域へと波及していくのが理想ですね」

(文・写真:池田アユリ)

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インタビューライター/社交ダンス講師池田 アユリ
インタビューライターとして年間100人のペースでインタビュー取材を行う。社交ダンスの講師としても活動。誰かを勇気づける文章を目指して、活動の枠を広げている。2021年10月より横浜から奈良に移住。4人姉妹の長女。
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