猫にも頭を下げる「用地職員」の仕事が楽しい理由

2023年12月14日

はたわらワイド編集部が、世に発信されているさまざまな個人のはたらき方ストーリーの中から、気になる記事をピックアップ。
今回は、ちょっと変わった仕事をしている用地職員の話をご紹介します。

用地職員のウエチカズヤさんは、用地となる土地を取得するためにたくさんの人々と関わっています。土地の引き渡しとなると説明や手続きが多く、それだけ丁寧なコミュニケーションが求められるもの。ある山林の引き渡しを行う際、権利者である高齢の女性の言葉に衝撃を受け、その後のはたらき方が変わったと語ります。そのエピソードをnoteに投稿しました。

※本記事の引用部分は、ご本人承諾のもと、投稿記事「用地職員のお仕事」から抜粋したものです。

土地の引き渡しを担う用地職員

「用地職員」とはどんな職種か、知っていますか?
ぼんやり聞いたことはあっても、どんな仕事をしているのか、そもそも「用地」とは何か、知っている方は少ないのではないでしょうか。

ウエチカズヤさんは用地職員です。
用地」とは「河川堤防や道路、電線路、通信線路などの社会インフラを新しく敷設整備するためにはそれらの用に供するための土地」のこと。
社会インフラとなる道路などを作る際には、この用地を取得する必要があるのですが、これは簡単なことではありません。

もともと個人や法人が所有していた土地を、国、自治体や、電気、通信、鉄道会社などのインフラ整備を担う組織(土地収用法では「起業者」といいます。)が正当な補償の下に公共用地として取得(又は使用)することが常です。

「用地職員のお仕事」より

用地職員の仕事は、この用地の取得作業を行うことです。

私有財産の権利者の方々(土地・物件所有者、賃借権者、担保物権の権利者等々)に直接お会いして、一定の基準に基づいて算出された土地代金と損失補償額をお示しして、同意をいただき、契約を締結して物件を移転していただいて土地の引き渡しを受けて対償となる土地代金と損失補償額をお支払いする事務を執ります。

「用地職員のお仕事」より

土地の権利者の人たちに会って説明会をして、納得をしてもらったうえで保有していた土地を引き渡してもらわないといけないので、数え切れないほどの丁寧なコミュニケーションを積み重ねていかなければなりません。

ウエチカズヤさんは、特に大規模な用地取得の現場では
「道にいる猫にも頭を下げる思いで地域の皆様に接してこい!」
と先輩に教えられ、その言葉を胸に仕事に臨んでいました。

ある年、新しく始まる道路事業の用地取得を担当することになり、権利者が多く住む集落へ足を運びました。

どなたにお会いしても失礼がないように、それこそ農道を歩く猫にも頭を下げて挨拶をするような日々でした。
地域の皆さんは、そんな僕ら(新任係長の僕31歳と20代の係員お二人)の姿をちゃんと見てくださっていたようです。

「用地職員のお仕事」より

丁寧な姿勢でコミュニケーションを重ねるウエチカズヤさんは、地域の人々から
「うちの子供たちもよそでこんなふうに頑張って仕事をしているのかなと思うと協力しないわけにはいかないよね」
といった温かい声をかけられ、かわいがってもらったと語ります。

公共事業のために土地を提供したり、住宅を移転しなければならなくなったりといった特別な犠牲を余儀なくされる権利者の方々に対して、事業への協力をお願いする業務に従事する用地職員が、誠意を伴った説明をきちんと行えば、それはちゃんと届くのだ、というとてもありがたい経験をこの現場でもさせていただきました。

「用地職員のお仕事」より

そんなある日、20年以上が過ぎた今でも忘れられない一言を聞きます。

誠意とは何か

ウエチカズヤさんが担当する土地のなかに、山林がありました。測量作業では山道に入り、土地の境界をしっかり確認しなければなりません。

もともとの権利者は亡くなり、高齢の女性が相続権者になっていました。その女性は娘さんといっしょに立ち会いに訪れましたが、2人ともこの土地には訪れたことがありませんでした。
険しくはない山でしたが、高齢の女性にとってはやや厳しい作業です。

ウエチカズヤさんは、テント張りのベースで用地取得の流れを説明しました。

測量調査をして、図面を作成して、損失補償の対象を特定して、土地代金やその他の損失補償額(取得しようとする土地は山林なので、立木や工作物の移転料を補償することがあります。)を算定すること。奥様の場合は配偶者の方の遺産分割協議を済ませていないとのことなので、相続人間で相続持分割合を決めていただく必要があること。相続権者が決まったら、補償額を提示した上で、土地売買契約に同意をいただきたいこと…。

「用地職員のお仕事」より

さまざまな手続きがあり、説明をするだけでも一苦労です。
長い説明を聞いた高齢の女性は、改めて目の前の山を見上げ、こう言ったそうです。

「必要な全ての土地に同じだけの手間をかけて、説明をして同意を取り付けるの。ふぅ、たいへんなお仕事。人の心は平らではありませんものね」

最後の「人の心は平らではありませんものね」という言葉が、ウエチカズヤさんに大きな衝撃を与えました。

その言葉を反芻するうちに、こんな気づきを得たそうです。

さまざまな考えをお持ちの人々と相対して、土地のご提供をお願いして、同意をいただくことは、平らではない人の心を、誠意を伴ったきちんとした説明でなだらかにすること、と思えたのかもしれません。

個々の財産を正当な補償の下に提供していただき、その後の生活を再建していただく。その前提として、人の心をなだらかにする手数が不可欠なのだと。

そして、事業に必要とされる全ての土地を確実に取得することが求められている用地職員にとってその手数はなおさら大切なものなのだと。

「用地職員のお仕事」より

それから、より一層「誠意を伴ったきちんとした説明」を心がけるようになりました。
「誠意を伴ったきちんとした説明」とは、結果として嘘になるかもしれない言葉は口にしないことであったり、前例を鵜呑みにしないようにすることだったりします。

ウエチカズヤさんは、今この瞬間は問題ないと思えることでも、あとから問題が生まれるリスクがあると言います。
未来を予知するのは不可能ですが、自分の工夫次第で「正しい根拠」を確保し、根拠のない思い込みを防ぐことは可能です。

そのためには、多くの材料に当たって、自分なりの仮説を立て、多くの人と話してみることが最も手早いのではないかと思います。
多くの材料や相談できる人たちの意見によって、先達の知見を得て、その高みから見渡す(仮説を元に正しい根拠を確保する)ことって、慣れてくれば、案外手間をかけずに、かつ、容易に自分の思い込みを打ち破ることができる有益な方法だと思うのです。

「用地職員のお仕事」より

「人の心は平らではない」と知ったウエチカズヤさんは、その分たくさんの人の心に触れることで、より多くの人にとってより良い場所に着地できるように、そしてその過程も楽しめるように工夫しています。

どんな仕事でも、なかなか関係者の意見がまとまらず、一筋縄でいかないことも多々あるでしょう。

そんなとき、
「人の心は平らではない」
と思ってコミュニケーションを重ねてみると、過程を楽しみながら目的を達成できるかもしれません。

<ご紹介した記事>
用地職員のお仕事

【プロフィール】
ウエチ カズヤ
うちなーんちゅin葛飾の江戸川向こう/用地マン/読みたいことを、読んでばかり。

(文:秋カヲリ)

※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。

15

あなたにおすすめの記事

同じ特集の記事

  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る
エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

人気記事

日本で最初のオストメイトモデル。“生きている証”をさらけ出して進む道
スタバでも採用された「最強のカゴ」。老舗工具箱屋が、アウトドア愛好家から支持を集めるまで
SNSで話題沸騰!『おたる水族館』の、人びとを笑顔にする“グッズ開発”の裏側
自分で小学校を設立!北海道で“夢物語”に挑んだ元教師に、約7,000万円の寄付が集まった理由
「歌もバレエも未経験」だった青年が、劇団四季の王子役を“演じる”俳優になるまで
  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る
エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

人気記事

日本で最初のオストメイトモデル。“生きている証”をさらけ出して進む道
スタバでも採用された「最強のカゴ」。老舗工具箱屋が、アウトドア愛好家から支持を集めるまで
SNSで話題沸騰!『おたる水族館』の、人びとを笑顔にする“グッズ開発”の裏側
自分で小学校を設立!北海道で“夢物語”に挑んだ元教師に、約7,000万円の寄付が集まった理由
「歌もバレエも未経験」だった青年が、劇団四季の王子役を“演じる”俳優になるまで
  • バナー

  • バナー