丸1日読書に没頭できる六本木の滞在型書店「文喫」が人気の理由

2023年11月17日

六本木にある「文喫(ぶんきつ)」は、一日中滞在できる新しい形の書店です。平日は1,650円、土日祝日は2,530円で本は読み放題、珈琲、煎茶は飲み放題。一人で過ごす人もいれば、友人とゆっくり過ごす人もいます。

若者の本離れが深刻だと言われていますが、文喫に訪れる客層は20~30代の女性が中心で、ヘビーユーザーも少なくありません。2018年のオープンから着実にファンを増やし、コロナ禍も乗り越えて人気を維持している理由は何でしょうか。文喫 六本木の副店長である中澤佑さんに人気の理由を伺いました。

“文脈”に沿った本・空間・雑貨が並ぶ滞在型書店

――日本初の「入場料がある書店」だそうですね。

入り口の企画展示コーナーから階段までは無料スペース、階段を上った先の2階が有料スペースで、約3万冊の在庫があります。2階の有料スペースには多くの席があり、一人で本と向き合える閲覧室、複数人で利用できる研究室、食事でお腹を満たせる喫茶室があります。お好きな席に座って、おかわり自由の煎茶と珈琲を飲みながらゆっくり本を読んでいただく滞在型書店です。

1階の無料スペースは気軽に入っていただけるように開放的な空間にして、入り口の企画展示は1~2カ月の頻度で新しいものに切り替え、フェアも行いながら常に新しい話題とお店の個性を伝えられる場にしました。

――書店の中でゆっくり食事ができるのは珍しいですね。

スナックやドリンクが豊富な滞在型書店はいくつかありますが、お腹いっぱいになる食事も提供しているお店はあまりありません。文喫では1日ゆっくり過ごせるように、定番のハヤシライスやカレー、エビドリアにナポリタンなど、満足できるボリュームの食事を提供しています。また、ガトーショコラやプリンなどのデザートも扱っています。

――おいしそうです!入場料分の価値を出すために、何を意識しましたか?

普通の本屋では出会えない本との出会いです。文喫は「本と出会うための本屋」というコンセプトで、スタッフが「どんな本をどんなふうに並べたら興味を持って手に取ってくれるのか」という文脈に基づいて本を厳選しています。

一般的な書店では話題の本や新しい本が中心だったり、著者のあいうえお順に並べられていたりしますが、文喫では訪れた人たちに本との出会いを通して新しい価値を知っていただくため、興味に応じて深掘りできるような並びにしています。通常は置いていないようなニッチな本でも、ジャンルごとの担当者が打ち出したいテーマに沿っていると判断すれば置きます。

新しい価値を知るというのは、今までと考え方が変わる体験をするということです。知りたい情報が明確であれば普通の書店やネットで目的に合った本を探せますが、抽象的でぼんやりとした「知りたい」を叶えるには文脈に沿った本棚のほうが適しています。

――たとえばどんな棚がありますか?

「愛」がテーマの棚があります。タイトルに「愛」という言葉が入っている本もあれば、読むことで愛が深まるような本もあります。周りに置く本もさまざまな角度からテーマがつながるように文脈を考えて選んでいるので、本棚をなぞっていくだけでも思考が深まったり、新しい価値観に触れたりする本との出会いが生まれます。

どの本も1冊しか置いていないので、平積みにしている本も全部バラバラです。1冊目に『現代ゲーム全史』、2冊目に『天才』を置くなど、だんだん深掘りできるように平積みしています。

――無料スペースの企画展示はどんな企画を実施していますか?

この入口すぐの「展示室」は、目の前の六本木通りを通行する方の目にも留まる、文喫の“顔”ともいえるスペースです。本が並んでいたり、花や緑でいっぱいだったりと内容は多種多様ですが、「“本屋”という、知的好奇心をくすぐり新たな興味との出会いを提供する場所ならではの企画を」というスタンスは常に持っていて、どんな企画にも、本について、その価値について、僕たちがどのように考えているかあらわれていると思います。
本にとらわれることなく、企業とのコラボレーション企画やアート作品の展示販売など、自由な発想でさまざまな企画を打ち出しています。

―― 今(2023年9月時点)はネイルが並んでいますね。

文喫では、本の価値を広げるために、読書体験と結び付く新しいプロダクトの製作・販売も行っています。その1つが「指先に文学を纏う」をコンセプトに開発した羽根ペンネイルポリッシュです。台湾のネイルブランド「et seq.」(エ セク)と共同で開発したもので、文学作品をネイルの色や質感で表現している点が特徴です。

3年前くらいから取り組んでいる人気企画で、第三弾となる今年の夏は京極夏彦さんの小説「百鬼夜行」シリーズをモチーフにしたネイルを開発しました。第1作『姑獲鳥の夏』から第5作『絡新婦の理』を題材に、文喫のブックディレクターが各作の世界観を色・質感・言葉で表現しています。

これまでに「宮沢賢治」「太宰治」を製作していますが、今回は特に好評で、京極夏彦さんのファンも多く訪れました。オンラインでも販売していますが、完売して入荷待ちになるほど反響があり、文学の新しい価値を生み出せています。

――六本木ならではの企画や取り組みはありますか?

六本木駅から徒歩3分の立地にあり、20~30代女性や美術館が好きな方、観光客が多いので、そういった方々が興味を持ちやすい企画や選書を行っています。羽根ペンネイルポリッシュの企画も、20~30代女性に好評な企画です。

今年7月は夏休みシーズンに合わせた月間キャンペーン「#文喫にいこう。」を行いました。「読んで、歩いて『六本木』を楽しもう」というコンセプトで、文喫スタッフおすすめの六本木スポットをマップにまとめた「六本木よりみちマップ」を貼り出し、よりみちしながらスキマ時間に楽しめる「六本木という街を深掘りする本」「アートがもっと好きになる本」などを販売しました。

主にSNSやHPで情報発信し、いい反響をいただきました。こうした六本木にある書店ならではの取り組みを行うことで、普段六本木に通っている人に「よく新しいことやおもしろいことをやっている本屋」として認知されやすくなっています。

発想を飛躍させる選書サービスが人気

――文喫を作った理由は?

文喫の運営会社は、本の取次を行う日本出版販売の子会社である株式会社ひらくです。出版業界が20年前の2分の1にまで縮小していることに危機感を持ち、「出版業界を持続させるために、もっと本の価値を拡げたい」と考え、2018年にオープンしました。読者が本に触れる機会をさまざまに創る実験の場としても機能させたいと考えています。

――読者と多くの接点を持つために、店舗づくりで意識したことは?

入り口をガラス張りにして、一番近くにある展示コーナーがよく見えるようにしています。企画が変わるたびに「今はなんの企画をしているんだろう?」と興味を持ってもらえるような、空間づくりにこだわっています。

また、六本木は外国人観光客の方も多いので、日本のアニメやカルチャーを紹介するコーナーにも力を入れ、浮世絵や伝統芸能などの専門書を多く取り扱っています。漫画も、新しい漫画や人気の漫画をずらっと並べるのではなく、宮崎駿さんの作品や『AKIRA』など日本のイメージが強い作品を中心に取り扱い、日本の漫画文化が体系的に分かるような並べ方をしています。

――専門的な本も多いと売り上げが落ちそうですが、問題ありませんか?

六本木の特性に合わせて選んでいるので、専門的な本も売れる傾向があります。また、文喫は入場料をいただくビジネスモデルなので、お客さまが来店すれば売上を立てられます。本の売上とは別に収入源を持つことで、「売れるから」という一般的な視点での選書をせず、お客さまに読書体験を楽しんでいただく視点で個性ある選書ができるのが強みです。

――個性的な分、オープンしてから認知されるまでの集客が難しかったのでは?

最初は滞在型書店の価値を理解してもらうのに苦労しました。読書時間をゆっくり過ごす価値を伝えるために、展示などで空間を豊かにしたり、おいしい食事を提供したりと、サービスの質を高めることでゆっくり右肩上がりに成長しています。

たとえば、文喫スタッフがお客さまの希望に合わせて本を選ぶ選書サービスは、ヒアリングシートで要望をじっくり伺ってから、1冊ごとにスタッフからのコメントを添えた栞を挟んで金額に合わせた冊数をお渡ししていて、お客さまにはとても喜んでいただけますね。

テーマに合わせて選書した本のセット販売「文喫私選」も好評で、「タフになりたいときの本」「お酒の肴になる本」などいろいろなテーマがあります。こうしたサービスは本に精通した文喫スタッフならではの選書なので、レベルの高いサービスを約束できます。

――文喫スタッフが質の高い選書を行えるのはなぜですか?

僕は文喫を担当する前に、企業の社内にあるライブラリーの立ち上げを行い、現場のブックディレクターとして選書を行っていました。そこで社員の人たちが本での学びをアイデアに活かせるように、発想の飛躍につながる選書スキルを培いました。

たとえば「新しいオムレツのレシピを考えたい」と言われたら、ただレシピ本をご提案するのではなく、卵の歴史本であったり、人気のレストランを作った人の伝記であったり、黄色をテーマにした色の本であったりと、オムレツというものの本質をさまざまな角度から捉えなおすことができるような本を提案します。こうした考え方が、質の高い選書につながっていると思います。

――おもしろいですね。これから取り組みたいことは?

文喫のような読書空間をいろいろな場所に作り、豊かな読書体験を浸透させていきたいです。

――最後に、20代のビジネスパーソンにおすすめの本を教えてください。

影山知明さん著の『ゆっくり、いそげ』(大和書房)です。仕事をしていく上で、やりたいことと、やれること、やらなくてはならないことのギャップに悩む方は多いと思います。本書の著者は、その理想と現実を両立させるためには「ゆっくり、いそげ」が必要だと提唱しています。

「ゆっくり、いそげ」を実践するのはかなり難しいですが、著者は自身のカフェを経営するなかで何度もトライ&エラーを繰り返し、地道に汗をかきながら「ゆっくり、いそげ」を導き出していきます。理想論ではない説得力ある言葉が詰まっているので、はたらき方を見つめ直したい方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

(文・秋カヲリ 写真・小田光二)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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