がんになり、農作業員からTwitterの中の人へ。人気農業アカウント「安井ファーム」が生まれた理由

2022年6月1日

有限会社安井ファームの公式Twitterアカウントが人気を集めています。安井ファームはブロッコリーなどの野菜を扱っている農業法人。ブロッコリーの見分け方や調理の仕方、レシピなどをツイートし、「ブロッコリーの美味しい食べ方」に関してフォロワーから寄せられた質問にツイートで返答するなど、Twitterの特徴を活かしてユーザーとコミュニケーションし、ファンを増やしています。

Twitterの中の人は、安井ファーム初の広報担当者。それまで企業Twitterの運用経験はなく、当初は広報担当者になるつもりもなかったそう。しかし、がんになったことをきっかけに農作業から広報へと大きくキャリアチェンジしました。すべてゼロからのスタートで身体面の不調もある中、どのように仕事と向き合い、人気アカウントを作っていったのか、ご本人に伺いました。

がんになり、大好きな畑仕事ができなくなった

――いつごろから農業に興味をもたれたのですか?

北海道の大学で食品科学科に在籍し、食品について学んでいたのですが、農家のアルバイトで農業に惚れこんだんです。地平線いっぱいに広がるジャガイモ畑に夕日が沈んでいく様子があまりにも美しくて「こんな景色を見ながらはたらけたら幸せだな」と思い、農業の道に進もうと決めました。

――ロマンチックなきっかけですね! 卒業後すぐに安井ファームに就職されたのですか?

いえ、北海道に残って農業生産法人に就職しました。実習期間を終える3年目で「ゆくゆくは自分で農業経営したい」と考え、地元の石川県に戻り、それからの1年間は、石川県が運営する農業塾に通って農業関係の知識を全般的に学び直しています。

安井ファームに出会ったのは、農業塾に所属していたころのこと。石川県主催の就職合同面談会で、私が北海道の農業生産法人でFacebookページの運用を担当していたことに興味を持ってくれたんです。でも、農園の様子をFacebookに投稿していたくらいで広報のスキルはほとんどなくて(笑)。それに、畑の上でめいっぱい体を動かしてはたらきたくて、自ら「体力には自信があります!」と言って、野菜の農作業員として採用していただきました。2015年4月のことでした。

――では、なぜ広報職に?

実は、入社して1年足らずでがんが見つかり、畑仕事ができなくなってしまったんです。しかも2回目。1回目は、北海道の農業水産法人を辞めて石川県に戻ったばかりのころで、告知された時は目の前が真っ暗になりました。初期の状態だったので、農業塾が始まる前に手術をして摘出できたのですが、2回目となると振り出しに戻った気分でしたね。

幸い、今回も早期発見できて無事手術は成功したのですが、体力は全盛期の半分以下になりました。とても農作業ができる状態ではなく、少しでも重い物を持とうものならフラフラして、かえって迷惑をかけてしまうくらいで。畑で農作業をしたくてこの仕事を選んだのに、それができない体になってしまったのが本当に歯がゆくて、なかなか受け入れられませんでした。

――それはつらいですね……。2回目のがん発覚から、どのように過ごしていたのでしょうか。

2016年2月に手術して、2カ月後の4月に会社復帰したのですが、ほとんど何もできませんでした。手持ち無沙汰で時間だけがあり、「何のためにここにいるんだろう?」と考えてばかりいました。やっぱり一番やりたいのは畑仕事でしたから、自分の存在意義が見いだせず、本当にしんどかったです。

それでも辞めずに踏みとどまれのは、一つは社長の存在です。入社直後に畑仕事ができない体になってしまい、クビになって当然だと思っていたのですが、社長は「何かしらできることがあるはずだ」と私を残してくれました。その恩を返したかったんです。

あとは「農業を続けたい」という気持ち。大好きな農業をあきらめられなかったんですよね。

――広報の仕事をすることになったのはなぜですか?

日常生活で精いっぱい自分の体と向き合っているうちに、畑仕事ができないという事実を受け入れられ、「広報で農業の魅力を外に発信しよう」と思えるようになりました。会社復帰してから9カ月が経った2017年1月に「広報で知名度を上げる活動をさせてもらえないか」と社長に相談したんです。

それまで安井ファームには広報がいなかったのですが、社長はチャレンジ精神を大事にする人で、「とりあえずやってみなさい」と新しくポジションを作ってくれて、ようやく広報としてはたらくようになりました。

自分の“当たり前”がお役立ち情報に。バズる人気アカウントへ

――広報になってからは、どんな取り組みをしましたか?

探り探りでFacebookページを作って情報発信するようになったのですが、最初は全然反響がなくて。2017年の功績は、とある農業の作文コンテストで入賞したことくらいでした。書いた作文が新聞に載り、取材してもらえたのです。作文では、がんになって畑仕事ができなくなった私が、会社に救われたことについて書きました。

――それによってメディア露出は増えましたか?

2018年に入ってテレビ取材を1件いただけたものの、それからは音沙汰がなくて。「自分からメディアに情報発信をしなくちゃいけないんだ!」と気付きました(笑)

その時は新聞社のFAX番号しか調べられなかったのですが、会社で起きたことや自分の体験談などをプレスリリースにまとめ、いろいろな新聞社に送りました。その甲斐あってか、その後は地元紙の一面に掲載されたり、地元のニュース番組で特集を組んでもらったりして、少しずつ露出が増えていったんです。2018年は、メディアとの関わり方を学べた1年でした。

――今はTwitterの公式アカウントで人気を集めていますが、いつからTwitter始めたのでしょう?

広報になって3年目を迎えた2019年2月です。Twitterで公式アカウントを立ち上げ、安井ファームの主力商品であるブロッコリーの消費拡大を目的とした情報発信を始めました。Twitter運用は右も左も分からず、探り探りのスタートでしたね。

――Twitter運用で一番苦労したことはなんですか?

Twitterの投稿を始めて1年ほどでネタ切れになり、マンネリ化を乗り越えるのに苦労しました。ブロッコリーの消費拡大という目的はあるものの、発信するツイートの方向性が定まらず、行き詰まってしまったんです。

1年目は認知を広げるために企業間交流に注力し、ほかの企業アカウントにリプライしたりリツイートしたりしていたのですが、安井ファームのタイムラインが他社の情報であふれてしまって個人的に少し違和感がありました。また、せっかく交流して仲を深めても、相手企業の担当者が異動などで卒業すると関係が薄くなってしまうのも長期的な運用を考えていただけに不安でした。

そこで、それまで安井ファームのフォロワーさんに向けて発信をしていたのを、世の中全体に向けて発信するようにしました。それまでは内容が刺さる人に刺さればいいや、と交流のある他企業との身内ネタをツイートしたりと、初めて見た人が分かりにくい情報が多かったんですね。初見の人が見ても驚かないように、誰でも共感できて分かりやすい情報にしようと思いました。

――軌道修正していったのですね。実際にTwitterで反響を得られるようになったのはいつごろからですか?

大きな転機になったのは、2020年12月に投稿した野菜の消費に関するツイートです。


安井ファームのブロッコリーに直結する話ではありませんが、「野菜が安い」という消費者にとってのメリットと、「たくさん食べると農家が助かる」という社会貢献の情報がマッチして、多くの方に興味を持っていただけたのだと思います。このバズを経験して「多くの人のためになり、フォロワー以外の人にも興味を持ってもらえるお役立ち内容」をブロッコリーと絡めて発信すればいいんだと気付き、方向性が定まっていきました。

ただ、そうはいっても具体的な案はなかなか出てこなくて、社外の方と雑談した際にヒントをいただきました。その方に「何を発信したらいいか悩んでいるんです」と打ち明けたら、「生産者の当たり前は消費者にとっての当たり前じゃない。君にとっての当たり前を見つけて、それを発信したらいいんじゃないか」とアドバイスしてくれたんです。

――それからどんなツイートをしたのでしょうか。

20個くらいネタを考えましたが、最初に反響をいただいたのはブロッコリーの見分け方です。私はブロッコリーを選別する業務に従事しているので、その当たり前を発信しました。質のいいブロッコリーを「ナイスブロッコリー」とキャッチーに表現したのも、反響をいただけた理由だと思います。


――バズる情報かどうかをどう見極めていったのですか?

最初は図書館に行って新聞をまとめ読みました。農業がどう取り上げられているか調べて、マスコミや消費者の興味がどこにあるのかをまず知ろうと思ったんです。

一番印象に残ったのは「農業女子」の切り口で、地元の野菜をクッキーやケーキなどおしゃれなお菓子にしてPRしている女性の取り組みを取り上げていました。ただ、安井ファームで農業女子を打ち出すのは難しいので、潔くあきらめましたね(笑)

それ以外だと農家さんのインタビューやコメントの最後に「おすすめの食べ方」がよく掲載されていて、これならできるなと思いまして。自らの実践に基づき、ブロッコリーの茎の剥き方やおいしいブロッコリーレシピなどを消費者目線で発信するようになってから、度々反響をいただけるようになりました。

ベストを尽くし続ければ、あらゆる挫折はプラスになる

――広報のおもしろさはなんだと思いますか?

自分でも予測できないほどの可能性が秘められているところです。Twitterでブロッコリーに関するツイートが注目されるようになって、レシピ本「日本一バズる農家の健康ブロッコリーレシピ」(KADOKAWA)を出版することになったのですが、まさか自分が本を書くとは夢にも思っていませんでした。

こうやって発信力を持ち、たくさんの人から反響をいただけるのはとてもありがたいことですし、はたらく喜びになります。

――特にやりがいを感じるのはどんな時ですか?

ブロッコリーの魅力を伝えられた時です。病気になって畑仕事ができなくなり、「自分の人生には何の意味があるんだろう?」と生きる意味について考えていたとき、社会貢献への意欲が生まれました。ブロッコリーの消費拡大も、私にとっては社会貢献の一環です。少しでも多くの人にブロッコリーの魅力を伝えて、おいしい感動を届けたいと思ってはたらいています。

――最後に、どんな状況でも楽しくはたらくコツを教えてください。

やりたいことを見つけて、あきらめずに挑戦し続けることでしょうか。

がんが発覚して一番強く思ったことは「後悔のない人生を歩みたい」ということでした。後悔のない人生とは、自分がベストだと思った行動をし続ける人生だと思うんです。畑仕事ができないからと農業をあきらめるのではなく、ベストを尽くしてはたらき続けたから「農業に携われたら本望だ」と思えるようになりました。

たとえ失敗しても、うまくいかなくて挫折しても、その経験が無駄になることはありません。「がんになった経験を絶対に生かしてやる」と考えて挑戦し続けたから、広報として発信力を持つことができました。嫌なことがあったら「絶対にプラスにしてやろう」とポジティブに捉えれば、きっと次につながります。
せっかく生きているんですから、あきらめてしまうのはもったいないと思っています。

(文・秋カヲリ 写真提供・有限会社安井ファーム)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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