「昔に戻ろうと思わないこと」北海道のレトロな商店街に今、出店希望が殺到するわけ

2022年9月16日

プログラミングスクール、BMW専門のバイク修理店、若者たちが集うゲストハウス……。これらが一点に集結している、と聞くと、どのような場所を思い浮かべるでしょうか。

北海道江別市にある「大麻(おおあさ)銀座商店街」は、一見するとごく普通の、昭和の雰囲気漂う商店街です。200mほどのメイン通りには、ところどころシャッターの下りた店もあります。

しかしそれ以上に目を引くのは、真新しく、変わった雰囲気の店の数々。実はこの商店街には、過去5〜6年で、10店舗以上が新たに出店しているのです。現在もなお複数の入居待ちがあるという人気ぶりです。

全国で多くの商店街が衰退する中、大麻銀座商店街では今、何が起きているのでしょうか。

もともとは「閑古鳥が鳴いていた」

「こんな風変わりな商店街、珍しいですよ」

大麻銀座商店街振興組合の理事長を約10年前から務める、岸本ふとん店の二代目社長・岸本佳廣さんは言います。

商店街には、冒頭の施設のほかにも、地域の母親たちが自主的に運営する20〜30人規模の学童保育や、オーダー家具店、お年寄りの憩いの場である手芸教室や、若者たちの駆け込み寺となっているカフェがあります。活気づいている店を挙げればきりがありません。

商店街の隣すぐにはディスカウントストア「TRIAL(トライアル)」があり、お年寄りを中心に多くの人で賑わっていました。トライアルは商店街のメイン通りに面しているため、スーパーで買い物を終えた人たちが、商店街をぶらりと歩く姿も見られます。

しかし、もともとは大麻銀座商店街もシャッター通りと化す寸前で、「閑古鳥が鳴いていた」といいます。

1966年に誕生した大麻銀座商店街。岸本さんは、1968年に父親が商店街でふとん店を開業しようと、道北から家族で移り住んできました。

当時は、この商店街の全盛期。メイン通りはお客さんでごった返し、通行の妨げになるからと、軒先にプランターすら置けない状態でした。

1973年には、現在のトライアルの前身となるスーパーマーケット「王子サービスセンター」が開店します。お客さんを取られるどころか、むしろ人が押し寄せ、次第に王子サービスセンターは、生活面でも集客面でも、“商店街の核”のような存在になりました。

風向きが変わったのは、1980年のこと。商店街から約1km離れた場所に大手スーパーマーケットのイトーヨーカドーができ、そこが賑わいの中心地となったことから、商店街周辺から人が減っていったのです。

翌年には王子サービスセンターが廃業。当時の商店街の理事は、別のスーパーマーケットを誘致しようと、必死になったといいます。

ようやく、1989年に北海道のスーパーマーケットチェーン「Joy(ジョイ)」が開店しましたが、2008年に撤退。同年にアークスグループの「ラルズストア」が出店したものの、2年で廃業してしまいました。商店街の中心部には、丸々2年間、スーパーがない状態が続きました。

岸本さんは、この時が「一番大変だった」と振り返ります。

「スーパーがなくなったのは危機的でした。ラルズストアが撤退した後、商店街と道路を1本挟んだところにセイコーマートができたのですが、人は戻りませんでした。ある全国版のテレビ番組で、“どんな過疎地域にも出店するセイコーマート”というテーマで紹介され、誰も歩いていない大麻銀座商店街が映し出されるほど、いつも閑散としていましたね」(岸本さん)

大手ディスカウントストアの開業が転機に

商店街の協同組合は、当時の理事長を中心に、誘致が可能と思われるほぼすべてのスーパーマーケットチェーンに声をかけました。そこで唯一良い返事をくれたのが、福岡に本社を置くトライアルでした。

契約期間は、10年。トライアルは本来、郊外の大型店をメインに展開していましたが、大麻銀座商店街に小型店を出店し、小型店の実験店舗にしようと考えたのです。

さらに、翌年2013年、当時江別市内の中間支援組織・NPO法人えべつ協働ねっとわーく事務局長だった橋本正彦さんが、商店街にカフェをオープン。

岸本さんは橋本さんのことを、「すべてのきっかけとなった人」と語ります。橋本さんのつながりで、出店を希望する人やイベント企画の持ち込みが増えたのです。

大麻銀座商店街で「Café&noodles menkoiya」を奥さんと営む、NPO法人みなと計画 理事長の橋本正彦さん

橋本さんは、地域社会とNPO法人を繋ぐ「認定ファンドレイザー」の資格をもつ42歳の男性です。大麻銀座商店街の温かな雰囲気に惹かれて入店して以来、自らのカフェで、地元の大学生たちの相談に乗ったり、地域の交流イベントを開いたりしています。

「親戚が大麻銀座商店街で料亭をやっていて、小さいころによく遊びに来たんです。前職の仕事で、たまたまここを訪れた際に、空き店舗があると聞いて出店しました。いいでしょ?ここの商店街の雰囲気」(橋本さん)

よそ者をいとわない商店街

橋本さんは続けます。

「岸本さんは、外から来る人や新しい取り組みに寛大で、たとえば地元の学生たちが『何かやりたい』と言ったら、すぐにやらせてくれるんです。だから新しい人がどんどん入ってくる。大麻銀座商店街にあるのは、岸本さんや初代理事の方々が舵取りをしてつくり上げてくださった、そうした風土ではないでしょうか?」(橋本さん)

こうした大麻銀座商店街の「よそ者をいとわない姿勢」には、ある歴史的背景がありました。

商店街ができた1960年代は、エネルギー革命のまっただ中。エネルギー資源の主役が石炭から石油へと変わり、北海道では、夕張、三笠、美唄を中心に相次いで炭鉱が閉山していました。

そこではたらいていた人に新たな仕事の場を提供しようと、北海道が白羽の矢を立てたのが、約3万人規模の道営団地が造成されたばかりの大麻地区でした。道は、炭鉱地域からの移住者を、当時6つあった地区内の商店街に優先的に入居させたのです。岸本さんは当時を振り返ります。

「約3分の1の店が、炭鉱地域からの移住者が出店した店だったのではないでしょうか。もともとが私も含め、よそ者の集まりなんです」(岸本さん)

とはいえ、次々と入ってくる新しい人たちを迎え入れるのに、不安はないのでしょうか。

「“類は友を呼ぶ”と言うように、良い人には良い人がついてくるんですよ。実際、ここ5年で新しい店舗が出たり入ったりしていますが、悪い人は不思議といません。皆、個性的だけど、とても一生懸命でいい人たちです」(岸本さん)

岸本さんのこうした姿勢や、橋本さんの存在もあり、大麻銀座商店街には絶えずイベントの企画が持ち込まれます。

たとえば、月1回、週末に開催される「大麻銀座商店街ブックストリート」。橋本さんをきっかけに商店街に興味をもった一般社団法人 北海道ブックシェアリングが、2015年から毎月、約3,000冊の古本を100円で販売しています。このイベントの中でも、「ビブリオバトル」という書評合戦や、ブックコーディネーターが選書した「セレクト古書」は今では名物企画です。

2018年9月6日から毎年行っているのは「ランタンナイト」。その日は、北海道で胆振東部地震のあった日です。

「江別もかなり揺れたんだけど、あの時ブラックアウト(停電)が起きたでしょ? トライアルでも生鮮食品がだめになって、いくつかの商店街の人たちが自発的に、商店街として何ができるだろう、と話し合ったんです。そこで、住区会館の前にテーブルを2〜3個並べて、各店が持ち寄りでいろいろな物を売りました。たとえば、農家と繋がりのある店は野菜を、予備のバッテリーがある店はバッテリーを。

それが始まりで、『商店街は何かあった時に役に立つ存在ですよ』という思いを込めて、翌年からは、家にあるランタンを店先に飾るようになりました。その風景が意外にも好評で、ずっと続いています」(岸本さん)

地震があった日、この住区会館の前で、商店街の人たちが持ち寄りで物を売った

2019年には、地元の認定こども園からの企画で、お父さんと子どもが職業体験をする「ギンザニア at 大麻ギンザ商店街」を開催。

2022年7月からは、地元の大学生たちの企画で、“夕方から”行うラジオ体操が始まりました。大麻銀座商店街のある江別市には、酪農学園大、北海道情報大、札幌学院大、北翔大の4つの大学があり、市の人口の約1割が大学生。ラジオ体操には、学生はもちろん、商店街の人や子どもたちも参加します。

「学生たちが『こんなことやってもいいですか?』って企画書を持ってきたので、『いいよ、やりなやりな』って。『夕方にラジオ体操?だめだめ、通行人の邪魔になるから』と言ってしまえばそれで終わりだけれど、とりあえずやってみて、だめなら辞めればいいだけ。万が一良ければ、何かにつながるかもしれないしね。学生たちが、そこから何を学べるかです」(岸本さん)

商店街にある学童の前のアスファルトには、子どもたちがチョークで描いた、色とりどりの絵があります。岸本さんの意向で、“落書き禁止”の風土はないのです。

継続の秘訣は「無理をしないこと」

一方で岸本さんは、イベントは「無理をしないこと」と言います。

たとえば大麻銀座商店街では、2018年まで毎年、夏祭りを開催していました。土日の2日間、大きなテントを2つ張り、1,000本近い焼き鳥を焼く。ステージではマジックショーやライブ、盆踊りをやり、子どもたちに約200個のお土産を用意する……。

夏祭りは大麻銀座商店街が開催するさまざまないベントの中でも一大イベントでしたが、費用がかさむ上、高齢の商店街の関係者にとって、企画から準備、片づけまでの一連の流れは重労働でした。

「若い人が減って、ビールや食べ物も昔ほど売れなくなった。それでも、次の日から1日〜2日、仕事にならないぐらい疲れるんです。それで、すっぱりやめることにしました。身の丈に合ったことをやるのが基本です」(岸本さん)

それでも、岸本さんにはある想いがありました。自分自身も、大麻銀座商店街の夏祭りに出て育った。今、この地域に住んでいる子どもたちに何もないのはあんまりだ。せめて、盆踊りだけでもやれないだろうか──。

そこで2019年からは、「子ども盆踊り」のみ開催することに決めました。夏祭りができない代わりに、例年より100個多い、300個のお土産を用意しました。

すると当日、以前は200個で足りていたお土産が、あっという間に300個なくなる事態に。慌てて買い足しに走ったほど、子どもたちが押し寄せたのです。

実は江別は、2019年の時点で「0歳〜14歳の転入超過数の多い市町村」全国8位に選ばれた、子育て世帯の移住が多い町。岸本さんいわく、大麻地区は学力レベルも高く、土地の値段がバブル期と同じぐらいに高騰しているのだそうです。

“モノを売る”時代は終わった

岸本さんは、商店街を「昔のように活性化させるのはまず無理」と言い切ります。

「ネット通販での買い物が主流になった今、“モノを売ろう”という考えでは、商店街を維持できません。また、出店する店舗側の目線で考えても、昔は年中無休ではたらくのがあたり前でしたが、今は状況が違います。はたらき方は多様化していますから。

たとえば、週に数回しか営業しない店を『そんなんじゃやってけないよ』と突っぱねるのは簡単ですが、お客さんのニーズがあるのなら、十分にありがたいこと。最初はもちろん、昔のメンバーから反対の声もありましたよ」(岸本さん)

大麻銀座商店街では、数年前に「未来会議」という、5〜10年後の商店街について考えるワークショップを開いたといいます。そこには、商店街の人たちに加え、大学の教授や市役所の職員が参加し、「地域に必要とされる商店街とは何か?」について意見を出し合いました。

そうして出た結論が、“来る者を拒まず”。炭鉱地域からの移住者をはじめ、よそ者たちが集まってつくり上げた商店街ということもあり、「週に数回しか営業しない店や、たとえば“カードゲーム店”や“ゲストハウス”のように、昔の商店街にはなかったような新しいスタイルの店も受け入れよう」と、意見が一致したのです。

現在、商店街の理事メンバーは、7人のうち2人が女性。小さな子どものいる30代の母親には、「やれる範囲でいいからね」と伝えているそう。

「今は、肉屋や魚屋、文房具屋さんがあったような昔の商店街とは全然違います。大麻銀座商店街に“引力”があるとしたら、おそらく、『古臭さ』と『距離感』、そして『人』ではないでしょうか」(岸本さん)

岸本さんがいう「古臭さ」とは、50年前からほとんど変わっていない、通りの外観を指します。数年前、「スズラン灯はさすがに古いから今風のものに替えよう』という話が挙がったものの、商店街を視察に来た方から、「このスズラン灯がいい。絶対になくしちゃいけない』と言われ、このレトロな雰囲気も魅力の一つなのだと気づいたそうです。

また、「距離感」とは、メイン通りの道幅が狭いゆえ、その分人と人とのコミュニケーションが親密であることを指します。北海道の商店街は、冬に除雪車が入る関係で、車約2台分の幅があるのが一般的。しかし大麻銀座商店街は道外出身者が設計したこともあり、1台分の幅しかとられていません。それゆえ、店の人間同士や、行き交う人たちが声を掛けやすいのです。ちなみに、雪は、排雪業者に運び出してもらっているそう。

では、最後の『人』とは?

「橋本さんのように若者を支援して、地域と商店街を繋ぐハブ的存在になる方がいることですね。また、30店舗中10店舗が加入する協同組合に昔からまとまりがあることも、この商店街の大きな強みです。コロナ前までは、年に1回店を休んで、組合員夫婦で全国の商店街へ視察旅行へ行っていたんですよ」(岸本さん)

岸本さんが信頼を寄せる橋本さんは、商店街の可能性についてこう話します。

「岸本さんもいつも仰っていますが、商店街は常に、地域に住む人たちのための場所。その時々でニーズが変われば、商店街も変わっていくのは当然なんです。たとえば、『福祉』のほうにニーズが変わってきたのであれば、それが今の地域のニーズということ。

少子高齢化で地域経済が縮小する中でも、何かあった時に相談できる、頼れる場所は常に求められています。それは、公的なサービスだけでは賄いきれません。その受け皿として、商店街は、地域コミュニケーションの核になることもできます」(橋本さん)

橋本さんをはじめ、多くの人がその風土に惹かれて出店した大麻銀座商店街。商店街のために忙しそうに動き回る岸本さんの人柄と、「誰でも、何にでも挑戦していい」と言われているかのようなエネルギッシュな空気も、引力の一つなのでしょう。

(文・写真:原 由希奈)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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