期限は1週間──コロナ禍で170万の親子を救った、こどもちゃれんじ「オンライン幼稚園」の舞台裏

2021年4月19日

全国の学校に臨時休校の要請が出た2020年2月27日。休校になったら、育児と仕事を同時にやらなければいけない。でも、どうやって?突然の事態に、子どもがいる家庭は戸惑いと不安を抱えていました。

幼稚園・保育園も休園になるだろう──。ベネッセコーポレーションの「こどもちゃれんじ」編集部では、何かできることはないか、すぐに検討をはじめたそうです。

そして、外出の自粛が進む3月18日。異例の早さで幼児向けの動画学習コンテンツ「オンライン幼稚園」が開設されます。

「オンライン幼稚園」の噂は一気に広まり、視聴者数はぐんぐん増加。在宅で子どもの相手をしながら仕事をするしかなかった家庭の救世主となったのです。

実施を決定してからリリースまで1週間と異例の早さでつくり上げたという「オンライン幼稚園」。立ち上げを担当した「こどもちゃれんじ」編集部の山田 麗央那さんにお話を聞きました。

「オンライン幼稚園」を視聴する子どもたちの様子

突然の休園。「こどもちゃれんじ」にできることは何か

まだ緊急事態宣言が発令される前。小中高の休校が要請されたタイミングで、幼稚園・保育園の休園を想定して「何か自分たちにできることを」と動き出した「こどもちゃれんじ」編集部。

いつもなら担当者が企画を立て、チームでの検討を繰り返しながら練り上げていき最後に上長の承認を得るワークフロー。しかし、このときはスピードを最優先で、編集部全体から募ったアイデアをもとに担当者と上長が直にやりとりをして決めていくやりかたがとられました。

こどもちゃれんじ〈ぷち〉(1・2歳向け)の映像教材の撮影現場。普段は、長年培った子ども向け教材のノウハウを踏まえ、じっくり時間をかけてコンテンツを練ることが多いそう。

スタッフから寄せられたアイデアの1つが「オンライン幼稚園」の企画。とはいえ、決まっていることは、「幼稚園でやっていることをオンラインで実施する」ということだけ。中身は白紙の状態でした。

そんな中、突如立ち上がった「オンライン幼稚園」の担当に抜擢されたのが、幼稚園教諭免許を持っていた山田 麗央那さん。

「上長から『幼稚園や保育園の指導計画を作れる?園での1日の生活の具体的な内容と流れわかる?』と聞かれて、最初は『なんのことですか?』と。気付いたら担当になっていました(笑)」と本人も驚きの抜擢だったそうです。

〈じゃんぷ〉編集時代に卒園式イベントの運営を担当した際の写真

山田さんは新卒で入社してから4年間、こどもちゃれんじ〈すてっぷ〉(4歳・5歳向け)、〈じゃんぷ〉(5・6歳向け)の担当としてワークや絵本などの教材開発を手がけてきたそう。2年前に〈ぷち〉(1歳・2歳向け)に異動し、映像教材の開発にも関わるように。

期限は1週間後。「オンライン幼稚園」をスタートさせる

簡単な概要が書かれた企画書を1枚渡されただけの山田さん。すぐに映像制作会社に連絡を入れて「まだ何も決まっていないのですが、打ち合わせをしたいです!」と伝え、翌日には打ち合わせをしました。

「私たちがまず取りかかったのは、幼稚園の1日の活動内容を洗い出す作業でした。たとえば、工作、ダンス、紙芝居、朝と帰りの挨拶、お弁当の時間……というような。

整理をしてみたら、『こどもちゃれんじ』が提供している既存の映像教材を使えるものもありましたが、新規で制作しなければいけないものもかなりありました。特に、『幼稚園らしさ』を出すコンテンツは新規の撮影がマストです。

1週間後にリリースすることだけは決まっていたので、もうやるしかないと。がむしゃらですよね」

実際に打ち合わせで話されたアイデアのメモ

初日の打ち合わせで新規撮影するコンテンツを決め、翌日には監修にあたる幼児教育の有識者の先生に「こういう番組をつくりたいのですが……」と相談。その場でフィードバックをもらって、コンテンツの大筋を決定したそうです。同時進行で、制作会社側ではスタッフとキャスト、スタジオの手配に奔走。そして、プロジェクトが始動して3日目には撮影するという異例のスピードでした。

「急いで番組に出演するお姉さんを探してもらいました。これまでお仕事をしたことのない初めての方でしたが、迷っている時間はないので。オンラインで顔合わせをして『この方でいきましょう!』と即決でした。

動画の内容についても、通常は監修の先生と事前に内容をしっかり詰めてから撮影に入るのですが、このときはそんな時間は到底ないので、先生が『現場に立ち会いますよ』と言ってくださって。特急で作るからといって、幼児向けのコンテンツに間違いがあってはいけません。撮影しながら、伝える情報が適切かどうか、先生にその場でチェックしていただきました。

撮影したらすぐに編集チームに動画を送り、すぐに翌日の配信動画の内容を詰めました。本当にイレギュラーづくしでしたね」

撮影は三密にならないように配慮しながら行われた

コロナ禍の撮影ということで、三密にならないように配慮もしなければなりませんでした。現場は必要最低限の人数にして、リハーサルや一部のコンテンツの撮影はオンラインで実施することに。これまでの仕事の常識が次々と崩れていきます。

「最初はオンラインで進めることに不安がありましたが、実際にやってみると意外とうまくできるんですよね。現場に行かないといけない、直接会わなければいけないというのは固定観念だったんだなと気付きました」

大事にしたのは、幼稚園の先生が話しかけているような親近感

「オンライン幼稚園」は、先生による朝の挨拶からはじまる

こうして、立ち上げからわずか1週間後にスタートした「オンライン幼稚園」。時間がない中で、特に山田さんがこだわったのが、「幼稚園らしさ」でした。 

「まず意識したのが、子どもたちの生活リズムを崩さないこと。『幼稚園に行けなくて体力を使わないため、子どもが夜になっても寝てくれない』という悩みも聞いていたので、おうちの中で安全に体を動かせるコンテンツを作りました。

また、幼稚園の先生が話しかけているような親近感を持たせることも意識しました。毎日同じお姉さんが、園の担任の先生のように動画に登場して『おはようございます!』と挨拶して、『きみはどうしてる?』『朝ご飯は何を食べた?』など子どもが思わず答えたくなる声かけも動画の中に盛り込んでいきました。子どもたちに『明日も先生に会いたい』と思ってもらえるように、と考えたんです」

迷う時間すらない超短期間でコンテンツを作る中、山田さんが判断を下していく際の基準にしたのが、これまでの教材編集の仕事で常に意識してきた「こどもちゃれんじ」編集部の指針でした。

「子どもが能動的に関われる」「繰り返し見たいと思える」「学んだことを日常で再現できる」「おうちの方を巻き込む」。この4つが含まれていれば「ひとまずOK」としたのです。

「コンテンツの内容を決める際に、この4つの指針からブレていないかはきちんとチェック。一方で、4つの指針からブレていなければ多少のルールの変更はよしとしました。

また、監修の先生と現場で相談しながら進めますということを事前に上長に伝え、判断を委ねてもらいました。何かあるたびに上長に相談していては撮影が進まないですからね」

見せっぱなしでも罪悪感がなく、子どもの生活習慣が自然と整う

「オンライン幼稚園」を視聴する子どもの様子

「オンライン幼稚園」の反響は公開後どんどんSNSなどのクチコミで広まり、視聴者数は急拡大。当初は2週間の公開予定だったのが、反響に応えて緊急事態宣言が終わるまでの約2カ月にわたり公開されました。最終的に2020年5月末時点の国内のべ視聴者数は170万人に到達。

海外在住の日本人家庭からの要望も強かったため、生配信のみだった動画を翌日までアーカイブし、時差があっても見られるようにしました。その結果、海外90以上の国と地域で多くの方が「オンライン幼稚園」を視聴したのです。

「SNSに投稿されたクチコミや編集部に直接届いたメッセージでは、『ずっと子どもに見せっぱなしでも罪悪感がない』『仕事中に安心して見せておける』といった声が多数寄せられました。

お昼の時間に手洗いの歌の動画を毎回流していたので、『動画を見たあと子どもが自分から手を洗いに行った』という反響や、『娘が自分から積極的に体を動かしている姿を見て、成長を感じた』というメッセージも届きました。

普段、子どもが幼稚園で過ごしている様子を、おうちの方は見ることができません。日々の成長を見られる貴重な機会を『オンライン幼稚園』で提供できたことがうれしいですね。こういう反響を聞くと、立ち上げるのは本当に大変でしたが、皆さんの役に立てて本当に良かったなと思います」

親目線では、仕事中でも子どもに安心して動画を見せられるメリットがあり、子ども目線では、退屈しがちな在宅時間を楽しい学びの時間に変えるメリットがある「オンライン幼稚園」。

「こんなに役立つコンテンツが無料でいいの?」と思ってしまいますが、実は、当初から有料にすることは一切考えなかったとのこと。

「誰もが想像できなかった非常事態だったので、有料にするとか、会員限定にするといった選択肢は最初からありませんでした。『1人でも多くの親御さんをはじめとするおうちの方や子どもを助けないと』という思いがあったので、無料を大前提に動いていました」

新たに感じたオンラインの可能性

撮影現場で笑顔で手を振る山田さん

「オンライン幼稚園」を立ち上げた経験を通して、山田さん自身の仕事の進め方にも変化があったそうです。

「もともと私は1つのことを丁寧にじっくり進めていくタイプだったのですが、『ここは諦める』『ここは妥協しない』というのを自分の中に覚悟を持って、スピード重視で仕事を進めていく経験ができたことがすごく勉強になりました。今は子どもを取り巻く環境の変化が早いので、従来のフロー通りではなく、状況を見ながら臨機応変に対応していくことも大事だなと感じましたね」

「オンライン幼稚園」で得た経験と知見は、社内にも新しい変化の芽をもたらしました。「こどもちゃれんじ」編集部では、今後は動画やアプリなどを今まで以上に活用して、教材を届けた後のフォローにも注力していく考えだといいます。

その1つが、子どもの成長にあわせてアプリで動画やゲームを楽しんだり、教材と連動した教育コンテンツを楽しめたりする会員向け無料サービス「しまじろうクラブ」。また、オンライン上で習い事の体験ができるサービスなども順次立ち上げていく予定だそうです。

「『オンライン幼稚園』の取り組みを通して、動画やアプリでできることの可能性をより実感できました。今までのようにDVDと冊子などの教材をご家庭に提供するのはもちろん、オンラインメディアもうまく組み合わせていくことで、おうちの方にとっては便利で安心できる、子どもたちにとっては使いやすくて楽しい教材を提供していきたいです」

子どもたちの成長の瞬間や親子の最高な笑顔を生みだすために「こどもちゃれんじ」編集部の挑戦は、これからも続いていきます。

ニューノーマルのはたらき方のヒント

●何が一番大事なのか、軸を決めたら絶対にブラさない

●変えても影響が小さいルールは臨機応変に変えていく

(取材・文:村上佳代 写真提供:ベネッセホールディングス)

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編集/ライター村上佳代
ビジネス系やインテリア系のインタビューをしつつ、企業媒体の企画制作をしてます。ようは雑食。趣味はドラマの伏線分析。

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