消去法で選んだ、観光ガイドという仕事。クロアチアで“天職”に出会うまで

2023年12月28日

海外で仕事をする人にインタビューする連載「世界ではたらく日本人」。第9回は、クロアチア・ザグレブで観光ガイドを務める小坂井真美さんにお話を伺いました。

小坂井さんは2013年にクロアチア・ザグレブへ移住。2019年からは政府公認ガイドとして活動しています。クロアチアに移住した経緯や、どのようにして「天職」に出会ったのかについてお聞きしました。

クロアチアに行くまで

国際交流サイトでクロアチア人と出会う

――クロアチアとの出会いのきっかけを教えてください。

17歳のころ、クロアチア人の今の夫と知り合ったのがきっかけです。

高校時代に家族で行ったロンドン旅行が刺激的で楽しくて、留学や海外での暮らしに興味を持つようになりました。英語の先生に英語を上達する方法を聞いたところ、ペンパルサイトという文通相手を探す国際交流サイトを教えてもらったんです。

ペンパルサイトで韓国、ベトナム、ベルギー、フィンランド、チリなど20カ国近くの方々とメールのやりとりを始めたのですが、受験勉強で忙しくなり、だんだんと連絡が途切れていきました。そんな中、私が返信をしなくても「メール待っているよ」とずっと連絡をしてくれたのが夫だったんです。

同い年の彼はアルバイトを掛け持ちしながらお金を貯めて19歳のとき、日本に来てくれました。そこからお付き合いすることになり、大学時代はお互いアルバイトでお金を貯めては日本とクロアチアを行き来していました。

――大学卒業後は?

卒業後の進路はすごく悩みました。彼と暮らしたい気持ちがあったので、当初は現地の旅行会社に就職するつもりだったんです。実際、内定もいただいていて。

ただ、クロアチア在住の日本人の先輩に相談したら「日本が好きで、いずれ日本に戻りたい気持ちがちょっとでもあるなら、一回日本で就職した方がいい」とアドバイスされたんです。それで日本での就職活動を始め、語学学校の運営会社に就職しました。得意な英語が活かせることが決め手でした。

海外の中でもクロアチア移住を選んだ理由

会社を退職してクロアチアへ

――クロアチアに移住したのは、いつですか?

2年ほど勤めたあとの、2013年です。語学学校の仕事は楽しかったのですが、クロアチアになかなか行けないのが寂しくて。学生時代と違って、長期休暇は取れないので。

彼との将来を考えて、クロアチアへの移住を決めました。日本語が話せない彼が日本で仕事を探すのは現実的ではないと思ったんです。それなら、私がクロアチアに行く方が、仕事をするにしてもいろんな選択肢があるなと。

それで会社を2年弱で辞めて、クロアチアへ移住することにしました。当時はちゃんと考えて結論を出したつもりだったのですが、今思うと、後先を考えていない行動だったなと。若気の至りですね(笑)。

――海外移住に対する不安はありませんでしたか?

クロアチアで本当にやっていけるのか、不安はたくさんありました。ただ、彼がクロアチアで待ってくれていましたし、両親からの「いつでも帰っておいで」という一言も大きかったですね。日本にもクロアチアにも頼れる人がいるという安心感が、一大決心の後押しをしてくれました。

以前から海外で暮らしてみたい思いもあったので、とりあえずやってみよう、と踏ん切りがつきました。やらずに後悔したくなかったので。

――クロアチア移住に際し、仕事についてはどのように考えていましたか?

考えられる可能性は4つでした。1つ目は日本語講師になること、2つ目は日本料理店ではたらくこと、3つ目は起業、4つ目は観光業に就くこと。

日本語は話せるけど教えるのはできそうにない、食べるのは好きだけど料理は得意ではない、起業する資金もアイデアもない。消去法で観光業を選びました。旅行は幼いころから好きでしたし、学生時代に関心をもっていた時期もあったので。観光大国クロアチアで観光の仕事をするのは楽しそうだと思いました。

クロアチアでの仕事内容

政府公認の観光ガイドとして活動

――クロアチアに移住してからのお仕事について教えてください。

まずはクロアチアの旅行会社に就職し、バスやレストラン、現地ガイドなど、ツアー手配の仕事をしていました。ただ、オフィスでの仕事は楽しかった一方で、ガイドの仕事をやってみたいという思いが芽生えてきたんです。人と会って話すのが好きなので。

それで、旅行会社を2年で退職。夫が立ち上げた会社の従業員としてはたらきはじめました。しかし当時はクロアチアの国籍がないと観光ガイドができないルールだったんです。なのでガイドではなく、ローカルガイドの通訳アシスタントとして活動していました。

2018年、法律が改正され、クロアチア政府公認のローカルガイドライセンスを外国人でも取れるようになったので、試験を受けてライセンスを取得。2019年7月からは、政府公認の観光ガイドとして、クロアチアにお越しくださる日本人の方をご案内しています。

ガイドの仕事でクロアチア・モトブンの街を歩く小坂井さん(本人提供)

――観光ガイドのお仕事って、具体的に何をするのでしょうか?

私がライセンスを持っている地域はザグレブ郡(首都ザクレブ及び周辺エリア)と世界遺産プリトヴィツェ湖群国立公園を含むリカ=セニ郡なので、基本的にはこの2カ所の案内をしています。ガイドのご依頼は私がクロアチアの観光情報を発信しているサイト「クロたび」を通してご連絡いただくことがほとんどです。ザグレブやプリトヴィツェのガイドをするのはもちろんですが、旅行日程の早い段階で現地でお会いできる場合は、その後の旅の日程のアドバイス、おすすめ情報などもお伝えしています。

そのほかには、日本の旅行会社さんからのご依頼で団体ツアーのスルーガイドを担当することも。1週間程度のツアーの全日程に同行し、日本人ガイド・現地アシスタントとして、旅行者の皆さんをサポートします。クロアチアの大人気観光地ドゥブロヴニクや周辺国のスロベニア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナなどに行くことが多いですね。

――どんなところにやりがいを感じますか?

多くの方にとって、クロアチアのようなちょっぴり遠い国へ旅をするのは、ひょっとしたら最初で最後かもしれません。そんな、一生に一度かもしれない貴重な旅をお供させていただけるのは、綺麗事ではなく心からありがたいなと思っています。

一緒に綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて、いろんな話に花を咲かせる。そういった幸せな時間を共有させてもらえるガイドという仕事は本当に楽しくて、私にとっては天職です。消去法で流されるままに辿り着いた観光業界、ガイドですが、これ以上好きになれる仕事はおそらく出会えないだろうなと。

クロアチア・ザグレブの市場で買い物をする小坂井さん

ゴールデンウィークの時期はほぼ毎日プリトヴィツェのガイドをしているので、よくお客さまから「毎日同じ場所に行って飽きないんですか?」と聞かれます。これが不思議と、まったく飽きないんです。同じ場所でも、日によって景色はちょっとずつ変わります。それに何よりも、毎日違うお客さまが来てくださるので、皆さんの楽しいお話を聞かせてもらったり、日本で暮らしていたらきっと絶対に接点がなかったような方とご縁をいただけたりするのが面白いんです。

――観光地としてのクロアチアの魅力を教えてください。

自然が豊かなところと時間がゆっくり流れているところです。平日の朝からカフェは賑わっていて、のんびりとした空気が感じられると思います。

日本ではたらいていて何かしらの悩みを抱えている方には、ぜひクロアチアに羽を伸ばしにいらしてください。クロアチアの広い空と海を見ていただければ、日頃のストレスが癒されると思います。

クロアチアで感じる、はたらく上での日本との違い

仕事で気を遣うのは「時間」

――観光ガイドのお客さまは日本人の方ということですが、仕事でクロアチア人と関わる機会はありますか?

はい、仕事仲間として、特に関わる機会が多いのはドライバーの方ですね。プリトヴィツェ湖群国立公園への日帰りツアーでは、ドライバーさんに運転をお願いしています。彼らには全面的な信頼を置いていて、友人のような関係性です。

――クロアチア人と一緒に仕事をする上で、大変だったことはありますか?

クロアチアの方々は結構真面目なので、苦労することはそれほどありません。ただやはり、時間については気を遣います。中には待ち合わせに数分遅れても大丈夫だろうという感覚の方もいらっしゃるので。

ドゥブロヴニク旧市街で写真を撮る小坂井さん(本人提供)

過去に待ち合わせ時間になってもドライバーが来ないトラブルが起きてしまったことがあります。もちろんミスを防ぐために二重三重に確認はしているのですが、それでも見落としや勘違いなどで遅れてくることが稀にあるんです。本当はあってはならないミスなのですが……。そうしたときは、お客さまの貴重な旅の時間や思い出が台無しにならないように、どうフォローできるか頭をフル回転させます。

あとは「仕事は仕事」と割り切り、柔軟な対応を求めるのは難しい方も少なくないので、仕事仲間のドライバーを探すのには苦労しましたね。今一緒にお仕事をしているドライバーさんたちは、約束以上のことにも臨機応変に対応してくれます。

たとえばツアーの道中で綺麗な景色が見えるスポットがあったら、車を数分停めて写真撮影の時間を取る。それだけでお客さまの楽しい思い出が増えるので、同じような価値観を持った仲間と仕事をすることを大切にしています。

クロアチアのワーク・ライフ・バランス

将来は日本の観光業に貢献したい

――現在、仕事とプライベートのバランスはいかがですか?

最高です。ご依頼をもとに自分でスケジュールを組めるので、家族との時間も充分に取れるのがありがたいですね。

観光ガイドは季節労働で3月末から10月くらいまでは結構忙しいのですが、冬はゆっくりできるので、毎年1〜2カ月日本に帰り、両親との時間も過ごせています。

――これからやりたいことを教えてください。

私は日本が好きで日本への思いを捨てきれないので、将来的にもし機会があれば日本で観光業に携わってみたいという気持ちがあります。今はクロアチアで日本からのお客さまをご案内する仕事をしていますが、今度は日本で海外からのお客さまをご案内するのも面白そうだなと。

日本の観光資源はポテンシャルがまだまだあると思っています。ホスピタリティーはすごく高いのに、それをまだうまくPRしきれていないのかなと。どういう形になるかは分かりませんが、クロアチアでの経験を生かして、日本の観光業に貢献できたらうれしいです。

(文・写真:岡村幸治)

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ライター岡村幸治
1994年生まれ。スポーツニッポン新聞社を経て、フリーライターへ。経営者インタビューや旅行エッセイなどを執筆する。旅が大好きで、世界遺産検定マイスターの資格を保有している。
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