テレビからYouTubeへ。『街録ch』ディレクター三谷三四郎の「凡人の戦い方」

2022年7月8日

YouTubeチャンネル『街録ch−あなたの人生、教えてください』には、ホストにはまった妻の借金を背負った男性、宗教教祖の父と絶縁した男性、覚せい剤で逮捕された元女性受刑者、さらには人気お笑い芸人や大御所タレントまで、色濃い人生を歩んできた人々が登場。街頭インタビューで自身の歴史を赤裸々に語っています。

そんな濃密な動画を作っているのは、元フリーランスのテレビディレクターである三谷三四郎さん。三谷さんは、「話を聞いてみたい」と思う人であれば先入観にとらわれずカメラを回し、その人の物語を深ぼっていくことで、リアルな人物像をありありと浮かび上がらせます。

もともとは華やかなテレビ業界で11年間もキャリアを積んだ三谷さん。国民的人気番組『笑っていいとも!』のADを務め、ディレクターになってからは『さまぁ〜ずの神ギ問』や『有吉ジャポン』などを担当していました。そこからなぜYouTubeへと活動の場を移し、どうして一般人にもカメラを向け続けるのか。三谷さんご本人に聞きました。

幼少期からドキュメンタリーな日常の中にいた

三谷さんは東京の国立市で生まれました。一軒家が多く立ち並ぶ比較的裕福な地域に住んでいましたが、三谷さん自身はやや質素な生活をしていたそうです。

お父さんの職業は児童養護施設の先生。家の目の前に施設があり、さまざまな事情で両親と暮らせない子どもたちが暮らしていました。お父さんのパソコンでゲームをしていた時、ふと目に入ったテキストファイルに

「Aくんのお父さんが突然やってきた。近くの公園で話を聞くと、所持金が1,000円もなく、家に帰るお金もない。今Aくんに会わせてもショックを与えてしまうので、電車賃だけ渡して帰ってもらった」

といった内容が記載されていて、幼いながらも「見てはいけないものを見てしまった」と複雑な気持ちになったと言います。

「小学生のころ、同級生に『お前のお父さん、人を飼ってるんだろ?』と言われたことがあって。『人を飼っている』なんて言葉を子どもが思いつくわけないから、その同級生の親がそういう言い方してるってことですよね。そういうシビアな現実に触れる機会が多くて、変に冷めた子どもでした」

幼いころから、生々しい現実と隣り合わせの生活を送っていた三谷さん。中学生の時、家庭内でも深刻な出来事が起きました。養護施設の子ども同士が争った際に片方の子どもが怪我をして後遺症を負ってしまい、リハビリを手伝っていた三谷さんのお父さんがなぜか家族から訴えられてしまったのです。

「父親がくも膜下出血で倒れて療養中の出来事で。まだ体も回復していないのに訴えられてしまって……」

家に週刊誌記者が来るほどの騒ぎになり、お父さんは養護施設の仕事を辞めることに。三谷さんが高校生になりアルバイトを始めるまでは、お母さんがパートで生活費を稼ぐ苦しい生活を強いられます。

幼少期から思春期までこうした辛辣な現実と直面することも多かった三谷さんですが、同時に目の前の事実を受け入れる度量と、厳しい状態を乗り越えるハングリー精神を培っていきました。

憧れだけで飛び込んだテレビ業界での挫折

学生時代、これといった得意分野もなく、明確な夢はなかったという三谷さん。経済的に余裕がない生活における唯一の娯楽はテレビでしたが、もともとは「テレビに関する仕事をしたい」という意欲はなかったそうです。

漠然と目指していたのは教職。学校生活が楽しかったので先生になろうと考えたものの、教職の勉強をするうちに「学校は好きだけど、勉強は好きじゃない」と気付き、幼いころから唯一の娯楽として慣れ親しんでいたテレビに関わる仕事を志すようになりました。

「思春期のころ、松本人志さんの著書『遺書』を読んで、こんな天才がいるんだって衝撃を受けたんです。同時に、自分は凡人なんだということにも気付かされたので、演者になりたいって気持ちはありませんでしたね」

『松本人志さんに会えたらいいな』くらいのモチベーションで始めたという就活では、大手テレビ局の面接にはなかなか受からず。新卒では派遣会社に入社し、三谷さんはいわゆる“派遣AD”として撮影の現場に関わることになりました。

バラエティ番組を担当したかったもののなかなか携われず、ようやくバラエティ番組に配属されたのはADになって4年目のこと。担当したのは当時“日本唯一の生放送バラエティ”だった『笑っていいとも』。連日続く生放送の現場は極度の過密スケジュールで、想像を絶するほど多忙な日々を過ごすことになりました。

さらに、三谷さんは以前から「バラエティ番組で活躍できるように」と編集技術を磨いていましたが、生放送だと編集作業がありません。多忙かつ不慣れなバラエティ現場で強みを生かすことができず、もどかしい日々が続きました。

それでも、戦友のような同僚や、頑張りを認めてくれる演者に支えられて『笑っていいとも』の最終回まで何とか走り抜けた三谷さん。28歳でADからフリーディレクターへと転身し、さまざまな番組に携わる中で念願の編集作業にも打ち込めるようになりました。

初めて「めちゃくちゃ楽しい」と思った“街録”との出会い

YouTuberという現在の活動につながる転機になったのは、東野幸治さんMCのテレビ番組『その他の人に会ってみた』。個性的な“少数派の変わった人”にフォーカスするバラエティ番組です。三谷さんは特定の場所に5日間ほど滞在し、変わった人を取り上げるVTRを制作していました。これが街中でインタビューする『街録ch』の原点となっています。

「ディレクター人生で一番楽しかった仕事です。一般人にスポットライトを当てて、VTRでおもしろさを引き出すのにやりがいを感じました。『どこをどう編集したら、スタジオの笑いを生むVTRになるか』を考えながら編集するのが死ぬほど楽しかったです。最高のできにしたいから、報酬以上の努力も惜しみませんでした」

タレントを取り上げる番組だと、その番組のおもしろさは大抵の場合タレントの力量に依存するもの。しかし「一般人にフォーカスした番組は、編集など制作側の工夫でおもしろさが生み出せる」と三谷さんは気付き、そして「自分の手で番組をおもしろくしたんだ」という手応えが、今までにない喜びをもたらしたのです。

しかし、番組は1年で終了。やりがいを失ってしまった三谷さんは、以前から興味があったYouTubeに目を向けます。

「どんなにいいVTRを作っても署名は入りませんし、自分が作ったものだとは認知されません。そもそも、番組そのものに人気がなければ人の目に触れることもない。それってすごくもったいないじゃないですか。だったら自分の名前で活動できて動画を残せるYouTubeで、大好きな“街録”に挑戦してみたいなと思ったんですよね」

2020年3月、三谷さんは街頭インタビューを始めます。歌舞伎町周辺などで個性的な一般人に声をかけ、1~2時間インタビューし、30分~1時間の動画に編集して毎日投稿しました。

最初はYouTubeチャンネルの知名度もなかったため、10人に声をかけて1人応じてくれればいいほうでしたが、テレビ時代のハードワークに比べればはるかに楽だったそう。根気強く動画を出し続けるうちに少しずつファンが増えていき、「自分を取材してほしい」「あの人を取材してほしい」と自薦他薦の応募も届くようになりました。

一気にチャンネル登録者数が増えたのは、取材開始から半年が経った2020年9月。『街録ch』の原点となった番組のMCである東野幸治さんにインタビューし、認知度が大きく上がりました。

「一般人のおもしろさを引き出す楽しさに突き動かされて始めたチャンネルでしたが、一般人だけに限定しているわけではなくて。おもしろい一般人を見てもらうためにも、有名人にも出てもらってチャンネルの認知度を上げたいですし、単純に話を聞きたい有名人もいるので、出てもらえるのはありがたいんです」

とはいえ、東野幸治さんはかなりの大物。InstagramのDMからダメもとでオファーしたところ、「制作会社のディレクターとして出会った人が、タレントに直接オファーするなんて初めてだ」とおもしろがり、食事に連れて行ってくれました。

「当時はまだ登録者が9,000人しかいなくて。恐れ多いなと思いつつ『1万人記念に出てくれませんか』とお願いしたら『ああ、ええよ』と快諾してくださったんです。取材の調整に時間がかかり、実際に取材して動画を公開したのは2.5万人のタイミングだったんですが、90分間もノーギャラで話してくださって、本当にうれしかったですね」

東野幸治さんの動画は大ヒット。引き続き一般人を取り上げつつも、著名人にも取材を重ねて着実に登録者数を増やしていきました。一般人から著名人までありとあらゆる人たちが登場する人間図鑑のようなチャンネルに成長したのです。

インタビューを通じて、テレビ業界時代のコンプレックスを乗り越えた

登録者数が数十万人になっても、三谷さんの中にはテレビ業界にいたころのコンプレックスが残っていました。

「僕たち現場の人間がどれだけ調べて考えた企画も、大御所の一言でひっくり返ることはざらにあって。Aという企画を練りに練って作っても、大御所がBと言ったらBになる、みたいなことが少なくとも僕のまわりでは続いていて、やるせなく思っていました」

その代表格として、当時三谷さんは放送作家の鈴木おさむさんにも同じ感情を向けていました。三谷さんは、もともと鈴木おさむさんが手がけた映像作品のファンで、作品を観て涙したこともあったほど。にもかかわらず、こうした出来事への不満が溜まるうち、負の感情を抱くようになってしまったそうです。テレビ業界の慣習や仕組みによる弊害でしたが、どうしてもそれを受け入れることができませんでした。

そんなある日、『街録ch』の存在を知った鈴木おさむさんから「何かあったら相談してね」と応援の電話がかかってきました。ありがたい申し出でしたが、まだ昔の感情を消化しきれていなかった三谷さんはそっけなく生返事して終わらせてしまったのです。

そんな三谷さんの心境に変化が生まれたのは、家族が起こした事件により差別された加害者家族の男性への取材をした時でした。

「子どもの時からマスコミに追われ、周りからひどい言葉もぶつけられ、ものすごく苦労してきた人なんですが、世の中を全然恨んでいないんですよ。親切な人もいたから、とポジティブな面に目を向けて、現実を受け入れているんです。こんなに大変な思いをした人が前向きに生きているのに、俺なんかがぐちぐち言っているのはダサいなって反省しました」

「鈴木おさむさんが悪いわけではなく、テレビ業界のシステムの問題だ。自分の逆恨みでしかなかった」と猛省した三谷さんは、その気持ちを正直に打ち明けた動画を鈴木おさむさんに送り、謝罪をします。鈴木おさむさんは謝罪を受け入れ、動画のリツイートまでしてくれました。

「逆恨みしていた人間の動画を紹介してくれるなんてって感動しました。しかも取材のオファーまで受けてくれましたし、鈴木おさむさんのラジオにもゲストで招いてもらいました。すごくありがたかったです」

鈴木おさむさんは、三谷さんのインタビューを受けて
「何時間もかけて準備したものが俺の一言で振り回されて、三谷みたいに恨んでいるディレクターがいるってことを自覚して生きようと思った。仕方ないことでもあるけど、それを分かっているのと分かっていないのとじゃ違うんだよ。認識するのが大事だと思う」
と語っています。

凡人だからできる戦い方がある。一般人の個性を最大化する動画に

こうして過去を消化してステップアップした三谷さんの目標は、チャンネル登録者数100万人。2022年6月現在、チャンネル登録者数は73.3万人で、年内達成を目指しています。

「テレビ業界では活躍できなかったコンプレックスがあるので、ディレクターとして胸を張るために、登録者数100万人を達成したいですね。数字だけで評価するのはよくないとも思うんですが、100万人って分かりやすいじゃないですか。まずはそこを目指したいです」

相手を画面いっぱいに映し、自然な語りをそのまま動画にする三谷さんの手法は、尺や構成が決まっているテレビ番組ではできないもの。『街録ch』はテレビ的な演出を避け、徹底的にやらせや誇張を排除しています。

取材対象者の下調べは最低限にして、先入観がない状態で取材に臨むのが三谷さん流。会った瞬間からカメラを回し、質問で意図的に流れを誘導することもありません。視聴者が気になるであろうポイントだけ押さえ、本人に自分の人生を語ってもらいます。

「テレビ番組ではおもしろさを担保するために、キャッチーな部分だけピックアップして分かりやすく演出することもあります。それも一つのやり方で間違ってはいないけど、自分はありのままを伝えるスタイルにしたかった。たとえタレントみたいにしゃべりが上手くなくても、本人の言葉で人生を語ってもらってはじめて伝わるものがあると思うんです」

知名度がない一般人でも、その人の生い立ちから深掘りして人物像の背景まで見せることで、コンパクトでキャッチーな情報だけでは伝わらないディテールが浮き上がり、個性や魅力が際立ちます。「自分は凡人だ」と自覚してディレクターの仕事に悪戦苦闘してきた三谷さんの人生体験も、こうした動画の内容や描き方に影響を与えているのかもしれません。

YouTubeという舞台で、自分が本当に作りたかった動画を形にしている三谷さん。日常が広がる街中でカメラを構え、むき出しの個性を捉えた動画には、唯一無二の人間像が凝縮されています。

(取材・文:秋カヲリ 写真:倉持涼)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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