稼働率15%の大赤字リゾートホテルを「ど素人」が再建するまで

2023年6月2日

「ぼくは沖縄の大赤字リゾートホテルの再建を託されたど素人!」2022年2月14日、TikTokとInstagramに投稿された一本の動画がバズりました。発信元は「ど素人ホテル再建計画」というSNSアカウント。現在Instagramで約2.5万人、TikTokで約6万人ものフォロワーを獲得し、多くの人々がこのホテルの動向をチェックしています。

アカウントの運営者であり、ホテル再建を託された通称「ど素人」さんは、名前の通りホテル経営に関して一切の未経験者。なぜ再建計画に携わり、どのようにして数万人規模のSNSユーザーの心を掴んでいったのでしょうか?プロジェクトの経緯について話を伺いました。

素人から見ても「ヤバい」状況だったリゾートホテルからの依頼

沖縄県内本島の中央部に位置する日本屈指のリゾート地・恩納村。国道沿いには大型リゾートホテルが並び、ハネムーンやスキューバダイビングをしに、国内外から多くの観光客が訪れるエリアです。ど素人さんが再建を託されたリゾートホテル「なかどまINN(現・BUZZ RESORT)」は、この地で20年前に開業を迎えました。

普段はビデオグラファーとして活動しながら、SNSコンサルタントとして複数企業のアカウントをディレクションしているど素人さん。2021年12月、東京に在住しており、沖縄にはルーツのない彼のもとへ、一通のメールが届きます。

「送り主は恩納村のリゾートホテル『なかどまINN』の経営者の息子さんでした。当時のぼくは世界を放浪する動画をSNSにアップしていて、その活動がテレビや新聞で取り上げられていたんです。息子さんはぼくの活動をチェックし、『SNSに強い人の力を借りることが、経営を立て直す最後の一手になるのでは』とコンタクトを取ったようでした」

経営者自身がホテル専門のコンサルタントに相談しても、一向に黒字化は見込めなかったというなかどまINN。ホテルの存在はおろか恩納村に滞在したことのなかったど素人さんは「引き受ける前に、まずは状況確認を」と、2022年1月下旬から2週間ほどなかどまINNに滞在します。すると、ホテル経営に関してはど素人である彼ですら「ヤバさ」を感じてしまう光景が広がっていました。

「グチャグチャのテラスをはじめ、手入れのされていない共用部。閑散とした屋内……。とにかく悲惨な状況でした。全部で16室ある客室の稼働率は、1日に数室埋まる程度。併設するレストランも休業していたし、従業員はたったの2人しかいませんでした。

宿泊料をピーク時の三分の一まで値下げしてもお客さんが戻って来ることはなく、売却も視野に入れていたというなかどまINN。「ホテルコンサルがお手上げになるのも納得の状況だった」とど素人さんは振り返ります。

しかし、なぜホテル経営に関して初心者のど素人さんが、なかどまINNの依頼を引き受けたのでしょうか?

「前情報としてホテルについてリサーチしたとき、ネット上でチェックできる5〜6年前の口コミはすごく良かったんです。海岸の近い立地も抜群だし、建物もバリ島をコンセプトにしていてユニークでしたから。

なのに、お客さんが来なくなってしまった理由。それは、旅行客からの認知度が圧倒的に低いことでした。コロナ禍を経て、ホテル業界はSNSや予約サイトでの発信が集客の鍵を握るようになりました。しかし当時はSNSアカウントも開設されておらず、予約サイトの写真やテキストもかなり適当にやっていたんですよね。『外に向けた情報発信さえ工夫すれば、勝てるかも』と、とにかく伸びしろを感じたんです」

「唯一無二のど素人」がフォロワーを味方につけるまで

2週間にわたる沖縄滞在をした最終日の2月14日。ど素人さんはホテルで1本の動画を撮影します。

ど素人さんはなかどまINNでの滞在中、「再建に携わろう」と決意。「ぼくは沖縄の大赤字リゾートホテルの経営を託されたど素人」という自己紹介から始まる動画を作成しました。そして動画のアップロードを終えた1時間後。東京へ帰るために那覇国際空港で便を待っていると、経営者の息子さんから一本の電話が入ります。「ど素人さん、すごいことになっています」。なんと動画が、初動で50万回再生を記録したのです。

では、なぜ「ど素人ホテル再建計画」は初手から多くのSNSユーザーに注目されたのでしょうか。ど素人さんは勝因の一つとして「今までにない、唯一無二のコンテンツとして情報発信を行ったこと」を挙げます。

「そもそもSNSって、めちゃくちゃすごい経歴を持った人か、とんでもない美男美女じゃないとバズらないんです……(笑)。一般人が彼女・彼らに対抗できる唯一の手段があるとすれば、『日本で1人』『世界で1人』というユニークさをアピールすることでした。

その点で、ぼくがおかれた状況を説明する『いきなり』『大赤字』『沖縄リゾートホテル』『再建を託された』『ど素人』は、パワーワードの掛け合わせ。だって普通、ホテル経営の知識がない素人が、赤字ホテルの再建を託されることなんてないじゃないですか!しかも『いきなり』ですよ?どう考えても『唯一無二』の存在になれると思いました」

同時にど素人さんは、フォロワーがホテル再建に対し継続的に興味を持ってもらえるような仕掛けを用意します。

「このホテルを『視聴者参加型のドキュメンタリーリゾート』として打ち出したことも、バズったことに影響していると思います。ホテルの再建計画を、SNSのコメントや一般人の多数決で決められる事例なんてほとんどありませんからね(笑)。

ただ、何でもかんでも視聴者に決めてもらうわけではありません。お部屋の内装やキャンペーン、イベントなど、視聴者の意見が反映されたことで『話題になりそう』なことだけを応募制にしています。『ここにあった植木を1台増やした方がいいと思う?』といった細かなことは、自分で決めています」

なかどまINNに代わるホテル名も、SNS上で募集したど素人さん。なんとホテル名の候補は1,500以上も集まりました。結果、ホテル名は最終的に「BUZZ RESORT」へと決定します。

しかし、ただ「コメント募集!」と発信するだけでは、ここまで多くのコメントを集められないはず。なぜ「ど素人ホテル再建計画」では、常に多くの視聴者が積極的に「ホテル再建」に参加しているのでしょうか。

「ぼく自身が『ど素人』であることも作用していると思うんです。ぼく自身にはホテル経営の知識がないことを、視聴者の皆さんも把握している。ある種の『ザコキャラ』であるからこそ『もっと応援してあげなきゃ』と感じてもらえるんだと思います」

「ど素人」であることをアピールするために途中で着用し始めた、手作りの「4610(シロウト)」Tシャツ

「誰も挑戦していないこと」に挑戦できている実感

名実ともに「バズる」リゾートホテルとして、黒字化へと突き進んでいくBUZZ RESORT。アカウントの開設から現在に至るまでの約1年間、「ど素人ホテル再建計画」のアカウントには、毎日数百通ものDMが送られてきます。

「毎朝3時間ほどかけ、すべてのDMに目を通すことから1日が始まる」というど素人さん。特に「BUZZ RESORTではたらかせてください」という相談のDMは、最初の半年だけで1,000件以上受け取ったそうです。すべてのDMに目を通すのは、大変ではないのでしょうか。そんな問いに、ど素人さんはこう答えます。

「もちろん大変ですよ。でも、ありがたいことに魅力的なご提案をDMでたくさんいただけていますから。少しでもぼく個人が興味の湧く連絡をいただいたら、すぐ打ち合わせをセットします。おかげさまで、今は1日に最低8件は、ミーティングの場があります。

当初は1日に4時間も寝れないような忙しさだったので、体力的にもハードでした。でもいろんな人と会えるのがめちゃくちゃ楽しいので、不思議と辛さはありませんでした。最近では『連絡をいただいた人同士でシナジーが生まれそう』と判断したとき、打ち合わせの時間を一緒にセットすることもあります。BUZZ RESORTがある種のマッチングプラットフォームとして機能しているな、と思う瞬間は多々あります」

BUZZ RESORTの再建コストはすべて企業協賛やボランティア協力で賄っている。写真はボランティアスタッフたち

「2022年末までにInstagramのフォロワー1万人」を目標に掲げていたど素人さん。当初の目標を軽々とクリアし、Instagramのフォロワーは23年1月時点で最高で2.5万人を記録しています。ど素人さんはBUZZ RESORTのプロジェクトで、次のような目標を掲げます。

「昨年2022年は、ホテルにお客さんを迎え入れるために最低限の支度をする準備期間でした。でも2年目を迎える今年2023年からは周囲のサポートをもとにホテルの中身を一気に変え『フレッシュ化』させられればと思います。そして3年目になる2024年には、過去5年のうちで最高収益を出したいです」

では、最高収益を記録した次のフェーズとは?ど素人さんはBUZZ RESORTの運営から離れてしまうのでしょうか。

「これは五分五分ですね。ただ少なくとも、ぼくが離れるときは『ぼくがいなくても回るような仕組み』を整えてからだと思っています。そのためにも、今はすべてのお部屋に新しいコンセプトを付け『部屋ごとのファン』を増やそうとしています。

「ドライフラワーの部屋があればいいな」という視聴者からの声が挙がったことをきっかけに、沖縄のドライフラワー作家・電気職人・資材会社の協賛が集まり実現した「ドライフラワー部屋」。

今現在の『BUZZ RESORT』が抱えている課題は、お客さんの『泊まりたい』と思う理由の多くが『SNSで見たから』と『ぼくに会いたいから』なんです。SNSを介さず『ここに泊まってみたいから』と思ってもらえるようになれば、そこが手離れの瞬間かもしれません」

「SNSの発信力だけでホテルを再建する」という前代未聞のチャレンジに挑むど素人さん。最後に、プロジェクトに関わることのやりがいについて伺いました。

「とにかく『誰も挑戦していないこと』に挑戦できている実感が大きいです。コストゼロでSNSの力を頼りながら、大赤字のホテルを非業界人が再建していく。先ほども言った通り、こんな仕事をしている人なんて世界にぼくだけしかいないと思うんです(笑)。

世の中にまだ存在しないコンテンツを自分がつくっている。そのワクワクは、はたらく上でかけがえのないモチベーションになっています」

(文:高木望)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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