「一週間分の家事を3時間で……」 “家事代行”のスタッフが、「人生最後の仕事にしたい」と思うわけ

2023年12月21日

自分に代わって、プロが家事をしてくれる——。

2016年に放送されたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』でも話題になった家事代行サービス。その認知度は約9割に上り、約3人に一人が“使ってみたい”と感じているそうです。

ベアーズは25年前に創業した、日本の家事代行サービスのパイオニア。利用に関する問い合わせは、2018年から2023年の5年間で2倍以上に増えたと言います。

SNSで「頼んでみたら最高だった」とたびたび話題になる家事代行の仕事とは、どのようなものなのでしょうか? ベアーズでスタッフとして活躍する井山愛さんに、舞台裏を伺います。

「違う世界を見てみたい」と始めた仕事

井山さんは北海道在住で、理系大学を卒業後、証券会社に約2年勤めていました。その後、クライアントの紹介で車の整備会社に転職。そこで出会った男性と結婚し、6年間子育てに専念していました。

2015年、子育てがひと段落したためゴルフ場のレストランでパートを始めます。早朝から14時までのシフトで、子どものいる井山さんにはありがたい環境でしたが、近くのゴルフ場は夏しか営業しません。冬に仕事がないのがネックでした。

「教育資金や習い事の月謝……子どもが成長するにつれて必要なお金が増え、『もっとはたらかないと』と思った」と言う井山さん。

2017年にママ友の紹介で始めたのが、介護助手の仕事です。介護施設の入居者の部屋を掃除したり、衣類を整理整頓したりする日々。やりがいはありましたが、人との出会いが好きな井山さんは、毎日同じ環境で決まった作業をすることに、物足りなさも感じていました。

「新しい世界を見てみたい」という気持ちから求人サイトを見ていたとき、目に留まったのがベアーズの家事代行スタッフの求人です。

「40代も後半に差しかかり、新しい仕事にチャレンジするのはもう今回が最後なんじゃないかな?と思いました。家事代行の存在は、小さいころにテレビで観た市原悦子さんの『家政婦は見た!』や『逃げ恥』でなんとなく知っていたので、『なにこれ、すっごく面白そう!』と思いました」

(写真はイメージ)

2022年4月、井山さんは介護助手の仕事と並行して、家事代行を始めてみることにしました。

当初 “家政婦”の印象が強かった井山さんは、「お客さまはお金持ちの方ばかりなんだろうか? どんな大豪邸に行くのだろう?」 と緊張していましたが、実際に訪れたのは、ごく普通の一般家庭。共働き夫婦や子育て世帯、高齢者や単身赴任中の男性。そして、一人暮らしの学生の家でした。

家事代行スタッフの仕事は、掃除、洗濯、アイロンがけ、料理、ベビーシッターなどの中から、依頼主の希望する作業を行うこと。同社のサービスは時間制で、作業時間が2時間から3時間と決まっています。

そのため井山さんは、最初の一カ月間は「とにかく作業をこなすことに必死で、落ち込む暇もなかった」と言います。

「一週間分の家事を3時間でやってくれるなんて」

新人研修時に、「要望を把握すること、思いやり、礼儀正しさの3つを意識すればお客さまは120%満足してくれる」と教わった井山さん。

そのため、依頼主宅に着いて最初の10分間で行うのは、挨拶とヒアリングです。

「『一番綺麗にしてほしい箇所はどこですか?』『時間が余ったらやってほしいことはありますか?』と必ず確認し、その上で、『◯歳のお子さんがいる』という事前情報があったなら、『床の汚れは気になりますか?』『お洗濯物たたみましょうか?』などとヒアリングして、ご要望を汲み取っていきます」

ただ、依頼主の中には要望をうまく伝えられない人もいます。家事を依頼することに慣れておらず、「お願いしていいのかな?」と迷ってしまうのです。

「今思うと入社当時はお客さまのご要望を十分に汲み取れず、作業が独りよがりだったな……と思いますね。今はお客さまがどこを綺麗にしてほしいか? 自然に分かるようになりましたが、当時は『あそこも! ここも!』と自分がやって差し上げたいことにしか考えが及ばなかったんです」

「面白そう」と軽い気持ちでこの仕事を始めた井山さんでしたが、次第に「もっと突き詰めてみたい」と思うようになります。

「定期契約のお客さまの場合、合鍵をお預かりして不在時に作業することも。何度も伺っていると、その日のお部屋の雰囲気で『今日は朝、お子さまが駄々を捏ねたんだな』『きっとお仕事で疲れていたんだな』などと分かるんですね。テーブルから書類がばさ〜! と全部落ちていたり、流し台に昨晩のお茶碗がまだあったり。そういう時は、食器を洗うだけじゃなくて、拭いて棚にしまうまで終わらせて、お客さまの家事負担が少しでもなくなるようにしています」

ベアーズの家事代行には「スポット依頼」と「定期契約」の2種類がある

井山さん自身にも、小・中・高校生の子どもがいます。上記のような場面に出くわすと、自分の時間が取れなかった自身の子育てを思い出し、「もっと休んでほしい」と作業に熱が入りました。

「『一週間分の家事を3時間でやってくれて、自由な時間ができました』と言われた時は、ああ良かった、と思いましたね」

「もっといろいろなお客さまのところへ行ってみたい」。井山さんは、紹介された依頼先は、絶対に断らず引き受けるようになります。

2022年10月には、「家事代行一本でやっていきたい」という気持ちが強くなり、介護助手の仕事を辞めて、ベアーズの契約社員になりました。

家事代行スタッフは“寄り添う”存在

井山さんの脳裏に焼きついている光景があります。それは、一人暮らしの女子大学生の家を訪れた時のことです。

1LDKの部屋に45リットルのごみ袋4、5個分のペットボトルが散乱し、台所にはごみ袋や容器が、天井の高さまで積み上がっていました。「勉強が忙しいのと、コロナの後遺症で掃除ができない」と言う依頼でした。

「こんな部屋ですが、なんとかなりますか?」

申し訳なさそうに言う依頼主に、井山さんは「大丈夫です」と伝えました。嫌だとは思わず、むしろ「3時間でリビングと台所、洗面所とトイレはいけそうだ」とやる気がみなぎったそう。

井山さんが作業を終えると、女子大学生はぽろぽろと涙を流しながら言ったそうです。

「これで人間らしい生活を送れます」

「その時、『この仕事をしていて良かったな』と心から思いました。母親のような気持ちで『大丈夫、大丈夫』と伝えました」(井山さん)

一方、中にはハードルの高い依頼もあります。

チリ一つ落ちていないぴかぴかの家で「掃除をしてくれ」と頼まれた時は、さすがの井山さんも「どこを掃除すればいいんだろう?」と迷ったそうです。

「最初から綺麗なお宅はとても難しいです。清掃しても変化を感じていただきにくいですし、人によって『綺麗』の基準は違います。決して安いお値段ではないし、お客さまをがっかりさせたくないので、最初のヒアリングで『さらっとでも良いから全体的に掃除してほしい』のか、『徹底的にやってほしいのか』をしっかり確認していますね」

(写真はイメージ)

一人暮らしの男性宅では、“世話焼きのおばちゃん”になりきることも。

「作業に入る時は『貴重品や、触ってほしくないものはありませんか?』とお聞きしますが、洗濯物の中に下着が紛れ込んでいたりすることもよくあります。その時は、『こだわりの畳み方ありますか〜?』と聞いたりしながら、淡々とてきぱき作業する。“おばちゃん”ならお客さまも気を遣わないですし、恥ずかしくないと思うんです」

依頼主と仲良くなりすぎないことも、井山さんが大切にしていることの一つです。

「仲良くなると、お客さまは要望を言いにくくなってしまうんですね。『あそこもやってほしいな、でも井山さん一生懸命やってくれているから言いにくい……』とならないように、しっかり線引きをして、長いお客さまでも初心を忘れないようにしています」

「家事代行は一生の仕事になる」と確信

家事代行の仕事をはじめて一年半が経過した現在、

「家事代行はきっと一生の仕事になる」

井山さんはそう感じています。

「人生で最後の仕事にしようと思えるくらい楽しいですし、ずっとやっていきたいな、と思っています。スタッフの中には70代の方もいらっしゃるんですよ。何歳まででもできる仕事って、そんなにないよな、と思うんです」

今までの仕事との大きな違いは、依頼主が「すっごく綺麗になった」「助かった!」と目を輝かせて喜んでくれることです。役に立てた実感が得られるのは、井山さんの原動力となっています。

「たくさんの人にベアーズを知ってもらいたいので、営業にも興味があります。『あ、明日ベアーズ呼ぶか』と誰もが思えるくらい、認知度を高めていきたいです」

井山さんがそう意気込むのは、子育て中の知人から、「夫婦で育児休暇を取得したけれど、正直、それによって楽になったのかは分からない」という話を聞いたのも理由の一つです。

「初めての子育てだったり、普段から協力して家事をやる体制だったりが整っていなかったら、たとえ夫婦一緒に育休を取って2馬力になっても、大変なことには変わりないと思うんですよね。そこに子育てのベテランスタッフや家事のプロが加われば、時間にゆとりができ、育児や家事へのプレッシャーも減って、きっとうまく回ると思うんです。

ただ、それには金銭的なハードルもあるので、今関東の一部で行われているような家事代行に使える自治体からの補助が、全国に広まればいいなと思います。家族プラスアルファ私たち、という世の中があたり前になれば、育児がもっと楽しくなるんじゃないかな」

井山さんが一番大切にしているのは、依頼主に”寄り添う”こと。

「家事を頼むことに後ろめたさがある」
「家事なんかにお金をかけて、と罪悪感がある」

という依頼主は未だ多いそうで、「そうした人にも『大丈夫ですよ、やってほしいことはなんでも言ってください』と寄り添えるサービスがしたい。だからこそ、『散らかっていますね』『汚いですね』といったネガティブワードを口にせず、『こうしたほうがいいですよ』というアドバイスもしないように気をつけている」と井山さんは話します。

井山さんのように活き活きとはたらく家事代行スタッフに支えられる人が、これからもさらに増えていくのかもしれません。

(文・写真:原 由希奈)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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