「歌もバレエも未経験」だった青年が、劇団四季の王子役を“演じる”俳優になるまで

2023年11月1日

「舞台俳優」と聞くと、それだけで華やかなイメージが湧きます。“劇団四季の俳優”ともなればなおさらです。

武藤洸次さんは、ディズニーミュージカル『リトルマーメイド』でアリエルが想いを寄せる王子・エリックを演じる一人。『リトルマーメイド』は同劇団の大人気作で、これまでに全国で約4,000回上演され、400万人以上が観劇に訪れています。

劇団四季では、一つの役に数人が配役されています。そんな中武藤さんは、2021年の初出演以来200回以上エリックとして舞台に立ち、その存在感を大いに発揮しています。

しかし、「“観る天国、やる地獄”で、裏では華やかではない」と言う舞台俳優の世界。いったい、どのような苦労があるのでしょうか?武藤さんが舞台俳優を志した理由、その後ぶちあたった壁についても伺います。

2023年5月28日から11月26日まで、北海道札幌市で特別アンコール公演が行われている『リトルマーメイド』 ©Disney

「入団オーディションに3回挑戦して、だめだったら諦めよう」

――海の上の世界に憧れる人魚姫・アリエルが、人間の王子・エリックに恋をする物語『リトルマーメイド』。武藤さんは2021年からエリック役で出演されているそうですが、演じる上で大切にしていることはありますか?

たくさんあるんですけど、外見的なことで言えば「王子」のイメージが崩れないように意識しています。きれいな衣装で登場した王子が猫背だったり、ガニ股だったりしたらがっかりしてしまうと思います。だから普段から姿勢や歩き方に気をつけていますね。

©Disney 撮影:下坂敦俊

あとは、ミュージカルにはどうしても音楽による「尺」があるので、そこだけは緻密に計算しながら演じています。その場の感情だけで進めてしまうと、その日によって劇自体が長くなったり、短くなったりしてしまうので。

たとえば、エリックが海で溺れてアリエルに助けられるシーンは、「気絶して意識があるかないかの瀬戸際」という設定で、アリエルの声だけが聴こえている状態です。意識が朦朧とした演技をしながらタイミングを計って次の演技をするのは難しいですが、尺という「決まり」があるからこそ、舞台に“清潔感”が出ると個人的には思っていて。

――舞台における“清潔感”とは?

決まりがあることで、俳優のエゴではない、お客さまから見て気持ちのよいステージになるのではないかと。その中でクオリティの高い芝居を追い求めていくのが舞台俳優なのかなと、ぼくは思っています。

一番大切にしているのは「20歳の青年」を演じること。『リトルマーメイド』には、アリエルからの「自分の居場所は自分で見つけるものでしょ?」というメッセージが込められていますが、エリックもアリエルとまったく同じで、「自分の居場所を自分で見つけたい」と葛藤している青年なんです。

単純にキラキラした王子ではなく、人間的な悩みや葛藤が伝わるように、過去の自分の経験を活かして、誠実に演じるよう心がけています。

――過去のご経験についても伺いたいです。武藤さんは劇団四季に入団する前、バスケットボールに12年間打ち込まれていたとか。なぜ、舞台俳優を志したのでしょうか?

バスケは小学一年生の時に、4つ上の兄の影響で始めました。兄の送迎をする母について行った時に「楽しそうだな」と試合を見ていたら、兄と同じチームの子が「やってみたら?」と誘ってくれて。それからずっと、小学校ではミニバス、中学もバスケの強い学校に進学し、高校まで続けていましたね。

演劇の世界を志した最初のきっかけは、高校の演劇鑑賞会で観たミュージカル『キャッツ』です。初めてミュージカルというものを体験して、もう漠然と「とんでもないな」、「すごすぎるな」と思った記憶だけが残っていて。一番圧倒されたのは歌声です。「どこから声が出ているのだろう?」と思いました。

高校3年の時に学校でミュージカル映画を観る機会があり、なんとなく興味が湧いて、自分でも映画館へ観に行ってみたり。

――高校は、演劇に力を入れているところだったんですか?

全然。まったく普通の高校です(笑)。

それで大学に入って、同じ高校出身の友人から「ミュージカルサークルの新入生歓迎会に行ってみたい。一緒に来て」と言われて、一緒に見に行ったんです。

そうしたら「おい、男が来たぞ」と男性の先輩がたに囲まれて(笑)、「次の公演で主役をやってくれ!」と。演劇の世界って男性の人口が少ないので。

少し興味があったので、「ちょっとやってみるかなぁ」くらいの気持ちで入ってみたんです。当時は「一回だけ出て辞めようかな」ぐらいに思っていました。

――ミュージカルにご興味があったのに、どうして一回だけで辞めようと?

もともと、コピーライターになりたくて勉強していたんです。高校の時に、糸井重里さんの本を読んだことがあって。その方の言葉一つひとつが心に刺さったというか、言葉で心が動かされたというか……それで、「ぼくはこれがやりたいな」と思ったんですね。そこで大学も、(情報もメディアも)広く学べる社会学部に入ったんです。

ただ結局、ミュージカルサークルに入って一回出演してみたら、もう演劇にハマっちゃって。「何かを演じる」ってことが、自分の水に合ったんでしょうね。感覚的に「これは自分に合っている」と感じました。

そこから何回か公演に出るうちに「もうちょっと歌、上手くなりたいな」と思い立って、声楽のレッスンに通うようになりました。

習い始めて2カ月ぐらい経ったころ、「劇団四季の入団オーディションがあるよ」と先生が教えてくれて。当時は大学2年生で、ミュージカル自体も始めてまだ一年。「こんなぺーぺーが受かるわけない」と思いました。

――それでも受けることにした理由とは。

大学で勉強するうちに、企業に勤めてはたらく自分の姿が想像できなくなっていたんです。進路についても悩んでいる状況だったので、気軽に「じゃあ、受けてみるか」と思えたのかな。

ただ一発で合格できるはずないと思っていたので、「大学4年生まで毎年挑戦して、だめだったら諦めよう」と決めていました。

歌もバレエも未経験。「役を生きる」ことの大変さを知った

――入団オーディションは、横浜市にある劇団の本拠地「四季芸術センター」内の稽古場で行われると聞きました。初オーディションは、どんなご心境でしたか?

すごい緊張感でした。記憶にめちゃくちゃ残ってます。一生忘れないですね。

舞台俳優を志す方たちが一堂に会して、書類審査を通った人が予選に進み、予選を通過した人だけが本選に上がり……独特な空気感がありました。

――緊張しそうですね……。

ただ、素人すぎて緊張はまったくしなくて。「動きやすいシューズで来てください」と言われてバスケットシューズ持参で行ったぐらい、何も知らなかったので。「こんな環境があるのか」とむしろ楽しかったです。そうやって楽しめたのは、素人の強みかもしれません(笑)。

ありがたいことにその年に合格させてもらい、大学を辞めて、こちらの道に足を踏み入れました。

――ご両親はどんな反応でしたか?

びっくりしていました。実はぼく、両親に言わずにオーディションを受けたんです。だから、最初は不安だっただろうと思います。「劇団四季に受かったんですけど、行かせてください」と頭を下げた時の両親の驚いた顔は忘れられないですし、いろいろな思いがあったと思いますね。

それでもぼくの気持ちを汲もうとしてくれて、背中を押してくれたので、「それに報いたい」という気持ちが今もあります。

――実際に入団してみて、いかがでしたか?

バレエもダンスも経験がないし、もともとすっごい音痴でしたから(笑)、入団してからが大変でした。一番苦労したのはバレエですね。

――劇団四季の俳優さんには、幼少期からバレエをやられていた方も多いと聞きます。

はい、やっぱり幼いころから習っている方についていくのは大変で。自分は運動神経だけは良いと思うのですが、スピードや判断力、ドリブルのような技術が求められるバスケとは違って、バレエでは自分をどう美しく魅せるか? が重視されます。

姿勢から指先の動き一つまで、どこまでも追求できる奥深い世界ですね。

――当時苦労されたことは、ほかにありますか?

印象に残っているのは、2018年に演じたファミリーミュージカル『魔法をすてたマジョリン』のダビッド。心の美しい青年の役です。

入団2年目で、初めてのメインキャストへの挑戦でした。まだまだ若手でしたので、全然できないこと、スキルが追いつかないこともたくさんありました。台詞も多いですし、歌のソロもありますから……。「役を生きる」というのは大変なんだな、と実感しました。

でも、だからこそ思い出に強く残っていますし、経験を積んだ今の自分でもう一度チャレンジしてみたい役です。

――役というのは、オーディションで勝ち取るんですか。

基本的にはオーディションです。

四季に入団しても劇団内の作品オーディションに受からなければ、稽古に参加することができません。さらに、出演レベルに達しなければ舞台に立つことも許されない、とても厳しい世界なんです。

エリック役は4回目の挑戦で合格したので、めちゃくちゃうれしかったです。

©Disney 撮影:野田正明

自分で切り拓くのが“運命”だけど、“宿命”もある

――一般の私たちから見ると、舞台俳優の方たちはどこか“異世界”にいるようにも思えます。

異世界に見えますか? でも、そうでもないですよ。ぼくからしたら、俳優以外の仕事をされている方を尊敬しています。自分にはできないことをされているので。

仕事だから「辞めたいな」と思ったり、悩んだり苦しんだりすることはいくらでもある。「観る天国、やる地獄」で、裏側では決して華やかではないです。

でもやっぱり、「演劇が好き」という気持ちと、あとは母の言葉ですね。劇団に入る時に母から手紙をもらったんですけども、読み返すと初心を思い出すというか。「なんとか続けよう」と思えます。

「『謙虚で居続けなさい』という母の言葉を心に留め続けている」と言う。「母は偉大だな、自分のことをよく分かっているな……と常々思いながら、自分を戒めています」(武藤さん)

あと、カーテンコール(終演後、観客の拍手喝采で出演者がステージに戻ってくること)で幕が開いた時に、笑顔で拍手をしてくれているお客さまの顔を見ると、「やっていてよかったな」「想いが届いていたんだな」と感じますね。

――これから挑戦してみたい役はありますか?

いろいろな役に挑戦したいですが、「これがやりたい!」という役はあまりないかもしれません。というのも、“役に選ばれる”ような感覚をこれまでにも抱いたことがあって。

「自分でなんとか切り拓いていくのが運命」だと思いつつ、宿命もあると思うんですね。きっと数々の舞台に出られているベテラン俳優の方々も、そういう宿命に乗られたのかな、と考えたりもします。

きっとぼくも今をまっすぐに生きていけば、そういう巡り合わせがあるのかなと。だから、出会った一人ひとりの役と真摯に向き合いたいですね。

性格的には面白いことをやるのも好きなので、コメディ要素がある役もやってみたいですし、人間らしい、味のある役にもチャレンジしてみたいです。

ディズニーミュージカル『リトルマーメイド』札幌公演
会場:東1丁目劇場施設(旧北海道四季劇場)
期間:上演中(※掲載時点) 11月26日(日)千秋楽

(取材・文:原 由希奈 写真:水上ゴロウ)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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